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リアクション
「それじゃ、僕、行きますね。フレデリカさんに直接、お礼を言っておきたいですから」
フィリップがそう言って、『魔王』から出て行こうとする。
「フィリップー、僕のことも忘れないでよー。僕だって頑張ってフィリップのこと助けたじゃん」
「……ああ、そうでした。分かりました、一緒に行きましょう、ルーレンさん」
「やったー!」
ルーレンも一緒に、フィリップが『魔王』から出て行く。
モップスは地面に落ちた時に頭を打ってきゅう、と倒れていたので、リンネは一人、今回のことを思い返していた。
(いろんなことがあったよね〜。
……でも、今回はリンネちゃん、あんまり何かした、って感じがしないんだよね〜。
きっとみんながい〜っぱい頑張ってくれたからなんだろうけど……)
心に吹く、どこか切なさを含んだ風にリンネが身震いを覚える。
『……さん! リンネさん!』
「……ふぇ?」
自分を呼ぶ声に、リンネが周囲を確認する。
『リンネさん! 無事でしたか!?』
「ひ、博季くんっ!?」
単身リンネの下へやって来た音井 博季(おとい・ひろき)を、リンネは『魔王』の中へと招き入れる。
「どうしてここに? 博季くんこそ大丈夫だったの?」
「ええ……幽綺子さんには行かない方がいい、帰ってきた時に精一杯出迎えてあげるのがいい、って言われたんですけど、いてもたってもいられなくて。
……ごめんなさい、リンネさんが大変なときに、隣に居てあげられなくて」
リンネの事情を知った博季は、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)の言葉も聞かず、危険も顧みず単身、リンネの下へと向かったのだった。
ただ実際は、最初にアメイアが狙撃を食らった際、発生した衝撃波で吹き飛ばされ、森に落下してしばらく意識を失っていたのだが、それは恥ずかしいので言わないでおいた。
「……そっか。うん、博季くんが来てくれて、私は嬉しかった、かな」
「……リンネさん?」
博季はその、リンネの笑顔の中に浮かぶ、『嬉しい』とは違った感情の存在に気付いて声を上げる。
気付かれちゃったかな、そんなバツの悪そうな顔に変わって、リンネが口を開く。
「おかしな話だよね。みんながすっごい頑張ってくれたのは、嬉しいことなのに。
……どうしてだろう、寂しいな、って思っちゃうのは」
今までリンネは、『アインスト』のリーダーとして生徒たちを引っ張り、事件の解決に奔走してきた。
決して完璧な行動とは言えないまでも、ここまでイルミンスールが来ることが出来たのは自分が頑張ったから、という自負も少なからず抱いていた。
しかし、今回は事件の殆どを、生徒たちが解決している。
アメイアとの結末も、生徒たちがアメイアを帝国に帰す、という結論でまとめた。
通信では、ニーズヘッグとの結末も、生徒たちが大きく関与しているとのことであった。
――自分はもう、みんなに必要とされていないんじゃないか――。
その思いが、リンネの心に冷たい風を吹かせていた。
「……他の生徒さん全員のことまでは、僕では言えませんけど……」
そう前置きして、博季が口を開く。
「僕は、リンネさんがいたから、ここに来ることが出来ました。
誰かがいるから頑張れる、その『誰か』に、リンネさんは十分なれていると思います」
「博季くん……そう、だといいな。私、結構身勝手だから、心配ばっかりかけちゃって、迷惑がられてるかも――」
「……リンネさんっ!」
博季が足を踏み出し、その胸にリンネを抱き寄せる。
「ぷわぁ! ひ、博季くん!?」
「それ以上は言っちゃダメです。リンネさんは今でも、十分頑張っています。……僕が保証します」
――僕は、リンネさんを護るって、決めたんだから。
「……うん、博季くんがそう言ってくれるなら、そうだって思えるよ。ありがとう、博季くん……」
背中に腕を回して、リンネが身を寄せてくる。
「……おかえりなさい、リンネさん。お疲れ様でした」
「うん……ただいま」
……そして、二人がのびているモップスの存在に気付いたのは、それからしばらく後のことだった。
「ああっ、ごめんなさい、モップスさん」
謝る博季とリンネの介護あって、モップスもなんとか動けるようになり、『魔王』は一度イルミンスールへと戻って行くのであった――。
