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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

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6



 この扉を開けたら、来る。
 来るったら、来る。
 臆するな。受け止めろ。
 さあ、来い――!
「クーちゃん、遊びに来たよー」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が工房の扉を開けると、想像していた通り、クロエ・レイス(くろえ・れいす)がぱあっと目を輝かせた。そしてこれも想像通り、ばっとスカートを翻らせて走り寄ってくる。
「ミーナおねぇちゃーん」
 そして、飛び込んできた。勢いは強い。が、予測していた分踏ん張れた。
「今日こそ受け止めたよ、クーちゃんっ」
「……あ! わたしったら、またはしってきちゃって……ごめんなさい!」
「いいのいいの、私だってこうしてぎゅってしたかったからー」
 なので、ミーナはご機嫌にクロエを抱き締めて頬擦りした。人形だからだろうか、頬はひんやりと冷たかった。だがそんなのどうでもいい。
 存分にクロエをぎゅっとしていると、その背後に衝撃があった。振り返る。フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)だった。
「みーなばっかりくーちゃんどくせん、ずるいー。フランカもくーちゃんぎゅってするのー」
 可愛い抗議に頬を緩ませ、クロエを抱いていた手を離す。するとクロエがミーナの後ろにいたフランカに近付き、「ぎゅー」と言ってハグをした。
「ぎゅー」
 フランカが擬音を繰り返す。ああ、なんだ。なんだこの、可愛い空間は。たまらない。
「リンドバーグ、顔。顔、酷い」
 辛辣なツッコミは、リンスからだった。はっとして両手で頬を押さえる。確かに、緩みきっていた。
「クーちゃんが可愛いのがいけないんだよ!」
「うん、クロエは可愛い」
「だよね!」
「うん」
「ミーナもクーちゃんと遊んでこよっと」
「いってらっしゃい。ごゆっくり」
 ばいばい、とリンスに手を振って、クロエとフランカに向き直る。
 いつの間にかふたりは抱き合うのをやめ、花札に興じていた。遊びのチョイスがなかなか渋い。
「そういえばフランカちゃん、はなふだわかるの?」
「うん。ふらんか、はなふだのあそびかたしってるの。みーながもってたふるいげーむの、みにげーむにあってあそんだの。あそぶと、こうかんどがあがるの」
「へぇ、はなふだってこうかんどがあがるのね」
「なの。だからこれやると、ふらんかとくーちゃんのこうかんどもあがるの」
「でも、わたしたち、もうこうかんどマックスよ、きっと」
「まっくす?」
「うん。カンスト、ってやつだわ」
「すごいの」
「うん。すごいのよ」
 なんとも和やかなやり取りだった。一緒に遊ぼうと切り出そうと思っていた口を思わずふさいでしまうほど、ふたりの空間だった。ああ可愛い。何度目かの感想を、ミーナは心の中で呟く。
 邪魔をしたくなくて、ミーナはふたりの花札風景を眺めることにした。
 しばらく経って、フランカの提案でふたり独自の遊び方を考えている時、ふと思いついた。
「クーちゃんって、大きくなったらリンスさんのお嫁さんになるの?」
 疑問をクロエに投げると、先に反応したのはフランカだった。
「くーちゃん、おにいちゃんのおよめさんなの? ならふらんかはくーちゃんのおよめさんになる!」
 そして、有言実行とばかりにクロエの頬にキスをした。クロエは最初、ミーナの発言を聞いてきょとんとしていたが、やがてフランカが離れると笑い出した。
「それはないわ」
「えっ。ふらんか、くーちゃんのおよめさんになったら、だめ……?」
「ううん、そっちじゃなくて。わたしがリンスのおよめさんって、ありえないのよ」
「そうなの?」
 どうして? とミーナが疑問に首を傾げると、クロエはやっぱり笑った。どこか寂しそうだと思ったが、それも一瞬だった。気のせいだったのだろうか。
「ねぇ、はなふだ、ミーナおねぇちゃんもやらない? みんなでやったらたのしいとおもうわ」
「えっ、いいの?」
 誘いに思わずフランカを見た。クロエとふたりきりの方が、良かったのではないかと思って。
「みーなもやろー。みんなでいっしょはうれしいの」
 が、フランカも誘ってくれたので。
「遊ぶー!」
 遠慮なく、混ざらせてもらうことにした。
 それ以降、クロエが寂しそうなそぶりを見せることは一度もなかったので、やっぱりさっき思ったことは気のせいだったのだとミーナは結論付けたのだった。