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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・エドワード)


 ――歌が聞こえる。

「……馬鹿ね。人を見下しても、自分が崇高なものになれる訳じゃないのに」
 マリーエンケーファーから発せられた声に、館下 鈴蘭は思う。
 人は愚かだからこそ人たりえる。
 ならば、絶望的なこの状況で立ち向かっている自分達は? それは端から見れば愚行かもしれない。
 しかし、それこそが自分達を人として、この空に引き留めているのだろう。
「ありがとう、狭霧くん」
 一緒に搭乗している霧羽 沙霧に言う。
「あなたとネレイドに出逢って、私は自分に欠けてしまっていたものを取り戻せたの」
 自分の過去を振り返る。
 幼い頃、突然会えなくなってしまった幼馴染。
 生きている実感も、死への恐怖も欠落し、ただ多くのことに打ち込むことで、手応えを得ようとしていたことを。
 パラミタを知り、そこに行けばもしかしたら『あの子』に会えるかもしれない、そしてそれを叶えてくれたのは――
「今度は私の番。どんな世の中でも生き抜いている、そう思えるの。あなたとこの子と一緒なら」
「鈴蘭ちゃん……」
 それは光。
 機体を包み込むそれは、彼女達の想いに応えているかのようだった。

「イメージしろ、ヴェルリアだけじゃなく機体とも一つになる感覚を。思考も、感覚も……連携なんてものじゃない。文字通り一つになって戦うところを」
 【ヴァイスハイト】の中で、柊 真司は想像する。
 今、自分が搭乗するこの機体が、自分達自身であると。
 その感覚は徐々に広がり、彼の中へと流れ込んでいく。
「さあ、あれを倒そう」

 マリーエンケーファーを囲む中、【フレイア】の中で七姫 芹伽は目を伏せていた。
 敵の弱点がつけず、上手く連携も行えていなかったからだ。
「こんな状況なのに。私はまだ、フレイア、貴女と十分に心を通わせられないのね」
 涙が頬を伝う。
「芹、嘆くでない。そなたは搭乗回数こそ少ないものの、いつもフレイアの傍におったではないか。毎日手入れを欠かさず、いつも笑顔で見上げて話しかけておった。フレイアに燃料補給しながら『一緒に食べましょう』と食事したりの。わらわより多くの時間を共にしておるやもしれぬ」
 夕月 燿夜の声が聞こえる。
「燿夜……」
「わらわもこやつのことは道具と思うておらぬ。三人で戦うのじゃ!」
 涙を拭い、【フレイア】に語りかける。
「ごめんなさい。私の相棒になったばかりに。貴女と燿夜はいつだって私についてきてくれるのにね」
 言葉にして気付いた。
 なんだ、別に迷うことなんてなかったんじゃないか。
 自分が戦う理由になんて。
「だからそう、今はただ……フレイア、そして燿夜。貴女達に応えたい!」
 
「力を貸してくれ、【デザイア】。お前だって仲間が死ぬのは嫌だろう!?」
 月谷 要は呟く。
 イコンも同じパートナーだ。ならば、分かってくれるはずだ。
「お願い、【デザイア】。要を、いえ、私達みんなを導いて!」
 誰も欠けることなく帰るために。
 今度こそ、絶対に。
 二人は歌に耳を傾けた。優しい歌だ。
 そして彼らの願いを受け、【デザイア】は彼らのために、その力を解放する。

「……あぁ、静かや。さっきまでの喧騒が嘘みたいに」
 光に包まれ、【与一】の中で穂波 妙子は静寂を感じた。
 さっきまでとは異なり、意識と、そして視界がはっきりしている。よく「視える」のだ。
 ビームキャノンを、マリーエンケーファーに向ける。
 あの巨体の「隙」がある部分に。

「な、なんだぁ?」
 折原 宗助も変化を感じていた。
「おいおい、機体の出力がどんどん上がってんぞ?」
「な、なに? なんなのよこれ!? これがイコンの真の性能なの?」
 解き放たれた動力炉のエネルギーに、赤坂 琴葉は驚愕した。
「そうかよ……オマエもまだまだ暴れ足りないってか。一撃だ、一撃であのデカブツに風穴開けるぞ!」
「うん……いける、いけるわ! 折原! あのデカイの、堕とすわよ!」

