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リアクション
●第四章 深まる混迷
遺跡での激しい戦いが繰り広げられている中、かつて激闘が繰り広げられたイルミンスール鳥獣研究所。
その名は仮の物であり、ここで行われていたのは生物同士の合成という禁忌であった。
戦闘により廃墟と化した建物。
もはや何も残されていない……大半の者はそう思ったかもしれないが、一部の者たちは何がしかの手がかりを、あるいは目的を持ってこの場を訪れていた。
「いやいや、ディルが私の計画に賛同してくれるとは有難い。必ずや、この研究所を復興させようではないか」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が研究所内を先頭に立って歩きながら、背後を行くディル・ラートスンに声をかける。
「うん……聖少女や黒髪の女のことは、僕たちにはもうどうすることもできない。校長さんや生徒の皆さんに託すしかないんだ。それで、僕たちができることといったら、この研究所を調べて、もし少しでも機能を回復できるなら、って考えたんだ。……僕は、生体合成が行われていた事実を見過ごしてしまった。それによって生み出されてしまった命がたくさんある。……もし彼らを救えるのなら、救いたいんだ」
「ディル……そんな、一人で背負い込まないで。私もあなたの力になるから」
うつむくディルを、エルミティが慰める。
「生き残りがいたりするのかねえ? いたらいたで協力してくれたりするといいんだけど……ん?」
カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)がある場所で立ち止まり、首をかしげている。
「どうしたカッティ、また「全軍突撃ィー!」などとのたまって突っ込むつもりか? よしてくれ、ここでカッティを見失ったら追いかける自信がない」
「しないよ! ……いやね、あんなおっきな穴ってあったかなーって思ったのさ」
カッティが指差した先には確かに、地下まで続いているように思われた穴が開いていた。
「僕が知る限りでは、あれほど大きな穴はなかったはずだよ。もしかしたら、何かの手がかりが見つけられるかもしれない」
「……危険かもしれないけど、行ってみるしかないようね。ディル、あなたはまだ病み上がりなのだから、無理しないで」
「うん、分かってるよ、エルミティ」
イレブンとカッティが先行し、その後をエルミティ、ディルが続いていく。
そして、その穴の先には、既に先客がいた。
「……で、結局ここに来ちまった、ってわけだ。ちくしょー、俺がキメラをバシバシと倒してやりたかったのになー」
「だ、ダメですよぅ! もしカイルくんが怪我でもしたら、わたし……どこに隠れていればいいんですかぁ!」
「そこが問題かよ……俺の心配してるのかよく分かんねぇな」
穴の先に続く道を、カイル・ガスティンとダスタールのペアが進んでいく。
「しっかし、すっげえ匂いだなここは。一体何がいるってんだぁ!?」
「ふえぇ!? も、もしかしてキメラがここにいるんですかぁ!? こ、怖いですぅ!」
ダスタールがさっ、とカイルの背中に隠れてしまう。
「おい、まだキメラがいるって決まったわけじゃ――ん? 何だ、向こうから物音が――」
「ひぅぅ!? か、カイルくん、もう帰りましょうよぅ〜」
「いや、もし生存者なら放っておくわけにもいかねぇだろ。大丈夫だ、お前は俺が護ってやる」
「カイルくんじゃ頼りにならないですよぉ……」
何気に酷いことを言われながら、カイルが暗闇の方へゆっくりと歩いていく。
「おっ、これは何だぁ? というか、ここって何なんだぁ? 変な臭いはするし、よく見りゃなんかの毛が散らばってるし……って、もしかしてここにあの巨大キメラがいたっていうのかぁ!?」
二人の視界に、興味津々で辺りを物色するミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の姿が映る。
「……なんだよ、仲間かよ。おーい、何か役に立ちそうなモン見つかったかぁ?」
「お、あんたは確か……誰だっけ?」
「忘れんなよ! カイルだ、カイル・ガスティンだ! 前にここで囮役をやった――」
「あー、たいした活躍も出来なかったカイルか!」
「お前もか! お前も俺に酷いことを言うんだな! ちくしょう見てろよ、いつか思い切り活躍してやるからな!」
「カイルくん、それ微妙に死亡フラグ――」
ダスタールの言葉を無視して、カイルがミューレリアの方へ歩み寄る。が、途中にあった突起に躓いて盛大に床を滑る。
