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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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第5章 久しぶりの事務

 ヴァイシャリー家の敷地内にある、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の別邸では、たまたまラズィーヤを訪ねて来た者達が集まり、過去の資料を取り出して、離宮に降りた者達のサポートと、資料まとめを行っていた。
「地上からの報告をまとめました。入力お願いします」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)のパートナーのマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は、淡々と事務作業を手伝っていた。
 ラズィーヤはマリカが亜璃珠のパートナーだということも知っているし、マリカをここに残して、亜璃珠がどこに行ったのかも把握しているはずだが、何も言わなかった。
「お預かりします」
 手書きのノートを受け取ったのは、本部で主に事務処理を担当していたオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)だ。
 オレグは当時と同じように、パソコンを使って、離宮に関する事件、人物、地図などの資料を更新していっている。
「どの程度の情報を公表されるおつもりですか?」
 入力をしながら、ソファーで書類に目を通しているラズィーヤに問いかけた。
「迷いますわね。離宮へ侵入を試みる方が出てしまうと困りますし。といっても、将来的に離宮を浮上させるか、埋めてしまって浮上させる機能と術を消滅させることになりますから、資料は子孫に残さなければなりません」
「ええ。正しい知識と対処法を残すことで、今の世代では必要とされなくても、後世で必要とされる時、知識の積み重ねが役に立つでしょう。……では、ヴァイシャリー家の書庫で保管し、信頼のできる学者に調査を任せてどうでしょう」
「そうですわね。おそらくそうさせていただきます」
「わかりました。私も出来る限り、お手伝いさせていただきます」
 オレグは、資料を整理、加筆して、書物となるよう、まとめていく。
 歴史家として、公平な視点で冷静に、出来事とその変遷をも書き記していこうと考える。
 後世の人々が離宮を調べ、必要とする際に役立てればという思いから。
「去年の調査の際には、資料と呼べるものがありませんでしたが、後世にはきちんと残しておくことで、より良い道を選んでいただきたいものです」
 少しずつ少しずつ積み重ねてより良い道を探るのが人というものなのかと、そんな風に信じて。
「そうですわね。例えそれが5千年後だったとしても、必ず子孫の元に、情報が届くようにしておきたいですわ。騎士の橋の像が残っていたのですから、不可能ではないはずです」
「ええ。パラミタには、不老不死の種族もいますから、残せるはずですよね」
 オレグは軽くラズィーヤに微笑みかけて、頷きあった。
「こちらの書類にも目を通されますか? 専門的なことが書かれているようですが」
 同じく、本部で事務系の手伝いをしていた菅野 葉月(すがの・はづき)が、分厚いファイルを手に、ラズィーヤへ問いかけた。
 半年の間に、翻訳を終えた書類だった。
「お願いしますわ」
「では、失礼します」
 葉月はファイルをラズィーヤの元に持っていき、サポートするために、隣に腰かけた。
 彼は最終的に、離宮に降りて現場で調査隊に協力をしていた。
 しかし、今回は離宮に降りることを望まなかった。
 自分自身は、離宮に行く『資格』がないと考えて。
 テレポートには、莫大な資金が必要となる。
 必要最低限の人材や荷物以外は、送ることが出来ないのだ。
 葉月は最初から調査に加わっていたわけではなく、離宮に想いを残してはきていない。
 忘れ物は、なかったから。
 残してきた人達に、自分の気持ちの整理をつけて、全てを清算するために行って欲しいと思っていた。
 そして、彼らを迎えるための人間も必要だ。
 ラズィーヤのサポートをしつつ、皆を迎えるための準備にも葉月は協力している。
「忙しいところごめんね、ちょっといいかな」
 葉月のパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)も、書類を持ってラズィーヤに近づく。
「どうぞ。こちらの書類を、紐でまとめていってくださいませ」
「うん」
 ラズィーヤの指示に従って、作業を始めながらミーナはラズィーヤに提案をしていく。
「あのね、離宮に行った皆が戻って来た時に、お疲れ様の意味と、「お帰りなさい」の意味で食事会を開催できないかな?」
「食事会ですか……。良いご提案かと思いますが、優子さんはお忙しいでしょうし、アレナさんは本調子になるまで、少し時間がかかりそうですし……」
「それなら、少し後でもいいから、出来るといいなあ」
「そうですわね。ささやかな会でよろしければ、いつでも開くことは可能ですわ」
