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Welcome.new life town 2―Soul side―

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 第9章 

「いっぱい買ってきたから、もしよかったら皆でどうぞー」
 ケイラが呼びかけると、それじゃあ、と近くにいたテレサミアリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とラグランツ家の執事のエルンスト・コーエンも集まってくる。
「頂いちゃいましょうか、ミアちゃん」
「うん、すごいいい匂いだね、テレサお姉ちゃん!」
「私達も貰いましょ」
「ああ、そうさせてもらおうか」
「エルンストも、ほら」
「では、ご好意に甘えまして」
 飲み物のコップを手に、彼等は箱から1つ、1つとフィナンシェを手に取って口にしていく。ギルドの友人からパーティーの事を聞いて訪れたリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)も興味を惹かれたようでテーブルへとやってきた。
「食べていいの? せっかくだし貰おうよ!」
「そうだね、じゃあ1つ……」
 博季が箱に手を伸ばすその後ろでは、フィアレフトが何だか食べたそうな表情をして立っている。ケイラはそれに気付き、テーブルと皆を挟んだ向かいから彼女にも声を掛けた。
「えっと……そこの子はじめまして? かな……」
「え? あ、はい、フィアレフトっていいます」
 ケーキをじっと見詰めていた彼女は、その声が自分に向けられたものだと気付いたようで慌てた様子で顔を上げる。
「フィーとかフィアって呼んでください!」
「じゃあ……フィーさん? このお店のお菓子、本当に美味しいんだよ自分の保証つき!」
 初対面の大人が多い中、緊張もしているだろう心が少しでもほぐれれば、とケイラはフィアレフトを誘う。それを聞いた博季が、箱からフィナンシェを取ってすぐ後ろの彼女に微笑んだ。
「どうぞ、フィアレフトさん」
「! あ、ありがとうございますー、博季さん」
 ぱっと嬉しそうな笑顔になって、フィアレフトはそれを受け取る。そこで、ファーシーも甘い匂いにつられて覗きに来た。
「本当にいっぱい買ってきたのね! わたしも貰っていい?」
「ファーシーさんもどうぞ。……イディアちゃんにはまだ早いかな?」
「そうねー……バターとかお砂糖とかも多いし早いかもしれないわ。機晶姫だと別に平気そうな気もするんだけど、一応一般的な育て方にしてるし。この子には大きくなってもらいたいもの」
「…………」
 抱き上げたイディアを椅子に座らせ、ファーシーは洋菓子を手に取った。続けて、食べかけのフィナンシェを持ったままイディアを見詰めているフィアレフトに声を掛ける。
「どうかしたの?」
「え? ……いえ。ちょっと機晶姫の成長の仕組みについて考えていたんです。不思議だなーって」
「そうですよね、不思議です」
 メティスも彼女達の輪に加わり、優しげな眼差しをイディアに送る。そして、プレゼントにと用意したカメラをファーシーに差し出した。
「ファーシーさん、イディアちゃんにプレゼントです」
「ありがとう! ……あれ、これ本物? おもちゃじゃなくて?」
「はい。1歳のイディアちゃんではまだ上手に使えないかもしれませんが……ファーシーさんに、イディアちゃんを撮ってもらえたらと思ったんです」
「……わたしが?」
 あちこちを触ってみたり電源を入れてみたりしていたファーシーは、カメラをいじるのを止めてメティスを見返した。自分が使う為とは考えつかなかったらしい彼女に、メティスは頷く。
「私達――私やファーシーさんは歳を取りません。1年後も10年後も今の姿のままです」
 だが、まだ成長中のイディアは違う。
「でもこの子は、これから色々な経験をして、人と同じように大きくなります。……それは、とても素晴らしいことです。でも、その時に隣に居る私達はいつも同じ姿のまま。けれど……」
「けれど?」
