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Welcome.new life town 2―Soul side―

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Welcome.new life town 2―Soul side―

リアクション

 
(都会だ……これは札幌以上にでかいかもしれんな)
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の大叔父、九条 常(くじょう ときわ)は、空京という街の規模に今更ながらに気付き、圧倒されていた。両側に並ぶ店の間にある道路は広く、表通りと呼べる道も複数ある。背の低い店の向こうに見える高層ビルの一つ一つは日本のそれより大きく高く、遥か先にあるであろうシャンバラ宮殿の威容はこの位置からでも充分に確認できる。
(だからこそ迷ったんだろうな……ああ、くそ!)
 彼は、大姪であるローズに小樽の実家に帰るようにと話すために空京に来た。父親と2人暮しであったローズは、約4年前に家出したきり北海道に戻ってきていない。彼女が子供の頃は仲の良い家族だったのだが、今はそれぞれの心は離れてしまっている。
 その事には一種の寂しさも感じるのだが――
 自分の意思で、というよりは、親戚の中でもローズと交流があったからという理由で爺に説得任命された常は、彼女と話をする事自体にあまり気が進んでいなかった。
 だからというわけでもないが、常は待ち合わせ場所にすぐには向かわなかった。時間が余っていたこともあり、街中を歩いて服や土産物を見て回った。
 おかげで両手に紙袋を提げることになり、何しに来たのかとローズに突っ込まれそうだと思わなくもない。
 加えて、適当に歩いたこともあり常はすっかり迷ってしまった。地元が割と田舎であり都会に慣れていない彼は、どこをどう行けば目的地に辿り着けるのか分からなくなってしまった。店周辺の地図は持っているが、そもそも現在地が分からない。
 気が進まないとはいえボイコットするわけにもいかず、途方に暮れてしまう。
 時計を見ると、予定の時間は数分後に迫っている。ローズはもう到着している頃だろう。これはもう、誰かに道を訊く他はない――
「ふう……こう暑いと、途中で冷やさなきゃ熱暴走しちゃうわよね。ここにアイスクリーム屋さんがあって良かったわ」
「食べたかっただけですよねー……」
「食べたかっただけですね」
「冷やすだけなら水で良いしな!」
「うっ……でも、どうせなら美味しく冷やした方が良いでしょ?」
「アイスくらい構わないんじゃない? 時間には余裕あるって言ってたわよね」
「まあ、この位の寄り道なら大丈夫ですよね」
 上から順にファーシー、フィアレフト・キャッツ・デルライドアクア・ベリル(あくあ・べりる)ミンツくん、再びファーシーと御神楽 環菜(みかぐら・かんな)御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がコーンアイスを食べながら発言する中、常は彼女達に声を掛けた。
「すまない……君、君達!」
 彼女達の傍にはベビーカーが置いてあり、機械製と思われる犬も一緒にいる。地球人っぽくない会話から空京にも詳しそうだし、道を教えてくれるかもしれないと思い、地図を見せる。
「このレストランは、ここからどう行けば着くだろう? 恥ずかしい話だが迷っちまった」
「レストラン? えーと…………」
「あれ、近くにあるこのお店の名前って……」
「パーティー会場の店……というかギルドね」
「私達がこれから行く場所の近くです」
「ち、近く? 本当か!」
 ファーシーが地図を把握する前に陽太が気が付き、環菜がそれを補足する。そして最後にアクアがそう言うと、常は胸を撫で下ろした。
「わ、私にも見せてくださいー。あ、本当ですね」
 背伸びをしていたフィアレフトも地図を見て頷く。その様子を見て、常は申し訳ないと思いつつも口を開いた。
「ここから近い場所にあるんだろうか? 君達が行く店まででもいい。迷惑でなければ、同行させてもらえないだろうか」
「え? それは……」
 ファーシー達は顔を見合わせる。これから行くと言っても、真っ直ぐに向かうわけではない。寄り道先にまで彼を付き合わせるわけにもいかないだろう。
「では、わ……」
「私が案内しましょうか? ミンツくんに乗ってもらえばあっという間ですし。すぐに追いつきますから」
 これで病院に行かずに済むかもしれない。そう思ったアクアが案内を買って出ようとしたところで、フィアレフトが先に全てを言い切った。ファーシーは「え?」と瞬きしてから彼女と目線を合わせて言う。
「え? でも、良いの? ラスとピノちゃんに会わなくて」
「そこまで急がなくてもいいみたいだし……後で会えれば大丈夫です」
 それを聞いて、アクアは思わず沈黙する。確かに、遅くとも誕生会では顔を合わせるのだ。ここで離脱してもあまり意味は無いかもしれない。
「じゃあ……お願いしようかな。先に行って待ってるわね」
「はい! それじゃあ……ミンツくん!」
 フィアレフトが名を呼んだ直後、機械製の犬が「おう!」と応じてその姿を変え始めた。脚が、頭部が伸び、畳まれ、何度かの変形の後に飛空艇の形状になって宙に浮く。
「……………………」
「どうぞ! 乗ってください」
 びっくりしている常に、前の席に座ったフィアレフトが明るく言う。パラミタでは、こういった乗り物が普通にあるのだろうか。慣れないながらに乗り込むと、少女はファーシー達に手を振った。
「行ってきますねー!」
 3メートル程の高度を取った飛空艇が、速度を出して飛び始める。少女の背中と、アイス屋の前で手を振り返しているファーシーと赤ん坊を見て、常は直感的に思った。
「君達は家族なのか……羨ましいな」
「……え?」
 驚いたような声と共に、飛空艇が若干左右にぶれる。その反応に苦笑し、「ああ……いや」と前置きしてから常は言った。
「これから大姪に会いに行くんだが、もう長い間会っていなくてね。記憶が正しけりゃあ20歳手前だから『帰れ! 殺すぞ!』なーんて刺々しく言われる心配は無いんだが」
 もしかしたら説教と捉えられて喧嘩になってしまうかもしれない。それを思うと憂鬱だ。
「俺もその頃はやんちゃしてたし、偉そうに言えない立場なんだよ。尊敬している甥の子供だし、好きにやらせてやりたいんだけど……って、あぁ、すまん。愚痴になっちまってたみたいだ」
「いえ……」
「……しっかりしなくちゃあな」
 運転の為に前を向いたままの少女の後頭部に、同時に自分自身に対して常は呟く。それから、一転して陽気な口調で彼は続けた。
「まあ、てわけで家は今、色々あってな。仲の良さそうな君達を見て羨ましくなっちまったんだよ。何か、いいな、ってな」
「ありがとうございます……」
 フィアレフトの声からは、言葉のままの感謝の気持ちが伝わってくる。彼女は少し俯いていて、照れくさいのかなと思いつつ、常は言った。
「バラバラになってしまうより、繋がっている方が良いからな」
「そうですね。私も……そう思います」

