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リアクション
●七枷陣の決意
重い。
足取りが重い。胃が重い。
本当のことを言えば心が重い。すごく。
あれからずっと重いのだが、昨夜から特に重くなっている。
七枷 陣(ななかせ・じん)の心は現在、とってもとってもヘビーな状態になっているのである。
「私は……陣さんのことが、男性として好きなんです……」
「私……今までのままで幸せでした。リーズさんと真奈さん、おふたりに囲まれて楽しそうにしている陣さんを、そっと見守るだけで満足でした。……できることなら、いつまでもそうしていたかった……。でも陣さん! 私……もう……こんなに優しくされて、あなたへの想いを隠しきれない……!」
と先日に告白された女の子、つまり小山内 南(おさない・みなみ)と、今後のことを話しに行くのだから。
しかも妻ふたりを同行の上で、である。地獄だ。
おお、これが修羅場でなくてなにが修羅場だというのか。リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)に右腕を、小尾田 真奈(おびた・まな)に左腕を抱えられ陣はゆく。はっきりいって同行されているというより連行されている状態だ。気分はドナドナ、売られていくつぶらな瞳の仔牛である。
「あの……本当に来んの?」
恐る恐る陣は問うが、とたんに「ナニイッテンノ?」とカタカナで言うような顔をリーズは彼に向けた。
「普通は二人きりにすべきだけど、こればっかりはボクたちにも関わってくる問題だし、同行させてもらうよ」
助けを求めて真奈を見るも、真奈は例の『目だけは絶対笑っていない笑顔』を見せてくれるだけだった。
「なにがあっても同行します。今回、ご主人様に選択権という言葉はありません」
取り付く島もないとはまさにこのことだ。陣は頭を垂れるほかなかった。
これは彼の長所でもあるのだが、どうしても陣は嘘のつけない体質であった。だから南から告白されたとたん、毎日ガクガクブルブルと、リーズと真奈の前では不穏な態度をとってしまっていた。なので昨日、ふたりから激しい問い詰めを受け、観念してとうとう事情を話してしまったのだ。
そして正座して事情を話しているおりに、タイミング最悪な感じで、南から「あのことについて話したいんですが……」という呼び出しの電話を受けてしまったというわけだ。
リーズと真奈は即座に「会いに行くこと」と指示を飛ばした。しかも、「自分たちも同席する」とまで言ってきた。
もちろん陣が、これを拒否できるわけもなかった。
「ああ……オレは一体どうすりゃええんや……」
世界の危機に何度も立ち向かってきた勇士らしからぬ、実に気の抜けた口調で陣は呟いた。
「あのね陣くん、僕たちに決める権利があると思う? それどころか正直、ボクたちが口出しする権利すらないと思ってるよ。陣くん自身がどうしたいと思っているのか……それを自分の胸に聞いてみて」
以上、リーズの弁だ。
「同感ですね。本件については責任もって見守りますが、私もリーズ様同様、口を挟むことのできる立場ではないでしょう。すべてはご主人様のお心のままに、です」
同じく、真奈の弁である。
それにしても――と陣は思わずにはいられない。
どうしてこういうときに限って、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)はいつも、きれいに席を外しているのだろう。今回もちっとも姿を見せないではないか。
夕焼けが美しい。
少し肌寒いくらいだが、それだけ空気が澄んでいるということでもある。
このとき三人は蒼空学園の校舎裏に来ていた。
南がこの場所を指定してきたのは、告白と言えば、という考えがあってなのか。いやまあ彼女のことだから、陣が来やすい場所を選んだだけだろうけれど。
「陣さん……!」
小山内 南(おさない・みなみ)は先に来て待っていた。
イルミンスール魔法学校の制服姿。彼女はあまり私服をもっていないので、大抵この服装である。
今日は風が出ていて、あの格好でこの時間帯に屋外にいるというのが寒々しげに陣の目には見えた。下心もなにもなく、上着を脱いで彼女の肩にかけてやりたいと陣は思った。ただ、今はそれが許される状況ではないだろう。
――そもそもは、オレのそうした態度が、みんなを傷つけてきたのかもしれんしな。
「ああ……ごめんな、電話までさせてしまって」
陣は力なく笑って、左右のリーズと真奈を見た。
驚くかと思いきや、南は、
「リーズさん、真奈さんもわざわざ来て頂きありがとうございました」
と、ぺこっと頭を下げたのだった。
「うん……ごめんね」
「ついてきてしまって」
さすがにリーズも真奈も決まり悪そうに言って下がる。
リーズに嫉妬心がないといえば嘘になる。
陣と自分たちが結婚してやっと一年になろうというところだ。複数の配偶者がいてもおかしくないパラミタとはいえ、まだ結婚から一年も経っていないのにもう、新しい女性が陣の前に現れたのだ。旧知の、しかも親しい友人の南の話だからまだ許せる気持ちはあるが、釈然としない気持ちはある。
だけどこれで、南ちゃんとボクとの仲が壊れてしまうのもいやだよ……。
できればずっと南とは友達でいたい。それも偽らざる気持ちである。
ゆえにリーズも……悩んでいるのだ。
