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四季の彩り・FINAL~ここから始まる物語~

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四季の彩り・FINAL~ここから始まる物語~

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 第8章

 もう何度目かになるリフトから降り、急斜面の前に立ち一気にスタート。
「先に行くぜ!」
「おう!」
 世界の終焉が回避され、新しく生まれたであろう世界に人々が期待を膨らませる、そんな2024年の初冬、金元 シャウラ(かねもと・しゃうら)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)はヒラニプラのスキー場に遊びに来ていた。快晴の空の下、真っ白なゲレンデを風を切る爽快感と共に滑り降りる。
「……ん?」
 人の少ない上級者コースから人の多い中級者コースに入ったところで、シャウラは人一倍慎重に、のろのろと平地を目指す女の子を見つけた。明らかにスピードを出すのを恐れていて、助けを求めるようにきょろきょろとしている。中々に可愛い。
「どうしたんだ?」
「えっと……ちょっと背伸びしてコースに入っちゃって……やっぱり怖いなって」
 上手くブレーキをかけて話しかけると、驚きと安堵の混じった表情で彼女は言った。
「じゃあ、俺が一緒に降りるからゆっくり行こうぜ。大丈夫。板の角度はこう……そうそう……」
 アドバイスをしながら、少しずつ斜面を下り一番下に到着する。
「よ、良かった〜。助かりました」
「1人で来たのか? 俺の名前は……」
「あれ、シャウラ、その子誰だ?」
 名乗ろうとしたところで、先に着いていたナオキが近付いてくる。ほぼ同時に、女の子も友人らしい少女に声を掛けられてそちらを振り向く。
「あっ……! あたし行きますね。ありがとうございました!」
 離れていく彼女の背を見ながら、ナオキが言う。
「なーにやってんだよ、ナンパか?」
「違うって。困ってるみたいだったから、つい、な」
「ちょっと休憩しないか? リフトも混みだしたし、茶でも飲もうぜ」
 ナオキはユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)の座っている席を親指で示す。スキーウェアに身を包んだユーシスは、そこで景色を見ながら寛いでいた。

「最近、子供達の様子はどうだ?」
「え? そりゃもちろん」
 ナオキに話題を振られ、湯気の立つコップを手にシャウラは表情を緩めた。彼と、妻の金元 ななな(かねもと・ななな)の間には四つ子の子供がいる。9月1日に生まれた、まだ生後数か月の赤ん坊だ。なななは育児休暇を利用して子育てを頑張っているが、
『たまには休日に遊んできていいんだよーう?』
 と彼女が言ってくれたので、今日はこうして相棒達と一緒にスキーに来た。普段はシャウラも、家に帰ると分担して子育てしている。すっかりマイホームパパになり、家に居る事が多くなった彼を気遣ってくれたのだろう。
「将来の宇宙刑事候補は、元気すぎるくらい元気だぜ。ほら、これ見ろよ」
 6人になった我が家は、毎日凄く賑やかだ。スマホに保存した画像を次々と見せながら、目尻下げまくりでシャウラは話す。
「健二は結構ワンパクでな。ミルクをおとなしく飲まないで良く俺に引っ掛けるんだ。動きたくてしょうがないみたいでいつもどっか動かしてるし……多分、健二が一番にハイハイをマスターすると思うぜ」
闊達な印象の男の子の写真を、何枚もナオキとユーシスに見せていく。
「シャウラに目元が似ていますね」
「だろだろ? 将来はきっと俺よりもイケメンになるな。浩(ひろし)はななな似で、母親っ子なんだ。ななながいなくなるとすぐ泣いて、泣き止ませるのが大変でさー」
「……ふふ、そうですか」
 大変と言いつつ嬉しそうな様子に、ユーシスはつい笑みを漏らす。ナオキは彼の親バカぶりに、はいはい、と苦笑していた。
「この子は輝(ひかる)か」
「そう、輝は何を見ているのか、偶に誰も居ないところを見ては会話してる風に反応するんだ。きっと、契約者の素質があるんだな。この子はかおり。可愛すぎて、なななそっくりの目がキュートなんだ。今からアホ毛も立ってるんだぜ。」
親子で宇宙からのメッセージを受信する日が見えるようだ。
「はやく大きくならないかなあ……パパーとか呼んでほしいな。なななと6人で、あっちこっち連れてってやりたいぜ」
 シャウラは話しながら、家族で行楽する様子を想像する。七五三はどんなだろうとか、子供達の和服姿を思い、娘の着物姿を思い、はた、と背もたれから体を離して慌てて言う。
「あ、けど、かおりは嫁にはやらんの!」
「ふっ……」
「あはははははは!」
 ユーシスとナオキは、聞くと同時に笑い出した。ナオキは腹を抱え、ユーシスも耐えられない、というように肩を震わしている。
 目尻の涙を拭いながら、ナオキは言う。
「いくらなんでも気が早すぎるだろ」
「いーや、嫁にはやらんのっ!」
「……ダメダコイツ、早く何とかしないと……」
 早くも頑固親父の片鱗を見せるシャウラにナオキは口の端に笑いを残しつつ棒読みでツッコんだ。

