空京

リアクション

エピローグ

　エリュシオン帝国、ユグドラシルの枝の一本にある、ルドミラの館。
　アスコルド――の体をした御人良雄は、ルドミラと向き合いながら、全ての目玉を泳がせていた。
「――そういった次第で、アスコルドさんは眠って、オレが表に出ることになって、アスコルドさんがルドミラさんに会うようにって言ってたッス」
「ふむ……」
　ルドミラは貫禄のある目で、じっとアスコルドを観察するように見据え続けていた。
「……えー……以上ッス」
　ヘビに見つめられた蛙よろしく、ダラダラと妙な汗が流れ始める。
　ルドミラは初老の女性で、豪奢な衣装を身に付けていた。
　立ち振る舞いが凛としており、奥底にある威厳と風格が雰囲気に滲み出ている。
　それもその筈で、彼女はアスコルドの前のエリュシオン大帝――つまり、先帝らしい。
　なんでも、皇帝に推挙される前は転移術の天才として名を馳せていたのだとか。
　と、ルドミラが言う。
「見たところ、私の腕ならば、そなたらを分離することも可能だ」
「え――本当ッスか！？」
「出血多量で死ぬかもしれんが」
「していらんッス！！」
　全身全霊を込めて拒否したアスコルドの様子を、薄く笑ってからルドミラは付きの者に手を振った。
　アスコルドの前にペットボトルのお茶とおにぎりが出される。
「食べていいぞ」
「やったッス！　久しぶりの和食ッスよ！！」
　手を打って喜び、アスコルドはおにぎりをほうばり始めた。
「それはユグドラシルに出来たコンビニで購入したものだ。
　世界が分断しようとされまいと二つの世界の同質化が進んでいる証拠と言えるな」
「難しいことはわかんないッスが、コンビニがどこにでもあるのはありがたいッス」
　もっちもっちと、おにぎりをこなしながら返す。
　ルドミラは、そんなアスコルドの様子を柔らかく細めた目で眺めながら。
「そなたは、そのまま皇帝を続けよ。
　案ずるな。私が補佐してやる。
　……かつて私が皇帝に推挙されたのも、この力あってのこと。
　そなたとアスコルドが一つになったことも、また、世界の理ということであろう」


■

　契約者たちの選択と力、そして、それぞれが信じた絆によって、
　ウゲンと超霊の切り離しは成功し、世界分断の危機は去った。

　大規模な避難を行っていた西シャンバラの人々の間には、住み慣れた地へ戻ることに心からの安堵があった。
　そして、空中ドックへ帰還したゾディアックからは、内部に残されていた十二星華も無事に降機させられたのだった。

　日本政府は本件についてシャンバラの功績を評価し、協力によって危機を乗り越えた両国は更に結びつきを強くする。

　また、エリュシオンとシャンバラは再度和平を結ぶこととなり、後日、調印式がキマクで執り行なわれた。
　そこでは、パラミタの破滅とニルヴァーナへ至る方法を研究について両国が協力することも決定され、
　今後は、ロイヤルガードも導入し、残りのブライドオブシリーズの探索が進められることとなる。


　そして、エリュシオン占領下だったキマクは――
　シャンバラへの返還が決まったものの、
　占領時に複雑化した内情が整うまではアトラス直轄領として、現状を維持したまま石原肥満が預かることとなった。


　アスコルドの大量の目玉が、終始落ち着かずオドオドと泳いでいたのが印象的な式だった。

■

　シャンバラ刑務所――。

　その最下層について知る者は少ない。
　シャムシエルとウゲンの体は鎖に縛られ、そこに安置されていた。

　ゆっくりと。
　ウゲンは目を開けた。
「まったくさあ、死体を収監なんて狂ってるだろこの刑務所？
　……仕方ないから蘇ってあげたよ」

“新入りか？”

「へえ、他にもいたんだ。
　あんた、もしかして……」

“お前の思っている通りだ”

「ふっ、あはははは。やっぱ盛大に狂ってるなあ、この刑務所は！」
　ウゲンは心底からおかしくてゲラゲラと笑い続けた。
　と、彼は咳き込み、幾度か掠れた呼吸を取ってから、くたりと口元を曲げた。

「せっかくだ……せいぜい楽しませてもらうとするよ。
　馬に乗る夢でも見ながらさ」


■

　空京、シャンバラ宮殿。

「いやー、もー……今回は本当にどうなることかと思ったわ」

　高根沢　理子（たかねざわ・りこ）は、ひんやりとしたテーブルに顎を置きながら、はぁぁぁ、と大きな溜息をついた。
　アイシャが、そんな理子の様子を微笑ましげに眺めながら言う。

「皆さんが自らの力を信じ、頑張ってくださったから私たちはこうしていられるのですね」
「うん」

　理子は大切な友人たちを褒められ、擽ったい想いで、にへっと笑んだ。
　そして、体を起こして、表情を少し引き締める。

「って、気を抜いてばかりもいられないんだよね」
「そうですわ。
　ザナドゥの侵攻やF.R.A.Gとの戦い……」

　ラズィーヤの言葉に、薔薇の学舎新校長になったルドルフ・メンデルスゾーン（るどるふ・めんでるすぞーん）が続く。

「その他にもパラミタと地球には多くの問題が残されたままだ。
　なにより――」

（パラミタの崩壊。
　我々はこれを解決する方法を探し出さなければならない）

　海京がクーデター中なために立体映像のみで会議に出席していたコリマが言って、鋭峰は理子へと告げた。

「まずは、未知の大陸ニルヴァーナへ至る道を開く必要があります」
「そのためにブライドオブシリーズを集めるのですよぉ」

　エリザベートの言葉に、山葉　涼司（やまは・りょうじ）が片目を細め。

「パラミタ大陸の未来をかけた宝探し、ってところだな」
「ああ。空京大学も協力を惜しまないつもりだ」

　宮殿の窓から覗き込んでいる巨大なドラゴンは、空京大学の新学長、ティフォンだ。

「――って、それより何より、重大かつ重要で緊急の大問題があるでありんす！！」

　唐突に、ハイナがダンッッとテーブルを打って、
　セレスティアーナ・アジュア（せれすてぃあーな・あじゅあ）は、びくっと激しく肩を震わせた。

「な、なななな、なんだ急に！！
　何がそんなに、きんきゅーなのだ！？」
「空京万博の準備でありんす！！
　ろくりんピックが終わってから、ほとんど、わっち一人で進めてたでありんす！
　そろそろ皆で本腰を入れて行わなければ間に合わないでありんすよ！！」

　ラズィーヤがポンッと手を打ち、鋭峰が指先を眉間に置き、エリザベートが「あー」と漏らし、ルドルフが仮面を押さえ、
　コリマが目を細め、涼司が誤魔化すように咳をして、ティフォンがノドを鳴らす。
　理子はセレスティアーナと顔を見合わせてから、アイシャの方を見た。
　アイシャが申し訳なさそうにハイナへ微笑みかける。

「あの……ごめんなさい。
　私もその件については確かに聞かされていたのですが……
　その、最近のバタバタで……」

　そして、その場に居たほぼ全員から、異口同音で、
　『忘れてた』という言葉が漏れたのだった。