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Welcome.new life town 2―Soul side―

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 第12章

「あ、あの……鳳明」
「んー? はに? はくあさん」
 そんな子供談義も一息つき、アクアは鳳明と同じテーブルについていた。
 彼女達の前には、ケーキ以外にも白ワインの瓶とグラス、フルーツ入りのサラダスパゲッティーにパインを乗せたピザ、醤油で味付けした鶏の唐揚げにロブスターのホイル蒸しが各1匹、それにちらし寿司という用意された料理の殆どが乗せられていた。色々作ったんだねー、と目を輝かせた鳳明に、レンは『皆は成人した人間だからな』と言っていた。1歳の子供の誕生日会でも、お祝いに駆けつけてくれる面々の多くは子供ではなく大人だ。だから、手を抜かずに何種類もの料理を作ったのだとか。
 アクアは、鳳明の話を聞きつつもそもそと料理を食べながら、今日1日の事を思い出していた。病院からカフェに来る道すがら、彼女に言われた事も含めて。
「…………」
 ちらりとラスの方を見てから、アクアはぽつりぽつりと話し出す。
「前までは、嫌われていても動揺せず対応出来ました。反発するのは自分を守る為の行為でしたが、それで均衡は保たれていたんです。でも、今は……。状況だけを簡潔に考えれば、今も昔も、相手を害してしまった事には変わらないのに、どうすればいいのか、どんな態度を取っていいのか分からなくなるんです。向こうも私には関わりたくないようですし……」
『あの時』の方が。1人の人格を消滅させようとしたあの時の方が、罪は重いであろうに自分を保っていられた。堂々としていられた。
 自分の罪を、全て被らせるような形になったからだろうか。後ろめたく、気後れしてしまって、どうにも居心地が悪く感じてしまう。
 話すだけ話して、アクアはグラスのワインを一気に飲み干す。アルコールの所為だろうか。これまで眠っていた、心の中に燻っていたものが増幅しているような気がして、浮き上がってきたものをただそのまま、話してしまった。
 じっ、と彼女を見詰めていた鳳明はピザの最後の一切れを飲み込み、「んー」と考えるように上を向く。
「……お互いに意識して避けてるとさ、余計にその原因が意識されちゃってそのままどんどん悪い方向にいっちゃうと思うんだ。だから、完全に前の通りっていかなくても、出来るだけ『いつも通り』を装って『そんなに気にしてないよ』ってアピールしてみるのもいいんじゃないかな」
「気にしてない、ですか? いえ、あの、思いっ切り気にしているのですが……」
「だから、振り、で良いんだよ。そうすれば、相手から話しかけやすくなると思うし。時間かかるかも知れないけど、少しづつ元に戻れると思うよ。水と油みたいな関係だったらだったで、また反発できるようになるよ」
「…………」
 黙って、テーブルに載せた手に目を落とすアクアに、鳳明は人差し指で頬を掻きつつ困ったように言う。
「うーん……こ、この程度のことしか言えなくて、ごめん」
「いえ……ありがとうございます」
 それから、持ってきていた料理を全部綺麗に食べきって、片付けようと食器を持った鳳明はついでにお手洗いに行ってくるねと席を立つ。分厚い本らしい物に頭をはたかれたのは、それから間もなくの事だった。
「な、何を……! あ、貴方……!」
「何か、すげー恥ずかしいこと言ってなかったか? お前」
 反射的に振り向くとそこには、肌色率が異常に高い表紙の写真集を持ったラスが立っていた。思い切り溜息を吐いて、彼女に言う。
「ピノへの懺悔なら幾らでも受け付けるけどな……くだらねーこと気にしてんじゃねーよ。こいつにも言ったけどな。気にされる方が疲れるんだよ」
 写真集の表紙を指して言われ、アクアは混乱で声をわなななかせた。
「ぬ、盗み聞きを……!? と、というか、それ、その本は……」
「特別にタダでやるから、引き取らないか? 本気で。今ならマムシ味のドリンクも……」
「い、要りません!」
 顔が熱くなって立ち上がり、写真集『筋肉の全て』を一秒で拒否して外へと出る。途中で「がーん」という顔をしたルイとすれ違ったが、立ち止まって言い訳をする余裕も無い。外は暑く、機晶姫でなければ一気に発汗していたことだろう。
 街路樹から蝉の声が降ってくる中、アクアは鳳明の言った事を思い出す。
 お互いに意識して避けていると、余計に意識されて悪い方向へ――