* * *


「何が起こっている?」
 マリーエンケーファーの中で、エドワードが訝しげに天御柱学院のイコンを眺めていた。
「機晶エネルギーの出力が増大しております。リミッターが解除されたのではないかと」
「加えて、エネルギーによって磁場への干渉も起こっている。しいていえば『軽くなった』というところか」
「ふむ、あの機体のサイズから考えられる出力からすれば想定内の範囲だが、内と外で別々の力が働いているように見受けられる」
 ニュートン、ガリレオ、ケプラーが分析を進めている。
 元が研究者である彼らが冷静に見つめているのに対し、エドワードは歯噛みした。
「……このマリーエンケーファーが、王たる者の力が負けるはずはない」

* * *


 マリーエンケーファーの周囲を飛びながら、【ゲイ・ボルグ】は敵の弱点を探していた。
「……これなら、いけるぜ」
 御剣 紫音は真の力を発揮したイコンと感覚を共有していた。
 敵は巨大だ。
 それゆえに鈍重。今の彼にとっては、全てが遅く見えた。
「その動きは見え見えだぜ!」
 接近した際に射出されてくるワイヤーを斬り裂いていく。
 飛び交いながら、彼は一切の砲撃が行われない「穴」を見つけた。
(あれは、排熱口か?)
 これほどの巨体ならば、エネルギーも膨大だろう。その際に発せられる熱を逃がす場所が必要だと判断するのが妥当だ。
(紫音、データを転送しますぇ)
 他の機体から確認された情報をまとめ、紫音はそれらを整理した。
(覚醒したとはいえ、あのシールドを突破できる可能性があるのはコームラントの大型ビームキャノンのみ。ならば)
 敵のミサイルをかわす。
 自分が攻めるにしても、まずはエネルギーシールドを何とかしなくてはならない。
 そのため、コームラントに通信を送る。
『今のコームラントの出力なら、あのシールドを破れるはずだ。穴が空いた瞬間、そこから敵機に接近する!』

 その連絡を受け、コームラントが射撃体勢に入る。
 だが、敵の攻撃はほぼ全方位をカバー出来ている。ならば、誰かが隙を作るしかない。
「昇、出来る限り敵の発射口をこっちに向けるぞ」
 笹井 昇とデビット・オブライエンの【イルマ】が、シールドギリギリまで近付き、敵の攻撃を一手に引き受ける。
 そしてもう一機、【デザイア】だ。
「みんなのために、道を作ろう」
 黒檀の砂時計を起動。
 イコンとの一体感によって遅く見えている世界が、より遅く――ほとんど止まっているように見える。
(要、ミサイルとワイヤーが来るわ)
 一瞬だけブースターを吹かせて瞬間的に回避しつつ、ビームサーベルでワイヤーを斬り落とす。
 それから、もう片方の手にあるライフルでミサイルを落としていく。

 そしてもう一機。
『あなたは人を好きなれないから、だから悲しいことが出来ちゃうんです!』
 オリガ・カラーシュニコフとエカチェリーナ・アレクセーエヴナの【クラースナヤ】だ。
『私はみんなが好きだから、みんなで帰りたいから、だから――負けません!』
 ミサイルを引き付けるように飛び交う。
 それらを誘導し、落としていく。
「オリガ、高度を落としますわよ」
 海面ギリギリまで急降下した後、上昇。海面に当たったミサイルを誘爆させる。
『さあ、今のうちですわ!』

「ロックオン。お願い、フレイア。あの見えない壁を打ち破って!」
 ブラボー小隊の【フレイヤ】が大型ビームキャノンを放った。
「生き残る。そのためにも……」
 アルファ小隊の【メテオライト】も同様に。
「頼みましたよ、皆さん」
 シールドに二つの光が激突し、シールドを突き破る。
『行くぞ!』
 それに合わせて、アルファ小隊のイーグリットを中心に、シールド内部へと飛び込んでいく。

* * *


「主砲のエネルギー充填状況は?」
「現在60%です」
 エドワードは焦りを覚え始めていた。
「しかし、今撃てば……」
「構わん! 早くしろ!! あの目障りな虫ケラ共を蹴散らせ!!」
 
