校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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密やかに参る墓 夏の湿気を帯びた空気は、夜になってもじっとりとわだかまっていた。 ひっそりと静まり返った深夜の八神本家へと、八神 誠一(やがみ・せいいち)は侵入する。目指すのは本家の人間と筆頭剣士のみが葬られる墓。まだ気持ちに整理がついたわけではないけれど、墓前に行ってみたくなったのだ。 厳しい警備に阻まれることを覚悟していたけれど、今日に限って妙に警備が薄い。それが妙に心に引っかかりはしたが、墓に参りたいという気持ちの方が勝り、誠一は足音を忍ばせて墓へと急いだ。 「先生、3年もご無沙汰してすみません」 師匠の墓に参った後、今度は親友と姉弟子の墓に手をあわせる。 「修司、そっちでも楽しくやってるか? 悪いけどそっちに行くのはしばらく待っててくれ。そして……清津流、お前が死の間際、何故笑っていたのか、俺にはまだ分からない……」 月光に浮かび上がる墓石はただ静かに。 その前で手をあわせる誠一は、まだ整理のつかない気持ちを抱えていた。 3年前――。 ここに来た時には姉弟子であり、また思い人でもある八神 清津流と一緒だった。 茶の髪と黒い瞳。色こそ違うけれど、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)に似た活発な少女だった清津流は、あの時もてきぱきと誠一に指示を飛ばしていた……。 「ほら、早く桶と柄杓持ってくる、持ってきた花を供える」 師匠の初盆の墓参り。 花を供え、線香の煙が流れる中、誠一は師匠の墓に報告する。 自分がどうにかやれていること、そして清津流が筆頭剣士に就任したこと、自分の親友である八神家次男の修司が護衛剣士に就任したこと……師匠が生きていたらどんなにかその報告を喜んでくれただろうに。 そんなことを思っている隣では、清津流がこんなことを墓石に語りかけている。 「手のかかる弟だけど、あたしがちゃんと面倒みてますから、安心してくださいね、先生」 「面倒みてるのはこっちだろ」 反論する誠一に向けた清津流の笑顔……とても眩しく見えた。 そんな回想は2年前の記憶と結びつく。 家督争いの騒乱、新月の夜の死闘。 次々に襲い来る刺客を誠一は返り討ちにしてゆく。 最後に残ったのは覆面の剣士。それまで戦いを見守っていた剣士は、自分以外の刺客がすべて倒されてのち、誠一に向かってきた。 誠一の刺突を抜刀術で迎撃、派生技で追撃し、誠一の刀を折る。 払いと斬り上げで刀なを弾き飛ばし、誠一の左胸から左肩にかけて傷を刻んだ。 止めを刺そうと剣士が刀を振りかぶる。 左胸を斬られ仰向けに倒れながらも、誠一は足下に刺さっている折れた刃を蹴り上げる……。 ――それが生死を分けた。 蹴り上げて折れた刃は覆面の剣士の鳩尾に突き刺さった。 倒れこんでくる剣士を避けながら一瞬背後に目をやれば、そこでは親友が八神家当主である八神 雄真に殺されていた。親友を守ろうとして守りきれなかったことに衝撃を受けた誠一だったが、それだけではなかった。 「強くなったね、せーちゃん……」 掠れた声に気づいて剣士の覆面をはげば、そこには清津流の顔があった。満足そうに微笑んで誠一を見た後、清津流は静かに目を閉じた……永遠に。 と、背後からの気配に誠一は回想から引き戻された。 忍ばせてきた武器に手をかけて振り向けば、そこには雄真がいた。 「……妙に警備が薄いと思ったが、あんたの差し金か?」 「弦斎、修司、清津流の墓参りにそろそろ来ると思ったからな」 刺客を警戒して誠一は気配を探ったが、いるのは雄真だけのようだ。 何を考えているのか分からぬ怜悧な眼差しのまま、雄真は続ける。 「終わったら、他の誰かが来る前に帰れよ『八神家の忌み子』」 「言われずとも分かっている。――先生、修司……清津流、また来るよ」 墓に挨拶すると、誠一は身を翻す。ここでは誠一は招かれざる客なのだから。 その背に雄真の声がかかる。 「来年も来い」 それには答えず、誠一は闇の間に消えて行った――。