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リアクション
●第二章 『もうひとりのわたし』を探して
森の中に半分隠れるようにそびえ立っていた遺跡は、外から見た以上に崩落が激しかった。壁には無数の隙間が広がり、天井に開いた穴からわずかばかりの陽光が差し込み、そして地面は瓦礫の山と化していた。
この遺跡へ向かったであろう、『聖少女』ちび、そして黒髪の女。
遺跡に眠るとされる『もうひとりのわたし』を巡る戦いが、今始まろうとしていた――。
「これは、思っていた以上に進むのが難しそうだね。隠れる場所に困らないのはある意味助かるけど」
「いつ天井が崩れてくるか分からないですよ。陽平、早く行きましょう」
元は真っ直ぐ続いていたであろう道、しかし今は瓦礫のせいであちこち塞がれている道を、如月 陽平(きさらぎ・ようへい)とシェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)が歩いていく。このような場所で箒を使えば、瞬く間にぶつかってしまうだろう。
「とにかく、黒髪の女よりも早く、遺跡の少女を見つけないと……ん?」
呟いた陽平が、視界の先に二つの人影を発見する。
(まさか、黒髪の女と遺跡の少女が、既に出会っている……?)
その疑問は、二人の会話が聞こえてくることで氷解する。
「ユニ、あまりうろちょろするでない。調査の邪魔だ」
「う、うろちょろしているわけではありません、ワタシも調査のお手伝いぃっ!? はうぅ、出っ張りに頭をぶつけましたぁ……」
人影は、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)にユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)であった。どうやら二人は遺跡の調査中であったようだ。
「何か特別な物とか見つかった?」
歩み寄って声をかける陽平に対して、一目振り返ったリリが興味ないとばかりに調査を再開する。
「ちょっと、無視しなくてもいいじゃないですか」
「ああぁごめんなさい、リリは誰に対してもこうなんです。本当にごめんなさいっ」
文句を言いかけるシェスターは、謝るユニに気勢を削がれて黙り込む。
「いや、こちらこそいきなり声をかけて申し訳ない。……二人も遺跡の少女を探しに?」
「はい、そうなんですけど、なかなか見つからなくて。……そうだ、皆さん、お茶にしませんか? ワタシ、お茶持ってきているんですよ♪」
言ってユニが、荷物からポットを取り出す。漂う香りは一時の爽快感を提供してくれる。
「いいんですか? では、いただきまーす」
「すみません、ご馳走になっちゃって」
「いえ、リリが迷惑をかけたお礼ということで。まだありますから遠慮なくどうぞ」
お茶をいただきながら、他愛のない話に花を咲かせる三人を置いて、一人リリは調査を続行していた。
(黒髪の女とちびの発する力の性質から考えると、黒髪の女は破壊、ちびは創造の力を持っているものと考えられる。それはヒンドゥー教の三神に当てはめるとシヴァとブラフマン。……とすると、ここにいると思しき遺跡の少女は、世界を維持する力を持つヴィシュヌの役割を担っているのかもしれんな。……もし、黒髪の女が他二人と一つになるようなことになれば、破壊と創造、そして新たな秩序の元での世界の維持が行われてしまうというわけか。……余計に、渡すわけにはいかなくなったな)
思案に耽るリリの後ろでは、三人の会話がなおも続いていた。
「そうなんです、ワタシ、すぐ誰かにぶつかっちゃって……この前なんて、見えない人にぶつかっちゃったらしいんですよ」
「そ、それはある意味特技ってレベルなんじゃないでしょうか。……というか、どうしたらぶつかれるんでしょう?」
「さあ、それは本人のみぞ知る、ってところだね。……さて、お茶ごちそうさま。そろそろ僕たちも先を急ぎます」
「あっ、はい。……リリ、ワタシたちもせっかくですから一緒に行きませんか――」
瞬間、少し離れた場所と思しきところから爆発のような音と、次いで遺跡を震わす振動が四人を襲う。
「きゃっ!? な、何ですか?」
「痛いっ! 天井から瓦礫が落ちてきましたよ!?」
「何が起きているか分からないけど、放っておけばこの遺跡自体が危ない。行きましょう!」
陽平とシェスター、リリとユニが、音のした方向へと駆けて行く。
