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第1章 百合園女学院
怪盗舞士の映像と音声を公開してから、連日のように生徒達が生徒会室や校長室に情報を持ち込んでくる。
百合園女学院生徒会は生徒だけではなく、他校生からの情報もありがたく受けて、怪盗の目的と狙いについて、分析していくのだった。
「ラリヴルトン家当主宛の予告状に記されていた『嘆きの遊女』に加え、それ以前に奪われた『美しき乙女の涙』、『悲恋の姫の淡夢』。これらはすべて【悲しみ】や【涙】を連想できると感じました。涙……ヴァイシャリーは水の都です。水に関係あるとは考えられないでしょうか?」
百合園女学院の神薙 光(かんなぎ・みつる)の言葉に、向かいに座っていた校長の桜井静香(さくらい・しずか)が、隣のラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に目を向けた。
「それだけではありませんわ。ね、鈴子さん」
ラズィーヤは生徒会執行部、通称白百合団の団長である桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)に声をかける。
「はい」
片隅で事務作業を行っていた鈴子が資料を手に歩み寄る。
「私のパートナーである、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)の家にも予告状が届いています。ターゲットは『麗しき乙女』。悲しみも涙も表してはおりません」
「そうですか……。ラリヴルトン家当主は、盗まれた物が万年筆だといいましたが、その前に、『ス……』という言葉を発していたと聞いています」
光はパートナーのアイシア・セラフィールド(あいしあ・せらふぃーるど)から聞いた話を口にした。
「直感ですが、奪われたのは水門の鍵ということはないでしょうか。派手に騒ぎを起こしている怪盗ですから、ヴァイシャリーの地下に眠った秘宝などを狙っている可能性もあるのではないかと考えました」
紅茶を一口飲んで、ラズィーヤは穏やかな表情で言う。
「その可能性はないと思いますわ。わたくし怪盗に狙われるような秘宝を隠してはおりませんし」
「はい」
鈴子も頷いて、ラズィーヤの言葉を引き継いだ。
「調査や怪盗と対面した者達の証言により、怪盗の目的は盗み以外にもあるのではないかと白百合団は考えています。もし、本当に秘宝などを利己の為に狙うのであれば、世間を不必要に騒がせては不利になる一方です。ゲームを楽しんでいるような口調ではありましたが、怪盗は決して余裕があるようではなかったという、団員の証言も出ています」
「ただ、今までターゲットの名称には殆ど着目していませんでしたが……もしかしたら、光さんが考えたように、言葉が何かを指し示している可能性もありますわね」
ラズィーヤが軽く微笑みを浮かべた。
「あ、すみません」
携帯の着信音が響き、光は届いたメールをチェックする。
それは、ラリヴルトン家に向かっていた、アイシアからのメールだった。
彼女は光の代わりに直接ラリヴルトン家の当主に、盗まれた物について問い質しに行ったのだった。
「ラリヴルトン家の当主は……水門の鍵という言葉にも反応を示さず、万年筆1本だけだと頑なに言い続けているようです」
ふうと光は息をついた。
「資料、拝見してもよろしいですか?」
白百合団に所属していない光達は、団員達が集めたそれらの資料を見てはいなかった。
「はい。よろしくお願いいたしますわね。ただ、協力者以外へ口外はしないでくださいませ」
鈴子は光に資料を手渡して微笑みを浮かべた。
「行かれるのでしたら私も同行いたしますけれど、無難な言動を心がけて下さいませね」
廊下を歩きながら百合園女学院のジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)は険しい顔つきのジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)に言葉をかけた。
「解ってますわ」
言った後、ジュリエットは深い溜息をついた。
誘惑したヴァイシャリー家の護衛を伝に、ヴァイシャリー家に近付こうと考えたジュリエットだが、そう簡単にはいかなかった。
その護衛と懇意になることや、護衛の知り合いを紹介してもらうことまでは可能だったが、その護衛を伝に敷地内へ入ること、ヴァイシャリー家に雇われることは無理だった。
ヴァイシャリー家は現在メイドの一般公募をしておらず、縁故であってもジュリエットが懇意になった護衛には紹介できるような力はなかった。
ラズィーヤの親族の護衛も、遠縁であるパイス・アルリダという青年が行なっていたように、ヴァイシャリー家と縁のある者が雇われている。
