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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 14 平穏無事な一日を。

「テレビの前の皆さんこんにちは! 『ツンデレーション』の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)です!
 今日、私は空京に新しくできた大型デパートに来ていまーすっ!」
 紹介文を謳うように言って、衿栖はデパートを見上げる。十二階建てのデパートは当然だが大きく、少しくらりとした。
「大きいですよねー! それもそのはず、このデパートはなんと地下二階、地上十二階建てなんです。キャッチコピーは『買えないものはない』なんだけど、これだけ広ければそれも頷けますね」
 言葉通り、うんうんと頷きながら衿栖はデパートに入る。
「デパートは本館であるA棟と別館であるB棟に分かれています。事前にリサーチしたところ、A棟は日用品や家具、本屋さんなんかのカルチャーゾーンがメインで、B棟は服や雑貨って感じかな。女の子としてはB棟の方が気になるのでB棟へ行こうと思いまーす。お目当ての店もB棟にあるので!」
 フロアマップを見ながら、衿栖はエレベーターの場所を探す。フロアの端の方にあった。人混みに気を付けながら、エレベーターで六階まで上がる。
「B棟へは六階にある連絡通路から行くか、地上から直接入るかのどちらかです。せっかくだから私は連絡通路から。連絡通路は側面が強化ガラスで、空京の町並みを見下ろすころができるんです。綺麗だねー」
「……ていうか衿栖さあ」
 窓の向こうを見ながら通路を渡っていた時、衿栖に同行していた茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が低く呟いた。
「カメラも回ってないのに、何インタビュアーみたいなことやってんの?」
「せっかくだからテンション上げていこうかなって」
「逆じゃないの? テンション上がりきってるからこんなごっこ遊びしてるんでしょ?」
「ごっこ遊びじゃないわよ。れっきとしたシミュレーションです」
「はいはい。そういうことにしておいてあげるよ」
 からかうように朱里は言い、くすくすと笑いながら連絡通路を抜けていった。そのままエスカレーターに乗って下の階へ降りる。朱里の後を追ってエスカレーターに乗ると、衿栖は携帯を開いた。
 携帯には響 未来(ひびき・みらい)からのデコレーションメールがあり、B棟五階で待ってるよ、という旨が書かれていた。具体的にどこにいるかはわからないが、未来たちは目立つ。適当に散策しながらぶらついていればそのうち見つかるだろう。
 その予想は当たっていた。気軽な気持ちでエスカレーターを降りた直後、
「さぁ! アイドルの諸君! ここが今日ライブをすることになるデパートやでぇ〜!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)の陽気な声が聞こえてきたからである。
 ほらね、と思いながら声の方向を見る。いた。未来と日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)、それから一足先に合流したらしい琳 鳳明(りん・ほうめい)の姿も見える。鳳明の後方には控えるようにしてセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が立っており、また少し離れたところで南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が自由に動き回っているのも見つけられた。合流しようと、衿栖もその輪に近付いていく。
 社は力説するあまり衿栖の接近に気付いていないようだった。目を閉じ、拳を握っている。
「昔はデパートでの活動っちゅうと駆け出しのアイドルがやる仕事ーいうイメージがあったそうやけど、今やショッピングモールなんかの大型施設はアイドルや芸能人にとって重要な活動場所になっとるからな。846プロダクションも、今日はこうやってお客さんに近い位置で触れ合おうっちゅうワケや」
 うんうんそうよね。と衿栖も社の熱弁に感じ入っていたものの、
「あっ! ミクちゃーん、衿栖ちゃんだよ!」
「きゃー! 迷わず来れた?? あのメールでわかった?」
「ううん、わからなかったけど来れると思いました!
