空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
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リアクション


西の代王・東の代王・東西協調を巡る話

■西シャンバラ代王・高根沢理子

 空京、シャンバラ宮殿。
「あたしとセレスティアーナに会わなくちゃいけない……って、その子――アイシャが言ったの?」
 高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が、首をかしげる。
「ええ、フマナで彼女は確かにそう言ったと聞いています」
 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は頷いた。
 理子の護衛を行う鈴鹿は織部 イル(おりべ・いる)共に、人払いをお願いし、天音がフマナで得た情報を理子へ伝えていた。
 理子が目元をぎゅぅっと指で押しながら難しげに顔を顰め、
「アイシャ……アイシャ……」
 すぐに諦めたように盛大な溜め息を零す。
「やっぱり、わかんないなぁ。セレスティアーナとあたしの共通の知り合いだとしたら、会ったのは最近だろうから忘れるはずなんて無いと思うんだけど」
「あちらが一方的に知っているだけかもしれませんけど」
 ふと。
 理子が、ハッと名案を思いついたという風な表情を上げ、
「うじゃうじゃ考えてないで、今さっさとあたしから直接会いに行っちゃえばいーじゃ――」
「それは駄目です」
 鈴鹿はきっぱりと言った。
「うう、やっぱりー」
「決して逸ってはいけませぬ。理子殿には立場が御座いますゆえ」
 イルが続けていさめる。
 ここで止めなかったとしても理子が宮殿を出るのは難しいだろうし、もし、彼女が強引にそれを叶えたとしたら、何人の首が飛ぶか分かったものではない。
「しかし、立場ゆえに取れる方法というものも御座います。まずは状況を見極め、出来る事の中からより良い道を探しましょうぞ」
「……あたしに出来ること?」
 ちょこんっと座り直した理子を鈴鹿は改めて見やり、
「アイシャさんに関しては、東西協調を目的とする方々が、上手くすれば空京へ連れて来てくださる手筈になっています。――問題は彼女の保護を巡り、東西で彼女を争っている現状、そして、今後です。このまま溝が深まれば本当に東西での戦争が起きてしまいます」
「うん――それは、どうにかしなくっちゃ……絶対に」
 理子が少し息苦しそうな顔をする。
 おそらく、理子自身なにか出来ることは無いか彼女なりに探したのだろう。
(そして、見つからなかったのですね……)
 鈴鹿は続けようとした言葉を飲み込みながら、頭の中で呟いた。
 理子は“象徴”に過ぎず、実権は無い。
 それは分かっていた。
 しかし――

(誤算、というわけでは無いが……理子殿には荷が勝ち過ぎるか)
 イルは、目を細めた。
 理子は、自分の意思が多くの他人に影響を及ぼすということは自覚しているようだった。
 自覚しているがゆえに、迂闊なことを言うことも出来ない。
 彼女が間違った時に傷つくのは自分ではなく、思ってもみない『誰か』なのだ。
 崇拝される家柄に生まれながら、それを否定し続けてきた少女だ。
 それゆえに純粋で真っ直ぐな考えを持っているが、権力や崇拝を扱うための技術や、知識、それらを行使するために必要なある種の覚悟を持ってはいない。
 それは、つまり、本当の意味で自身が持つ言葉の力をまだ知らない、ということだ。
 そんな彼女に意思や方法を仰ぐのは、とても酷なことのようだった。


