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リアクション
望み
祈り
信じ
待って
待って
待って
けれど永劫叶わざる願いに
全ては憎悪へ変貌した
承前 フラスコの中の小人
「あなたを幹部扱いにしてもいいそうだけど。興味はないんだったっけ? 別にどうでもいいけど。
――あら、例のパートナーとやらは死んだの? それで様子がおかしかったのね。
自分の命と引き換えに、なんて、馬鹿げた話ね。
何にしろ、あなたこれから困るでしょう。何ならこの子をあげましょうか。
失敗作だけど、腕力だけはあるから護衛になるし、そうね、携帯結界装置と同等の能力を付加してあげるわ。
別にあなたに何の義理もないけど、――わたしはもう、要らないし」
第15章 想いの行方
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が提唱して、聖地で死んだ大勢の者達が、聖地であるストーンサークルの外側に場所を決め、とり急いで弔われた。
アリシア・ノース(ありしあ・のーす)らプリースト達が、略式ながら、死者に鎮魂の祈りを捧げる。
アズライアを埋める場所は、彼等とは少し離れて、聖地、ストーンサークルが一望できる眺めのいい小高い丘の上を村雨 焔(むらさめ・ほむら)が選んだ。
コハクは、アズライアの身体を地中に埋めることができず、ただぎゅっと震える拳を握りしめ、歯を食いしばって作業を見ていたが、焔に促され、墓標代わりに彼女の戦槍をそこに立てた。
「……本当なら、セレスタインか、せめてセレスタインに一番近い空京近郊に墓を作ってやりたかったが」
だが、戦士であったアズライアにとって、死地に葬られることは本望であるに違いないとも思うから。
死者達の死を悼み、気を取り直して先に進む為に、一行が一旦キマクへ向かった後、焔は1人そこに残った。
誰の前でもなく一対一で、彼女に語りかけたかった。
大切な者の為に命を賭した、その覚悟に敬意を表するために。
「……あなたは志半ばで斃れてしまったが、その遺志は、コハクと、俺達が継ぐ。
安心して眠ってくれ」
少し離れた背後には、いつも陽気で賑やかなアリシアも、神妙に焔を見守っている。
いつも優しい焔が時々、こんな風に厳しい表情をすることは、何となく居心地が悪くて辛かった。
「――そしていつか俺がそちらに行った時は、再び手合わせを願いたい。
あなたは、強かった」
次の機会までにはもっと強くなっていることを誓う。と。
「…………焔〜……」
所在無くそわそわしていたアリシアが、躊躇いながら声をかけて、ああ、と振り返った。
死者を鎮魂する言葉なのだと解っていても、何となく、死んだ後のことなんて、焔の口から聞きたくなくて、声を掛けられずにはいられなかったアリシアだが、焔が振り返ってくれたのでほっとする。
アリシアの元へ向かおうとして、焔は最後にもう一度、アズライアの墓標を見た。
「……また来る。今度は全てが終わったら、コハク達と共にもう一度」
コハク達は、準備を整える為に一旦、オアシスの町、キマクへ戻った。
アズライアを捜し出す、と、今迄その目的を支えにしてここまで来たコハクの失意は激しく、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)はそんなコハクを心配して、側を離れようとしなかった。
回復魔法を必要としたような状態ではなく、何ができるというわけではなかったが、
「……でも、側にいることならできるよ」
とミルディアは思う。
「して欲しいことあったら、何でも言ってね」
と、コハクに言うと、ありがとう、と、コハクは力無く笑って頷いたものの、特に何を言おうともしなかった。
「ごめんなさい」
そんなコハクの身辺警護につきつつ、強い自責の念を感じていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が詫びの言葉を述べて、コハクは酷く狼狽した。
自分のせいだ、と、リネンは、モーリオンでのことを思い出す度に思わずにはいられなかった。
苦い後悔ばかりが心に残っている。
もっと上手く立ち回れば、アズライアを助けることはできたはずなのに、と。
「アズライアのこと……すべて、私のせいだわ。……ごめんなさい」
「そんなこと言わないで」
コハクは、リネンの言葉を遮るように声を上げた。
「違う」
と、そう言った表情は、愕然として震えている。
その必死さすら垣間見える表情に、リネンは戸惑った。
「アズライアは……誰に殺されたんでも誰のせいで死んだんでもない。