              ◇◇◇◇◇◇

「ありがとうございましたー」
「にゃにゃーっ!」
 礼をする店員に、右肩に乗ったちびあさにゃんがじゃあねというように手を振っている。まじまじと自分の肩を見ながら、アイビスは驚きと感心と少しの呆れが混じった思いを隠せなかった。
(ちびあさをちょっと甘く見てたわ……)
 ちびあさにゃんの商人魂には、目を瞠るものがあった。店に置かれた色々な掘り出し物は見逃さず、積極的に値切りもする。その交渉術も悪くなく、店員は繰り出される値引き理由を論破出来ないままに言い値を受けてしまうのだ。にも関わらず――
「また来てくださいねー」
「にゃー」
 そう迷惑顔もされずに最後はフレンドリーになって取引を終える。より安く良い物をあげようと頑張るちびあさにゃんは、思いがけなく頼もしかった。
「にゃっふー」
 おかげで予定よりも予算が掛からず、満足気な声と共に『金銭管理は任せて!』と書かれた紙がぴらっと目前に掲げられる。事実、今、榊家の財布はちびあさにゃんが管理している。任せるようになったのは最近だが、それから身に着けた技なのかもしれない。
「ええと、あと、買うものは……」
 アイビスは、持ってきていた買い物リストを確認する。
「あ、今ので最後ね。思っていたより早く終わったかも。メモを作ってきたからかな」
「にゃにゃにゃ〜」
『こういうのは事前のチェックが大事なんだよ』という紙が出てくる。出掛ける前、このリストを渡してくれたのもちびあさにゃんだった。その時にも、ぬかりのなさにびっくりしたものだ。
「じゃあ、一度海京に帰って準備しようか……え? ……あ!」
「にゃー」
 ちびあさにゃんの合図する方に目を移し、ファーシー達親子とアクアの姿を見つけて小走りに近付き、声を掛ける。
「ファーシーさん」
「アイビスさん! お買い物?」
「えっ!? あっ、そう! そうなの。色々と必要なものがあったから」
 沢山の買い物袋を見てファーシーは言い、アイビスは慌てて袋を背中に回す。この中にはプレゼントも入っている。バレてしまってはちょっとしたフライングだ。ベビーカーに座るイディアは最後に会った時より成長していて、少し早いけど……と思いながらもアイビスは中腰になってイディアに微笑む。
「イディアちゃん、お誕生日おめでとう。パーティ、私達も参加するわ」
「だあ。だー」
 以前に子守してもらったのを覚えているのか、イディアは手を伸ばしてくる。それをきゅっと掴み、一応、と彼女は場所を確認しておくことにした。
「会場って、ギルドのオープンカフェでいいのよね」
「そうよ。ノアさんが飾りつけしてくれてるって聞いて、わたしもとっても楽しみなの!」
 嬉しそうに、ファーシーは答える。お互いの携帯電話が鳴ったのはその時で、それぞれに画面を確認すると「また後でね」と歩き出す。
「朝斗? うん、今ちょうどファーシーさんと会ったんだけど、会場はね……」

「えーと、これから迎えに行くのかい?」
 ルミーナと無事にプレゼントを選び終え、合流しようと隼人はファーシーに連絡を取った。病院に行くと聞いた彼は、そういえば、と思い出す。
「同じ病院に、優斗も入院してるんだよな。じゃあ、ついでに優斗の見舞いにも寄って、それからお祝いしようか」
『えっ、優斗さんが!? ま、まさか悪い病気とか……? え、アクアさん何? ついに不死身補正がなくなりましたかって…………そうなの?』
「あ、そーいうんじゃなくて……」