 鳳明さんもこんにちは! 一緒にお仕事するの、久しぶりですね!」
「本当だね! 最近はソロでの活動が多かったし、皆とお仕事するの楽しみだなー」
 友人に会ってしまえば、つい盛り上がってしまうものである。
 きゃいきゃいとはしゃぐ女性陣を見て、社は苦笑いを浮かべる。
「俺が久しぶりに社長っぽいこと言った感じになっとるのにキミたちはほんまかしましいなっ」
「うむ、そうだそうだ、社は社長だぞ。みな、敬え!」
 社への後方支援は意外なところから飛んできた。ヒラニィだ。
「おお、ヒラニィちゃんもわかってくれるか俺の気持――って何持ってんねん」
 振り返った社は即座に突っ込む。何せヒラニィは、両手いっぱいに商品を抱えていたからだ。
 お菓子。小物。ゲームソフト。本。
 よくもまあジャンルの違うものをこの短時間に集めたものだ。と思い、社は気付く。レジを通していないのに、店の外に持ってきてはいけないだろう。注意せねばと社が「あのな」と口を開くまでの一瞬に、ヒラニィは迷いなく言い放つ。
「知っておるか? りんくきゃらくたーというものは常に所持金がゼロと表示されておる」
「……りんくきゃらくたー? なんですのんソレ」
「つまり事実上買い物はできん」
 知っているかと問いかける形で話を振っておきながら、ヒラニィは質問の一切を無視して言葉を続けた。その件に関しても社は突っ込みたかったが、ヒラニィはそれを許さない。こちらが口を開こうとした時を狙って、自分の意見を述べるのだ。とてもじゃないが、口を挟む余地がない。
「そしてわしが買い物をするということ、イコール奢りということだ。
 なあ社長。この意味が、わかるな?」
「わかってたまるかっ!」
「うむ! よくわかっているようだな! イヨッさすが846プロ社長! 太い腹! もとい! 太っ腹!」
 揶揄の透けて見える言い間違いに突っ込みを入れる気力も沸かない。それをヒラニィは都合よく肯定ととって、にっこりと笑った。
「さあ社長、お買い上げはこちらだ。店員さんが目を三角にして待っているぞ!」
「三角ってむっちゃ怒ってるやないか!」
「そりゃそうだ、店の商品を持ち出しておるからな。早く戻らねば万引き扱いされてしまうぞ」
「店出た時点でそう扱われなかっただけ奇跡やでほんま」
「そこは社長が大量お買い上げで媚を売ってだな」
「あかんて。そもそもなんで俺が買うこと決定しとるん」
「みんなー! 社長が奢ってくれるって言っておるぞー!」
「ヒラニィちゃん何言うてんの!?」
 まさか皆乗らないよな、と恐怖を感じて振り返る。
 しかし遅かった。いや、女性陣の行動が早かったのか。
「さーみんなー! 迷ったら私がプロデュースしてあげるから、どんどん服選んでー!」
「おいちょっと待ちぃや未来! 何煽ってんねん!」
「あら、さすが日下部社長は所属アイドルたちへの気遣いができてらっしゃいますねっ。自費で皆に振舞ってくれるなんて……」
「えっ? セラフィーナさん、何言ってますのん、自費って……」
「だって、こんな私事に経費なんか落ちませんよ?」
「いやまあ、せやろうけど……!」
「あ、ワタシはこれが欲しいです」
「それでいてちゃっかりおねだりとか!?」
「わあ社長、さすが! 豪華なお財布なだけありますね!」
「衿栖ちゃんちょお待って!? 今俺のことお財布扱いしたん? それとも俺の財布が豪華だって話?」
「もっ、もちろん後者に決まってるじゃないですか、やだなー」
「だ、だよなー? なんでどもったんか気になるけど……」
「衿栖さん! 社さんに奢ってもらうなんて悪いよ!」
「おお……鳳明ちゃんはええ子やなあ……!」
「けど社長だし、服くらいなら結構大丈夫とか? いやいややっぱり悪いし……あっでもアレもソレもほしいな……」
「嘘やん……めっちゃ目移りしてるし……ていうかですね!? あなたたち、何、年下にねだってるんですか! 確かに俺は社長やけども……!」
「やー兄……だめ?」
「いや全然? ちーはええんやで、なんでも欲しいの言い? やー兄がなんでも買うたるでぇー」
 溺愛する妹ににっこりと笑うと、強烈な視線を感じた。笑顔が引き攣る。すさまじいまでの掌返しですね。そう言われているような気がしてならない。針の筵に立たされている、というのはこういう気持ちなのだろうと思った。自分はこれに耐えられない、とも。
 なので社は腹を括った。半ばやけっぱちになって、叫ぶ。
「……あーもう! 今日だけですよ! 今日だけですからね! あとちょっとは遠慮してくださいね! ええですか!」
「「「はーい!」」」
 すると女性陣は仲良く声を合わせ、元気のいい返事をしたのだった。

「きゃー。鳳明ちゃんも衿栖ちゃんもその服似合ってて可愛いわねー!」
「そ、そうかな? えへへ……。
 ……これ、いくらなんだろ? ……、……お、おぉ……」
「鳳明さん、大丈夫ですよ! 今日は社長というお財布があるんだから!」
「ううん、でも……うう、けど可愛い」
「ねえふたりとも! こっちの服もいいと思わない? ほら、さりげなく大人の女性って感じを出せるでしょ?」
「わあ、未来さんの見立て、さっきからどんぴしゃ! 私、こういうの好きなんですよー!」
「あっ、なら衿栖さん、こっちのもいいんじゃない?」
「どれどれ? ……わーん好き! これ好きー!」
「だと思った! それとこれとか、……。……」
「? 鳳明さん、何固まってるの?」
「いや……値札がチラ見えして」
「……わあ、桁……」
「……たまにさ、異世界だよね。洋服屋さんって」
「そうですね……」
「あら、鳳明ちゃんと衿栖ちゃんったら引き攣っちゃって……大丈夫かしら」
「ミクちゃーん、試着終えたよー」
「本当? 出てきて見せてくれる?
 ……! 素敵! やっぱりその服素敵よ!」
「えへへ、ありがとー。ちーちゃんね、ミクちゃんの選ぶお洋服、好きだなー」
「うふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。
 ああっ、それにしてもこんなにたくさん可愛い格好をさせてあげられるなんて……それも、三人の女の子にあれもそれもと代わる代わる。……ぐへへ」
「ミクちゃん、なんか笑顔がヘンー」
「おっと。大丈夫よ千尋ちゃん、怖くないわよー」
「うん、いつものミクちゃんだね!