自分でっ……」
彼女は、自分の信念の為に生き、自分の信念のもとに死んだのだと、コハクは祈るように信じていた。
例え、それが思い込みなのだとしても、彼女の気高さが、今もコハクを支え続けていたのだ。
「みんなには……感謝しかしてない。
なのに、そんなふうに言わないで」
自分が巻き込んだことなのに、そんなことを、と、俯くコハクに、リネンは何と言ったらいいのか解らなくて、
「コハク」
リネンのパートナー、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が進み出て、コハクの手を取った。
「……ごめんなさいね。リネンは、悪気はなかったのですわ。
あの子も……今、色々変わろうとしているのです」
リネンも、コハクも、同じ、色々な経験を経て、考えて、少しずつ変わってきている。
「どうか、リネンを嫌わないでやってくださいな」
そんなことあるわけない、と、コハクが俯いたまま首を振ると、ありがとう、と、ユーベルは微笑んだ。
それでも、そんなコハクを見ながら、リネンは決意を新たにする。
罪滅ぼし、と思うことは、コハクやアズライアをむしろ冒涜することなのかもしれない。
それでも、自分は、恐らく願って果たせなかったに違いないアズライアの代わりに、いや、代わりになどなれなくても、コハクを護ろう、と。
命に代えても、必ず。
「……コハク、だいじょぶ?」
未だ青ざめたままのコハクを心配して、ミルディアが声をかける。
コハクは、大丈夫、と呟いて、少し考え込むようにした。
「……以前」
「え?」
「イルミンスールで……僕が自分を、……責めた時……。
皆も、こんなだった……?」
自分のせいで皆を酷い目に遭わせていると思って辛かった。
懸命に否定して、慰めてくれていた時、皆もこんな風に、辛かったのだろうか。
「……うん」
ミルディアは、困ったように笑った後、頷いた。
「でも、皆元気だから、大丈夫! コハクも元気になってね」
ちゅ、とコハクの頬にキスをする。
びっくりして固まったコハクに、ミルディアも我に返ってわたわたと慌てた。
「あ! 今のはね! 『アリスキッス』っていう回復魔法で……!
コハクが元気になるようにって!」
真っ赤になってそう言うなり、きゃーと言って走って行ってしまったミルディアを、コハクは固まったまま、呆然と見送った。
「……まあ回復魔法が必要な場面じゃなかったがな〜」
言わせといてやるか、と、ぼふ、とその頭に背後から、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が大きな手を乗せた。
言葉もなく振り返り、ラルクを見上げて硬直が解けたようなコハクに笑って、何も言わずにぼふぼふ、と軽く頭を叩いてやる。
凹んでるなあ、と思った。
傍から見ても痛い程解るくらいに気落ちしているのだろうし、大切な人を失った悲しみは、そんなに簡単に癒えるものではないのだろう。
それでも、結局それを乗り越えて行くのはコハク自身でしかない。
失意の中でそれでも、アズライアの最後の言葉に従って、コハクはセレスタインに向かわなくてはならない。
(俺にゃあ何も言えねえが)
だが、護ってやろう、とラルクは思った。
ふと、コハクの表情が微かに緩む。
余計な慰めの言葉など言わない。けれど慰められているのが伝わる。
その無言の励ましに、何かを言わなくてはと思ったのか、少しの間ラルクを見上げた後で、はにかむように言った。
「……大きいですね」
コハクの周囲にいる者達は大小様々だが、ラルクは抜きんでてでかい。
痩せぎすなコハクと並ぶと、その巨漢は山のようだ。
ははっとラルクは笑った。
「その内コハクもでかくなれるさ。しっかり鍛えとけ」
時々脳みそまで筋肉って言われるのには参るがなあ、そりゃ馬鹿だけどよ、ととぼけてみせると、コハクも少し笑った。
「どう? 楽になったかなあ?」
火傷に触れることは物理的に痛いだろうから、なるべくそっと、清泉 北都(いずみ・ほくと)はコハクの背中に触れた。
「……うん。ありがとう」
癒すことはできなくても、少しでも楽になるのなら、何でもしてやりたいと思うのは北都も同じだ。
「それとねぇ、何か思っていることがあったら、何でも口に出して、聞かせてくれると嬉しいな。
1人で抱え込まないで、話したら楽になれるし、荷物は皆で分けて持てばいいと思うしねえ」
感情は話すことで他人に分けられるって本に書いてあったよ、と言うと、コハクは、少し俯き、うん、と小声で答えた。
周囲に気遣って気兼ねしていないで、苦しいなら苦しいと、悲しいなら悲しいと、もっと吐き出せばいいのにと北都は思うのだ。