その現場では、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)とファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)、スフィーリア・フローライト(すふぃーりあ・ふろーらいと)とフタバ・グリーンフィールド(ふたば・ぐりーんふぃーるど)の四名が、眼前に佇む漆黒のローブに身を包んだ二人の人物と睨み合っていた。
「おぬしら、何者じゃ!? 黒髪の女ではなさそうじゃな、ならあの者の手下か!?」
セシリアの恫喝にも、怖気づくことなくローブ姿の二人、体格からして男性に見えた者たちが行動を開始する。彼らの動きはどうやら、ちびと似た格好をしたスフィーリアを狙っているようであった。
「むっ、スフィー……ちびを攫うつもりか!? そうはさせぬのじゃ!!」
セシリアの掌に炎が浮かび上がり、それは火弾となってローブ男を襲う。しかし彼が懐から取り出したアクセサリの手前で、火弾は音もなく掻き消えてしまう。
「なに、アンチ・マジックじゃと!? ぬぬぅ、こうなったらとっておきの――」
「セシリア様、ここは私にお任せを。……主人とちびさんには、指一本触れさせません!」
ファルチェが武器を抜き、ローブ男へ斬りかかる。今度は別のローブ男が、懐から抜き放った杖、おそらく仕込み杖であろう武器で応戦する。何度か斬り合いが繰り返されるが、どちらも致命となる一撃を与えることができない。
「もー、こいつら一体何なのさ!? せっかくの作戦が台無しじゃん! 私怒ったよ、一発魔法でもくらわせないと気が収まらないよ!」
「フタバ、落ち着いて……二人に任せましょう、ね?」
頬を膨らませて怒りを露にするフタバを、スフィーリアが宥める。が、そこにローブ男の一人が滑り込み、手を伸ばしてスフィーリアの手を掴む。
「きゃっ……嫌、離して……!」
「ああっ、何するんだよこの、スフィーリアを離せよ!!」
抵抗するスフィーリアだが、所詮か弱い女の力ではどうすることもできない。フタバも、魔法を使うことができずにワンドで殴りかかろうとするが、ローブ男に片手で受け止められてしまう。
「……違う。こいつには紋様がない。関係ないようだ」
「ちっ、あの少女も紋様がなかった。生贄の少女はどこにいる?」
ファルチェを退けたもう一人のローブ男が、スフィーリアを掴んだローブ男に問いかける。
「知らん。だが、ここにはもう用はない。後はアイツらが勝手に暴れてくれれば、それでいい。……退くぞ」
「……了解。一芝居うったようだが、その意味はもうないぞ。ここに眠っていた少女は、既に目覚めている」
ローブ男がスフィーリアを解放し、足早に去っていく。
「待つのじゃ! おぬしたちは何が目的なのじゃ!」
ファルチェを介抱しながら、セシリアが問いかけるものの、ローブ男はそれには答えずに去っていく。
「一体、何なんだよもう……あっ、スフィーリア、大丈夫!?」
「うん……怖かったけど……跡も残ってないし、大丈夫。……でも、少女は既に目覚めているって、どういうこと? どうしてあの人はそれを……?」
ローブ男に掴まれた箇所をさすりながら、スフィーリアが呟く。
「確かに、気になるのう。目覚めているというなら、その少女とやらはどこにおるのじゃ?」
「……セシリア様、何者かが数名、こちらに近付いてきます」
応急処置を受けたファルチェが、セシリアに報告する。
「ぬぬぅ、今度は誰じゃ! 次こそ私のとっておきの魔法で成敗してくれようぞ!」
「……待ってください、おそらくは……」
魔法の準備に入ろうとするセシリアを止めて、スフィーリアが変装を解き、やって来る者たちを出迎えた。
遺跡の別の場所では、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)とウッド・ストーク(うっど・すとーく)が調査に当たっていた。
「この遺跡には一体何なのだろうか? 本当にちび嬢ちゃんの言う通りにすれば、世界は良くなるのか? ……分からねえ。先が見えてりゃ、こんなに考えることもないんだろうな――」
「もう、何言ってるのよ! ウッドは、始めから終わりが分かってる物語なんか読みたいの!? ボクは読みたくないよ!」
ウッドの呟きに、セレンスが毅然として反論を述べる。
「……なるほどな。何が起こるか分からない、だからこそ人は努力するのだろうな。そして、その努力が物語の結末を決めるのだろうか」
「うーん……よく分からないけど、物語を自分で作れるってこと? それはとても素晴らしいわ!」
「ああ、そうだな。セレンス、お前が決めてみろ。お前の行動が、この世界を作るのかもしれない」
「わ、私が!? ……そうね、面白そう! 私、やってみるわ!」