「写真を見れば実感できます。1歳のこの子、成長したこの子……一緒に写っている私達は変わらなくても、時の流れを感じられます。イディアちゃんも、同じ。いずれ大人になって成長が止まっても……また、新しく出会った誰かと共に、時を記録していくでしょう」
 カメラは、思い出を残す品だ。
 誰かの傍に居たという思い出を、残す品。
「そのカメラで想い出を、イディアちゃんとの想い出を、沢山写してあげてくださいね」
 笑顔を浮かべ、メティスはそう締めくくった。一瞬びっくりしたような顔をしたファーシーは、両手で持ったカメラに目を落とす。思考するというよりも、メティスの言葉の意味を自分の言葉にする為の時間だったように思う。
 瞼を閉じて次に目を開けた時、彼女はひとつ何かを得たような、そんな表情をしていた。
「そうね……。その時々の姿を、この子と一緒に過ごす時間を、1枚1枚残していければいいな……」
 試しにとファーシーは、ファインダー越しにイディアの顔を覗いてみる。切り取られた枠の中に入るのは、1歳になる娘の顔と――
「猫?」
 茶トラ模様の猫が一緒に見え、彼女は驚いてカメラを下ろした。直接見るイディアと並んで、アーモンド型の大きな目が瞬きする。こちらもカメラと同様、本物の子猫だ。
「その思い出に、もうひとり加えてみないか? 誕生日プレゼントにどうかなって、にゃんこを連れて来たんだ。オスで、大人しい子だよ」
 猫を抱いているのはエースで、彼はファーシーに「1年お疲れ様」と笑いかけてから説明した。
「もう半年ほどすると成猫になるし、イディアの良いお兄ちゃんになると思うよ。兄弟って思える存在がいた方がいいと思うし、動物って小さい子の面倒は結構見てくれるんだ。寿命が20歳前後だから、自分達が教えられない沢山の事を学んでくれると思うよ」
 将来訪れるであろう別れも含め、動物から学ぶ事は多い。言葉にするには重い事実の1つではあるが、言わずとも、それは何れ判る事だ。
「猫、かあ……」
 20センチ程の間を空けただけの近距離から、ファーシーは子猫と見合ってみる。猫は純粋に可愛いと思うし、飼ってみたいという気持ちはある。けれど、ちゃんと育てられるかというと自信が無くて、少し彼女は悩んだ。イディアを産むかどうか決める時は、何の根拠も無く何とかなると思ったし何とかするとも思ったが、その謎の確信が湧いてこない。
「ピノちゃん、ピノちゃんは猫飼ってたわよね? 他にも蛇とか。猫って、育てるの大変?」
「え? そうだねー……いつも自由にさせてるし、慣れれば大丈夫だと思うよ!」
「王様に手伝ってもらえばいいんじゃないか? 猫みたいなやつだし、気も合うだろう」
 レンがそこで口添えし、ファーシーは「そっか」と件の相手の顔を思い浮かべる。心が軽くなったような気がして、彼女は子猫と目を合わせた。猫は無垢すぎる位に無垢な瞳に「?」という感情を乗せている。大切に育てられてきたのだろう。疑いを持つという事を知らない瞳だ。
「みゃ?」
「……キミ、うちに来る?」
「あたしもお世話するよ! 最初に何が必要なのかとかもわかるしね!」
「うちの食い扶持化はさせるなよ。言っとくけどな、ファーシー、一番大変なのは餌代だからな」
「ごはん代だよ! それに一番も何も、おにいちゃんお世話しないで遊ぶだけじゃん!」
 後ろから口を挟むラスに、ピノがすかさず訂正と突っ込みを入れる。それは無視して、ラスは1ヶ月に掛かる猫の食事代をファーシーに告げる。その額に、彼女は「うーん」と現在の収支状況を思い返した。
「その位なら何とかなるかな……?」
 猫とにらめっこしながら、ファーシーがうーんうーんと考える一方でピノは猫を抱いたままのエースを見上げた。
「エースさん、何だかすごい髪が長くなったよね! あたし、最初びっくりしたよ!」
「ああ、うん。これは前世の記憶の影響なんだよ、ピノちゃん」
 今のエースの人格には、前世の頃のものも混じっている。それを聞いて、「前世?」とラスがぴくりと反応した。彼がそのまま黙り込む中で、ファーシーは遂に決断したようだ。
「……うん。ちょっと突然でびっくりしたけど……わたし、この子飼ってみるわ。ピノちゃん、色々教えてね!」
「うん! 任せて! って、あれ? フィアちゃんどうしたの?」
