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まほろば大奥譚 第一回/全四回

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まほろば大奥譚 第一回/全四回
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第四章 まほろばの将軍2

 次の間ではお花実候補の一人葛葉 明(くずのは・めい)が待ち構えていた。
「あら、将軍様かっこいい……」
 彼女は、他のお花見が着物姿なのに、あえて「チューブトップ」と「デニムパンツ」のギャルな服装をしている。
 彼女は品定めするかのように将軍を見つめるため、周囲の女官から叱責を受けた。
「なによ、あたしの夫となるかもしれないお方なのよ。よく知りたいと思うのは当然じゃないの。あたしはこの方を愛せるか、ただ知りたいだけなの」
 そう言って明は貞継を真正面から捉えたが、事前に聞いていたとおり若い将軍はたいした美少年であった。
 少し線は細いが、脆いという感じではない。
 貞継は明の露出の高い格好に驚きながらも、視線を逸らすようなことはなかった。
 むしろ強く彼女を見つめ返している。
 彼は他の女官たちを次の間に控えさせた。
「随分と自分の肌に自信があるようだな」
「だって、女だもん。着慣れない着物より、自分の魅力を最大限に引き出せる服装を選ぶわ。これがあたしの勝負服なの」
「近くでみても良いか」
「え、それはいつもあたしの役め……じゃないっ、って! ちょっと!!」
 明はチューブトップをずり下ろされた。
 白い胸が露になる。
「いきなりがっつかないでよ、いやあっ!」
「何しに来たのだ、お前は」
「ば、ばかぁ。順序ってもんがあるでしょ。もっとロマンティックな雰囲気というか、デリカシーというか、そういうもんがないの?」
「それは悪かった」
 貞継は急にしゅんとおとなしくなった。
 しかられた子犬のようにうなだれている。
「だからなんでそこでおとなしくなるのよ、もう! ……って、どこに行くのよ」
 将軍はゆらり立ち上がり、部屋を出て行こうとしている。
「時間なのだ。これから次の座敷を回らなければならん」
「ええ? 時間制限つきってそんなのあるの!?」
 明は自分の耳を疑った。しかし本当のようだ。
「今回だけだ。今夜の渡りは、特別に籤引きで決めた順どおりに繭の間を回ってみたらどうかという、大奥取締役の妙案だからな。次回があれば――そなたの肌をじっくり味あわせてもらおう」
 貞継は紙片を手にそう告げるとこの場を後にする。

卍卍卍


「そなたのような家柄も器量も良い娘を大奥のお花実に差し出すとは、そなたの父君はよほど勇気の要ったことだろう」
「めっそうもございませんわ。父は喜んでおりました」
 次のお花実候補は先ほどとはうって変わり、美しい調度に囲まれた部屋で粛々と双手礼で迎える樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)
 彼女自身は白を基調にしたお淑やかな着物をまとい、傍には古来の詩集などが置いてある。
 良家で学のある子女の証だ。
「白姫は葦原の屋敷でお家の為、国のためにお役に立つようにと言われ育てられてきました。マホロバの将来のため、将軍様のために、ご寵愛賜ること叶うならば幸せでございます」
 そして、房姫のことは敬愛しているのだとも語った。
「白姫は将軍様をただ愛し、愛おしまれればそれだけで……」
 彼女は貞継を前にして、胸がいっぱいになったようで言葉が続かない。
「それもそうか」
 貞継はしばらく考え込んでいたが、ふいに白姫に近付くと、ぐっと彼女を引き寄せた。
 細身の腕とはいっても男だ。力はある。
 将軍のさらりとした黒髪が白姫の高潮した頬にかかった。
「ん……んんっ」
「すまんな。今宵はこれで許せ」
 ややあって、貞継は白姫の唇から口を離す。
 熱い吐息が漏れた。

 ゴトッ……

「ん?」
 貞継は衝立の向こうで物音を聞いた。
 ひょいと覗き込むと、頭を隠して尻尾をこちら側に向けた獣人土雲 葉莉(つちくも・はり)がびくびくとうずくまっていた。
「お前は白姫の従者か? 聞き耳を立ててはよいが、見てはならんぞ」
「そっ、そんなつもりはないです。ひょえ〜!?」
 目の前に将軍がいることに気がつき、葉莉は真っ赤になってうつむいた。
 たとえ聞こうと思わなくても、耳の鋭い狼の獣人である葉莉には無理な話だ。
 葉莉はますます縮こまる。
「あ、あたしは白姫様の……ご、ご主人様のお役に立てれば〜って付いてきただけです。将軍様、何にもみっ、みてないです〜」
「そうか、ではお前の主人を頼む。こちらはあまり長居ができぬゆえ」
 白姫は唇を両手で押さえたまま、座り込んでいた。
 真っ白になって固まっている。
「殿方って……暖かい」
 彼女は意識が遠のいていった。