決意を秘めた眼差しを見せて、セレンスが道の奥へと駆けていく。
「おい、慎重に進め、でないと――」
ウッドの忠告は一歩遅く、セレンスは壁に激突……したはずなのだが、音もしなければ声も聞こえてこない。
「……セレンス? どうした、セレンス!?」
駆け寄ったウッドの目の前には、何の変哲もない壁があるばかり。しかしウッドがそっと壁に手を触れれば、手は壁を押すことなくすり抜けていく。
(何!? この壁は幻影か……だとするとこの先は、どこに繋がっている? ……フッ、それは行ってみないと分からない、か。よかろう、俺も世界を作る一歩を踏み出すとしようか)
微笑みながら、ウッドが壁を抜けてその先へと進んでいく。そして、その様子を背後から見守る四つの影があった。
「アヤシイですわ、とてもアヤシイですわ! この先にきっと、グレイがいるのですわ!」
「そうだな! タマ、早く行こうぜ!」
いち早く後を追おうとする狭山 珠樹(さやま・たまき)と新田 実(にった・みのる)を、カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)とメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)が制する。
「待て待て、別の意味でもあからさまに怪しいだろ、アレは。とりあえず罠が仕掛けられてないかだけは確認しておこうぜ。……おい、ちょっと行ってこい」
「あ、あたし!? カリンは罠とか解除するの得意なんでしょ、カリンがやりなさいよね!」
「ここに来るまでに何度かやってきたせいで、疲れちまってなー。というわけだからよろしく」
「よろしく、じゃないよ! もう、あたしはカリンのおもちゃじゃないんだからね、もう……」
ぶつぶつと文句を言いながら、それでもメイは壁の方へと向かっていく。メイのかざした手はやはり、壁を押すことはなかった。
「ここからじゃ先は何も見えないよー。やっぱり進んでみるしかないんじゃないかなー」
「そういうことか。仕方ない、行くとしようか」
「そうですわよね! さあみのるん、行きますわよ!」
「おうよ! 一番乗りはミーだぜ! 先に入ったアイツらにゃ負けねーぞ!」
意気揚々と実が真っ先に飛び込み、次いで珠樹、メイ、カリンと壁の奥へと入っていく。そこで彼らは、物凄い光景を目の当たりにする。
「…………なんなんだここはーーー!!」
四人の思いを代弁するかのように、実が叫び声をあげる。目の前に広がっていた光景は、壁をすり抜ける前の石造りのものとは違って、急激に近代的な造りになっていた。それ自体はパラミタでもごく最近取り入れられているものなのだが、遺跡とのギャップが彼らに驚愕を抱かせていた。
「アヤシさプンプンしてますわ! グレイはきっとこの奥にいますわ!」
「こりゃあすげえな……これなら他のお宝も期待できるかな?」
「カリン、本来の目的忘れてるよー。女の子見つけるのが一番だよー」
実を先頭にして、四人が直線的に作られた道を進んでいく。作り自体は単純だが部屋の数はかなり多く、どうして遺跡の一部にこのような施設が存在していたのかは、四人にも知る由のないところであった。
「ちきしょー、道とか部屋とか多すぎてワケわかんねーぜ! こうなりゃ片っ端から調べてやる!」
業を煮やした実が、目に付いた最初の部屋の扉を蹴り飛ばす。
「みのるん、そんな乱暴にしては何が起きるか分からないですわ……って、ここは一体何ですの?」
追いついた珠樹が部屋を覗き込んだそこは、床には柔らかな素材の敷物、壁や天井は明るい色の張り紙で覆われ、そして置かれた物は大人二人分ほどのベッドと、子供が遊ぶような道具の数々が置かれていた。
「なんだいこりゃ、まるで子供部屋だねえ」
カリンが呟くように、まさにそこは子供のために用意されたような部屋であった。
「子供って、遺跡の中にどうして子供部屋が――」
呟いたメイも、そして他の面々も、この部屋が一体誰のために用意されたものであるかに、察しがついていた。
「ここは、遺跡で発見されたっていう、ちびと黒髪さんのための部屋……? いえ、もしかすると三人とも、ここで一時的にでも育てられていた……?」
部屋の様子を写真に収めながら、珠樹が推測を述べる。
「おっ、何だかよく分かんねーけど、重要な場所だってことだな!? んじゃ何かねーか調べてみっか!」
気分をよくした実が、ベッドに手を触れたその瞬間、それまで静かだった辺りにけたたましい警報の音色が響く。
「……この展開、非常にマズくないか……?」
カリンの呟きは現実となって、四人に襲い掛かった。