「ぐおぉ、く、臭え! ちくしょうなんだってこんなところに――」
起き上がったカイルが、躓いたそれを掴みあげれば、どうやらそれは書物のようであった。中を開くと、細かな文字と所々に絵が挿入されていた。絵はカイルにも見覚えがある、キメラを描いたものであった。
「こ、これは!?」
「なになに、何か見つけたの!?」
「カイルくん、重要なところだけ読んでみてくれませんか?」
「……ってお前ら、どうしてそんなに離れたところから声あげてんだよ。まぁいいけどさ……ええと、この辺かな? 『巨大キメラ『グローヴァ』の合成に成功した。これで生物同士の合成については一応の完成を見たといっていいだろう。次はいよいよ、人と生物の合成に着手する時が来た。そのためには遺跡から連れてきた少女、あの者たちの解析が不可欠であろう』……だってさ」
「おおぉ!? 適当に読んだのにすげぇ情報!?」
「カイルくん、偶然なのに凄いですぅ!」
「へへん、俺にかかればこんなもん朝飯前……って絶対それ誉めてねぇだろ!? とにかく、こいつを持ち帰って校長先生に報告だな――」
瞬間、爆音と振動が部屋を揺るがす。それらは地上から響いてきたようであった。
「君がキメラを遺跡に向かわせたの!? そうだとしたら、何でそんなことをするのさ!」
「貴様ごときに話す必要はない」
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の放った火弾をかわし、見た目若い男が銃を構え、弾丸を見舞う。
「我には事情がよく掴めぬが、カレン・クレスティアを襲うというなら、容赦はせぬ」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がカレンの前に立ち、刀身の腹で弾丸を弾いて、そのまま音速の衝撃波を繰り出す。
「ちっ……二人相手では分が悪いか。これはできることなら取っておきたかったが、止むをえんか」
呟いて、男が懐から細長い筒のようなものを取り出し、投げ付ける。それは空中で破砕したかと思うと、次の瞬間には生物の姿を取ってカレンたちの前に立ち塞がる。
「……キメラ!? さっきまで居なかったのに、どうして――」
カレンの言葉を遮るように、キメラの口が開き、炎弾が発射される。カレンを焼き尽くさんと迫った炎弾は、すんでのところで割り込んだジュレールに直撃して拡散する。
「ジュレ!」
「……逃げろ、カレン・クレスティア……今なら、まだ――」
言葉半ばにして、ジュレールが膝から地面に倒れ伏す。呆然とするカレンに、男の銃口が向けられる。
「これで終いだ。余計な痕跡は残したくはないのでな、悪いが死んでもらう――」
引き金が引かれようとしたその瞬間、男の横合いから飛びかかる一つの影。照準を外した銃撃が天井を穿ち、その音でカレンが我を取り戻す。彼女の目の前で、男に襲い掛かった別のキメラが、噛み砕かんと口を大きく開けて飛び込んできたキメラに爪の一撃を見舞う。喉笛を裂かれ、大量の血液を噴き出しキメラがその命を散らす。
「お前は……なるほど、やはり生物か。非常に興味深いが……気に入らん。人に生み出されたからには、人に常に従順たる存在でなければならないのだ。……お前は用済みだ、死ね」
再び飛びかかろうとしたキメラは、男の放った弾丸に全身を撃ち抜かれて絶命する。そこに爆音を聞きつけて、研究所を訪れていた者たちが駆けつけてくる。
「ちっ、他にも仲間が居たか。これではどうにもならん」
男が悔しげに舌打ちして、その場を後にする。
「……今の男、見たことがある。ここの所長と懇意にしていたのを目撃したことがある」
「そうなの? でも彼は一体誰なの? 所長もスポンサーもいないはずなのに――」
「……話がよく分かんねぇけどさ、一旦帰ろうぜ。怪我人もいるみてぇだしさ」
「ああっ、だ、大丈夫ですかぁ!?」
ダスタールが駆け寄るその目前で、気が抜けたのかカレンもジュレールに覆い被さるように崩れ落ちた。
同じ頃、遺跡の中を散策する集団があった。
「今にも崩れ落ちそうな遺跡だな。もし研究所からのキメラに襲われたら、生き埋め確実だな」
「それは、防衛に向かった者たちを信ずるほかあるまい。わらわたちは一刻も早く黒髪の女に接触せねばな」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)を始めとする集団が、黒髪の女に接触する目的で遺跡を進んでいた。
(彼女は一体何を思っているのか……それを知ることができたなら、もうあのような過ちは繰り返さないだろうか)
ケイの脳裏に、先日の研究所での出来事が蘇る。相手が悪であったとしても、人の命が簡単に失われてしまった現実は、決していいものではない。
