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リアクション
世界を変える橋 1
光条世界の中には無数の怪物達がいた。
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の三人がそれらと戦っている。
彼らは光の切れ目に入ると、そこから溢れ出ようとする大小様々な光の怪物達を見た。
怪物達の多くは人型をしており、中には見覚えのあるような姿形をした人型もあった。
朧げな目と鼻を持ち、淡く開いた口からは驚声とも音色とも取れるような奇妙な音階の声を発している。それはまるで、伝説に謳われるセイレーンのようだ。激しい怒りと悲しみを含んだ歌声が、辺りに音波となって広がっているのだった。
「まるで怪物のオンパレードだな……」
それを見て、牙竜が苦々しく言った。
戦いに情けが無用だということはよく言われるが、人型の敵と戦うことほど気が進まないことはなかった。けれど、ここで立ち止まってはいられない。牙竜は怪物達を退ける援護部隊の要である。怪物達が契約者を阻む壁だというのなら、その壁を打ち破るまで。
彼らは剣を持ち、目の前の敵を見据えることに集中した。
「セイニィ、準備はいいか?」
「もちろん。じゃなきゃここまで来てないわよ」
セイニィが答えた。
「創造主だか何だか知らないけど、みんなの祈りの邪魔はさせない。何としても、ここであいつらを食い止めるわよ」
彼女の言葉には決意がある。それを分かっているからこそ、牙竜も同じように頷いた。
「ああ――」
そして思い出されるは、しばらく前の紅白歌合戦での事だった。
あの時、牙竜はついにセイニィに告白した。そしてそれを受け入れてくれた。
晴れて二人は恋人同士になったのだ。もっとも、それ以上の進展があるかないかで言われれば、返答には困るが。
「ところであの……牙竜……?」
「ん?」
ふと、後ろにいた灯に声をかけられて、牙竜は振り返った。
彼女は少々困ったような顔をしていた。
「先ほどまで持っていた花束はどうしたのですか? まさか戦艦の中に? しかし……あれは確か……大切な人に渡すものだと言っていたような記憶があるのですが……」
「わあっ! な、なに言ってんだ、灯っ!?」
「なに……? どういうこと?」
二人の話を聞いていたセイニィの目が、やけに鋭くなって牙竜を睨んだ。
(まずい……)
そう思った時にはすでに遅く、セイニィはめらめらと嫉妬の炎に燃えて唇を噛んでいる。
明らかに、何らかの誤解を生んだようだった。
「ち、違っ……違うぞっ! これは決して誰かにあげようとかそういうんじゃなく……っ! い、いや、というか、俺は花束なんて持ってきてない! きっと灯の勘違いだ! うん、そうに違いない!」
「…………私の記憶では、お守り代わりの花束とか言っていましたが」
「だぁぁぁ! お前は火に油を注ぐようなことを言うな!」
「へぇ〜……そう、お守り……。そんなに大切なものをよっぽど大事な人にあげるんだ……。あたしという者がありながら……!!」
「あ、あの……セイニィさん……? 」
もはや時すでに遅く、かなりやばい状況まで陥ってしまっているようである。
その事は、ギリギリと音を立てて握り込まれたセイニィの拳からも明らかだった。
「殺してやる……! あんたを殺して、あたしも死んでやるぅ……っ!!」
「いいっ!? セ、セイニィ! なんだかやばい属性が出てきてるご様子ですがっ!?」
「問答無用! 死ねえええぇぇぇぇいっ!!」
と、いままさにセイニィが襲いかかろうとしたその時だった。
「あ、思い出しました」
灯がぽんっと手を打って言った。
「そういえばそれは、『セイニィさん』へのプレゼントなんでした」
「………………え?」
ピタっと動きの止まるセイニィ。その拳に嵌められた爪の切っ先は、牙竜の鼻先までかすめていた。
(し、死ぬかと思った……)
と、思いながら、なんとか息をつく牙竜。