「俺さ……昔、ちょっとだけなななのこと好きになりかけてたんだぜ」
 ナオキがそう切り出したのは、延々と続いたシャウラの子供自慢も一段落し、3人でゲレンデを滑るスキー客を見ていた時だった。明らかに驚いた後、シャウラはすまなさそうな目を彼に向ける。
「ナオキ……」
「なんだよ、そんな顔すんなよ。ジョークに決まってんじゃんか、バカだなあ」
「え……」
「お前って、単純!」
 ぽかんとするシャウラを笑い飛ばし、冷めた茶を一気に飲む。再びゲレンデの様子を見始めてから少し。シャウラもまた笑い出した。
「だよなー! 冗談キツいぜ、ナオキ!」
「ははっ、悪い悪い」
 彼と一緒に、ナオキも笑う。
 ――本当は、結構好きだったと思う。思い出すのは、最初になななと会った時や、強化人間手術の副作用が出た時に気遣ってくれた時のこと。
 けれど、今の冗談めかした打ち明け話で、ナオキの中の罪悪感は綺麗になった。
(お前たち2人が幸せなのは俺も嬉しいんだ。それも、本当だぜ……)
 ――俺は、お前らの一番の親友なんだからな。
 本心は言わない。ここは、全部冗談ということにしておくのがいいのだ。
 立ち上がり、ナオキはシャウラを振り返る。
「さ、今度は競争だ。シャウラ、お前スキーの腕なまったんちゃうか」
「そんなワケあるかバカ野郎」
 シャウラも立ち上がり、立ててあったスキー板を掴んだ。冗談だとは言っていたが、告白の時の口調で、それが決して冗談ではないことをシャウラは察していた。気付かない振りをするのも、男の友情だ。
「見てろ、ナオキなんてブッチギリだ」
 鼻を鳴らして、大股で彼はリフトへと歩き出した。ナオキも「そーかそーか」と軽口を叩きながらそれに続く。スキーより、のんびりとヒラニプラ山系の自然を楽しむのが目的のユーシスは、そんな2人の背中を見守り、それからハードカバーの本をゆっくりと開く。

 文字を追いながら思うことは、これからのこと。いつか必ず訪れる、未来のこと。
(貴方達2人も、あっという間に私の前から消えてしまうのでしょう……)
 ナオキも何れ、新たに出会った女性と結婚するだろう。そして子供をもうけ、大きくなった子供が子供を生んで。
 やがて、時間の流れが老いとなってシャウラ達を吸血鬼である自分から奪っていく。
 ――それが分かっているからこそ、私は「今」、貴方達と過ごす時間を忘れない。
 短命種と友になるということは、そういうことなのだ。