リアクション
卍卍卍 葦原明倫館に転校したアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)も気がかりなことがあった。 夜、貞継はアキラと共に湯につかっている。 「なあ、もーすぐ父ちゃんになるんだろ? 名前とか考えたのか?」 「そうだな……」 アキラはかねてより、貞継が自分の父親の話をしたことがないことに気付いていた。 「将軍の父上はどうなったんだ? 托卵で『天鬼神』の力が受け継がれたら、将軍そのものはどうなるんだ?」 「まず……」と、貞継は歴代将軍について語る。 「マホロバ人はもともと二百歳近くは生きる。このマホロバ幕府を築かれた初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公は長生きをされ、五百年近く存命であられた。この後の将軍も皆、随分と長寿だ」 「そーなのか? じゃあ、俺らよりは長生きできるのか」 少し安堵したアキラだったが、貞継は即座に否定していた。 「最近ではお前たちとそう変わらん」 そして、将軍家の威光が陰ると同じくして、鬼の力もマホロバ人としても、弱くなっているという。 また、幼いころ地下で育てられたため、先代将軍の記憶はほとんどないといった。 「先代将軍が死去したときも、病死とだけきいている。兄たちが継ぐものだと思っていたが、急に亡くなったのは……偶然とは思えない」 貞継ははっきりとは言わなかったが、当時から毒を盛られてという噂もあった。 『天鬼神』の力の影響とも否定できなかった。 「だから、托卵で生まれた子は皆、将軍としての継承権がある。その子が死ねば、次へと移っていく。そのとき、将軍継嗣となる証は……これだ」 そういってくるりと背中を見せる貞継。 血管が彩られる鬼の顔のようなアザだ。 アキラは目をそらさないようにしていた。 「将軍である限りは、将軍在位中は『天鬼神』の力は続くと聞いている。力がなくなるのは死んだときか、将軍として役に立たなくなったときだろう……それが嫌なら鬼そのものとなり『天鬼神』と一体化するか……」 貞継は力なく笑った。 「この身体では……そう長くは保たないだろうけどな」 自嘲気味に答える貞継の様子に、アキラは全てを悟ってしまった。 将軍はすでに死を覚悟しているのだ。 「……このヤロー、それで俺を後見人になんて考えたのか! 決めたぞ、俺ぁ、ぜってえそんなもんにはならねえ! ナラカだろうがどこだろうが、意地でも見つけて引きずり戻してやる!!」 激高して湯船から立ち上がったアキラの前で、戸ががらりと引かれた。 目の前には大奥の御花実御子神 鈴音(みこがみ・すずね)が真っ裸で立ち、アキラのそれを凝視している。 「あ……あ……えと」 アキラは慌てて前を隠して湯の中に逃げたが、鈴音は平然とした様子で湯船につかり貞継の側に寄った。 「あまり遅いから……見に来た」 「鈴音か。長風呂すぎたな。悪かった」 「あたし、ずっと将軍を守るから。傍でお世話しながら……頑張るから!」 そう言って貞継の首に腕を回してしがみつくと、お札をぺたりと彼のおでこに貼った。 彼女の頭の上で機晶姫サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)が説明をしてやる。 「鈴音のお手製のお札だよ! どんなときも将軍様を守ってやるってさ!」 「うん……あたしが……ん」 鈴音が言いながら、湯船で裸のままぴったりと身体を押しつけているので、貞継も少し困ったようにしていた。 「どうしようか?」と、将軍。 「知るか! てめえら……勝手にしやがれ!」 アキラは二人を見て、呆れたように怒って風呂から飛び出した。 彼は身体を拭くのをそこそこに、羽織をまといながら書物庫に向かう。 「くっそ、なんかねえのか。あのバカ殿を救ってやる方法はよ! ……何でもいいんだ。あのまま死なせたくねえんだよ」 アキラは古い文献から絵巻まで、目につくものを片っ端からあさっていた。 古紙の上にぽとりとしずくが落ちる。 「俺も……バカだけどよ……」 |
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