■東シャンバラ代王・セレスティアーナ

 ヴァイシャリー。
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)は仲間たちと共にセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)の警護についていた。
 ロイヤルガードが出払っているこの機に、セレスティアーナの暗殺や拉致を目論む者が居るとも限らないからだ。
 そして、今のところ――その兆候は見られなかった。
 外で警護を行う仲間との定時連絡を終え、和希は代王の間へ戻った。
「こっちは異常無しだ。そっちは?」
 ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が軽く首を振る。
「まだ連絡は無い」
 アイシャ保護に向かっている仲間たちからの連絡のことだ。
「そっか、上手くやれるといいんだけどな……」
「うむうむ、上手くやれるのは良いと思うぞ。なので私は上手くやれる方に、パラミタ蝉の抜け殻を賭けてもいい。何がどー上手いのか上手くないのか、よく分からんが」
 いつの間にか二人の真ん中にニョッキリ生えていたセレスティアーナが、したり顔でこくこくと頷く。
 一瞬、その唐突さと言葉の適当さに突っ込もうとした和希は、軽く周囲を見回した。ちょうど周りに人は居ない。
 けとっと二人の顔を見上げるセレスティアーナの方を、和希は真剣な面持ちで見返した。
「姫さん。話があるんだ」
「お、おう?」
 予想外の反応に片をびくっとさせたセレスティアーナへガイウスが小声で言う。
「今、ジャタの森で皆が保護しようとしている人物――アイシャという少女が東西の代王……つまり、セレスティアーナと高根沢理子に会いたいと言っている」
「うむ、私のファン、というわけだな。もしくは代王マニア的な……サインの練習をしておくべきだったであろうか?」
「姫さん、こいつは真面目な話だぜ」
 和希は己の顔半分に手を掛けながら嘆息した。
 ガイウスが全く意に介さずといった様子で先ほどと同じトーンで続けた。
「これはアムリアナ女王に関する、重要な事柄である可能性が高いため代王にはアイシャと会ってもらわなければならぬ。しかし、東西の関係を考えれば、今、アイシャを大っぴらに、ここへ連れてくるわけにはいかない。――つまり、代王には秘密裏にアイシャと会って欲しいのだ」
 セレスティアーナがガイウスの雰囲気に押されて、やや仰け反りながら、
「お、おう、分かった! 秘密だな! 秘密に会えば良いのだな! まかせておけ!!」
「って、声でかい! 秘密だって言っただろ!?」
「もごごっ!?」
 和希がセレスティアーナの口を押さえたりしつつ、バタバタしていると、後方から足音が聞こえた。
「和希」
 凛とした声に振り返ると神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)が立っていた。
 彼女はセレスティアーナに気づき、そちらへ形式立った挨拶を向けてから、和希の方へと向き直った。
「取り込み中、申し訳ない。提出されていたロイヤルガード推薦状の件だが」
「ああ。返事を持ってきてくれたのか」
「理由の方は問題ない。しかし、推薦のみで新たに人員を増やす訳にはいかないらしい。実際の登用は、これからの活躍如何といったところだという話だ」
「そうか……」
「落ち込むな。私も推薦状を読ませて貰ったが、彼の実績なら今後登用される可能性は高い」
「伝えておく」
「用件は以上だ。セレスティアーナ様を頼むぞ」
 優子が再びセレスティアーナへと礼を向け去っていくのを見送り、和希は軽く後ろ頭を掻いた。

■東西協調を巡る話

 百合園女学院。
「失礼します」
 校長室へ入った忍野 赤音(おしの・あかね)萌恵・コーニッシュ(もえ・こーにっしゅ)桜井 静香(さくらい・しずか)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が迎える。

 テーブルの上に置かれていた白磁のティーカップに、やや赤みのかかった紅茶が注がれ、甘く華やかな香りが柔らかく膨らんだ。
「オータムナルだよ」
 静香が赤音と萌恵に紅茶の入ったポットを手に告げる。
「ありがとうございます。そう……もう、秋なんですね」
 赤音はカップを手に、その小さな湖面をのぞき込んでこぼした。
 一口、頂く。
「それで、どんなお話かしら」
 ラズィーヤの声に顔を上げると、彼女は薄笑みを浮かべながら小首を傾げていた。
 赤音はカップをソーサーへと返した。
「東シャンバラの代王、セレスティアーナ様に進言いただきたいことがあります」
「進言?」
 静香が小さく問い返す。
「アイシャさんという少女の件です」
「どうぞ」
 ラズィーヤが唇を軽く指先で撫でながら促す。
「東西のどちらが彼女を保護しても、互いの関係に深い溝ができることは避けられない気がします。ひいては、東西で争うことになるかもしれない、と」
 赤音は「ですから……」とつないで、
「東西の境界線に中立地区を作ってはいかがでしょうか」
「そこにアイシャさんを保護する、と」
「はい。それに、そういった場所は今回だけではなく、今後、公の会合を行う際、あるとないとでは状況は大きく変わってくると思うのです……」
 ラズィーヤが手前のカップを取って、軽くそれを傾ける。
 ゆっくりとカップが置かれ、
「わたくしたちも、東西の摩擦は極力避けたいとは思っていますわ。それは、セレスティアーナ様も同じだと思います。ただ――赤音さんの言ったことは実現できませんわ。たとえ、セレスティアーナ様に進言したとしても」
「そう、ですか……」
 赤音が少し俯いた時、萌恵がカチャっとカップをソーサーに鳴らした。
「確かに理想論かもしれないけど、話し合う価値はあるんじゃない?」
 そして、萌恵は臆さない様子で続けた。
「たとえば、また急を要する事態になって代王同士が会わなくちゃならなくなった時とか、会合場所で揉めたり、代王を危険にさらしたりしないためにも、中立の地区は必要よ」
「正論ですわ。とても良く分かります」
「なら――」
「中立地区や第三者的な機関の設立……現状、東西シャンバラによるそういった協調行動というのは、非常に難しいものになっていますわ。もちろん、PASD(パラミタ先進技術研究機構)の件のように限定的な協調が叶っている例もありますけれど。政治的な場として利用するのは、やはり難しい――」
 ラズィーヤが、諭すとか宥めるとかそういったものとは違う、どこか独り言めいた調子で続ける。
「今、“わたくしたち”は東西が全面的な争いにならぬよう気をつけるので精一杯、というところでしょうか」
 校長たち自身の思惑もそれぞれだろうが、何より、学校ごとの背後にある地球やパラミタ各地の勢力の思惑もあるため、迂闊には動けないというのが共通する大きな理由なのだろう。