「では……私だけ避けている場合は……」
 やはり、いつも通りに装うべきなのだろうか。だが、そんな器用な事が――
「アクアさん!」
「……!」
 カフェから出てきたルイの声に、アクアはびくりと肩を震わせた。振り向かないままの彼女の背に、言葉が掛かる。
「――アクアさん、私は貴女に惚れています」
 ――心が跳ねる。全身が緊張し、体がクールダウンして機能停止してしまったかのように、動かない。
「……返事は出来れば欲しいですが、気持ちの整理もあると思いますから今すぐにとは言いません。まぁ……ダメだったとしても、今後は良い友人になれたら嬉しいですけどね」
「ルイ」
 彼の声には、どこか諦めのような、寂しさのようなものが含まれていた。恐らく、先程咄嗟に写真集を拒否した事が原因なのだろうが――しかし今のところ、あれが“やっぱり欲しい”とは思えない。
「私には、人の感情というものが……自分の感情も、解らないんです。何だか、初めての事ばかりで……」
 長い間、嫌われた事も好かれた事も無く――もしくはそれに気付かず、無感情の手の中で生きてきたから。他人の感情に、自分の感情にすら触れるのは慣れない事で。
「だから、どう対して良いのかも解らないんです……」
 こういった場合に、異性として誰かに好意を持たれた場合に、どうすればいいのか。
 答えに続く道を見つける事が出来なくて、立ち止まり、怖気づいてしまう。
 ――けれど。
「もしかしたら私は……いくら長く生きていても、生まれたばかりの子供のようなものなのかもしれません。数年前に『生まれ直した』というファーシーと、イディアと同じ位の経験しか無いんです。
 好きと言われて、私は貴方を意識するようになりました。だけど、それは『恋愛感情』……疑似体験したあのクリスマスの時の感情とは違うような気がするんです。ただ、恥ずかしいばかりで……求める何かが感じられないから、違うのではないか、と」
 ――けれど、今、先に進んでもそれはまやかしにしかならない気がするから。
「迷惑、ではないんです。誰かに好きだと言われる事は……嬉しい、と感じているのだと思います。それが誰であろうと、嬉しいと感じるのだと思います。ですが、それだけで貴方の気持ちに応えては、いけませんよね。だから……」
 そんな大事な事を、背を向けたまま伝えるというのもいけないとは思うが、どうしても振り向くことが出来ない。自分はこんなに臆病だったか、と自己嫌悪に陥るが、地面に縫い付けられたように足は動こうとしなかった。
「今は……すみません」
「…………。分かりました。残念ですが……」
「でも、嫌いではないんです」
 踵を返す、微かな足音が聞こえると同時にアクアは再び口を開く。カフェの戸は開かず、足音が止まったところで彼女は再び話し出した。
「私は以前、貴方に言いましたね。“会いたくない”というのと“嫌い”というのは同義ではない、と。私はあの頃、貴方のあの明るすぎる振る舞いが苦手でした。いえ今でも苦手ですが最近はよく哀しそうにしていますしそれはまあ私の所為らしいという事が何となく解りましたけど、ええと……つまり、苦手というかうんざりして辟易して呆れて同じテンションには到底なれなくて会うと疲れるので積極的に会いたいとは思えませんが……」
 何だか滅茶苦茶だ。滅茶苦茶な事を言っている。そう思いながらそこで初めて、彼女は振り返った。我ながら遠慮の無い言葉に落ち込んだ表情をしているかもと思ったが金縛りは解け、向き合ったルイはやはり落ち込んだ顔をしていた。それでも怯まなかったのは――
 もしかしたらこれが、最も彼に言いたい事だったのかもしれない。

「“嫌い”というのは、そんな生易しいものではないでしょう?」

 ずっと、勘違いをされているような気がしていた。
 だから、それを正したかった。

「居たら居たで別に構わないんです。それで、ストレスが溜まるとか本気で不快になるとかそういう事は無いんです。否定はしましたが、拒絶したつもりはありませんでした」
 誰か個人が加われば、集団の空気が変わるのは当然の事だ。そして、彼が加わって変わる空気の質は、決して嫌いではない。
「それが、去年の夏の、私の気持ちです。今は……貴方が普通に真面目な事を言っていると、落ち着きません。私が、悪い事をしているような気になって……だから」
 もっと、自分の感情が理解出来るまで、受け入れられるようになるまで。否――どんな答えが出ても、それからも、ずっと。
「酷く勝手な話ですが……これからも貴方には今迄通り、遠慮しないで欲しいんです」