空京

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開催、空京万博!

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リアクション



■扶桑の生命土の防衛


 燃えている。
 何もかも全て燃えている。
 奪い尽くされた灰が熱い熱い上昇気流に乗って、揺れる赤火の先の暗い空へと呑み込まれていた。
 熱と焼け焦げる匂いと悲鳴。

 ――景色は跳んで――

 目の前にあったのは、一面の壁……
 ではなくて、おそらく巨大な巨大な剥製の側面だった。
 そこは暗く、また、剥製は余りにも巨大だったから、その頭や尾は遠い闇の中に埋もれて見えない。
 ただ、壁のように硬質な皮膚が広がっていた。
 それが、ズルリと動き出した音。
 自らの力で、ゆっくりと、ゆっくりと動き出す。
 這いずって、低く深く大きく響く唸り声。

「……ふぅ」
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は、息を漏らした。
「何か見えたかい?」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)に問いかけられ、和葉はそちらへ、うっすら汗の滲んだ顔を向けた。
 先ほどサイコメトリしていた賊からの『置き手紙』をヒラと振って。
「こう、何かすごーく大事なものが根こそぎ燃えてる景色」
「すごーく大事なもの?
 ……って?」
 つつっと寄ってきたルアークの顔へ、にぱっと笑ってみせる。
「さっぱし分かんない」
「あ、そう」
「でも、悲しかったなぁ。
 ――と、それから、ティアマトの剥製が見えたよ」
「重要な手がかりですわね」
 沙 鈴(しゃ・りん)が振り返って言った。
 万博の中央警備室。
 万博の随所に配された監視カメラから送られてくる映像が幾つものモニターに映し出されている。
 そういった様々な機材があり、運営時間中の警備を担当する者たちが居る。
 その隅っこで、鈴は警備の配置を練っていた。
 おかげで漠然と警備を申し出たコントラクターたちも、ある程度効率良く配される形となりそうだった。
 鈴が続ける。
「賊の侵入方法などについては何か?」
 和葉は、ううん、と顔を振って。
「そういうのは分かんなかった。ごめんねっ」
 てへん、と顔を崩してから彼はアゴ下に指先を置いた。
「見えたのは、ティアマトが自分から動き出すところだけだったよ」
「へー、剥製が自ら?」
 ルアークの軽い感嘆を込めた声。
 鈴が、ふむ、とうなずき。
「あの大きな剥製が自ら動くことで、運ぶ必要がなかったのだとすると賊が複数居るという大きな材料が一つ消えますわね。
 とはいえ、現段階で単独犯だと断定するのは危険ですが」
 と、綺羅 瑠璃(きら・るー)より連絡が入る。
『夜の分の物資の準備出来たわよ』
「ご苦労様ですわ」
『何人かが夜食の準備もしてくれると』
「あら。それは皆喜びますわね。
 こちらも警備の配置はほぼ決まりましたわ」
 そんな二人のやりとりを傍で見ながら、和葉は正直、わくわくと胸を踊らせていた。
 お宝を巡って謎の怪盗との対決。
 ロマンが頭を駆け巡って、どうしたって顔が緩む。
「分っかりやすいなぁ」
 和葉の心情を余すことなく察したらしいルアークの一言が聞こえた。




 夜。

 現在パビリオン、『扶桑の生命土』の展示場。
 やや薄暗い展示場の中に、白桃色の花びらがひらひらと舞い降りていた。
 何処からとも無く聞こえる、ししおどしの透明な音。
 室内に設けられた小川が、せせらぎを奏でながら水面に落ちた花びらを運んでいく。
 涼やかな水の匂いに混じって、花と土と木の匂い。
 木組みの東屋やマホロバ風の屋敷が建てられており、その間をゆったりと縫う石の道の先――
 扶桑の生命土の入った箱は、灯篭風の展示ケースの中で桜の花びらに囲まれながら置かれていた。