 明るく答えたピノは、フィアレフトが少し涙ぐんでいるのに気が付いて声を掛けた。
「……いえ、前に一緒に暮らしていた猫によく似ている子だったので……」
 フィアレフトは、慌てて涙を拭うと笑顔を作る。
「私も猫の飼い方は心得てます。私にもお手伝いさせてください」
「もちろんよ。よろしくね!」
「じゃあ、今日からこの子はファーシー家のにゃんこだね。これがキャリーバッグだよ」
 エースは、足元に置いていたキャリーバッグに猫を入れる。そしてそれを、ファーシーに渡した。
「はい、ファーシーさん」
「ありがとう!」
「それとね、もう1つプレゼントがあるんだ。……エルンスト」
「はい、エース様」
 名前を呼ばれたエルンストは、指人形が入ったセットを差し出した。エースからの依頼で、地球から用意してきたものだ。
「幻想的な題材をモチーフにした指人形が5体入っています。指に嵌めて、劇のようなごっこ遊びができるんですよ」
「小さい頃に気に入って遊んでいた作家さんがいるんだけどね。その作家さんに、パラミタっぽい童話に出てきそうな妖精さんとか女の子・男の子とか動物達の人形を造ってもらったんだよ。これでファーシーさんが遊んであげてもいいし、もう少し大きくなったら自分でも遊べるし」
 エースはそう言うと、自分の掌を開いて指をちょこちょこと曲げたり指同士をおじぎっぽく動かしてみたりする。
「そろそろ色々なおもちゃを自分で掴んでアレコレ遊びたくなる時期だから、それに相応しい物を用意してきたんだ」
「お誕生日に間に合って、よろしゅうございました」
 エルンストが目を細めて笑みを浮かべる一方で、メシエの傍に立つリリアはイディアに微笑ましい眼差しを向けていた。
「うふふ。イディアちゃん可愛いわ」
 皆がお菓子を食べている時、写真や猫の話をしている時、その時々で違う表情を見せながらそれぞれに注目しているような気がする。そろそろ、いやなことややってみたいこと等の自己主張も見えだす頃だ。彼女が家で甘えている光景を想像するだけで、可愛さが何倍にも感じてしまう。
「ね、だっこしてもいい?」
「うん、いいわよ」
 軽い即答を受け、リリアは嬉しそうにイディアを抱き上げる。メシエの傍に戻ると、子供の顔を間近にした彼は少しばかりたじろいだ。メシエは、子供が苦手なのだ。だからこそ、ここで可愛さに目覚めてもらわないと、とリリアは思っている。長寿種であるし、あまり関わった経験も無さそうだが自分達の将来の為にも絶対である。
「赤ちゃん可愛いわよね」
 にこにこと彼女に笑顔を向けられ、一定距離を少しでも保とうとしながらもメシエは「そうだね」と同意する。惚れた弱みとでも言おうか、彼女に言われると否定はしづらい。今日も『1歳のお祝い一緒に行きましょ』と言われて断れなかった。
(私が子供が苦手なのは判っている筈なのだがね……)
 しかし、彼女は子供が大好きで。だから、嬉しい気持ちをただ共有したいのだろうとも思う。
「メシエもだっこしてみる?」
 そう考えていたら、唐突にそんな事を言われてメシエは内心で「う」と呻き息を飲んだ。微妙に引きつった顔を固まらせて返事が出来ないでいると、リリアは「あら、怖いの?」とくすっと笑った。
「そんな事はない」
 咄嗟にそう答え、「じゃあ、はい」とイディアを託されてメシエは慌てた。落とすわけにもいかずに片腕に座らせてもう片方の腕で背中を支え、まだ短い腕を首の後ろに回させる。何とか抱くことに成功してから、彼は気付く。
(はっ……上手く乗せられた……)
 自分を見守るリリアの表情からは、言葉にはせずとも『そう言うと思ったのよね』という声が聞こえてくるようだ。
 流れのままに抱いてしまい、抱いたからには目も合うともいうものだ。きょんっとした大きな瞳はどこまでも無邪気で、きゃっきゃっと無警戒にイディアは笑う。片腕をメシエの首に回したまま、彼女はリリアの指と指をじゃれつかせる。
「……確かに……可愛らしいものだねぇ」
「ね、可愛いでしょ?」
「……なぜ君が自慢げなんだい、リリア」
 自然と洩らしていた言葉に、そして嬉しそうにするリリアに対して苦笑する。何だかんだと仲睦まじく、ひとつの家族にも見える3人の姿を、エルンストは静かに佇み見守っていた。
