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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(前)

リアクション


♯2


「ふむ」
 三船 甲斐(みふね・かい)は腕を組み、わずかに首を傾げた。
 彼女の位置は他のみんなより一歩後ろ、とはいえ十分に最前線の範疇であり、味方の背中も敵の顔もよく見える。
 辺りにはインセクトマンの死体がごろごろと転がっている。
「一匹発見したら、とはよく言ったものよのぅ」
 不意に出来た間に、佐倉 薫(さくら・かおる)が呟く。
 かの有名な黒色のアレの特性に近いインセクトマンの姿は見えないが、次々と途切れる事なく集まってくる怪物の群れはその言葉を嫌でも連想させた。最も、そのお言葉を頂く虫は、戦う事よりも逃げる事に重点を置いた設計なので、戦闘用として使われているインセクトマンのベースには使いにくいのだろう。
「カマキリ、アリ、蝶、ベースはわからないが甲虫の類。一匹ずつは持ち帰りたいとこだけど、ラボを呼んでもこねぇんだよなぁ」
「けど、やっぱり最新型だね。すごい軽いや」
 エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)は自分の両腕を見下ろす。彼女達は最新型のパワードスーツラストスタンドに身を包んでいるのだ。
「対ダエーヴァ兵器はどうだ?」
「使いやすいけど、ちょっと脆い」
 甲斐が即席武器工房で作った対ダエーヴァ兵器のうち、エメラダに渡されたのは触手だった。武装細胞と同じ感覚で利用できるため使い勝手こそいいが、パワードスーツで振り回すにはいささか物足りないといったところか。丁寧に使えば利用は可能だが、わざわざ利用するには今回のような実験的な意味がなければあまり意味が無いだろう。
「それで、どうするのさ?」
 猿渡 剛利(さわたり・たけとし)が間に割り込む。
 倒しても倒しても、次から次へと怪物達は集まってくる。
「あー、あれだな。たぶん体液かなんかの匂いに集まってくるようになってんだろ」
「いや、そういう事を聞いてるんじゃなくってさ」
「だから、体液が出ないように仕留めればもう集まって来ないんじゃないか」
「今更遅いよ!」
 既に周囲は大惨事状態である。
 血液その他諸々が誘引剤であるならば、もはや十分過ぎるほど撒かれているし、近接戦をしている薫とエメラダは返り血も浴びている。
「つまり、どこに逃げても無駄ってわけだ」
 肩をすくめる甲斐に、剛利は次の言葉が咄嗟に出てこない。
 そんな剛利に向かって、甲斐は何か言おうとした瞬間、突然剛利の視界からその姿が消えた。
「え?」
 一瞬、本当に消えてしまったのかと思ったが、間髪入れずに「うご」といううめき声が下から聞こえてくる。甲斐は地面に仰向けに倒れていた。ただ倒れているのではなく、白い白衣とは別に、やたらベトベトしそうな白い液体のような何かで押さえつけられている。
「くそ、この頭がどれだけ貴重かわかってるのか」
 甲斐が睨んだ先は、背の低いビルの上、そこには蜘蛛の胴体から女性の上半身が生えた化け物がいる。ケンタウロスとかと違うのは、蜘蛛の顔と女性の顔とで頭が二つある事だろうか。
「大丈夫?」
「あー、待て触るな」
 少しもがいて、すぐに諦めた甲斐は剛利に向かって言う。
「触ると動けなくなるぞ、それよりも―――」
 言葉の最中に、剛利と甲斐の視線の交差する辺りを、長尺刀が真っ直ぐに通り抜けていく。薫の突きが、動けなくなった甲斐を仕留めようと接近していたアリ型のインセクトマンを突き飛ばした。
「どうやら、指揮官だと思われてしまったようだのぅ」
 まずは頭を潰せ、そういう事を考える事ができる奴が、怪物側に現れたという事らしい。あまりにも単調な突撃ばかりしてくるので、すっかり油断していたようだ。
「だったら、やられたらやりかえす、倍返しだ!」
 女郎蜘蛛っぽい怪物に向かって、剛利は甲斐の作った砲撃型対ダエーヴァ兵器で攻撃をしかけたが、女郎蜘蛛はさっと身を引いて、攻撃を回避した。他の怪物は銃口を向けても愚直に突っ込んでくるが、アレは銃口からは弾が飛び出してくると理解しているらしい。
「げ、弾切れ」
 次弾が無い。そこへ飛び掛ってくるインセクトマン。咄嗟に弾切れした手持ちの武器でぶん殴る。クリーンヒット、ついでに吹っ飛んで何体かインセクトマンを巻き添えにする。
「重火器は鈍器だって、本当だったんだ」
 最新鋭のパワードスーツも合い間って、個々の戦闘力ではインセクトマンの一匹や二匹は大した事ないのだ。
「やべー、どうしたもんかのー」
 地面に縫い付けられてしまった一人を除いては。
 それにしても、今日の空は曇天空である。甲斐の視界には、どんより雲と風で舞うゴミぐらいしか映らない。と、そんな中、風に逆らって飛ぶやたらでかいゴミが一つ。
