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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第二章 月の下で2

 月明かりの下にいる姿は、紛れもなく鬼城貞継将軍であった。
 彼の手にはローザマリアたちが段取りを付けた文が握られている。
 房姫は将軍が城を去ってまだ半月も経たないというのに、もう何年も逢っていないような錯覚に襲われていた。
 貞継と房姫は互いにかける言葉も見つからず、ただ立ち尽くしていた。
 ローザマリアたちは、傍に控え彼らを見守っている。
 ややあって、貞継は口を開いた。
「そなたには何も言わずとも、解ってくれてると思っていた」
「……私はそれほど物わかりの良い女でしょうか」
 房姫の返答が意外だったように貞継ははっとしたが、すぐに首を振った。
「そうだな……しかし、もう遅い。これまでもこの先も、口にすることはないだろう」
「貴方や将軍家の為に命をかけている女達の為にも、おっしゃらないでください」
 貞継は深く頷いた。
「身を犠牲にしてまで、全てを受け入れてくれた……それを裏切ることはできない」
「ただ、一つだけ尋ねても良いですか」
「何だ」
「なぜ、『私』なのです」
「やはり女だな。どうしても聞き出さないと気が済まないか」
 貞継は右手を差し出した。
 彼女がおずおずと手を伸ばすと、ぐいと引き寄せる。
 両腕で強く房姫を抱きすくめた。
「心(しん)の音が聞こえるか」
「……はい」
「この音が止まったとき、将軍家を誰に託したらいい。誰が守る」
 房姫が顔を見上げると、貞継は微笑を浮かべた。
「鬼城を頼む」
 月の光に照らされた彼の顔が、鬼が、これほど美しく見えたことはなかった。



 帰りがけに房姫は素直に礼を言った。
「ありがとう、貴女方のおかげで貞継様にお逢いすることができました」
 房姫は静かに、しかしハッキリと述べる。
「貞継様お心を決められているように、私もようやく決心することができます」
「何を……ですか」
 リースの問いに房姫は凛とした声で答えた。
 房姫の決意はその表情からも強く見て取れた。
「この将軍家に骨を埋める覚悟をです。私は葦原の姫ではなく、鬼城家のものとして生きていくということです。これから先、何があろうとも……将軍家を守るために」