 ラズィーヤの返事に、嬉しそうにミーナは頷いて、作業のペースを上げていく。
「みんなが回収してくるものも、こっちで綺麗にしてあげないとね。そういうのはここでできるの?」
「ええ、この別邸で行っていただく予定ですわ」
「そっか。そっちも頑張ろっと」
 そして、ミーナは葉月の方に目を向ける。
 葉月は柔らかに微笑んで、ミーナに頷いて見せた。
「……む。ここの数字と記述はおかしくないか?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、離宮内の距離について書かれた書類を手にオレグに指摘をする。
「本当ですね……。当時、記入ミスがあったのでしょう。修正しておきます」
 すぐに、オレグはファイルを開いて、修正した。
「あとここの表だが、こうした方が見やすそうだが……」
 ブルーズは資料の校正の担当となっていた。
「仕事が出来て、ブルーズが生き生きしている気がするね」
 隣で、パートナーの黒崎 天音(くろさき・あまね)が小さく笑みを浮かべている。
 天音達は、今日のことを聞いていたわけではないが、たまたまヴァイシャリー家に立ち寄ったところ、ラズィーヤに「ちょうど良いところにいらっしゃいました。ではお願いしますわ☆」と、この別邸に連れてこられてしまったのだ。
「この表は、こうすると見やすくなりそうだ」
 ブルーズは態度には現さなかったが、地下に向かったメンバーの無事と心残りが解消されることを、ひっそり願っている。
 それと、天音が危険地帯に向かわずに済んだことにも少しほっとしていた。
 もう少し早く到着していたら『ちょうど良いところにいらっしゃいました。では行ってらっしゃいませ☆』と、送りだされてしまったかもしれないのだから。
「ところでラズィーヤさん」
 ブルーズの3割減程の手際で仕事をしながら、天音がラズィーヤに声をかけた。
「はい?」
「地球人の僕にはいまひとつピンと来ないのだけれど、最もシャンバラ女王の血統に近いヴァイシャリー家は存在しなくなったのかな? 女王の血筋である事よりも、ラズィーヤさん個人の手腕の方が重要にも思えるけれど」
 天音の問いに、少し考えた後、ラズィーヤはこう答えた。
「ヴァイシャリー家はシャンバラ古王国の女王の血統ですわ。それに変わりはありません。ヴァイシャリーは東シャンバラの中心地ですし、地位的にも特に変わりはありませんわよ」
「なるほどね。あと……そう」
 天音は知人経由で知った話について、いつもと変わらない余裕のある表情と口調でラズィーヤに尋ねていく。
「十二星華計画って耳にした事あるかな?」
「……十二星華計画については何も存じませんわね」
 こちらに目を向けることもなく、ラズィーヤはそう答えた。
「シャンバラにおけるではなく、エリュシオンにおける十二星華計画の事だよ? さっき少し見せて貰った資料に、封印用の剣にはエリュシオンの技術が使われたとあったから。それは何を元にした技術なのかと思って」
「先日まで、魔法院があったりと、エリュシオンの技術について学ぶ機会がありましたから。あと、イコンも残っていますからね。そういった場で、学んだ技術者に協力していただきましたのよ」
「そう……。なんだかラズィーヤさんなら、他にも何か開発指示を出していそうだね」
 その天音の言葉に、ごく軽く、ラズィーヤは口元に笑みを浮かべていた。
「おや……もうこんな時間か」
 窓の外は真っ暗だった。
 天音は窓に近づいて、空を眺める。
「星が綺麗だね、ラズィーヤさんも少し遠くを見て目を休めない? そういえば宇宙人とか興味あるのかな? パラミタの宇宙人のイメージも、星を渡る船に乗り旅をする人々なんだろうか」
 ラズィーヤは手を休め、天音に近づいて夜空を見上げた。
「星の彼方に、別の世界が存在し、その世界の住人が襲ってきたという伝説でしたら、わたくしも聞いたことがありますけれど、宇宙のことは、それ以上何もわかりませんわ。シャンバラがもっと安定しましたら、興味を持つ方も増えるかもしれませんわね」
 そうだね、と答えた後。
 ふと思いついて、天音は隣で空を見上げ続けているラズィーヤをじっと見つめる。
「全然話は変わるけれど、ラズィーヤさんは友チョコって知ってるかな?」
「……ええ、存じていますわ」
 ラズィーヤは天音に目を向けると、にこにこ笑みを浮かべる。
「ところで、天音さんは逆チョコってご存知ですか?」
「うん……知ってるよ」
 そして、2人は軽く声を上げて笑いあった。
「今日の作業はここまでにして、お茶にしましょうか。焼き菓子を用意してあるんですよ。チョコレート味もあります」
 オレグも微笑みを浮かべながら、紙袋を手に立ち上がった。
「ええ。今晩はここまでにしましょう」
 ラズィーヤは天音と共に、ソファーに戻っていく。
 そんな時――。
 部屋に執事が現れて、離宮でアレナ・ミセファヌスの無事が確認され、メンバー達は帰還に向けて動き始めたとの、報告が入る。
「……では、私は仕事がありますので」
 マリカはお茶を遠慮して、片付けをすますと、急ぎその部屋を後にした。
 部屋を出てすぐ、主人の亜璃珠に連絡を入れる。
 そして、アレナが無事保護されたことと、これまでの報告から推定される皆の帰還時間を報告した。