「ケイ、焦るでないぞ。あ奴の真意を知るには、ゆっくりと時間をかけていく必要があるでな」
「……ああ、分かってるさ。まずは、話をしてみる。全ては、それからだよな」
ケイの答えに、カナタが満足そうな笑みを浮かべて頷く。
「っと、餌付けってわけでもないけど、これ、渡せたらいいな」
思い出したようにケイが荷物から取り出した物、それは一つの紅いリンゴ。ちびが好きだったリンゴを、黒髪の女も気に入ってくれるかもしれない、そんな思いでケイが用意してきた物だ。
「大丈夫じゃ、きっと喜んでくれる。さあ、参ろうか――」
カナタが呟いた瞬間、遺跡が爆音と大きな衝撃に震える。近くで天井が崩れ、瓦礫の山が出来上がる。
「な、何じゃ!?」
「……外からじゃない、多分中で起きたものだ。誰かがどこかで何かと戦っているのかもしれない。急ぐぞ!」
ケイの呼びかけに皆が答え、一行は駆け出す。途中瓦礫に道を遮られながら、何とか辿り着いたその場所では――。
「あんたなんかに喰われるつもりはあらへん!」
彼らが探していた黒髪の女と、それによく似た、彼女より一回り小さい少女との戦闘が展開されていた。
「また会ったな……落ち着け、僕達は戦いに来たわけじゃない、話し合いに来たのだ」
ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)が胸に手を当て、話を続ける。
「お前に関する報告を聞いた。お前も聖少女の片割れだったとはな……」
ブレイズの額に汗が浮かび、頬を伝い流れ落ちていく。
「あの時、お前は僕達がちびに騙されていると言っていたな……あれはどういう意味だ? そして、聖少女とは一体何なのだ?」
強い調子で問いかける質問に、しかし、答える声は無い。
「……ブレイズ、どうして反対の方向を向いてしゃべっているのです?」
「お前はあの二人の中に飛び込んでいけると思っているのか!?」
ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)のツッコミに、ブレイズが反論を返す。二人の前では、黒髪の女と少女が、互いに拳に漆黒のオーラをまとわせてぶつけ合い、衝撃で壁が吹き飛び、天井に穴が開いていく。どう見ても、とても冒険者が立ち入れる状況ではなかった。
「ブレイズなら向かっていくものと思っていました」
「僕がそのような愚かな真似をするとでも思うのか? 見くびってもらっては困るな」
「では、どうするのですか?」
ロージーの問いに、一瞬考え込むような仕草を見せて、ブレイズが答える。
「……周囲の被害を最小限に食い止める。この遺跡が崩れるようでは目的を達せない。氷術を駆使すれば補強にはなるだろう」
「それは、あの者たちには我関せず、ということですね?」
ロージーの正直な言葉に、ブレイズがたじろいだ、ように見えたがしかし、次の瞬間にはいつもの尊大な態度を前面に押し出して応える。
「ええい黙れ、お前は何かあった時のために僕の傍にいろ! 行くぞ!」
まくし立てるブレイズに、一息ついてロージーも付いていく。
「え、エリオットくん、どうしたらいいのかなぁ!?」
「騒ぐな、落ち着け。まだこちらに直接の被害が及ぶと決まったわけではない。状況の推移を見極めた上で、適切な行動が取れるように準備しろ」
目の前で起きている事態に戸惑うメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)を、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が冷静な態度で諌める。
(黒髪の女と戦っているのは、三人の聖少女のうちのもう一人なのか? あの姿からして、誰かに目覚めさせられたのだろうか)
エリオットが視線を向ける少女は、外見がおおよそ十歳前後、首が隠れる程度の長さに揃えられた黒髪を揺らし、戦闘に適した動きやすそうな服装で、黒髪の女と互角の戦いを繰り広げていた。
(……いや、ちびの可能性もないとは言い切れないか。あるいは、ちびがもう一人と既に一体化した姿であるとも……くっ、面倒ではあるが、真実は知っておきたい。危険ではあるがこの場に留まり、状況を見守る他ないか……)
思案するエリオットの横で、メリエルが落ち着かなさそうにしている。彼女にとってはただ見守るしかできないことに不満がないわけではなかったが、主であるエリオットが複雑な思考の末に待機を判断しているのだということは理解できていた。
(エリオットくんが危ない目にあわないようにしなくっちゃ! あの祈りさえ使われなければ大丈夫かなあ?)
