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そして春が来て、君は?

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そして春が来て、君は?

リアクション

1.


「店長、行ってきます!」
 早起きをして、紅華飯店の仕込みを終えたタングートの料理人 花魄(たんぐーとのりょうりにん・かはく)は、荷物をまとめて家を出た。
 いよいよ、真珠舎というタングート初の学校がはじまる。
 すでに開校記念式典という名の始業式は終わっていたので、今日からは各授業のオリエンテーションが予定されている。生徒は、事前に配布されたスケジュール表を見て、興味のある授業の説明会へ、それぞれ参加することになっていた。
「どの授業を聞きに行こうかしら……」
 どれも魅力的な内容で、花魄は未だに悩ましい。
(それに、あんまり厳しい先生だと、怖いし……)
 料理人の修行としてなら、鼠白にどれだけ厳しくされても気にならないが、学校となると、緊張のほうが先に立ってしまう。
 スケジュール表を見ながら唸っていると、「あれ、どうしたの?」と明るく声をかけられ、花魄は足を止めて顔をあげた。
「あ……こんにちは!」
「お久しぶり!」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が明るく答える傍らで、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は「どこかへお出かけ?」と静かに尋ねる。
「あの、タングートにも学校が出来たんです。真珠舎って名前なんですけど。それで、私も通わせてもらえることになって……」
「あら、そうなの」
 セレンフィリティは、若干残念そうだ。
 二人はこのところ忙しく、久しぶりの休暇ということで、気分転換にタングートを訪ねていた。そして、タングートに来たからには、やはり紅華飯店で満漢全席!……と意気込んで来たところだったのだ。
「あの、夕方からは普通にお店も営業しますから。是非いらしてください」
「そうさせてもらうわ。セレン、いいわよね?」
 セレアナの言葉に頷いたセレンフィリティは、なにごとか思いついたのか、緑の瞳を好奇心に輝かせる。
「それなら、一緒に行ってもいい? その、真珠舎って学校。なんだか、面白そうだわ」
「え? ……ええ、是非! ただ、まだ本当に出来たばかりなんです。生徒や先生も、募集中なんですよ」
「そうなの? そうしたら、お手伝いできることがあるかもしれないわ」
 セレフィリティの申し出に喜ぶ花魄を見ながら、セレアナは苦笑していた。
 いつもながら、このノリと感性だけで生きる恋人には驚かされる。
「セレアナ、行こう?」
「ええ」
 なにより、そんな天衣無縫さに惹かれている。
 愛おしげに目を細めるセレアナに、花魄は「素敵なお二人ですよね。羨ましいです」とため息をつく。その様子にぴんときて、セレアナは微笑んで言った。
「好きな人がいるのね」
「え……っ、あ、は、はい」
 花魄はぽっと頬を染めて、小さく頷く。
「でもまだ、全然……」
「焦ることはないと思うわ。頑張ってね」
 そう、セレアナは優しく励ましてあげた。