「こっちはこんなもんか」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)は満足げに額の汗を拭いながら、展示ケース周辺に仕掛けたバナナの皮を見下ろした。
「完璧だな」
「せやな、完全無欠のバナナの皮防犯で固めたから、どんな犯人や芸人が来ようが転げまわって――
 って、ノリからツッコミまで繋げるのもしんどいわ。 なにこれ?」
 隣にしゃがみ込んでいた上條 優夏(かみじょう・ゆうか)が、クッタリと置かれたバナナの皮を摘み上げながら嘆息する。
 壮太は腰に手を当てながら口の端を笑ませ。
「思い出してみろよ?
 犯人が残してった手紙には漢字が一文字も使われてなかったって話」
「はあ」
「つまり、犯人は――
 漢字を書くこともできない馬鹿か、漢字も知らねえくらいのガキなんじゃねーかと」
「一理あるよーな、ないよーな」
「そんな馬鹿かガキが相手なら、こっちの罠はバナナの皮で十分ってわけだ」
「はあ、なるほど。
 しかし、よぉまあこんだけのバナナを……」
「もー、お腹いっぱひ」
 ミミ・マリー(みみ・まりー)が、けふっと口から吐息を漏らしながら微笑む。
 食べ終わったバナナの皮を片手に。
「それはともかく」
 と、壮太は優夏が抱え込んでいる“何か”の方を見やった。
「それは?」
「よぉ聞いた」
 優夏がその手に抱えていたものを、ひょいっと片手で掲げてみせる。
 それをじぃっと見てから、壮太は首をかしげた。
「電気ポット?」
「伝説のHIKIKOMORIが幾多数多のカップ麺にお湯を注ぎ込むために使っていたっちゅう逸品でな。
 何もしなくても何処からか水分を蓄え、お湯を沸かし続けるという、隠し隠されてきた幻の展示品っちゅうやつや」
「本当か? それ」
「いや、そういうんがあってもええんちゃうかと」
「……お前の自作かい」
「賊が狙っとうのが『幻の展示品』やっちゅうなら、こういうのんで引っ掛けたるのもええかと思ってな」
 などと会話している二人の後方では、フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)が今も『隠された幻の展示品』の噂を広めていた。


「……もう、こんな時間か」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は、時計を見やりながら呟いた。
 時刻は2時を回っている。
 隣で、同じく生命土の警備に当たっているミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、頭をこっくりこっくりとさせていた。
「昼間の疲れが……っと、集中しないとな」
 ゆる族であるミリィの、その愛らしい頭が揺れる様にうっかり心奪われそうになり、セルマは警備に集中し直した。
 ウルクの剣を握り直し、フ、と息をつく。
「本当に賊が現れたとして、そう派手なことにならないといいが――」
 と、展示場に響いた、奇妙な足音。
 連続するその音は速過ぎて一つの薄い音の線のように聞こえた。
 ミリィを起こす暇無く、セルマはバーストダッシュで飛び出していた。
 入り口を警備していたコントラクターたちの隙間を縫うように影が視界に滑り込んでくる。
 風を切ったセルマの剣は影を逃す。
 そして、影の行く先へと、レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)のワイヤークローが飛んだ。
 しかし。
「……外したか」
 実際の結果が訪れる一拍前に、レギオンが舌打ちと共に漏らした。
 彼の言葉通り、ワイヤークローは影を捉え切れなかった。
 ワイヤーを引き戻しながら、レギオンが刀を抜きつつ、カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)と駆け出す。
 レギオンたちに追われた影が、凄まじいスピードで生命土の置かれたケースの方へと迫る。
 と。
 すっっっペーーーーん! という音。
 音より遅れて、床に広げられていたバナナの皮が一枚、宙に浮きかける。
「え、ほんとに転んだ?」
「いや――駄目だ」
 影は、確かに一度転んだような気配を残しつつ、
 しかし、変わらぬ超スピードでケースへと進んでいた。
「いやいや、そう簡単に持ってかれるわけにはいかんのよ!」
「折角うちが寄贈したもんやしなぁ!」
 展示物の傍らで待機していた木本 和輝(きもと・ともき)封神 鬼叉羅(ほうじん・きさら)の背が、ぐぅっと膨れ上がった。
 鬼神力によって角を生やし、身体を巨大化させた二人がケースの上へと覆い被さる。
 影はその背に触れる直前で鋭角に軌道を修正し、そして、戸惑うように周囲を駆け回った。
「今の内に賊を!」
「了解した」
「――ッ、捉え切れないか」
 和輝らが生命土を守っている間にセルマやレギオンといった警備のコントラクターたちが、影を抑えようとするも触れることすら出来ない。
 やがて、賊侵入を知ったコントラクターたちが展示場へと集まってくる気配が強まり、それを察したらしい影は展示場の外へと抜け出して行ったのだった。

