空京

校長室

開催、空京万博!

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リアクション



■シボラの生きた服の防衛


「……こちら、芦原。
 未だ、賊が現れる気配は無し。どうぞ」
 月が中天を過ぎた真夜中の万博。
 昼間の活気とは一転して人気無い静けさの中で、芦原 郁乃(あはら・いくの)は物陰に身を潜めながら携帯に言った。
 熟練の刑事気分で伝統のパビリオンを見据える、その目は渋い。
『こちら、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)
 私の方も異常はありません。
 このまま警戒を続けます。どうぞ』
「今夜、ホシは必ず来る……油断はするな。どうぞ」
「って、この至近距離で何やってるんですか。お二人とも」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)が困ったような笑顔を浮かべながら小首を傾げて言った。
 郁乃は、すぐ隣で自分と同じように物陰に身を潜めていたシャーロットと目を合わせてから。
「何って、せっかくだからデカ気分を存分に味わっちゃおうかと」
「郁乃のノリに合わせて、つい」
「なんだか楽しそうですね〜」
 桃花の後ろから顔を覗かせた神代 明日香(かみしろ・あすか)が笑う。
 彼女はカートに軽食や飲み物を載せて警備に当たる者へ配っていた。
 今はこっそりと張り込みを行なっている場所のため、カートではなく袋と水筒だったが。
 ちなみに、パートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は既に就寝しているため、ここには居ない。
 桃花が自身の下げていた袋を郁乃へと渡し。
「はい。郁乃様には瓶牛乳とアンパンです」
「わぁい、ありがと。張り込みって言ったら、やっぱりコレだよねっ」
「シャーロットさん、サンドイッチとハンバーガーとおにぎりがありますけど、どれが良いですかぁ?」
「では、サンドイッチを」
 言ったシャーロットに明日香がサンドイッチと水筒から注いだ紅茶を渡す。
「ところで、どうして、お二人は一緒の所で張り込みを行っているのですかぁ?」
 明日香の問いに、郁乃は口に含んでいたアンパンを牛乳で喉の奥へ流し込んでから、びっと親指を立てつつ答えた。
「賊は、必ずここを通るからよ!」
「といいますとぉ?」
「地下通路への入り口を強く警戒された今、賊は陸路を用いると考えられます」
 シャーロットが書き込みだらけの周辺地図を見せながら言う。
 郁乃はゴシゴシと口元を拭ってから、自身も自作のメモを見せ。
「私たちとシャーロットたちが、昼間別々に下見をして得た情報よ」
 郁乃たちはクリーンスタッフとして、シャーロットと大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)は客として別々に昼間の下見を行い、
 別々に考察し、その結果、それぞれ別々に張り込もうとした先でバッティングしたのだった。
 それは、二組の推理の信憑性を互いに確かめ合った形となり、郁乃とシャーロットは、より確信を持ってこの場で張り込みを行なっていた。
「これまでの犯行から分かるように、賊は万博の状況に精通しています。
 だからこそ、警備の一番薄い場所を把握し、活用する」
「それで、賊が逃走経路に使う可能性が高いのが、ここってわけ」
「侵入経路、ではなく?」
「侵入経路は賊に時間がある分、こちらが絞り込むのは難しいのです。
 逃走経路ならば追っ手に追われている分、どうしてもルートは絞られます」
「後は、賊がここから、どっちの方へ行くかっていうのが重要なの。
 そのためには確実にこっちに逃げてもらう必要があるけど、それはパビリオン内の人にバッチリお願いしてあるしっ」
 郁乃はアンパンに齧りつきながら、Vサインをしてみせた。


