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【2024VDWD】甘い幸福

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【2024VDWD】甘い幸福
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6.ひとり

 2日前から、パートナーの水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は出張で出かけている。
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は休暇中であり、1人、留守番をしていた。
 出かけ前、ゆかりは元気のないマリエッタのことを気にかけていたけれど、寝不足だとか適当に誤魔化して送り出し、それからずっとマリエッタは官舎の自分のベッドで眠ていた。
 カーテンを下ろし、陽の光を浴びずに。
 時折目が覚めて、何か飲んだり、用を足したりシャワーを浴びたりする以外はずっと眠っていた。
 ……ずっと深く眠っていられたらよかった。
 目を閉じたら、そのままずっと眠っていたかった。
 眠ったら何もかも忘れられるのではないかと思って。
 でも、眠りは浅く、目が覚めてしまい、寝付けなくなる……。
 眠っていたいのに。

 今、何時なのか。どれだけ眠ったのか。
 カーテンを閉めっぱなしで、時計も見ていないのでわからない。

 再び、目を閉じる。
 眠れない。
 瞼の裏に見えてしまう。
 あの人の、顔が――。
 決して手に入らない、想いの人の顔が。
 彼女の視線は決して自分には向けられない、いつも彼女が愛する人のことだけ……見ている。
 彼女がその人のことしか見えないように、自分も彼女のことしか見えていない。
(忘れたい。忘れてしまいたい)
 でも、忘れることをマリエッタの脳は拒否していた。
 マリエッタは大きく息をついた。
「怖い……」
 忘れることが何故か怖かった。
「喉……乾いた」
 妙に熱っぽかった。風邪でも引いたのかとも思ったけれど、そうではないようで。

 諦めてベッドから這い出て、マリエッタはシャワーを浴びた。
「あの人の顔、消えない……消せないのなら、何か他のことでも……」
 ぬるい湯を浴びながら、何か他のことでもしようとマリエッタは考える。
「忘れるために何をしよう……んー、世間では確かバレンタインデーだったよね」
 地球の日本ではバレンタインといえば、チョコレート、らしい。
 誰かに贈るためというわけではないが、美味しいチョコレートケーキでも作って食べようと、マリエッタは決めた。
 良い気晴らしになるだろう、と。

 服を纏って買い出しに行き、必要な物だけ購入してすぐに、部屋に戻って。
 マリエッタは猫の絵の入ったお気に入りのエプロンを身につけ、レシピ本を手にケーキ作りを始めた。
 材料を計って順番に入れて混ぜて、生地を作っていき。
「甘い匂い〜。ちょっと味見!」
 チョコレートは湯煎で溶かして、味見をしたり。
 甘い香りに心が弾み、マリエッタはケーキ作りに夢中になっていった。
 ゆかりのお菓子作りを手伝うことくらいはあったけれど、自分で作るのは初めてだった。
 焼きあがったスポンジにチョコレートを塗って。
 出来上がったケーキを見たマリエッタは。
「わーっ」
 思わず感動して、拍手をした。
 意外に綺麗に出来ていた。
「さて、味見味見。あ、でもゆかりの分は残しておかないとね……」
 包丁でカットして、少しだけ食べてみて……安堵の息を漏らした。
 味も悪くはない。
 ほっとして、微笑みを浮かべかけたその時――。
 不意に、想いの人の顔が浮かんだ。
(あの人もこうして、好きな人のためにお菓子作ったりしてるのかな……)
 作っている最中、考えずにいられたことが。
 また、頭の中を巡ってしまっていた。
 愛する人を想い浮かべながら作っているのだろうか。
 相手のことだけを考えて、喜んでもらいたいと思いながら。
 味見をして、ほっとする思いは自分なんかよりずっと強いのだろう。
 食べさせてあげたり、するのかな。
 愛する人に美味しいと言われて……とっても喜ぶのだろう。
「あ……」
 ぽろりと、口に運んでいたケーキがテーブルに落ちた。
 同時に、水滴も――涙も、テーブルに落ちていた。
「ああ……せっかく美味しい物、食べてるのに、台無しじゃない」
 落ちたケーキを手でとって口に運んだ。
 涙の味しか、しなかった。