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リアクション
イマ
「興味深い話を聞かせてもらったよ」
その青年は、突然、ネフェルティティ一行の前に現れていた。
「イマなのだー」
甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)の連れていた、柔らかポムクルさんたちが、青年の名を呼んだ。
「久しぶりだな。星辰文明との戦い以来か。変わらんね、君たちも」
「あのときは、たくさんぶっ飛ばされて、大変だったのだー」
「ポムクルさん達は、あの方とお知り合いなのでございますか?」
ユキノが訊ねる。
話の内容からして、イマとポムクルさんたちは敵対していたようなのだが。
「過ぎたことは気にしないのだー」
「……そうなのでございますか?」
ポムクルさんたちの価値観では、深く気にしなくていいことらしい。
「君の中には赤子がいるんだね。
……どこかで、似たような話があったな」
イマが、ネフェルティティに言った。
警戒する、契約者たちだが、
ソウルアベレイターのリーダーだというのに、不思議と殺気は感じない。
「ナラカダイブの時のバイトでも見かけたような……?」
甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、
ポケットから黒水晶の欠片を取り出した。
「これって……黒の、リンガ?」
「君も拾っていたのか。
できれば、返して欲しいんだけど……」
イマが英虎に言った。
「なんで、ウゲン・カイラス(うげん・かいらす)を殺した黒のリンガの欠片があなたの物なの?」
英虎が、珍しく、真顔になって聞いた。
「ウゲンは俺の友人だよ。
そして、彼は俺に面白いことを幾つか教えてくれた。
黒水晶の事も、その一つだ。
だから、見返りに俺は彼に面白いことを伝えた」
「面白いことって?」
「それは、ただでは教えられないな。
俺とウゲンはお互いに取引をしたんだから」
英虎は、これ以上、ここで食い下がっても無駄と判断し、
別の質問をすることにした。
イマには、たくさん、聞きたいことがあったのだ。
「あなたは、アナザー地球のことを知っている?」
「アナザー……ああ、あの時間軸を君たちはそう呼んでいるんだよな。
“滅びを望むもの”には、さすがの光条世界も手を焼いているらしい。
なにせ、大世界樹を別の世界へ離れさせるなんてのは異例中の異例だろうからね」
「“滅びを望むもの”……リファニーと同化した、
“滅びを望むもの”のことを、あなたはどう思っているの?」
「非常に興味深いね。
圧倒的な世界への負荷がどれだけの負の力を発生させたのか……。
そして、彼女はそんなものに身を委ねてまで、友人たちを守ろうとした」
リファニー・ウィンポリア(りふぁにー・うぃんぽりあ)のことを思い出し、
英虎の胸は痛んだが、
今は、少しでも多く、情報を聞きださなければならない。
冷静に、しかし、畏怖を込めて、
英虎は、言葉を紡いだ。
「イマ……あなたは、閻魔王?」
「ああ、地球のある地域ではそう呼ばれているらしいね。
俺は確かに、かつてナラカの管理者としての役目を与えられた。
役目ってのは、逸脱者を狩ることとか」
「その役目というのは、誰に与えられたのでございますか?」
ユキノの問いにも、イマは、淡々と告げた。
「光条世界に居る創造主さ。
だが、俺はもう彼らの監視下から外れた“逸脱者”となっている。
だから、彼らにとって俺は『狩るべき対象』だ。
俺と俺の仲間たちは、生き延びるためにも光条世界を打ち倒すべきだが……
俺自身は彼らの世界をぶち壊してみたいというのはある。
俺がどこまでいけるのかってことと壊した後のこと、そこに興味がある」
ネフェルティティが、イマに、強いまなざしを向けて言った。
「なるほど、あなた方が、光条世界と敵対している理由はわかりました。
そして、生き延びるため、というのまではわかります。
しかし、腕試しや興味……“そんなこと”のために、
あなたは罪もない人々の未来を奪う戦争を始めようというのですか?」
「“そんなこと”?
