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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

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三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

リアクション

3.


「……これで最後ですわね」
 整備用のタラップを降りながら、天御柱学院のペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)が呟いた。
 この格納庫は、御前試合の会場となる場所からほど近くに、急ごしらえながら用意されたものだ。なにせ一体一体が巨大なため、基本的にテントのようなものではあるが、周囲の砂が入らないように、工夫はされている。
 生徒たちからやや遅れて、ここに全てのイコンがそろったのは、本日の昼を過ぎてからのことだった。それから、ペルラは数人の学生や技師とともに、イコンの最終調整に携わっていたのである。
 ずらりと並んだのは、主にシパーヒーだが、イーグリットやクェイルも混じっている。イコン整備者であるペルラにとって、胸が高鳴るような光景だ。
「これが、シパーヒー……ですのね」
 直接目にするのは初めてだ。深い紫を基調とし、ところどころにオレンジが鮮やかにカラーリングされた機体は、全体的に華奢なデザインだ。肩の部分が扇状に広がったフォルムは、勇壮でありながら優美でもある。無骨なイコンとはいえ、さすがの優雅さといったところだろうか。
 もちろん、ペルラはこのドックに撮影機器といった類のものは持ち込んでいないため、あくまで特徴や機能は記憶に留めるのみだ。しかし、それでもこの機体が主にスピードに優れ、空中戦においても力を発揮するだろうことは、ペルラにとって想像に難くなかったし、それは彼女にとって知識という得難い喜びでもあった。
「そっちはどうだい?」
 声をかけたのは、蒼空学園所属の瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
「いくつかの調整は必要でしたが、今は解決しましたわ。そちらは?」
「今のトコ、異常なしだ」
「そうですか」
 ペルラはそう答え、微笑む。……女子供には弱く、おっぱいにはさらに弱い壮太としては、つい口元が弛みそうになってしまう。が、なんとかある箇所に集中しそうな視線をはがしつつ、あたりをもう一度確認するように見回した。
 壮太は、このイコンドッグの警備担当を自ら申し出ていた。
 そもそも、わざわざパラミタじゃなくて中東でイコンの試合をするってのが、わざとらしくも思える。契約者でない地球人がパラミタに訪れるのが難しいとしても、だ。むしろこれは、鏖殺寺院をおびきたすための罠なのではないかとすら思える。
 御前試合というのは名目で、実際にはイコンの実戦ともなるのかもしれない。そのためにも、イコンそのものは万全の状態に保っておきたいと思い、この警備をすることにしたのだ。
 今のところ、研ぎ澄ませた壮太の聴覚には、これといって不審な物音は届いていない。しかし、油断は禁物だ。
「まぁ、明日こっから運び出すまでは、オレが見張ってるぜ。安心しな」
 誰にともなく壮太が口にすると、答えたのは、近くにいた真城 直(ましろ・すなお)だった。
「有りがたい。薔薇の学舎を代表して、君たちには心から礼を言う」
 そう口にして、直はペルラと壮太に深々と頭を下げる。
「まぁ、困ったときはお互い様ってことよ」
「そうですわ。私にとっても、実りあることですし」
「そう言っていただけると、有りがたい」
 直は顔をあげ、それから、傍らのシパーヒーを見上げた。
「明日、試合に出られるんですって?」
「……戦闘は得意ではないが、イエニチェリとしては、避けてはいられないからな」
 直はそう言うと、不意にその仮面を外した。
「言うてもまぁ、その立場も……明日が最後かもしれへんし」
(うわ、ホントに仮面とると関西弁なのか)
 噂にはきいていたが、実際に聞いたのは初めてだ。壮太は思わずそちらのほうに気がいってしまった。が。すぐに意識を戻し、尋ねた。
「イエニチェリが決まるって話、本当なんだな」
 直は頷く。その表情は、不安というよりは、どこか、諦念を感じさせるものだった。
 なにか壮太は言葉を続けようとしたが、そのとき、微かなエンジンの音を感じ、振り返った。
「誰か、来る……」
 ペルラと直の表情に、緊張が走る。壮太は意識を集中し、まだ視覚では捕らえられない侵入者の正体を探った。
「……?」
「どうですの?」
「おまえのパートナーと話してる。……ウゲン、だ」
「まぁ」
 失礼がなければ良いけど、といったように、ペルラが手のひらを口元にあてた。

「んー、ちょっと飽きちゃったなー」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)は、そう呟いてうんっとのびをした。
 昼間はペルラと一緒に、観光も楽しんだけれども、イコンが到着してからはずっとこのドッグに詰めっぱなしだ。お手伝いも勿論すすんでするが、さすがにペルラほど興味は続かない。作業もおおかたが終わってしまったことだし。
(あれ? 誰か来たみたいだ)
 ぴく、と物音にミルトが反応する。ミルトよりほんの少し背が高いくらいの、小柄な少年だ。赤い色の、ワンピースのような民族衣装を着ている。
 年頃も近いこともあり、興味をもったミルトは、さっそくとことこと少年に近寄った。
「こんにちはー。君も見学者? ここはイコンがいっぱいいるとこで危ないから、見るなら明日にしたほうがいいと思うよー?」
「……君は?」
 ミルトの姿をちらりと見やると、少年は含み笑いを浮かべつつ尋ねた。
「僕は天御柱学園のミルト・グリューブルムです。サイオニックなんだよ。あそこでシパーヒーを見てるのが、パートナーのペルラ」
「そう。……僕は、ウゲン。タシガンに住んでるよ」
「ふーん、ウゲンっていうんだ」
 ミルトは、ウゲンの名前を一度くらいは耳にしたことがあるはずなのだが、どうやらすぽーんと頭から抜けてしまっているらしい。だが、ウゲンはそれについては気にもとめず、ただじっとシパーヒーを見やっている。その横顔は、どこか冷ややかにも見えるが、その奥にどんな想いがあるのかは、とても推し量れそうなものではなかった。
「ね、君もコントラクターなの? 今日はパートナーと一緒じゃないの?」
「ああ……パートナーはね、留守番をしてる。あんまり、地球は好きじゃないんだ」
「そうなんだぁ」
 頷きながらも、ミルトは少年の声に、どこか聞き覚えがあることに気づいていた。
 ただ、それがどこだったのかは、さっぱり思い出せないのだが。
(うーん、どこでだったっけ……? でも、なーんか……)
 ペルラならわかるかもしれない。そう思い、ミルトがペルラを呼ぼうとした時だった。
「ウゲン様。おいでになるのでしたら、お迎えに伺いましたのに」
 再び仮面をつけなおした直が、ウゲンへと駆け寄り、丁重にそう言った。
「ううん。急に思い立って、寄っただけだからさ。それより明日、楽しみにしてるよ」
 ウゲンはそう微笑むと、軽やかに踵を返し、立ち去ってしまった。どうやら、近くに車を待たせているらしい。
(不思議な子だなぁ……)
 ミルトはそう思いながら、彼が立ち去った後を、暫しじっと見つめていたのだった。