悩んでいるのは真奈も同じだ。むしろ真奈はリーズより嫉妬心が強いほうである。
そもそも真奈にとっては、最初の恋敵はリーズだった。陣が過去、自分を選びリーズの思いを断っていたとしたら、絶対にこの状況を認めることはなかっただろう。(逆は言わずもがなである)
しかし陣は、自分もリーズも配偶者として選んだ。どちらも分け隔てなく愛してくれている。陣が半分になったわけではなく、リーズと自分と陣の三人で、理想的な家族関係になれたと言うことができよう。それはおそらく、一夫一婦制だったら味わえない充実であったろう。
だが四人で……それが成立するのか。
といっても真奈にとっても南は、苦楽をともにしてきた友人である。四人仲良く暮らすのが不可能とは思えない。これがたとえばカーネリアン・パークスあたりだったら、さすがに上手く行かないだろうと思うのだけども(そもそもカーネリアンと陣という組み合わせは想像しづらいのだが)。
――南様の気持ちも、分かるつもりです。逆の立場であれば、私だって……。
だから口を出すことはできない、そう真奈は結論づけていた。
リーズと真奈の見守る中、陣は南の前に立った。
――オレ自身はどうしたいのか、か……。
ふたりの言っていたことを思い返す。
すると心の重荷が取れた。もう決まっていたのだ。自分の心は。
「南ちゃん」
陣は言う。
「前にも言ったように、好意を持ってくれたのはホンマに嬉しい。今の状況とか、周りの目とか……そんなのを全部取っ払ったら………うん、オレ、南ちゃんと一緒になりたいって思う」
言ってしまって気持ちがすっとした。
そうだ。
――オレは、南ちゃんのこと、好きやったんや。ずっと。
「自分を赦せんのなら、
オレが赦す。
ここにいる、南ちゃんを助けにきたオレたちが赦す!
だから君は……クランジΣっていう記憶を捨てなくてもいい。けれど、それ以上に小山内南として生きるんだ! 生きて欲しいんだ!」
南が、クランジΣ(シグマ)という偽の記憶を植え付けられていたとき、陣が叫んだ言葉だ。
あのときにはもう、陣は南を、ただの友達や妹的存在とは考えていなかったのだろう。だがリーズと真奈への優しさが、誰も傷つけたくないという想いが、いつの間にか目を曇らせていたのではなかろうか。
「南ちゃんが、もし良いのなら……『オレたち』の家族になってほしい。兄妹とか親愛とかの意味じゃなく、男女の関係の行き着いた先の意味での、家族に」
「陣さん……」
ひとすじの涙が、南の目からこぼれ落ちた。
「ありがとうございます……喜んで!」
小山内南は、まるでそうすることが生まれつき定められていたかのように、陣の胸に抱きついたのである。
なにを憚ることがあろう。陣は南に上を向かせ、優しくその唇に口づけたのだった。
リーズと真奈は顔を見合わせた。
二人とも、笑顔だった。
校舎の屋上から、手すりに身をもたせかけて一連のやりとりを見ていた者がある。
「終わりよければすべてよし――か」
仲瀬磁楠だ。
実は磁楠は、この直前、単独で南に会っていた。
彼は南に頭を下げ、こう告げたのである。
「南、我がことながらこう言うのは頭が痛いが……陣(わたし)を頼む」
怪訝な顔をする南に彼は言う。
「……あぁ、そう言えば南には明かしていなかったな。私の名は小僧のアナグラムさ。この名の英霊なぞこの世に存在しない」
ふっと磁楠は微笑した。彼にしては珍しい、穏やかな笑みだった。
「この身は……こことは別の、しかしほぼ同じ世の未来に生まれた、何もかも無くして復讐に狂った英雄(どうけ)の成れの果てさ。信じる信じないは、好きにしてくれ」
そして彼は、一言だけ付け加えたのである。
「……アレを私の様にしないよう、支えてやってくれると有難い」
このとき磁楠の脳裏をよぎったのは、彼の世界にいた『小山内南』のことだったかもしれない。
別の世界の『過去』ではあるものの、短い間だったとはいえ南と愛し合った日々は磁楠にとっては数少ない幸せな記憶だ。
木偏がついているとはいえ、アナグラムの偽名に『南』の字を用いたのは、彼女の思い出がそうさせたのだろうか。
南の肩には、陣が脱いだ上着がかかっている。
やっぱりこのほうが落ち着く――と陣は思うのだ。
「それじゃあ、帰ろうか……その……今日はうちに泊まってくか?」
「そうだね。歓迎しちゃうよ」
リーズが賛同し、
「ではお夕食の買い物をして帰りましょう」
真奈も続いた。
「え……! あ、リーズに真奈……!」
いつの間にか陣と南の背後に、ふたりはピタリとつけていたのである。
「陣くん……物事には限度っていうのがあると思うんだ? これ以上はさすがに許さないからね?」
言いながらリーズは剣をすらりと抜き、
「リーズ様の言うとおりです、ご主人様? これ以上は……わかっていますね?」
真奈は愛用の銃、ハウンドドックRの撃鉄をチャッと起こした。
ふたつの凶器は陣の背につけられている。服越しでも充分すぎるほどに、そのヒヤリとした感覚が伝わってくるのであった。
「あ……はっはっは、わかってるわかってますって!」
陣は腕に、ぞわわっと鳥肌が立つのを感じていた。
なにが起こっているのかわからず、南はきょとんとしている。
リーズと真奈は顔を見合わせた。
二人とも、目以外は笑顔だった。
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