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はっぴーめりーくりすます。4

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はっぴーめりーくりすます。4
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リアクション



8


 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、自動車を運転していた。人形工房へ向かう途中だった。
 前日から降っていた雪が街を白く染めていて、クリスマスらしく綺麗な街並みを横目で見つつ、ハンドルを切る。
 何事もなく運転していた、はずだった。
「……あら?」
 それが急に進まなくなったものだから、思わず声を出してしまった。アクセルを踏むが、タイヤの空転する音ばかりで進まない。
 もしや、と思って外に出ると、案の定だった。雪にタイヤを取られ、進めそうになくなっている。
 困りましたね、と腕を組んで考える。とにかく、すでに工房で待っているであろう小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に連絡を取らないと。
 それにしても外は寒い。美羽が来るまで車内で待とう、と思ったときに店の看板が目に入った。
 『Sweet Illusion』。
 そうか、フィルのケーキ屋はここからこんなに近いのか。そう思うと、足は自然とそちらへ向かっていた。


 美羽が、先日食べたクリスマスプティングが美味しかったと告げると、クロエは喜びもう一度プティングを作ると言った。コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と作ることも楽しかったようで、今日も「コハクおにぃちゃん、てつだって!」とふたりで仲良く作ったようだ。
 プティングが完成して、それをわいわいと食べて、でもまだベアトリーチェは来なくって。
「遅いなあ……」
 さすがに心配になってきた頃に、携帯が鳴った。ベアトリーチェからだ。
「もしもし?」
『ごめんなさい、連絡が遅くなって』
「それはいいけど。今どこにいるの? 大丈夫?」
『はい。雪にタイヤを取られてしまい、立ち往生していました』
「大丈夫じゃないじゃない。で、どこ?」
『今は、『Sweet Illusion』で休憩しています』
「わかった。迎えに行くね」
 やり取りを終え、電話を切る。断片的とはいえ内容を聞いていたコハクは、既に外に出られる格好になっていた。クロエも、上着を着ている。
「ふたりとも、準備早すぎ」
「だって。しんぱいだったんだもの」
「ね。エアカー出すから、みんなで行こう」
 こうして、コハクの運転するエアカーで『Sweet Illusion』へ向かうこととなった。
 エアカーは、その名の通り空を飛ぶ。
 なので、積もった雪にタイヤを取られることもなく快適に空を進んだ。
「ゆき、すごいのね」
 クロエの言葉に、美羽は頷く。積もった雪は厚く、これはタイヤを取られるのも仕方がないと思った。
「うちの近くはそうでもなかったんだけどね。ヴァイシャリーは積もるね」
 だからベアトリーチェも油断していたのだろう。そんなことを話しながら、街まで向かう。
 しばらく行くと、遠くに『Sweet Illusion』の看板が見えてきた。
 適当なところでエアカーを止め、歩く。
「そういえば、昔『Sweet Illusion』でクロエのマジパンを作ってもらったね」
「! あれ、わたしすごくうれしかった!」
「よくできてたよね。食べられた?」
「もったいなかったけど……たべたわ」
「食べちゃったかー」
「えっ、いけなかった?」
「全然。言ってみただけ」
「なによぅ」
 他愛もないやり取りをしていると、店が目前に迫った。ドアを開ける。暖かい空気が頬を撫でた。
 さっと店内を見回す。混み合っていたが、ベアトリーチェはすぐに見つけられた。
「美羽さん」
 軽く手を振るベアトリーチェに、こちらも振り返して近付く。
「よかった、無事で。心配したよー」
「したわ。あっ、ハッピーメリークリスマス!」
「心配かけてごめんなさい。メリークリスマス、クロエさん」
 ベアトリーチェが、クロエの頬を両手で包んだ。
「冷えちゃいましたね」
「ベアトリーチェおねぇちゃん、あったかい」
「ここで、紅茶をいただいていましたから。そうだ。心配をかけてしまったお詫びに、ケーキ、ご馳走しますよ。買って、工房まで戻りましょう?」
「いいの?」
「もちろん」
「やったねクロエ! 選び放題だ!」
「美羽さん、選び放題はちょっと……」
 ベアトリーチェの制止を振り切り、美羽はクロエとショーケースの前に立つ。
「リンスって何ケーキが好きなの?」
「わりとね、なんでもたべるのよ。あまいもの、すきみたい。でもいちばんはチョコレートね。チョコじたい、すきだし」
「じゃあこの限定ケーキ買ってこ。見てこれ、すごくチョコ濃さそう」
「すごい! おいしそう!」
「クロエもこれにする?」
「うー、でも、えっと、こっちのタルトもおいしそうでね?」
「じゃあそれにすればいいじゃない。分けっこしようよ」
「するー! みわおねぇちゃんは? どれにする?」
「私はねー、……、悩むなぁ」
「なやむわよね!」
「うん」
「はんぶんこする?」
「する。じゃあどれにしよっか? クロエも一緒に選ぼう?」


 ショーケースの前でわいわいとしている様子を見るに、ふたりがケーキを買って戻るのはもうしばらく後になりそうだ。
 コハクは、ベアトリーチェの向かいの席に座ってふたりを見た。微笑ましい光景だ。
「そのセーター」
 ふと、声をかけられた。ベアトリーチェだ。コートの下からちらりと見えるブルーのセーターを見て、彼女は気付いたようだった。よく見ている。
「そう。この間の」
「クロエさんも着ているんですか?」
「うん。今は、コート着てるから見えないけど」
 先日、美羽がコハクとクロエのためにと編んでくれたセーターを、今日はふたりして着用していた。暖かくて、なんだか幸せな気持ちになれるのはかけられた魔法のせいだけではないだろう。
「似合っていますよ」
「そうかな。ありがとう」
 素直に褒められて、嬉しくも恥ずかしく思い、ベアトリーチェから視線を逸らす。
 ショーケースの前では、まだ美羽とクロエは悩んでいて、その横顔を可愛いと思った。