 パビリオン内。
 コントラクターたちから逃げる影が入り込んだ展示場。
「こっちゃ来ると思ってたで!
 って、はや!? 予想以上に!!」
 予測していた賊の逃走経路に光学迷彩で身を潜めていた日下部 社(くさかべ・やしろ)は、慌てて響 未来(ひびき・みらい)を召喚した。
 虚空に姿を現す未来。
 影の気配が、あっという間に二人をすり抜けようとする。
「ふっふーん、やっぱり私が必要になったわね、マスター。
 でも、私まだ眠いんだけどー!」
 未来が恨みがましい視線に鬼眼を込めて、賊を睨みやる。
 賊の影の残像が、びくん、と震えた軌跡を描き、二人を過ぎ去ったものの、
 何やらよろけたように展示場に置かれていたパンフレット棚などに当たりつつ、展示場を抜けていった。
 写真やパンフレットがヒラヒラと舞う中で。
「一応、成功したんか……?
 って、捕まえな意味無いし! 追うで!」
「まっかせなさい! でも、眠いー」
 そうして、二人は影を追って、現在パビリオンの出口付近を張っていた影月 銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)と合流した。
「賊は正面の出入口の方には来ていない」
 賊へ使うつもりだったらしい痺れ粉を手に銀が社たちへ言う。
「他の方へ行ったのかな……?」
 銀の少し後ろで、ミシェルは光条兵器を握りしめながら、小さく溜息をついていた。
 と、全体の警備状況を把握しているから連絡が入り……
『賊は姿を消しましたとのことですわ……。
 しかし、扶桑の生命土は無事です』
 社は、やれやれと頭に片手を置いた。
「逃したかぁ」
「でも、展示品は守れたわけですから、一応、私たちの勝ち?」
 ミシェルが小首をかしげる。
「賊がまだ戻ってくる可能性はある。持ち場に戻ろう」
 言って、銀は早々にパビリオンの出入口の方へと歩んでいってしまった。
「分かってるけど、少しくらい喜んだっていいと思うんだけどなー、もう」
 ミシェルが銀の後を追う。
「ほしたら、俺らも戻るか。未来……って、寝とる!?」
 社は1秒ほど考えた後に、未来の首裾をむんずと掴んでズルズルと彼女を引きずり、持ち場へ戻っていった。


 結局……
 朝になっても賊が現れることはなかった。

「結局、賊はこっちの偽物の幻の展示品には目もくれなかったね」
「偽ちゃうし」
 窓から差し込む朝日を眺めながら、優夏はフィリーネに言った。
 フィリーネが笑って、ごめん、と明るく謝ってから。
「噂の流し方が足りなかったのかなぁ?」
「『正規の』幻の展示品やってとこに意味があるのかもしれん。
 もしくは、『隠された幻の展示品なんてものは存在しない』と確信できるくらい万博の内情を把握しとるのか……
 あるいは、ただ単に俺の作った展示品が賊の心に響かんかっただけか」
「あはは、一番最後のが正解な気がするね」
「ま、何でもええけど」
 ともあれ、朝日は昇り、じきに開場時間となる。


 ――扶桑の生命土――

 防衛  大成功!!