その彼と見つめあって、セイニィは気まずそうにもじもじした。
「あ、あの…………牙竜……」
セイニィは彼が怒っているのではないかと思ったのだ。
が、もちろん、そんな事はない。もとよりそんなつもりなら、彼女と付き合おうなどとは思っていなかった。せっかちで、早とちりだったして、気まぐれで、気分屋で……。そんなところも含めて、牙竜は彼女が好きなのだ。
牙竜は息をついた。
「あの……怒って……る……?」
「いいや、そんなことない」
「ほんとに?」
「ああ」
「嘘じゃない?」
「ほんとだって」
牙竜はそう言って、彼女を安心させるように微笑んだ。
「こんな事で怒ってたら、君に告白しようなんて思わなかった。そんなところを含めて、俺は君が好きなんだよ」
セイニィの顔が真っ赤になった。それから彼女は、牙竜に手を伸ばす。
その手を引き寄せて、彼女の身体を抱きしめた。強く、強く……。
セイニィはその胸に顔を埋めて、か細い声で言った。
「嫌いになんて……ならないでね……?」
「当たり前だろ」
牙竜は笑った。
「今までも、これからも、ずっとずっと好きだ。死ぬまで君を愛するよ」
「うん……」
二人はそうしてしばらく抱きしめ合った。
で、取り残された灯が、
「まったく……。これじゃあ、あの花束は婚姻届けみたいなものですね」
と、言った。
「婚姻届け?」
「結婚……?」
二人は顔を見合わせる。
それから今度は二人同時に顔を赤くして、ドギマギし始めた。どうやらこの二人には、まだ結婚生活の妄想は刺激が強すぎたようだ。
「………………やれやれです」
最後の戦いを前にして、灯はリア充二人にすました祝福を送った。
◆ ◆ ◆
久世 沙幸(くぜ・さゆき)は
佐野 実里(さの・みのり)と共に戦っていた。
「いくよ、リフル!」
「ええ、分かったわ、沙幸」
彼女にとって実里は、蒼空学園で出会ったリフル・シルヴァリエと何ら変わらない存在だった。
いくら名前を変えようと、そのどちらともが沙幸にとって大切なものだ。何事にも一生懸命なリフル……。目標を定め、それに向かって真っ直ぐ突き進んでいこうとするリフル……。名前を変えたのだって、その一つだ。
日本人として生きようと決意したその時から、彼女はリフルではなく実里になった。けど、リフルとして生きた思い出を捨てたわけじゃない。沙幸と彼女はかけがえのない友だ。それは今でも、そしてこれからも変わらない。
「ねーさま! 敵の姿が……っ」
「こっちよ、沙幸!」
沙幸に声をかけたのは
藍玉 美海(あいだま・みうみ)だった。
彼女は沙幸のパートナーとしてその援護についている。もちろん、それはつまり、リフルの援護でもあるということだ。リフルが動けば、それに従って沙幸と美海も動く。二人の攻撃に支えられ、リフルは振り返って笑みを浮かべた。
「ありがとう。二人とも、助かったわ」
「ううん、こっちこそ。リフルと一緒に戦える……それだけで、私は嬉しいよ」
沙幸も笑顔を返す。
美海はそんな二人を見守りながら、この瞬間、この時が消えてなくなってしまうことを悲しく思った。
(創造主の言う“滅び”が訪れれば、いずれそれも現実のものとなる……)
想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
美海は、沙幸や、リフルや、その他の大勢の大切な人達が消えてしまうことには耐えられそうになかった。
それは沙幸も同じである。彼女はリフルに微笑みかけ、迫りくる光の人型達から視線を移した。
「ねえ、リフル、美海ねーさま」
「ん?」
「なに?」
自分を見返した二人に、沙幸は目一杯の笑顔を作った。
「この戦いが終わったら、またみんなで遊ぼうね……。ラーメン食べたり、お茶したりして……。たくさん、たっくさん……! みんなで一緒に楽しもう!」
二人とも笑った。美海は情を、リフルは信念を。その眼差しに浮かべていた。
三人の心は一つになった。
「よし、行こうっ!!」
そう叫び、沙幸達は再び戦いに乗り出した。