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仮初めの日常

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仮初めの日常

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〇     〇     〇


 美羽は蒼空学園に戻っていき、優子は一人東の森――狼の獣人達の村があった場所へと向い、森の前にたどり着く。
 森の手前で、離宮問題に力を貸してくれた魔法考古学者グレイス・マラリィンと待ち合わせていた。
 程なくして森の方から現れた彼と共に、森の中へと入っていく。
「大してお力になれず、大変申し訳ありませんでした」
 優子はアレナの代わりに、この村の出身であるグレイスに深く詫びる。
「彼女は彼女として、精一杯助けてくれましたよ」
 グレイスは寂しげな笑みを浮かべた。
 この森の中に、彼の幼馴染や血縁者が眠っているから……。心の底から笑うことは出来なかった。
 村があった場所は、狼達に守られており、人は入り込めなくなっている。
 ただ、村があった場所の入り口には、ひっそりと小さな慰霊費が立てられており、そこに訪れた人を狼達が襲うことはなかった。
 グレイスと共に訪れた優子は、慰霊碑の前に訪れている人々と顔を合わせる。
 知り合いの顔が多かった。優子が訪れると知り、グレイスと共に訪れた者もいるとのことだ。
 優子は訪れていた人々に無言で頭を下げた。
 皆も、頭を下げて道を開ける。
「一緒に来る者は、彼から離れないように」
 そう言って、グレイスに案内されながら優子は村であった場所に足を踏み入れる。
 数人、彼女の後に続いていく。

「獣人の方と、あの事件の関係者の方々でしょうね」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は中には入らず、慰霊碑の前に居た。
 彼女はここに存在した獣人達の村が襲撃された日、ここで救護活動をしていた。
 怪我人を治療し、避難の誘導をして、少しでも多くの生命を救おうとした。
 だけれど、そうすることが、本当に正しかったのか。
 より多くの生命を救うためには、他にもっと良い手段があったのではないか。
 今となっては、所詮は結果論に過ぎないかもしれないけれど、考えてしまう。
 そして、1つだけ悔やんでいることがある。
「あの日、私は自身の保身の為に、私に出来る最善策を放棄しました」
 その先の言葉は言わずに、彩蓮は自らの行動を悔い、慰霊碑に向って頭を下げた。
 もしもあのとき……パートナーの素性を隠匿するようなことをせず、互いに全力を尽くしていれば、一人でも多くの生命を救えたかもしれない……と。
 そんな思いを抱きながら、亡くなった人々の安息を願い、謝罪をしていく。
 ……その彼女の隣に、人影が現れる。
「……え!?」
 突如現れた姿に、彩蓮は驚き、戸惑いの目を見せる。
 隣にいるのは、パートナーのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)だ。
 デュランダルは、戦闘時以外は光学迷彩を常に使い、姿も素性も隠していた。
「どうして、ですか?」
 彩蓮の問いに、デュランダルは何も答えなかった。
 それは、彩蓮自身が考え、気付かねば意味がないと考えたためだ。
 彩蓮は、驚き、戸惑いながらも……そのことについて悔いていた以上、納得せざるを得なかった。
「わかりました」
 言った後、彩蓮は再び、デュランダルと一緒に慰霊碑に向って祈りを捧げていく。
(これからは、パートナーの素性を隠すようなことはせず『より多くの生命を救う為に』最善を尽くすことを、お約束します)
 目を閉じて、祈る彩蓮に、デュランダルはそっと目を向ける。
 彼女には戦争や事件などに関わらず、生命のやり取りとは無縁な、平穏な日常に生きて欲しいと願っている。
 これまでは、彩蓮の行動に口を出すことはなく、その成り行きを見届けてきたが。
 今後はパートナー……相棒として、夜住彩蓮を支えていこうと心に決めていた。
「では、今日は帰りましょう」
 彩蓮の言葉に「ああ」とだけ答えて、デュランダルは歩き出す。姿を消すことはなく。
 彩蓮は不思議そうにデュランダルの背を見た後、慰霊碑の方を振り返った。
「また、来ますね。そして村の人達とお会いできたのなら、今度は中にも入らせていただきます」
 隠れているデュランダルを狼が警戒する恐れがあるから、今回は中に入れなかった。
 深く頭を下げた後、彩蓮はデュランダルを追い、肩を並べて歩き始めた。新たに築かれていく道を。

