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リアクション
【比較】
時が経つと変化していくものは多いが、人間たった一年程度で変わるものじゃない、とも言える。及川 翠(おいかわ・みどり)とパートナーのサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)とミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)、ノルン・タカマガハラ(のるん・たかまがはら)もその類いで、2025年になっても見た目に大差なく、行動に変化も無かった。
「あっ、おにーちゃん発見なの!」
「えっ、アレクおにーちゃん!? ほんとだ!」
「わ〜い、おにーちゃ〜ん!」
と言う訳で、今日も翠とサリアは元気よくおにーちゃんことアレクの胸へ飛び込んで行くが。
「ひゃ、あれ!?」
翠が抱き上げられ次は自分の番と前屈みになっていたサリアは、アレクにさっと避けられたことにバランスを崩しながら大きな瞳をうるうると潤ませた。
「ふぇ……」
どんより落込んだサリアを心配そうに見つめて、翠はアレクを見る。サリアが何かをしてしまったのかと思ったのだが、何かをしていたのはアレクの方だった。くっと喉の奥を震わせて、アレクはサリアに手を伸ばす。
「冗談だよ」
「ぶー、おにーちゃんのイジワル!」
「ごめんごめん」
頭をひと撫でしてサリアも抱き上げ、アレクはミリアとノルンのもとへ歩いて行った。
「まぁ、アレク様ですか……」
小さな子だとは言え二人も持ち上げるのを器用なものだとノルンが感心している間に、ミリアとアレクのやり取りは終わったらしい。目的地が決まって歩き始めるのに、ノルンは後ろを付いて行く。
ノルンはアレクとの面識は少なかったが、様子を見ていれば彼とパートナー達が築いてきた関係が良いものなのだと分かった。翠もサリアもすっかり懐いているし、それについて保護者役のミリアも口を挟まない。
彼とて欠点――全てをマイナスにする程非常に変わったところだ――はあるが、それが妹と呼ぶ翠達へ向かう訳でも無し。
アレクは彼女達にとって、良いお兄さん役なのだろう。
「……わたくしのお兄様も、アレク様みたいな方なら良かったですのに……」
「……まぁ、比べちゃダメだと思うわ、それ」
「現実は、無常ですわね……」
ふうと息を吐いている間に、もふリストミリアはもふもふの気配を察知したらしく、横道へ逸れて行ってしまう。自分達が何処へ向かっているのかも知らなかったノルンは俄に慌てるが、正面から声が飛んできた。
「ノルン、どうした?」
「早くいこー!」
「時間になっちゃうよー」
ジャンプして下りてきた翠とサリアが腕を引いてくる、彼女達の言う目的地が分からないのに混乱していると、アレクの黒い手袋の掌が此方へ向けて差し出された。
「ほら、こっちだよ」
この笑顔が此方を向くのは初めてだったので、そのいよいよ完璧なお兄さんぶりにノルンはたっぷり混乱し、年下のお嬢さんに対する極めて紳士的な態度に溜め息を一層深くした。
ミリアに言われた通り、比べてしまった方が負けなのだろう。
「それで今日はどちらへ参りますの?」
私服姿のアレクは何かがあって通りがかったというよりあの場所で自分達を待っていた様子だったし、ミリアもそれを知っているようだった。察するに軽い待ち合わせのようなものなのだろう。ノルンは何時の間に見つけたのやら兄タロウとにんぎょちゃんを両腕に抱えご満悦で彼等の耳にもっふんもっふん頬擦りするミリアを横目に、アレクに問いかける。
「空を見に行く」
「空?」
それなら今も見えるし、大体日も傾き始めているじゃないか。
「おそらさん?」
翠とサリアが揃って顔を上に反らしノルンが眉を顰めると、アレクはそうじゃないと肩を震わせる。
「本当は蒼空学園の部活動みたいなものらしいが、人が足りないからと誘われた。
俺達だけじゃなくて他にもくるぞ」
と、説明を受けた矢先。
向こうからちらほらと人が集まって来る。手を振っている事から、アレクの言う同じ目的の仲間達なのだと分かった。
何組か合流し、最後にやってきたのはミリツァとナオ、それにミリツァに誘われた咲耶だ。
「あれ? デートじゃなかったのか……?」
質問するには遠慮が勝る話題にかつみがノーンへ向かって呟くように言うと、ノーンは隠れて笑いを堪える。
こんなやり取りのあいだ空はすっかり真っ暗になり、彼等は蒼空学園へと辿り着いた。
「皆さん、お待ちしてました!」
正門で出迎えた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)がぺこりと頭を下げて笑顔で顔を上げた時だった。
「フハハハ!
我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
空を見ながら全宇宙征服の計画を練ると聞いて――」
突如――というより皆がある程度予期していたタイミングで現れたハデスが高らかに、無駄に高い位置から名乗りを上げた。
その直後。
「ここであったが百年目ですわ!」
ノルンの声と共にハデスを氷術が襲うのに、皆は呆気に取られ、そしてハデスに申し訳なくも笑い出してしまうのだった。