そんなことを思うメリエルの目前で、二人の女の戦いは激しさを極めていく。
「小癪な、私に逆らえるとでも思っているのか!」
「黙って協力するんはアホらしいわ! せめて話を聞いてからにさしてもらうわ!」
黒髪の女と黒髪の少女、双方の掌に漆黒のオーラが満ちていく。それは一つの球体となって互いに向けて発射され、ぶつかり合って破裂し、膨大な風圧を巻き起こしていった。
「くっ、何という威力……これが聖少女の力なのですか? 皆さん、大丈夫ですか?」
譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、後ろにいた者たちへ声をかける。風圧とそれによって巻き上げられた瓦礫などは、彼が盾になったおかげで後ろにはそれほど被害をもたらさなかった。
(この状況では、俺たちだけが逃げるわけにもいきませんね。ラキに連絡を取るにしても、気を抜けば身の危険に晒されますか)
集団が黒髪の女に襲われた時のことを想定して、ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)に逃走先の手配を頼んでいた大和だが、現在の状況は想定の状況に合致しない。
「なあ、この場合、どっちに手を貸すべきだと思うか?」
「そうですね……やはり当初の予定通り、黒髪の女の方ではないでしょうか」
「……とりあえず、いつまでも黒髪の女って呼ぶのは不便だな。ビオラ、とでも呼んでおくか。……よし、行くぞ」
大和が思案する背後で、茅野 菫(ちの・すみれ)とパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)のペアが、小声で話を合わせた後に行動を開始する。
「あっ、ちょっと、そこのお二人さん、危ないですよ!」
二人の行動に気付いた大和が忠告するが、それを無視して菫とパビェーダは駆けていく。
「あんたに協力するぜ、ビオラ!」
「ふぅ……菫も無茶な行動するんだから。まぁいいわ、今回は手伝ってあげる」
菫の放った火弾が、黒髪の少女の放った漆黒の弾とぶつかり、双方共に霧散する。パビェーダの氷術によって生み出された霧が辺りを覆い、状況の把握を難しくする。
「なんや、あんたらは! ……あんた、ビオラっちゅう名前やったんな。うちのネラっちゅうんと似とるんかな?」
自らのことをネラと名乗った黒髪の少女に対し、ビオラと呼ばれた黒髪の女は攻撃の手を止め、俯いて肩を震わせる。
(……あれ? もしかしてあたしが名付け親になっちゃった? でもそれならそれでチャンス、このまま言うことを聞かせて一体化を進めることができれば――)
「ヴィオラ……そう、私の名はヴィオラ……忘れようと思っていたのに、忘れることができなかった私の名前……」
ヴィオラと自らの名前を修正した彼女が、声色にも震えを忍ばせながら続ける。
(これは、是非とも伝えておかなくてはなりませんね。今ならラキに連絡が取れるでしょうか)
状況が収まったのを確認した大和が、ラキシスに連絡を取るべく携帯を取り出す。
「こんな名前など忘れてしまいたかった……この名前にはいい思い出など一つもない……全て忌まわしい思い出に喰われた! 私を利用しようとした者たちに! ……だから私は決めたのだ、貴様たちを全て喰い尽くしてくれるとな!」
顔をあげたヴィオラ、その表情は悲しみと、そして怒りに満ち溢れていた。
次の瞬間、その感情に増幅された漆黒のオーラが部屋全体を包み込み、一瞬にして壁と天井を灰塵に帰す。
「はは……あたし、実はヤバイ状況引き起こしちゃったかな……?」
瓦礫の山から顔を出して呟いた菫の瞳は、漆黒の翼をはためかせ、全身から漆黒のオーラを立ち昇らせる女、自らの発言で名前を取り戻させることになった女を捉えていた――。
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