〇     〇     〇


 村があった場所は、墓地となっていた。
 狼達が唸り声を上げているが、グレイスが嗜めると静かになる。
 墓に囲まれるように、手作りの慰霊碑が立てられていた。
「狼達に掃除は出来ないから、手伝ってくれる?」
 グレイスは倉庫に使っている建物の中から、バケツや箒、ブラシなどを取り出して、墓を掃除していく。
 優子と、共に訪れた者達も協力して、墓と慰霊碑とその周辺を綺麗にしていく。

 掃除を一通り終えた後、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は持ってきた花束を慰霊碑に供えた。
 優子もまた、慰霊碑に近づいて花束を供える。
 それから目を閉じて、亡くなった人々に祈りを捧げた――。
 優子が目を開けてから、ナナはここで何があったのかを、ナナの視点で話していく。
 環菜がクイーン・ヴァンガードに下した命令。
 それは星剣を封印している十二星華のサジタリウスに、この現場を見せることで封印を解除させることだった。
「アレナさんは、封印の解除はどうしても嫌なようでした。その理由は……」
 思い出しながら、ナナはサジタリウスの言葉を、優子に伝える。
『私は、昔は捨てて、忘れて、新しい命と時間をパートナーからもらって生きている』
『パートナーのパートナーとして、傍で、普通に、生きてる』
『普通じゃない力なんて、自分にはない。捨てられないけど、捨てた力だ』
『どうしても。今のままがいい』
「優子さんに話さない理由については『背負い込んで、倒れてしまいそうだから』と言っていました。『普段からいろいろなこと背負って、頑張ってる人』『まっすぐな人だから「十二星華のパートナーとして、クイーン・ヴァンガードに入って指揮をとる責任がある!」などと言い出しそうだ』と。『でも、そんな余裕はない、今でも、もう本当に限界な状態だ』と、言っていました」
 思い出せる範囲で、ありのままナナは優子に語った。
 優子は眉間に皺を寄せていきながら、黙ってナナの話を聞いていた。
 それから、アレナは皆と一緒に、救護活動を頑張ったのだと。
 傷ついた人々を助けるために、普通の人間として精一杯動いた、と。
「最後にはアレナさんとして現れて、現場に出て……重傷を負った百合園生の姿に、泣いていたようです」
 目を閉じて、優子は少しの間考え込んでいた。
 それから、大きく息をついて目を開きナナの方に顔を向ける。
「ありがとう、聞けてよかったよ。本当に」
 優子は弱い苦笑のような笑みを浮かべていた。
「大変でしたね。本当に、優子さんは限界まで頑張ってましたよね」
 共に、花を手向け祈りを捧げていたステラ・宗像(すてら・むなかた)がそう言った。
「予想以上に……そう、刺激的な日々でした」
 離宮でのことは、ステラには興味深い出来事で、ある意味楽しかったとも感じていた。
 基本的には『特等席でのギャラリー』が望みであったし、見物料としての役割も十分果たせた。
 優子や親しい人の力にもなれ、自分としてはまず満足できる結果だった。
 とはいえ……無論、この結果に力不足だったと痛感してもおり、更なる努力も必要だと密かに感じてはいたが、それはそれとして。
「色々と気に病んでいそうですが、考えすぎずに忙しく、仕事や鍛錬に励むのも良いかと思いますよ」
「……そうだな。ただ、考えることをあまりせずに、そうして忙しくしてきた結果が今だからな」
「それでも、思いつめる、というのは案外落とし穴への近道ですからね。お気をつけ下さい」
「気に留めておくよ、ありがとうステラ」
 それからまた一緒に、慰霊碑に心から祈りを捧げる。
 安らかに、眠って欲しい……と。
「帰りますか? それとも他に向う場所でも? ……戻らないなどということはありませんよね」
 ステラの問いに、優子は淡い笑みを見せる。
「行きたいところが沢山あるんだ。今後の決意はしてある。ただ、整理がつかないことや、先が見えないことが多くて、まだ少し混乱している。しばらくしたら戻るから、もう少し休みがほしい」
「わかりました。私は百合園でパートナー達と帰りを待っていますね」
「皆によろしく伝えてくれ」
 優子は普段より口数も少なく、顔付きも厳しく感じられたが。
 悲しみに暮れているようには見えなかった。自暴自棄に走ってしまうような人物ではないことも、ステラには良く解っていたので、ついていかずともいいだろうと思った。
「それでは、また数日後に」
 ステラは優子と皆に頭を下げると、先に百合園へと戻っていった。