無理をしているから、きっとこんな風に、呪詛が広がるという形で、背中に苦痛が現れてしまっている。
「無理にとは言わないけど、遠慮ならダメだよ〜?」
コハクの心が少しでも、和らげばいい、と願いながら、北都は殊更にのんびりとそう言った。
「皆で頑張って。皆でセレスタインへ行こう」
「その、手を触れて癒すというのは、誰にでも可能なことなのでございましょうか?」
様子を見ていた、北都のパートナー、クナイ・アヤシ(くない・あやし)がコハクにそう訊ねた。
勿論明確な返事を期待したものではない。
「試しに私もやってみましょうか。
可能であるなら、私も手当てを致しましょう」
コハクの背後に回り、北都が手を退けて、代わりにクナイが触れる。
「……どうかなあ?」
北都が訊ねると、コハクは首を傾げた。
「う……うん」
言葉を濁らせるコハクを見て、北都の時程の効果が無いのだと知れた。
「だから、気を遣わなくていいんだよ〜。ちゃんと言う」
クナイに気を遣って、楽にならない、とは言えないでいるのだろう。
「気になさらなくてもいいですよ」
とクナイは言って、これは地球人である北都がしたからいいのか、また別の理由があるのだろうかと考えた。
「それは、興味深い話ですね」
イルミンスールの大図書館から分厚い医療書を借りてきて読み耽り、パートナーの佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)や真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)と共に、コハクの呪詛を解く術を模索中の仁科 響(にしな・ひびき)は、そんな様子に、興味津々で歩み寄った。
むしろノリノリと言ってもいい。
「そうすると、ボクが触れてもやっぱり駄目なのでしょうか。
試してみてもいいですか?」
了解を取って、コハクの背中に触れてみる。
「どうです? やっはり変わらないですか」
問われて、コハクは躊躇いながら頷いた。
「うん……ごめん」
「いいんですよ。現状や事実が解る程、対処方法も見えてくるものなんですから」
施した人物が死んでも解けない呪詛。
それを癒す為の、中々良い方法が浮かばず、弥十郎も悩んでいるのを知っている。
だから少しでも情報が知りたかった。
「……響」
名を呼ばれて振り返ると、その弥十郎が廊下の向こうから顔を出して、ちょいちょいと響を手招きしている。
「ちょっといいかなあ?」
はい、と答えて弥十郎の所へ行くと、そのまま人気の無い場所まで連れられる。
「あのねえ、響。
悪気が無いのは解るんだけどねえ、ああいう態度はいけないねえ。
研究対象として見るなとは言わないけど、人として、真心がないよ」
弥十郎に諌められて、響ははっと目を見開いた。
その通りだった。
自分は「コハクを癒す」のではなく「呪詛を解く」ことを目的にしていた。
苦しんでいるのはコハクなのに。
大事なことは、”コハクの”呪詛を治す、ことだった。
「…………ごめんなさい」
「解ってくれたなら、いいよ。ワタシに謝ることじゃ、ないしねえ」
弥十郎はほっとして微笑む。
「……あれは、コハクが絶望を感じるたびに広がって行くような気がするよねぇ。
重要なのは、やっぱり心のケアかなあ。
一緒に、コハクの好きなお菓子でも作ろうか」
「……そうですね」
そのお菓子を持って、コハクに謝ろう、と、響は思った。
ずい、と差し出された菓子籠を見て、コハクは何事かと戸惑った。
「先程はすみません。あまりにも思慮がなさすぎでした」
「そんなこと」
慌てて首を横に振るコハクに菓子籠を持たせて、コハクの背後に回る。
さっきは、ただ確認する為に触れた。
それを取り消したくて、例え何の効果が無くてもいい、けれどいつかこの呪詛が消えたらいいと願って触れる。
どうかコハクが癒されますように、と。
すると、ほっと微かにコハクの力が抜ける気配が伝わって、
「どうかしましたか」
と声をかけると、コハクが振り返って、ありがとう、と礼を言った。
「楽になりました……気持ちいいです」
その言葉に、えっ、と驚く。
さっき触れた時は、何も変化がなかったと言っていたのに?
「あ……あのこれ、一緒に食べませんか。1人じゃ多いです」
皆で一緒に、というコハクに、そうですね、と答えながら、何となく解った。
何て単純な話だったのか。
型にはまった治癒魔法では、役に立たない。
大切なのは気持ちだった。コハクを心配する、純粋な気持ち。
ならば、この呪詛を根源から消し去る方法は。
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