校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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北の大地に眠る人へ バスはさっきからずっとまっすぐ走っていた。 昨日は薔薇の学舎に進学するまで住んでいた東京の家で養父母と過ごし、鉄道経由で北海道に来た。そこから本数の少ないバスに乗り換え、もうどのくらい揺られているのか。 「ここが呼雪の生まれ育ったところかー……」 バスの窓に顔をくっつけんばかりに近づけて、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は外の景色を見ている。 「住んでいたのは6歳の頃までだけどな」 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が北海道に住んでいたのはパラミタが現れた年の冬まで。雪山でのスリップ事故で父母を失い、紆余曲折ののち、東京に住む現在の養父母のもとへ引き取られのだ。 「東京辺りは狭いところにみっしり建物が建ってたけど、日本にもこういう場所があるんだね」 左右の景色はだだっ広い平原。縦のラインの目立つ東京と違って、北海道は横のラインばかりが目立つ。 「東京って言えば……呼雪のお義母さんって……」 思い着いたようにヘルは言いかけたが、呼雪が何も気づいていない様子なのでそこから先の言葉を濁す。絶対にそうなのだと思うのだけれど……まあそのうちに分かるよねと、ヘルは一時そのことを棚上げして考えないことにした。 「あ、こっち側の畑、とうもろこしかな。北海道のとうもろこしって甘いんだよ」 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の北海道のイメージは食べ物なのか、ここにくるまでの間も、北海道がはじめてのヘルとユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)に案内するのは、食べ物ネタばかり。 農産物、海の幸、本場のラーメン。有名なお土産の数々、そして乳製品。 ファルの美味しいもの紹介が終わる頃、呼雪は皆を促してバスを降りた。 北海道の夏は短い。けれどその間に精一杯伸びようと草木は競って茂っている。 何もないところだと思われるかも知れないが、呼雪にとってはどれだけ離れても大切な場所に変わりない。 「この辺りは冬になると、一面真っ白で……」 雪が積もると今でも何もないように見えるこの景色は、もっと白一色に塗り込められる。そんな風景さえ懐かしくて、今は一面に緑が生い茂っている平原を呼雪はパートナーたちを案内しながら歩いた。 呼雪の母が好きだったという淡いピンクのアルストロメリアを中心とした優しい色合いの花束を抱え、ユニコルノは在りし日の思い出を語る呼雪の顔を眩しく見る。 穏やかだけれど、深いところから湧きあがっているような呼雪の微笑に、ユニコルノの脳裏には自然と『幸福な日々』という言葉が浮かんだ。 到着した墓地には、仏教式の墓が十数基、寄り集まって建っていた。 お供え用の団子とおはぎ、線香等のお参り用品はファルがまとめて袋に入れて運んでくれている。墓前に供える為の花は、ユニコルノが抱えてくれている。 荷物は皆が持っていてくれるから、呼雪は水を入れた手桶と柄杓だけを持った。 「お墓参りってどうすればいいの?」 「まずは掃除をして……」 いつになく神妙に聞いてくるヘルに手順を教えながら、呼雪は綺麗になっている墓石や供え物の形跡に、父と親しかった人達がもう墓に参っていてくれたことを知る。これだけの時間が経っているのに有難いことだと思いながら、呼雪はヘルとともに墓を掃除し、線香を点した。 ユニコルノは先にお参りしてくれた人の花を邪険にしないように気を付けて、アルストロメリアの花束を丁寧に花立てに差した。 綺麗になった墓の前に半紙を敷くと、ファルはその上に団子やおはぎを載せた。 「亡くなった人は物を食べられないけど、気持ちだけでもっていうのはなんだか良いよね♪」 美味しい気持ちが届いてくれるかなと、ファルは空を見上げる。 ヘルは墓を見つめて呟く。 「ここに眠っている人たちが呼雪をこの世に生み出してくれたんだね……」 それならばヘルにとっても大事な人たちだ。彼らがいてくれたからヘルはここにいられるのだし、最愛の人に出逢えたのだから。 両親の墓に手をあわせると、呼雪は心の中でこの1年のことを報告した。話し難いこともあるけれど……報告し終えると呼雪は、これからも自分に出来ることを精一杯やって、将来を見据えて生きていくつもりだと両親に伝えた。 自分を生み出し、生かしてくれた本当の両親。母の好きな花でさえ、養母に教えてもらったくらいにその記憶は少ないのだけれど。 本当の父母と今の養父母。立派な両親が2組もあるのは、とても幸せなことなのだと思う。 ファルは元気良く手をあわせ、空にいるパパさんママさんに、と呼びかける。 「この1年もコユキと元気に過ごせました。これからもコユキが寂しくないように、2人の分もボクたちが一緒にいるから安心してね」 ヘルはちらっと呼雪に目をやった後、皆と同じように手をあわせる。 (いつも誰かのために一生懸命になれる呼雪がこれ以上悲しい思いをしないように、見守ってあげて下さい) 祈り終わって顔を上げると、呼雪と目があった。真面目にお祈りした分、冗談めかしたくなって、 「これって『両親に紹介する』ってやつかな?」 なんて呼雪をからかってみる。 そんなやり取りに、両親……とユニコルノは考える。自分には母親は存在しない。けれど呼雪たちがいてくれる。 大切なものを手から零したくない。でもそのためには、ただ強くなるだけではいけないのだと、胸に強く思う。 アルストロメリアの花言葉は、未来への憧れ、未来への願い。 憧れれば、願えば、そしてそのために力を尽くせば、願う未来は引き寄せられる……きっと。 それぞれのお参りを終え墓を後にする時になると、ファルはお供えものを片付けて持ち帰り用の袋に入れた。 「お供えは傷まないうちに、みんなで食べると良いんだって」 ――持ち帰ったお供えは皆で食べよう。 墓に眠る人の想い、墓に眠る人への想いを皆で分け合って――。