 三人で他愛もない話をしながら、通学路をすすむ。
 見えてきた真珠舎は、名前の通り、眩しいほどの白い大理石で出来た建物だ。瑠璃色の瓦も鮮やかに、紅色の多いこのタングートの街のなかではひときわ目立つ。三階建ての本館を中心にして、中庭をぐるりと囲む回廊沿いに、いくつも小さな教室が作られていた。 まだまだ生徒も少ないが、いずれはもっと、賑やかになるだろう。
 その門のところで、花魄に向かって手を振る人影がいた。
「……スレヴィさん!!」
 もふもふの着ぐるみは、今日はおめかしなのか、百合の頭飾りをつけている。そのぬいぐるみに向かって、花魄は小走りでかけよった。
「いらしてたんですね!」
「新しい学校が出来たと聞いたので、見に来ましたよー! 花魄先輩!」
「え? 先輩??」
「ここでは、花魄のほうがちょっぴり先輩ですよ。私は今日からですし」
 そう頼られて、花魄も悪い気はしない。ますます頬を染めて、「えへへ」とはにかんで笑った。
 ぬいぐるみの中身で、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)も微笑む。
 事情があって、花魄の前ではこの姿で、かつ、裏声で通しているわけだが、だいぶこの変装も板についてきた感がある。
「あの……皆さんも、生徒さんですか?」
 ぷるぷると震えながら声をかけてきたのは、遠藤 サトコ(えんどう・さとこ)だった。
「そうですよ。貴方も?」
「は、はい。知り合いの方に、紹介されて……その、来てみたんです、けど」
「それなら、一緒にいきましょう?」
 スレヴィに先輩と呼ばれてやる気になったのか、花魄は自分からサトコの両手を取った。
「私は、花魄です。タングートの紅華飯店で、料理人をしてるんです」
「えっ、花魄さんは、料理人なんですか?」
 途端にサトコの顔色が変わる。
(ど、どうしよう、食べられちゃうかも……)
 ――サトコは、自分のことをピーマンだと信じている。見かけがどうであれ、とにかくピーマンなのだ。あえていうなら、女性だから、ピーウーマンというべきか。
 外見ではわからないのだから、心配しないで、堂々としていればいいとアドバイスももらってはいるが、やはり不安にはなる。
「あ、あの……っ、ピーマンも、料理されるんですか??」
「え?」
 唐突な質問に、花魄とスレヴィは目を点にする。だが、そんな彼らの耳に、鐘の音が聞こえてきた。
「そろそろ、時間かもしれないわよ」
 セレアナの言葉に、はっとした一同は、慌てて走りだす。
「あ、あの、セレンフィリティさん、セレアナさん、後ほど、また!!」
 花魄は二人にそう言い残し、スレヴィとサトコとともに、ひとまずは講堂へと急ぐのだった。

「さーて、講師希望は、どこに行けばいいのかしら?」
 残った二人……セレンフィリティが、あたりをきょろきょろと見回す。
「教師らしい方がいたら、聞いてみましょ」
「採用してもらえるといいわね。女子校なんでしょ? んー、テルミット反応を用いた料理を作る実験、とか、どうかしら」
「どうかしらって、セレン……」
 さすがにそれは、全力でセレアナが阻止せねばならないだろう。
「じゃあ、セレアナは、何を教えるの?」
「そうね……語学や美術とか、そちらが足りているようなら、マナー関係のこととか、かしら」
 元々は貴族令嬢だ。そのあたりは、セレアナの得意といえる。
「厳しそうね」
「そうでもないわよ? ……まぁ、教えるからにはキチンとするけども」
 ふふっと二人は笑いあった。
「先生、ね」
 不思議だ、とふとセレンフィリティは思う。
 ――パラミタに来て、気づけば六年の歳月が過ぎていた。
 正直、セレフィリティがパラミタに来たのは新天地に希望を抱いてのことではなく、地球で受けた生涯消えることのない心の傷から逃れるためで、むしろ絶望感にさいなまれた末の自暴自棄な行為ですらあった。
 教導団へ入って軍人の道を歩んだことにしても、寧ろ自殺志願に近いものがあったのだ。
 絶望と、孤独。胸にあるのは、それだけだった。
 しかし、今は違う。
 傍らにいるのは、一生をかけて守りたい、その人のために生きていたいと思える人……セレアナが、いる。
「セレン? 行きましょう。……ああ、面接だったら、襟元はちゃんとしなくてはね」
 セレアナがそう言いながら、セレンフィリティのシャツの襟を整えてくれる。
「ありがとう」
 本当に、ありがとう。貴方がここにいてくれて、ありがとう。
 そんな想いをめいっぱいこめて、セレンフィリティは微笑む。
「……どういたしまして」
 セレアナも微笑み返し、そっと、セレンフィリティの手をとった。
 手をつないで、歩いて行くために。
 これまでも、これからも……。