一般採用もないわけではないが、メイド1人であっても、家系や素行を詳しく調べられて採用に至るのだ。
ただ……。
「ハロウィンまでの臨時バイトですか……。これを縁に今後もとはいかなそうですし、どうしましょう」
10月末のハロウィンにヴァイシャリー家の敷地内にあるホールで、招待制の仮装パーティーが行なわれるそうなのだ。
それまでの間の臨時アルバイトを募集しているらしく、これならば学生証の提示と面接だけで採用してもらえそうだ。
ただし、百合園女学院の生徒ならば、このハロウィンパーティーに招待されるだろうし、メイドとして雇われるということは百合園女学院の生徒に仕えて世話をする立場になるということなので……ラズィーヤの友達扱いの百合園生より、ずっと下の立場として、ヴァイシャリー家の使用人達にこき使われるということになる。
当日のみのアルバイトも募集するらしい。
今から申し込んだ場合、当日は班長的な立場になるようだ。
「……ん? 見かけない顔ですけれど、どうしましたの?」
ジュリエットは、周りをきょろきょろと見回している女性に目をとめて、声をかけた。
「あっ、転校してきたばかりで、保健室がわからなくて……」
声をかけられた女性――百合園女学院の制服を纏ったカリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)は、咄嗟にそう返した。
「保健室なら、この下の階ですわ。そこの階段を下りて右に進んでくださいませね」
「お大事にどうぞ」
ジュスティーヌも優しく声をかける。
「ありがとうございます」
頭を下げて、カリンは階段の方に歩いていく――。
(普通の高校と比べて、警備が薄いってわけじゃないけど。ちと警戒心が薄いところがあるよなぁ)
階段を下りると、カリンは鞄の中からスケッチブックを取り出して学院の様子を写生していく。
「ごきげんよう」
「あ、ごきげんよう」
挨拶を受けて、カリンは微笑む。ちょっとこの挨拶や仕草は苦手だけれど、顔なじみも出来て話にも溶け込めるようになっていた。
怪盗の噂は勿論、画像や音声も生徒達に紛れて見聞きした。
「ごきげんよう。熱心ね」
「あっ、はい」
カリンは現れた相手に頭を下げた。色気のある美女――百合園の美術の先生だ。
「絵を描くことが好きなので。下手だから恥ずかしいんですけれどっ、失礼します」
カリンはスケッチブックを抱えてそそくさとその場を後にした。
アユナ・リルミナルは、手紙で裏庭の花壇に呼び出されていた。
この時間、人通りはないけれど校舎から簡単に覗ける場所だ。
現れたのは高潮 津波(たかしお・つなみ)。一緒に怪盗舞士について調べて、一緒に接触を果たした人物だ。
「落ちついてね。大丈夫」
怒りと不安を湛えたアユナの目を真直ぐに見ながら、津波は自分の気持ちを打ち明けていく。
「私は……確かに興味本位で首を突っ込んだわ。ごめん。でも、今は違う。彼は……舞士は犯罪を犯してまで何かと戦っていると思うの」
津波の言葉に、アユナが目を大きく見開いた。
「どうして、そう思うの……?」
「絶対に舞士は悪人じゃないわ。彼は、”信じて……利用させてもらおうか”と言った。ひとを信じたいひとだと感じたの。しかも、こちらに『彼に利用された』という言い訳まで用意してくれていて……ああいう優しさを持った人を孤独に戦わせちゃいけない……!」
「津波ちゃん……って、凄いね」
アユナは切なげに目を瞬かせた。
「アユナ、ただ舞士様が好きで、お会いしてもっと好きになっちゃって。でも、そういう風に理由をちゃんと表せない。よく分かってないの、だけど好きなの」
アユナの言葉に津波は首を縦に振った。
アユナの想いはアイドルの熱狂的なファンのようなものだけど、傷ついた彼の姿を見て母性的な愛情も持ったようだ。
彼女の愛の形がどうなるのかはわからないけれど、今、本当に、彼に強く愛情を抱いていることは真実だと、津波は理解していた。
「私も協力するわ。だからまず、アユナも落ち着いて。彼の味方をするなら、まず私達が冷静になろう」
「うん」
頷くも、アユナの目から一粒、二粒と涙が零れ落ちる。
「ごめんね、嬉しくて。津波ちゃんが舞士様の味方だってわかって、アユナとっても嬉しい……」
アユナは涙を拭いながら、もう一方の手で、津波の腕をぎゅっと掴んだ。
津波はアユナの頭に手を伸ばして、そっと撫でてあげた。
「わたしは蒼空学園に好きな人がいるので、恋人の座はアユナに譲るわよ」
「それじゃ、いつかダブルデートしようねっ。津波ちゃんの恋、アユナ応援するからっ」
アユナは津波に縋るように甘えるように、ぎゅっと抱きついたのだった。
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