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嘆きの邂逅(最終回/全6回)

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第4章 最後の戦い

「何も無いのが一番なのだがな、気は抜けまい」
 ヴァレリー・ウェイン(う゛ぁれりー・うぇいん)が、空を見上げる。
 時折キメラが北の方から訪れては、ヴァイシャリー家の敷地内の方へと飛んでいく。
 ヴァレリーそれから、地球人の秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、ヴァイシャリー家の北西辺りに来ていた。
 この辺りには避難勧告は出ていたけれど、離宮の浮上地点から少し外れているために、家に残っている住民も多く、時折通りかかる人もいた。
「ご無事でしょうか……。私のようなものの心配や手助けが必要な方ではないと思いますが……」
 不安気な目で、つかさはヴァイシャリー家の塀を向うに目を向ける。
 つかさの大切な人、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、今この中にいると聞いている。
 当人に話を通しておらず、この事件について街の人々以上の知識はないつかさだから、共に敷地内に入って彼女を護ることは出来なかったけれど。
 ここをそっと護ることだけでもしようと、つかさはヴァレリーと共に、塀の前で警備についていた。
 ミルミのことも、勿論護りたいと思っていた。アルコリアの大切な人だから。
「そういえば別荘でミクルを見捨ててしまったな……あれから会えなかったが、もし出会う事があればその時の謝罪でもしたいものだ」
 ヴァレリーもそう呟いて塀を眺める。
「この辺りの状況報告をしましょう」
 つかさは携帯電話を取り出して、百合園の知り合いに電話をかけていく。
 そして代わりに、ミルミとアルコリアがまだヴァイシャリー家の敷地内にいるようだという話だけは聞くことが出来た。
 もし、彼女達が出てきたら、何か危険なことをしなければならないのなら、自分も同行してアルコリアをなんとしても、護りたい。彼女の笑顔を護りたいと強く思っていた。
「ふむ。誰かいるって聞いて来てみたけれど、襲撃目的じゃないみたいだね、がっかり」
 ひょっこり、少女が門から顔を出す。アユナに付き添っていたエミリアだ。
「あの……よろしければ、ミルミ様、アルコリア様のご様子をお聞かせ願えますでしょうか」
 つかさが心配そうな目で、エミリアに尋ねる。
「今のところ、封印の玉はこちらに届いてないみたい。転送術者も向こうに行ったまま帰ってきてないから、2人とも無事だよ」
 エミリアの言葉につかさはほっと胸をなでおろす。
「それにしても、中はふざけられる雰囲気じゃないし、襲撃もないしちょっと退屈ー!」
 エミリアはぐっと体を伸ばす。
 そして、空に見えたキメラを指差す。
「あれでも退治してこよっかな〜」
 離宮の北の塔が位置する場所は、ヴァイシャリー家の敷地内だ。