* * *


 光が収束していくのが見える。
 敵の胴体、そこから向けられるのは、フル出力ならば海京を一撃で消し飛ばす威力を持つ大型プラズマキャノンの砲口。
「……ぶち抜いたるっ!」
 【与一】がそこに向けて、大型ビームキャノンを放った。
 プラズマキャノンとほぼ同時に。
「くたばりやがれぇぇぇえええええ!!!」
 宗助もまた、そこに向けてコームラントの引鉄を引いた。
「運動会プロテインパワー!!」
 【クラッシャー】の中で、アンジェラ・クラウディが叫ぶ。
 コームラント三機分、それも真の力による最大出力のエネルギーが敵のプラズマキャノンに激突する。
 しかし――
「……なんて威力だ」
 それをもってしても、完全に相殺することは出来なかった。
 そのプラズマの前に、一機のイーグリットが躍り出る。綺雲 菜織と有栖川 美幸の【ファング】だ。
『貴方達も知っているはずだ。己が力だけっで、全てが完成したのではないことを。多くの先人の知恵や技術。仲間やライバル達、多くの人に触れ、辿り着けたはずだ」
 砲撃の真正面に立ち、ただそれをじっと見据える。
『利用するのではない! 借りる! そして、返しに行く!!』
『無茶で無謀と笑われようと。それが私達の夢に繋がると信じます!』
 その両の手で、ビームサーベルを握り締める。
 そして、プラズマキャノンを――斬り裂いた。
 二つに別たれた砲撃は、海面へとぶつかる。
「これが私達の、未来への意志だ!」

 そして、三機のイーグリットがシールドの内側へと入った。
 バルカン、ワイヤーをかわしつつ、この機体の排熱口を探す。数は三、今いる機体と同じだけだ。
(見つけました)
 ヴェルリアが真司に告げる。
(これか)
 だが、敵からの近接攻撃は止まない。
『着いたわ!』
 【ネレイド】もその一つの前まで来る。
 ビームシールドで攻撃を防ぎながら、そのときを待つ。
 巨体に見合ったその排熱口の大きさは、イコン一機が通れるほどだった。
『同時だ。同時に行くぞ!』
 紫音が指示を出す。
 彼の合図と同時に、三機で排熱口を破壊する。
(俺は守るためにここにいるんだ! 持てる力を全て使って皆を守ってやる、それが俺の覚悟だ!)
 だから、ここで終わりにする。
 その穴の奥にある、機構部を破壊しよう。
(風花、イーグリットを信じてフルパワーで突っ込むぞ! 俺達ならやれるさ!)
 敵の最後の足掻きである近接攻撃をかわしながら、全力で飛び込む。
 他の二機も同時に。
「天御柱学院を……俺達の意地を舐めるなああああああ!!!」
 【ヴァイスハイト】の中で、真司が咆哮した。
「これが、私達の意志よ!」
 【ネレイド】もまた、一気に突き抜けていく。

『皆、今だ!!』

 紫音の合図で、三機が排熱機構に向かって渾身の、一撃を同時に繰り出した。
 そしてそのまま離脱する。

 直後、マリーエンケーファーの巨体が内側から爆ぜ、炎上した。
 異形の巨人は力を失い、海へと沈んでゆく――

* * *


 そんなはずはない。
 エドワードは冷静さを保っていられなかった。
 マリーエンケーファーがやられた。今もこの機体は沈もうとしている。
 だが、まだだ。まだ自分は生きている。
 再起を図るためにも、まずは外へ出なくては。
「――――!!」
 機体から這い出た瞬間、一人の人物と相対した。

「……正直、死ぬかと思ったよ」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、這い出てきたスーツの男を見下ろした。
「イコンのレーダーって人間サイズには反応しないんだ。そんな中、海面ギリギリを小型飛空挺で飛ぶってのは命知らずにもほどがある。そうは思わないか?」
 上空の戦闘の余波を受けたため、正悟も無傷ではなかった。
「愚民が……王を見下すなあああああああ!!!!」
 血走った眼を見開き、男が手に持っていた仕込み杖を抜いて飛び込んできた。
 だが、避けるまでもなかった。
 もはや、男はその場に立っているのもやっとなほどだ。放って置いても、このまま勝手に死ぬだろう。
 爆発の衝撃を受けた上に、パートナーを同時に三人失ったのだ。むしろ、今こうやって生きているだけでも奇跡に等しい。
「この世界を、パラミタを支配するのは、我らのような高貴な者こそ相応しい。お前達のような愚民は、崇高なる意志に従っていればいい!!」
「……それが本音か」
 どんな大義名分を掲げていても、結局は全てを自分の思い通りにしたいだけなのだ。それが、敵の上に立つものの本性だ。
「別にあんたらの主義主張はどうでもいい。息があるうちに、いくつか答えて欲しいだけだ」
 とはいえ、このプライドの塊のような男が答えるとは思えなかった。
「一つだけ教えてやる……ありがたく思え」
 口から血を流しながら、紳士風の男は笑った。
「俺達は……今の地球……そのものだ」
「どういうことだ?」
「そのままの……意味だ。お前達は世界を敵に……」
 ぐは、と口から血反吐を撒き散らし、男は前のめりに倒れた。
「……死んだか」
 これ以上、ここにいるのも危険だ。
 正悟はこの死体を回収し、沈みゆくマリーエンケーファーから離れた。