 伝統のパビリオン内――。
「よいしょ、よいしょ」
 土方 伊織(ひじかた・いおり)が一生懸命に持ち運んで来ているのは、“とりもち”だった。
「はい、ご苦労さま」
 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)はそれを笑顔で受け取って、床へと仕掛けていた。
 賊の侵入経路となりえそうな所に、とりもちを仕掛けようと提案したのは伊織。
 それで、技術を持っていた貴瀬が協力する形となった。
 と、伊織がつまずいて。
「はわわ!?」
「しっかりなさいまし、お嬢様」
 ひょい、とサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が伊織の手を引っ張って支える。
 貴瀬は微笑みながら伊織の方を見やって。
「気をつけて。こんな所で転ぶと、とりもちにくっついてしまうよ」
「はわ、気をつけます。って、ベディさん、僕はおじょーさまじゃないですよ」
「分かってますわ、お嬢様」
「ベディさんー」
 そんな二人のやり取りを横に、貴瀬は柚木 瀬伊(ゆのき・せい)の方へと振り返った。
「泥棒は本当に引っかかってくれるかな?
 言われた通り、難度を変えながら仕掛けてるけど」
 貴瀬の問いに、瀬伊が目を通していた資料から顔を上げ、眼鏡を指先で直しつつ。
「引っかかれば言うことは無いが、必ずしも、これに引っかかってもらう必要は無い」
「どういうこと?」
「この罠は、賊の逃走経路の絞り込みも兼ねている。
 こちらの狙った道を素直に逃げてもらうには、罠の難度や警備の厚さを調節して、敵に『自ら選択してその道を逃げている』のだと錯覚してもらうのが一番だからな」
「相変わらず難しいこと考えてるね」
 はは、と笑ってから、貴瀬は首を傾げてみせた。
「さて、次は何処に仕掛ければいい?」




 シボラの生きた服展示場。
 密林をイメージされた場内には温帯の植物が鬱蒼と配され、加湿された空気の中をシワシワと雨の音が薄く響いていた。
 時々、甲高い鳥の声や獣の鳴き声が聞こえてくるようになっており、ジャングル探検的な気分を味わえる。
 密林の路を抜けると、黄金色の小さなピラミッドがあり、シボラの服はそこに展示されていた。


 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が木々の枝に吊るしていたハエ取りリボンが、シパパパッと凄まじい速度で破れ取られていく。
 そして、それはハエ取り紙をなびかせたまま、警備に当たる契約者たちの間を抜け、シボラの服へと一気に近づき――
 スカッ、と服をすり抜けた。
「よし、上手くいった!」
 黄金ピラミッドの傍の木の影で七尾 蒼也(ななお・そうや)はガッツポーズを取った。
 ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が、ふふっと得意げに笑う。
「推理研をなめてもらっちゃ困ります」
 賊が目指していたシボラの服は、ペルティータのメモリープロジェクターが映し出していた映像だ。
 本物は別の場所にある。
 本当は、本物を非物質化を用いて隠しておきたかったのだが、あれは自身の持ち物でないと行えないため諦めた。
 その代わり、『とっておき』の場所に隠してある。
「本物はこっちだ!」
 と早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が鋭く叫ぶ。
 それと同時に、警備に当たっていたコントラクター全員が上着を脱ぎ捨てた。
 彼らが着ていたのは、シボラの生きた服とそっくりにプリントされた服だった。
 呼雪のフラワシの正確な描画によって描かれ作り出されたものだ。
 パッと見ではどれも本物に見える。
「嘘はついていない。本当に、本物はこの中にある」
 響く呼雪の声。
 ハエ取り紙の塊が、戸惑うように木々の間を動き回り続ける。
 そして、そのハエ取り紙の塊――もとい、賊に向けて崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)が飛びかかっていった。
「相手が本物を探している内が勝負。一気に片を付けましょう」
「ううう、ミミズだらけのプリント服、なんかイヤぁ」
「頑張って。できたら明日は一緒に展示を回りましょう」
「そんな安いエサに釣られるかーーっ!」
 とか何とか言いつつ、ちび亜璃珠の顔はパァッと輝き、動きに精細を増したのだった。
 ちび亜璃珠と連携して、賊へと近づいた亜璃珠がブランド時計で賊の動きを僅かに遅くする。
 そこへ、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が神の目を放ち、賊の背後(だと想定される方向)から飛びついた。
 吸精幻夜を行うために牙を向き、伸ばした手が虚空を掴む。
「うー、惜しい」
 しゃんっと地に着地し、むふぅ、と吐息しながら彼は賊が隠れた密林の方を見やった。
 賊がそちらの方へ潜り込んでから、動きは無い。
 おそらく、その中のどこかに身を潜めているのだろうと思われた。
 そして――
 満を持してオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)こと、『魔法少女浜名うなぎ』がザッと前へ出た。