「いや、ゴミじゃねーな」
 ワイヤーを飛ばして建物をすべるようにして進む影は、IPS-UNITだ。自分達が運用しているのと、同じ型のパワードスーツだ。
 勢いに乗ったパワードスーツはワイヤーを自切、勢いそのままにビルの上に飛び乗った。女郎蜘蛛の姿があったビルの上だ。
「珍しいタイプ、恐らく指揮官型ですね」
 既に抜いていたPS用カタナを向けた白河 淋(しらかわ・りん)は相手を見据える。大型の女郎蜘蛛型怪物が一匹、護衛らしき甲虫型の怪物が二。
 彼女が身に纏っているのは、アーコントポウライ。ワイアクローの搭載数を増やした機動力重視型だ。
 まず彼女から動く、大型に向かって進むと、当然ように甲虫型が進路を塞いだ。構わず切りつける。
「さすがに、一息とはいきませんね」
 硬い。そして、見た目に反してなかなか上手に刃を受ける。甲虫の装甲を切り裂く事は不可能ではないのだが、力を反らして刃が真っ直ぐ入るのを防いでいるのだ。
 一拍の間に、もう一体が間合い詰めて殴りかかる。身体を反らして攻撃を避けつつ、短く一歩下がる。相手も一歩もで詰めれる距離であるため、当然詰めてくる。さらに一歩下がるを繰り返し、その間にこちらもカタナを振るって攻撃の意思を示す。
 その様子を、後ろで女郎蜘蛛はにやにやと眺めていた。いきなり敵が飛び込んできたが、大した相手ではない。そう思っているのだろう、そう思っているまま、女郎蜘蛛は顔半分を吹き飛ばされて上半身をがっくりとうなだたせ、次いで下の頭も横に弾かれる。
「頭は潰した」
 淋への通信は、建物の内部を移動していた三船 敬一(みふね・けいいち)からのものだ。司令部を経由しない短い距離での通信であれば問題なく利用できる。
「確認したわ。こっちも片付ける」
 指揮官型は、多少の差はあれど臆病だ。そのままでは敬一の狙撃にも感づいていただろう。故に、正面に立って注意を引き付ける必要がある。オリジンで行われた怪物の指揮官型の対応手段のうちの一つである。
 油断を誘う必要が無いのであれば、二体の甲虫相手にそこまで手間取る必要は無い。既に頭を潰したようなものであるため、連携らしい連携も途切れている。
 強烈なハンマーパンチを余裕で回避し、がら空きの背中にカタナを振り下ろす。鎧の隙間は生身でも十分効果的なダメージを入れられる。もう一体が遅れて邪魔に入るが、振り下ろしきったカタナを今度は振り上げ片腕を飛ばし、返すカタナで喉を突いた。
 残りの怪物の処理をしている頃、地上でも状況が大きく動く。
「足を止めるな。何、難しいことではない。たかが騎兵と同じ事をするだけだ」
 ワイヤーで怪物達の頭上を飛び越えながら、コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)は率いている部下に指示を出す。
 本人はそのまま怪物の頭上を通り、怪物達の視線を集め注意を逸らした。何人かの部下はそれに続き、大半を占める地上部隊は怪物の群れに攻撃を開始する。
「援軍? 味方が残ってたのか」
「……そちらもはぐれ部隊か。益々状況がわからんな」
 指揮官を狙撃した三船 敬一(みふね・けいいち)は窓を乗り越えて姿を現すと、部下に指示を出し、やたら粘着質な糸から甲斐を救出させた。
「おっと、これも少しもらっておかないとな」
 強かな甲斐は自分を拘束していた謎物質を回収する。
「近くで戦闘があったので様子を見に来たが正解だったな。ところで、今の状況はどうなっている。現状の把握を進めたい」
 問いに甲斐達が返答する前に、斜めにレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が滑り込んでくる。上から降ってきたらしい。
「いやぁ、大分状況が動いてきましたね。三時間ぐらいふらふらした甲斐がありました」
 レギーナはそう最初に言ってから、ここ以外の場所で行われている戦闘らしき様子の報告を手早く行った。走って十分圏内に三つの戦闘が行われているようだ。
「三時間?」
 甲斐が尋ねる。
「そうですが、何か?」
「こっちが怪物に囲まれだしたのは、ほんの数十分前だぜ。なぁ?」
「正確な時間を問われれば難しいが、一時間も経過してないのは確かだのぅ」
 答えたのは薫だった。布で刃先を拭っている様子からして、大体は片付いたようだ。
「状況終了」
 続いてコンスタンティヌスが告げる。部下達も整列をはじめているようだ。
「了解した。状況の確認にはもう少し色々と情報が必要なようだ。まずは情報収集のためにも、近くで行われている戦闘に介入していこう。怪物が相手である以上、戦闘を行っている両者が我々の敵とは考えにくい」
「では、様子を伺ってきます」
 レギーナは一足早く、偵察に出ていった。
「我々は移動を開始するが、特に問題がなければ共に行動する事を提案する」
 剛利はちらっと甲斐を見た。
「ま、いいんじゃねーの?」