「な、何なんだこいつらは!?」
分かれ道の真ん中で、エル・ウィンド(える・うぃんど)が驚きの声をあげる。
「エル様、私たちは完全に囲まれているようです。さらに、来た道は既に塞がれています」
パートナーのホワイト・カラー(ほわいと・からー)が、髪の毛の一部をまるでレーダーのように機能させながら報告する。エルを始めとした集団は、偽装されていた壁をすり抜け、通路を進んでいたところ警報が鳴り響き、分かれ道まで急いできたところこのような状況に巻き込まれたのであった。
そして、彼らを取り囲む者たちは、否、それはもはやヒトの、そして生物の形ですらなかった。紅い色をした、内部にまるで臓器のような器官を備えた、弾力性のある液体状の何かが、床を這いずりながら彼らに迫る。
「敵の戦力は未知数ですが、このままでは非常に危険と判断いたします。どうなさいますか?」
ホワイトの問いに、エルは辺りを見回す。来た道は戻れそうにないとなると、選択肢としては左右どちらかの道を、この得体の知れない生物を蹴散らして進む他なかった。
「……前方の敵を倒して、向こうの道を行く! みんな、行動開始だ!」
エルの呼びかけで、一緒に来た仲間たちも行動を起こす。エルは一行の殿に立ち、背後を護るようにしてホワイトが武器を構える。
「今日は、いつもの軽薄な様子ではないのですね」
「ボクも、いつだって軽いわけではないさ。決める時は決めないと、ただ身勝手なだけだからね」
「その言葉、信頼に値すると判断します。……エル様は、私がお護りいたします」
「ホワイトも気をつけて。……その身に受けろ、サンシャインアタック!!」
二人互いに笑みを交し合って、そして眼前の敵に向かって突っ込んでいく。
「私なら大丈夫、皆さんは先に進んでいてください!」
なおも湧き出る液状の生物を食い止めるべく、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が一行の殿に立つ。
「キメラの次は……何と表せばよいのであろう。どちらにせよ面妖な生物であるな……じゃが」
ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が生物を見据え、そして呟く。
「我等ならば何も心配ない。この遺跡の謎を解き明かすまで、護り抜いてみせようぞ」
ガイアスのかざしたワンドから火弾が放たれ、液状生物の中心に着弾して破裂する。直撃及び余波を受けた生物は中身を盛大に撒き散らして四散し、辺りに異臭が立ち込める。
(こやつら……生物というよりまるで、生物になりそこねたモノとでも評せるか……しかしこの光景、我でも不快感を催すというに、ジーナはより一層影響を受けるのではあるまいか)
生物を魔法で吹き飛ばしながら、ガイアスがジーナの様子を確認する。
「皆さんは強い……それに比べて私はどうなの?」
弾力のある身体を弾ませて攻撃を仕掛けてくる生物を打ち払いながら、まるで自身に自問するような呟きが続く。
「誰かが犠牲になるのは嫌……だから、私は護りたい」
次々と跳んでくる生物が、ジーナの攻撃で飛び散り、壁に天井に紅い染みを作っていく。
「……でも、護るために、誰かの命を奪うことは、許されるの?」
瞬間、ジーナの手がぴたり、と止まる。いつの間にか、周囲にいた液状の生物はあらかた駆逐されていた。
「……ここはもうよいじゃろう。行くぞ」
ガイアスの言葉に、戸惑いの表情を浮かべつつ、ジーナが頷く。
何を為すべきなのか、何が正しくて何が間違っているのかに人は悩み傷付くこともある。
だが、今はともかく前に進む他ない。
「ここは私とレイに任されました! 幸姐さん達は先に進んでください!」
通路から続々とその数を増す液状の生物を前に、遠野 歌菜(とおの・かな)が声を張り上げる。その声に仲間が駆け去るのを見遣って、迫り来る生物に対して武器を構える。
「私は迷わない。これが私の、正義だから」
歌菜の繰り出した一撃が生物を捉え、生物は臓物を撒き散らして命絶える。歌菜の猛攻によって、徐々に生物は押し込まれていく。
「カナ、無茶だけはするな。危なくなったらすぐに下がれ、俺が回復してやる」
ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)が、歌菜を諌める意味も含めて言葉をかけるが、当の歌菜は言葉を無視するように前方の敵を殲滅することに意識を集中していた。
そして、通路の先、空間が開けた場所まで敵を押し返した歌菜が、もう一踏ん張りとばかりに突っ込んでいった途端、潜んでいた生物が束になって襲い掛かってくる。一匹の重圧は大したことがなかったが、それが無数となれば相当のものである。