「……何故――」
「なぜこんなことをするのかと聞かれる前に答えておく。
理由は五つ。一つ、怪我人に敵も味方もない。
二つ、お前が怪我するのだって悲しむ人間くらいいるだろう。
三つ、お前に一撃で倒され、見下された俺としては、いずれ俺なりの方法で仕返しをしてやる必要がある。それまでは無事でいてもらわなければならん。
四つ、お前が強いのは理解したが、その程度では今後も何度来ようがイルミンは負けん。
五つ、俺は時に手を貸す愚か者であり、お前は敵意のないものには手を出すほど愚かではないと信じている。
……以上だ、分かったか?」
人の大きさに戻ったアメイアが疑問を発する前に、四条 輪廻(しじょう・りんね)があらかた理由を述べて、アメイアの治療を続ける。
「って、四条さん包帯の巻き方おかしいです。目逸らしながらじゃ無理です」
しかし、アリス・ミゼル(ありす・みぜる)が指摘する通り、輪廻は包帯を上手く巻けていなかった。
「そんな、女性の身体をまじまじ見るとか、恥ずかしいじゃないか」
反論するように輪廻が言葉を口にする、確かに今のアメイアは、もう少しで胸とか大事な部分が見えてしまいそうになっていたから、赤面症な輪廻でなくとも特に男性はやり辛いだろう。アメイア本人がそれを恥に思っていないのだからなおさらである。
「それでなぜ治療しようと思ったですか……まったく、ほら貸してください、手伝いますから」
手伝う、と言いつつ、そこからはアリスが一人でテキパキとアメイアの治療を進めていく。輪廻が時折知識を口にすると、「分かってますよ〜」と言いながらそれを形にしていく。
「怪我したときこそ、食べないとダメでござるよ、木の実おいしいでござる」
横からひょい、と手が伸び、アメイアに大神 白矢(おおかみ・びゃくや)が森で採って来た木の実を渡す。反対側の手……というか腕全体で、十数個の木の実を抱えていたが。
「お前は少し食う量を考えろ」
「散々走った拙者の身にもなってほしいでござるよ。途中からアリス殿に変わって、ほんとによかったでござる」
「そりゃこれだけチビ――!!」
何かを言いかけた輪廻が、声無き声を上げて辺りを飛び回る。アリスの手にしていたハサミが、どの様に使われたかは知る由もない。
「……はい、これでおしまい! 帰ったらちゃんとした所で診てもらってね」
そして、アリスの治療が完了し、あちこち包帯だらけになったアメイアが立ち上がる。
「最後に、これだけは言っておく。
お前は俺に、堂々と戦うことも出来ないと言った。当然だ、俺は弱い。
だから、堂々とせず、ありとあらゆる手段を尽くして、守るべきものを守る。
……あまり舐めると、次も怪我するぞ」
輪廻の言葉に、アメイアがフッ、と笑みのようなものを浮かべて答える。
「そうやって確たる志を持っている者を、もう舐めたりはしないさ。……なるほど、お前の言葉、確かのようだ」
アメイアが視線を向ける、その先に一機の、アルマインとは違う、四足の機動兵器が地面を蹴ってやって来る。
何事かと慌てる輪廻たちに安心するように言い、アメイアがその、自らがイルミンスールにやって来る時に乗って来たエリュシオンのイコンを探し当てたパイロットを出迎える。
「申し訳ございません、この機体を見つけるのに手間取ってしまい、貴女に言いつけられたフィリップ君の護衛を行うこと叶いませんでした。
ですが、私の最後の務めとして、アマイア卿、貴女の見送りだけは誠心誠意、やり遂げたいと思います」
搭乗席から身を乗り出し、地面に降り立った恵が、恭しく礼をしてアメイアに告げる。
「……お前の申し出、有り難く受けさせてもらおう。ああ、私はそこで良い。帰る前にこの地を、この風景を、見納めておきたいと思ったのだ」
中へどうぞ、と示す恵に、アメイアが頭を振って機体の背中を指し、先程まで治療を受けていた者とは思えない軽やかな動きで飛び乗る。
次いで恵も搭乗席に戻ると、そこにはエーファの姿があった。アメイアの乗って来たイコンは二人乗りのため、グライスは本の姿に、レスフィナは魔鎧として恵に装備される形で同行していた。
「さ、行くよ。振り落とさないように慎重にね」
「ええ、分かっています、ケイ」
恵が操縦桿を操作すると、機動兵器は一声啼き、シャンバラとエリュシオンの国境へと走っていく。
自分が乗ってきた時よりも速い速度で駆け抜ける機動兵器の背中で、アメイアは何を思うか――。