 あっそうだ。さっきね、ミクちゃんに似合いそうなお洋服見つけたんだよ。持ってきてあげるねー」

 買い物を楽しんでいる最中、ふっと思い出して千尋は一旦、輪を離れた。未来が着たら可愛いだろうな、と思った服は、この店の入り口のところにあった。向かい、服を手に取り戻ろうとして、
「ちーちゃん?」
 聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返る。振り返った先には、クロエとピノがいた。
「クロエちゃん! わぁ、ピノちゃんもー!」
 ふたりが空京にいるとは思わなかった。予想外のことで、とても嬉しく思う。自然に口元が緩んで笑うと、クロエとピノもはにかんだ。
「ふたりで一緒にいるのって珍しいねー」
「うん。さいきんしりあったのよ。ねっ」
「ねー」
「そうなんだー。ふたりが仲良しで、ちーちゃん嬉しいなっ。ふたりもお買い物? ちーちゃんたちもなんだ! みんなで一緒にお洋服見ようよー」
「もちろんよ!」
「うん、いいよっ。みんなでお買い物した方が楽しいもんね!」

 千尋が、クロエとピノを連れて店内へ戻ってきた。
 鳳明は、ピノとクロエに手を振りかけたところで、気付く。
 クロエがいるということは、リンスがいるということでは?
「……!!」
 ばっと店の外を覗くと、いた。予想通り。リンスが。店の外に。
「ううううううわうわうわ私服。私服だ私服……」
「えっ何鳳明さんどうし……えええええ何あいつなんでえええ!?」
 鳳明の異変に気付いて声をかけた衿栖も、店外にいたリンスを見つけて驚いたようだ。意味もなくふたりは手を取り合い、社と話しているリンスのことを見る。
「うっわうっわ何あれいつもの服じゃない何あれ……!」
「でもやっぱりモノトーン系なんだね……!」
「ですね……! そして大人しめだ……私服なのにいつもと変わらない気もしてくる……!」
「確かに……リンスくんマジック……!」
 頷いて言って、それからはっと閃いた。閃きを、鳳明は口にする。
「リンスくんの服も選ぼうよ!」
「おお! 鳳明さんナイスアイディア! そうと決まれば……リンスー!」
 提案した瞬間、衿栖がリンスを呼びに言った。あの行動力は素晴らしいと思いながら、鳳明も後を追う。
「琳もいたんだ。偶然だね」
「本当よ偶然よ。だからあんたはもっと驚きなさいよね!」
「驚いてるって。十分」
「ぴくりともしない表情筋で何を言うか」
「あはは。でも私、驚いたよ。リンスくんがヴァイシャリーから出るイメージ、なかったから」
「押し負けた」
 だと思った。が、口にせず笑うだけに留めておく。
「人酔いとかは平気?」
「うん、意外と」
「そっか。じゃあ今度みんなでお花見とかも行けるね」
「考えておく」
「考えついでにもうひとつ提案なんだけど」
「?」
「リンスくんも服買わない?」
「……は?」
 唐突な提案だったからか、それともそんなことを言われると思っていなかったのか、リンスはきょとんとした顔で鳳明を見ていた。それから次に衿栖を見る。衿栖は自信満々といった顔で頷き、戸惑ったリンスは次に社に目を向けた。が、社に向けたのは間違いだ。肯定するに決まっている。
「ええんとちゃう? メンズ服扱ってる店は階が違うみたいやけど、ユニセックスの店は向こうにあったで」
「さすが社長、視野が広い!」
 すかさず衿栖が褒め、未だ疑問符を浮かべているリンスの背中を押して店へと向かう。
「え、ねえ、いいよ。俺、服いらない」
「いらなくないよ」
「そうそう。ないわよ」
「足りてるから」
「足りてないわよ。リンスの私服とか超レアじゃない。何着あるのよってレベルよ」
 衿栖の早口の追求に、リンスが視線を外した。そう何着も持っていないらしい。それでよく足りていると言えたものだ。大方、いつも着ているシャツとパンツがまったく同じデザインとサイズで何着かあるのだとか、そういう意味なのだろう。リンスだし。
「ね、たまには違った格好もしてみようよ。見てみたいな」
「そうそう。お洒落って大事よ?」
「…………」
 さらに言葉で押してみると、ついにリンスは黙った。こうなると、大体あとは折れるのみだ。案の定、そうだった。
「買っても着るかわからないのに」
「せっかくなんだし、そこは着てほしいなあ」
「そうよそうよ。私と鳳明さんで一生懸命選ぶのに」
「……わかったよ。今度ね」
 鳳明は衿栖と顔を見合わせる。衿栖は楽しそうに笑って右手を顔の横辺りに持ってきた。鳳明も同じように右手を上げ、ハイタッチする。
 再びリンスが疑問符交じりの表情でこちらを見てきたが、ふたりはいたずらっぽく笑うだけだった。