「私たちの街で好き勝手やってんじゃないわよ」
 一旦自宅に戻り、装備を整えてブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)はキメラの集まる場所へと訪れた。
「離宮の状況も気になるけど、ドリルが何とかするから大丈夫よ。私たちはキメラをここで食い止めるまで!」
「ブリジット、やる気ですね……。でも、無茶はしないでください」
 いつになく真剣なパートナーの様子に橘 舞(たちばな・まい)は感銘を覚えながら、共に最も危険な場所である、その場所へ同行したのだった。
 ブリジットはドリル……ラズィーヤのことをあまり快く思ってないようだったが、こういう時にはきちんと協力しあうんだなあと。同じパラミタ人同士、やっぱり信頼し合っているのだと思い、少し羨ましくもあった。
 生粋のお嬢様である舞には戦闘能力はないけれど、治療魔法には自信があった。
「お怪我をされた方は、一旦退いて下さい。こちらで治療します」
 舞はヴァイシャリー家からシートや椅子を借りて、簡単な救護所をつくり治療に当たっている。
 討伐に当たっているのは配置されたヴァイシャリー軍人40人ほどと、遊撃隊およそ40人、中央から派遣された50人の130人ほどの軍人だ。
 その他に、契約者がごく少人数、駆けつけていた。
「キメラを1匹、引き付ける。そいつを撃ってくれ」
 遊撃隊と共に行動していた静麻が、上空に集まるキメラに小型飛空艇で近づき、銃型光条兵器で、キメラの体を掠めるようにうち、自分に興味を持たせる。
 同じキメラに何度か攻撃をしかけて、自分の方へ導いた後、小型飛空艇を操り、軍隊の元へと下りていく。
 静麻を追うキメラに、軍人達が一斉射撃。
 地上へと落ちたキメラに、ブリジットが駆け込んで、短剣を刺して止めを刺す。
「さあ、次行くわよ! ヴァイシャリーに勝利を! ヴァイシャリー魂を見せてやりましょうよ!」
 ブリジットの声に、主にパラミタ人から「オー!」という声が上がる。
 ――その時。
 突如、傷ついた男が姿を現す。
「下りて来い」
 男が声を上げると、飛んでいた数十匹のキメラが一斉に下降してくる。
「指揮者のテレポート使いだわ!」
「契約者以外の方は、下がって下さい」
 ブリジットが叫び、舞は軍人を下がらせる。
 静麻も軍隊と共に、後方に下がった後、指揮官と思われる男に狙いを定めていく。
 ただその中で、北塔付近にキメラが集まっていると知り、中央からここに駆けつけていた黒崎 天音(くろさき・あまね)だけが僅かに前に出る。
 そしてもう1人。突如男の後ろに、サングラスをした青年が姿が現れた。
 ブラックコートを纏い、陰形の術で姿を隠し、潜んでいたレン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。
 キメラ討伐を指揮し、各方面からの連絡を受けていたレンは、キメラが集まっているここに転送術者が訪れるであろうと推察できていた。
「ぐあ……っ」
 瞬時にレンはその身を蝕む妄執で、負傷している男……ヒグザを苦しめていく。
「吸血鬼は、熱心なアムリアナ女王の信奉者だと思っていたけれど……君、エリュシオンの者なのかい?」
 まず、天音が問いかける。
「何故ファビオを攫ったのかも知りたいな。ジュリオのように洗脳して、封印を解かせるため?」
 頭を振っているだけで、ヒグザは答えない。それらは天音や皆にとって得たい情報ではあるが、不利になりうる情報を漏らす必要性がヒグザにはなかった。捕らえて、更に吐かせられるような状況を作らなければ、それらの返答は得られそうにない。
「ソフィア・フリークスについて聞かせてもらおう。何度か、俺は彼女に『揺さぶり』をかけてきたが、彼女は全く動じなかった」
「ぐ……」
 頭を抑え、ヒグザは接近するレンを振り払おうとする。
「相当な覚悟を持って挑んできたのだろう。その心の強さ……それは彼女の過去……離宮と共に『捨てられた』のが原因か?」
「ソフィアとの関係も気になるね……恋も捨て国に尽くした女性だと伝えられているのに揃って正当な女王の血を引くヴァイシャリー家に弓引く理由が分からないよ」
 レンの言葉に続けて、天音も離れた位置からヒグザに問いかけていく。
「ヴァイシャリーを手に入れて、それから何をするつもり? シャンバラ支配? それとも破壊?」
「ソフィアは離宮配属となったことを、女王に左遷されたと受け取っていた……そんな彼女を俺が迎え入れてやったまでだ。お前の力を活かせる、理想の国家を俺達と築こうと。彼女の才能を認め、俺は彼女を欲した。彼女は俺を慕い、俺と組織に忠誠を誓った。これはソフィアの作戦だ」
 呼吸を整えながら、ヒグザはゆっくり語る。キメラが地上に迫っている。時間稼ぎだ。
「しかし、お前からは彼女への愛情は感じられない――利用したんだな」
 そう低く言い……レンはおもむろに銃を抜いて彼の頭を撃ちぬいた。
 直後にキメラがレン突撃をする。天音は後方に飛び退いた。
「地球人の命知らずが埋まったわ! 周りを撃ち抜いて掘り出すわよ!!」
 ブリジットが大声をあげる。隊長の指示の元軍人たちもキメラを取り囲み、外周から1匹づつ撃ち、倒していく。
「ヒグザを倒した。他に方法がないのなら、キメラがこれ以上離宮に行くことはない」
 軍人の側で待機し、見守っていたザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は、急ぎ本部に連絡を入れた。
「すぐに離宮に連絡を入れてくれ」
 レンはソフィアの命を救いたかった。
 自分が恨まれることは厭わず。
 しかし……この時既に、ソフィアは引けない状況にあった。
「救助を優先する……!」
 リアルタイムで本部に連絡を入れていた天音のパートナーブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、戦闘に加わる。
 本部での方針の提案や、ラズィーヤとの会話など、行いたいことは山ほどあった。それらは本部としても必要な提案であったが、限られた時間の中、自分達だけで行えることは少なかった。