「くっ、この程度で……この程度で負けてたまるかぁっ!」
必死に振り解こうと抵抗を見せる歌菜だが、数の暴力に次第に抵抗力を失っていく。
「下がれ、カナ! 一度体勢を立て直せ!」
ブラッドレイの言葉に、しかしなおも抗うかのように歌菜の足は前に進もうとする。
「バカ野郎! みすみす無駄死にする気か!」
激昂の叫びで、ようやく歌菜が生物を振り切り、ブラッドレイの元へ帰還する。
「ゴメン、レイ。何とかしたくて、つい……」
「ったく、一人でやろうとするな。カナと俺なら、きっと何とかなる。……そうだろう?」
ブラッドレイの言葉に、歌菜が微笑を見せる。
そして二人は再び、寄り集まった生物へ向かっていった。
未だ警報が鳴り響く中、島村 幸(しまむら・さち)とガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)と何れ 水海(いずれ・みずうみ)による探索が続いていく。
「島村姐、途中の部屋は探さなくていいの?」
「この手の施設では、重要な場所というのは大抵奥にあって、セキュリティが他より厳重にできているはずです。……それに、私のセンスが告げているのですよ、第三の子はこの先にいる、とね」
「おお、流石幸。私はどこまでも幸に付いていきますぞ!」
「……辿り着けるなら、それでいい」
やがて四人は通路の奥に、幸の言った通りの他より厳重そうな扉を見つける。飛び込もうと駆ける速度を上げかけたところで、向かわせないとばかりに液状の生物が前後を塞ぐように立ち塞がる。
「後ろは俺達に任せて! シーちゃん、炎で攻撃だよ!」
「……分かった」
ミサの指示通り、水海が生物へ火弾を見舞う。次いで放たれたミサの火弾も相俟って、視界前方が火の海と化し、焼け焦げる生物の異臭が嗅覚を麻痺させる。
「幸は私が護ります!」
ガートナの攻撃で、生物が弾き飛ばされ、壁そして天井に激突して砕け散る。その中を縫うようにして、幸が扉の前に辿り着く。
「セキュリティは……解除されている!? まさか、誰かが既に――」
驚愕を覚えながら、幸が扉を開け、中に飛び込む。そこには近代的な設備がいくつか置かれ、部屋の中心には人一人がようやく入れそうな筒状の物が据えられていた。
(第三の子がいるとすれば、あの中ね!)
駆け寄った幸が筒の中を覗き込む。……が、中はもぬけの殻であった。
「何、いないですと!? では一体何処にいるのでしょうか?」
追い付いたガートナの問いかけに、幸は応えず思案に耽る。
(そもそも、この施設は一体何のために? 聖女達を何の理由でこのような施設に保管していたというの? それに、私たちを阻むあの生物は何なの? まるで単細胞生物のようなアレは一体何の理由で――)
一度に湧き起こった複数の考えに幸が頭を悩ませていたその瞬間、ほんの微かではあったが、部屋の中に爆音のようなものが響いてくる。
「爆発はここじゃなさそうだね。俺達が入ってきた外で、だと思う」
生物を掻い潜って、ミサと水海も部屋の中に入ってくる。
「……帰っていく」
迎撃のために入り口付近に立った水海の呟きで、他の者が一斉に視線を向ける。水海の言う通り、爆発の音が響いた直後から、紅い身体を引きずるようにして、生物がそれ以上一行を襲うことなく、そして彼らの視界から消えていく。
「ふむ……私たちの知らないところで、事態が動いているようですな」
「これは私の推測に過ぎないけれど、多分、第三の子が連れ出されて、おちびちゃんかもしくは黒髪の女と出会ってしまったと考えられるわ。あの紅い生物の行動にも理由はつけられる。おそらくアレは、聖女を護るガーディアンの役割を担っていて、そして聖女が何らかの手段で生物に指示を与えた、とね」
「島村姐の言葉通りだとすると……既に一体化が行われたってこと!?」
「それは、相手によってはよろしくない状況ですな。一刻も早く事態の確認を行わなくてはなりませぬぞ」
ガートナの言葉に頷いて、一行は部屋を後にする。途中で戦っていた者たちを加えて、元の人数に戻った一行が通路を進んでいく。
「幸、一つだけ聞いてよろしいか? あの紅い生物は、何なのだ?」
ガートナの質問に、幸が推測を含んだ答えを呟く。
「あれはおそらく、人工生命体……になれなかったモノね。生体合成に人工生命練成……どちらも犯してはならないタブーだわ。この事件……簡単に終わりそうにないわね」
幸の呟きは、果たして現実となるのか――。
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