「皆が協力し創り上げた嬉し楽し恥ずかし空京万博。
 そこへ来て貴重な資料及び財産であるところの幻の展示品を狙うとは、例えEMUが許しても、この魔法少女浜名うなぎが許さない!」
 ズバーン、とポーズを決め、オットーは「そもそも……」と更に続けようとした。
 しかし、その先を南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)のたらたらとした声が遮る。
「あー、展示品を一箇所に全部揃えると何か起こるんスかね?
 あ、例えば、供物とか?」
「シャァアラーーップ!!」
「シャラップて……」
「光一郎、貴殿はそれがしの添え物の分際で知ったような口を……慎め!!
 物知らずの貴殿が考えるような浅はかな事など起こりえん!
 もし仮にそのようなことがあるのなら、それがしは頭を丸めて魔法少女を引退してくれるわっ!」
「いや、もう丸まってるって、ツルツルじゃん。ていうか、魚だから生えても来な――」
「問答無用!
 怪盗よ、勝負だ!!」
 と、息巻いたオットーは気づいた。
「……何故、誰もおらん?」
「皆、賊を追って外に向かったよ」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が言う。
「お、おう?」
「賊は服を奪うのを早々に諦めたみたい」
「クッ、なんと根性の無い――
 光一郎! それがしらも追うぞ!!」
「へーい」
 そして、オットー達は展示場をバタバタと駆け出ていった。

「ふむ……どうにも繋がりそうで繋がらないね」
 天音は顎に指を掛けながら零した。
 既に何人かは、この事件の犯人について目星を付けているようだった。
 しかし、何故、幻の展示品なのか、そして何が動機なのかが、いまいち見えてこない。
 昼間聞いた言葉を思い出す。
(少しでも多くの人の笑顔、か)
「あの言葉に偽りが無いのだとしたら、彼女は何故……。
 どう思う? ブルーズ」
 密林の影の方へと視線を向けながら問いかける。
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は地面に転がっていた。
 もぞもぞと動きまわるシボラの生きた服を着させられた状態で。
「おっ、おい、それより、早く、この服……を…………アッー!」
「王様って大変そうだね」
 密林にブルーズのアッー! が木霊していく。


 伝統パビリオン内、ゆる族近代史展示場。
 並ぶゆる族の資料の中に佇んで、ヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)は待っていた。
 傍らにパートナーのサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)は居ない。
 居たのは、スナイパーライフルを構えたラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)だった。
 ヴィトが、様々なゆる族を模した大きなぬいぐるみに紛れて堂々と待機し、その影にラックが隠れる形だ。
 ちなみに、ラックもパートナーのイータ・エヴィ(いーた・えびぃ)を伴っていない。
「パートナーは?」
 ヴィトの問いかけにラックが小さく笑った。
「うちの大食いちゃんは昼間のうちに良く食べて良く楽しんで、今は良く寝てるよ。
 そっちのは?」
「俺のパートナーも多分、寝てると思います。
 昼間、この展示場に来たそうです」
「パートナーの種族に関心が高いんだ」
「どうしても、チャックが気になるようで」
「ライオンさんは気にならないの?」
「人間も、頭にどうして『つむじ』があるのか気にしないでしょう。
 チャックが何故あるのかだとか、案外、自分自身のことは気にならないものですよ」
 と――ヴィトの銃型HCに合図。
「上手くこちらへ賊を誘導出来たようですね」
「よし……」
「俺たちはシンプルにいきましょう。敵を撃つ。それだけです」
 そして、二人はゆる族近代史の展示場を駆けた賊を、臭い付きのペイント弾で狙撃した。
 ラックの放ったペイント弾の飛沫を賊に付着させることに成功する。

 パビリオン内、通路。
「動くな! 窃盗の容疑で逮捕する!!」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)の声が響く。
 が、賊が動きを止める気配は無かった。
「やっぱり駄目か」
「当然でしょう。止まれと言われて止まる賊などいません」
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)がミニたいむちゃんタワーで牽制のビームを撃ちながら言う。
「なら、存分に動けって言えば止まってくれるのか?」
「詭弁ですね」
 と、目の前で賊が外の非常口の方へと抜けた。
 シャウラは、自身も外へと飛び出し、すぐにライトを括りつけた矢をサイドワインダーで二本、打ち放った。
 賊が向かったと思われる方向を光の道筋が照らし出し、外の警備に当たっていたコントラクターたちへと伝えていく。
「なんとか想定通りのルートだな……。
 後は頼むぜ?」


 ――シボラの生きた服――

 防衛  大成功!!