「とても可愛いお姿が、微笑ましいですね。益々目が離せなくなりますが、これも成長の証」
 そして、隣に立つエースに目を向ける。
「エース様の伴侶となるべきお方の検討を本格的に始めなくてはなりませんね」
 彼の微笑みを受けたエースは、だが驚くこともなくそれを予測していたかのようににっこりと笑った。
「もう暫くはパラミタで勉強するつもりだし」
「…………」
「…………」
 2人はにこにことした笑みを向け合いながら、無言のままに語り合う。長い付き合いであり、それぞれの言葉はそれぞれの表情から十二分に伝わるものだ。
 ――いつまで我儘言うおつもりですか。
 ――まだ家に縛られるつもりはないし。主の意向は酌んでくれるよね。
 目と目でやりとりをしながら、きっともう実家では何人かリストアップされているんだろうとエースは思う。それなりに相手の家への根回しもしているだろう、という確信も持っている。
「エースは跡継ぎの関係で、そう先延ばしにも出来ないだろう」
「……メシエまで、エルンストの肩を持つような事を言わないでくれ」
 まさかの角度からの追撃に、エースはさすがに少し渋い顔になった。
「それより前に、メシエ達の方こそ色々と具体的に考えなよ」
 リリアは前向きに見えるがメシエの方が結構呑気にしていて進展が遅い。困ったものだと思いつつ、エースは彼に言い返す。
 その頃には、イディアはテレサの腕の中で抱かれていて、隼人とルミーナ、ミアや優斗がそれを囲んでいた。
「ファーシーさん、これ、隼人さんと一緒に選んだんです。改めて、1歳おめでとうございます。そして、1年間お疲れ様でした」
「ありがとう! イディアも喜ぶと思うわ」
 包装を透かし見て、女の子らしいキラキラとしたデザインの箱に書かれたお絵かきセットの商品名を確認してファーシーは嬉しそうに微笑んだ。良かった、と言うルミーナと頷き合い、隼人はイディアに目を戻す。彼女はミアに差し出されたミニトマトをぱくっと口に入れてもぐもぐとしている。その仕草は非常に可愛らしく、笑顔もつい緩んでしまうというものだ。
「スクスク育っているイディアちゃんを見ていると、俺も早く子供が欲しいような、もう少しルミーナさんと2人きりでイチャイチャする生活を楽しみたいような、と迷うな〜」
「まあ、隼人さんったら……」
 ルミーナは頬を赤らめながらも、まんざらでもなさそうに隼人達に言う。
「わたくしも迷いますわ。毎日、本当に幸せですし……。隼人さんの子供の顔は、もちろんいつか見たいですけど……」
 ふふ、と彼女は幸せをこれでもかと放散させた微笑を浮かべる。だが、遠慮無くのろける夫婦の話を聞いてテレサとミアは目に怪しい光を宿した。2人の雰囲気の変化に敏感に気付いたイディアが、びくっとする。
(子供……私と優斗さんの子供……それには、まず結婚して……)
(子供……僕と優斗お兄ちゃんの子供……あ、そういえば……)
 そして、その変化には気付かないまでも何だか嫌な予感がした優斗は話の大元とも言える隼人に慌てて耳打ちする。
「……隼人、テレサ達の前で危険な話題とかはヤメテくれないかな? ほら、子供が欲しいとかは……」
「何でだ? ……あ、忘れてた」
 優斗の言葉に、隼人はテレサとミアの様子を見て大して「しまった」という感じもなく思ったままに呟いた。その直後。
「優斗さん、今年、私と結婚式を挙げてくれるはずですけど、今ここで話し合って決めましょう! 今年も後5ヶ月を切りましたよ急がないと!」
「優斗お兄ちゃん、お兄ちゃんの部屋のベットをダブルベットに変えておいたから……退院したら早速僕と一緒に使おうね」
「ほ、ほら、また話が変な方向に進んで……あ、胃が…………」
 急性胃炎が喜んで活発化したらしく、いたたたた、と優斗は胃を押さえる。しかし、病院の時とは違ってテレサとミアの勢いは止まらなかった。というか、それぞれの台詞を聞いて2人は火花を散らし始めた。
「ミアちゃん、今のって……あのベットにはそんな意味があったんですか!? 優斗さんと寝るのは私です!」
「優斗お兄ちゃんと結婚式をするのは僕だよ!」
「あ、あの、2人共……子供もいるしあんまりそういう話は……あ、これ悪化したかも、いたたたた……」
「……すまん、優斗……」