地球でもパラミタでも、近しい理由で起こった戦争はあったんじゃないかな。
まあ、それはどうでもいいか」
織田 信長(おだ・のぶなが)は、
露払いとして火炎放射器を持った南 鮪(みなみ・まぐろ)を同伴させ、
ネフェルティティの言動に注視していたが。
信長は、新たな女王が、民への裏切りを行わぬ覚悟を決めていると判断した。
その上で、持ち前の政治力を発揮し、イマに演説と説得を行う。
「その方ら常に一方的よな。
突然現れた分際でまるで世界全ての支配者が如きふるまいよ。
言動も全て言う事を聞かなかったから破壊すると脅迫するばかりで、
他者の心を動かす物が微塵も無い三流よ。
新たな秩序的な事を謳いつつもこの世の均衡の破壊者にしか見えぬ」
「ウゲンなら、
『人間が邪魔なアリの巣を潰したからって罪悪感を抱くのか』とか言いそうだな。
……正直、君たちのことなんてほとんど興味がなかったんだけど、
ここまで無事に辿り着いたその実力は称賛に値するよ」
イマは、本気で感心している様子であった。
「あなたの目的がどのようなものであれ、
パラミタとニルヴァーナ、地球を危機にさらすわけにはいきません。
あなたにとっては私たちは小さな存在かもしれません。
けれど、命の重さに違いがあるでしょうか?」
ネフェルティティの問いに、イマは首をかしげた。
「命の重さ……ね。
正直、そういうことは、自分自身を含めてよくわからなくなっているんだ。
でも、それよりも重要なのは意志の強さだと思うな。
エギルやエピメテウスのような復讐への執念、
業魔のような強者との戦いへの渇望もそうだけれど、
俺が興味を引かれるのは、いつだって意志の強ささ」
イマの言葉に、信長が切り返した。
「ならば、我らの意志の強さはどうだ?
この世界を守りたい。大切な者との未来を得たい。民の安寧を願う。
こうした、身を焦がすような執念と渇望のため、
己が命や危険をも顧みず、
絶大な力を持つ、おぬしらソウルアベレイターの巣窟へと赴いた、
わしら契約者の覚悟と意志は」
「――面白いね。力尽くの交渉といったところか?
確かに、三賢者やエギル、業魔、そして、ニヤンたちから面白い話は聞いていた。
そして、君たちはエギルを倒し、業魔を退け、ここへ辿り着いた。
その身を持って、俺にその価値を証明したわけだ」
それまで、淡々と語っていたイマが、
面白そうに笑みを浮かべた。
「いいだろう。少し考えを改めてみよう。
その結果については、君たちが本当に望んだものになるか保障はできないがね」
「『鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス』。
後代の者が、わしが作ったと伝えておる川柳よ。
おぬしの言うとおり、わしらは力尽くで欲する物を手にしてみせようぞ」
「ああ、本当に面白いな。君たちは」
信長の答えに、イマは心底愉快そうに言った。
そして、イマは、外の様子を察して告げる。
「どうやら、イーダフェルトを止めることはできなそうだな。
じきに、星辰結界が展開されるだろう。君たちは撤退した方がいい。
光条世界の強制超転移は乱暴過ぎて、
君たちみたいなのは下手すると“どっか”にすっ飛ばされてしまうかもしれない」
そう言って、イマは、現れた時のように、
いつのまにか虚空へと消えてしまっていた。
「あ、待て!
本当に大事なのはおまえが言うようなもんじゃねえ!
一番大事なのは愛なんだよォ〜!
新品のパンツ穿いてねえからそんな愛の足りねえ言動になるんだぜ!
パンツ穿かせやがれー!」
鮪の絶叫が、万魔殿に響き渡った。
「行きましょう。
彼の言った通り、ここは危険なようです。
どうか、帰り道も、誰も欠けることがありませんように」
「ええ、ネフェルティティ。
私たちは、あなたを守り、そして自分たちを守ってみせます」
ネフェルティティに、ジークリンデがうなずく。
こうして、一行は、万魔殿から撤退することになった。