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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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リアクション

 
 イルミンスールと『飛空艇発着場』を結ぶ空路でイナテミスの西端に到着した一行に、サイドカーを装着したバイクを駆り、司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が合流を果たす。
「ようやくこの道路も完成したようだな。ま、全部が完成するにはまだ時間がかかるのだろうがな。
 ほれ、足の手配はしておいたぞ。わしが先行するから、付いてこい。そうだな……まずは雑貨屋、次いで薬屋といったところか。
 途中で喫茶店にでも寄って、休憩するのもよかろう」
 イナテミス各地を結ぶ道路が完成すれば、今以上に流通が活発になるだろうな、そのようなことを呟きながら仲達がアルツールに車のキーを投げて寄越し、自分はバイクで先行する。
「はー、なんや、これ動くんか?」
「不思議だ……どういう仕組みで動くのだろうか」
 ヴィオラとネラは、初めて乗る自動車というものに興味津々のようである。
「お父さん、これを動かせるんですか? 凄いです!」
「まあ、免許は持っているからね。……もっとも、パラミタでは不要の代物だが」
 地球では当たり前のように普及している自動車だが、パラミタではごく一部の場所で使用されるに留まる。当然、免許制度なるものは存在していない。
 今後自動車が普及するのであれば、その辺りも制度として整えねばならないかな、そんなことをアルツールは思う――。
 
 イナテミス中心部に到着した一行は、『雑貨屋メルクリウス』『薬屋「red spider lily」』で旅に必要な雑貨や薬などを調達する。買った荷物は、仲達の乗ったバイクのサイドカーに積まれていく。
「意気込みは良いが、気負いすぎてはいかんぞ。いつか必ず、厳しく理不尽な現実を突きつけられる時が来る」
 買い物がてら、仲達がヴィオラとネラ、そしてミーミルに話をする。
「時には誰かが助けてくれるかもしれん。だが、それも絶対では無い。
 お前さんたちは真っ直ぐだ。それが悪いこととは決して言わん。
 だが、真っ直ぐ過ぎる。故に危うい」
 
 理不尽と悪意の塊が服を着て街を闊歩する地球ほどではないにせよ、人間の生活が存在するところには必ず、そういった理不尽な出来事、悪意を持った人が存在する。そして、単純な力では一般人相手であれば傷つけられることはないであろうミーミルも、ヴィオラもネラも、そういったことには滅法弱く、傷つくこともあるだろう。
 
「失敗したり、理不尽な目に遭ってもあまり気に病まぬようにな。無から有が生まれない様に、この世に万能な者なぞ存在せんのだから」
「はい、ありがとうございます。そうですね、そういう人がいるのは悲しいですけど……気をつけたいと思います」
「色々とうさんくさいんがいるっちゅー話やしなー。うちらも騙されんようにせんと」
 仲達の教えを、三人がしっかりと胸に刻む。
「まあ、年頃の若い娘が昔のワシの様に割り切り過ぎたりするのも少々アレだがな、はっはっは……」
「せやで、うちなんてまだ一歳や」
「私、二歳です」
「私は三歳か」
「……は?」
 “年頃”ってレベルじゃないことを知って、仲達は呆然とするのであった――。
 
 買い物を終えた一行は、『喫茶店「喫茶止まり木」』で休憩する。
「……本音を言えば、危険な事は避けさせたい。
 しかし、二人の決意が硬い事も理解しているし、自らの手で同じ存在を探し保護したい、と言う二人の気持ちもお父さんは尊重したい」
 食後、三人が落ち着いたところで、アルツールが話をする。
「だが、二人だけで探すのでは限界がある。できるだけ、イナテミス等の人の出入りの激しい国境の町を基点にして動きなさい。
 そういった場所には、魔法学校の図書館とは違った『外からの生の情報』が多く集まる。そうした中から、必要な情報を拾って当たりを付けていくのが効率がいいだろう」
「地図も買ったし、これを頼りに行くのがええな!」
「情報はしっかりと記録しておく必要がありますね」
 地図を手にネラが言い、アルツールの助言をヴィオラが書き留めていく。
「加えて今は、各校の生徒達もシャンバラ国外へと頻繁に出入りしている。国境の町ならそうした者達に情報の収集を頼むことだって可能だ。お父さんも生徒の付き添いなどで外に出る機会が増えたから、場合によっては同行してやれる事もある。できるだけこまめに帰って来なさい」
 アルツールの言葉に、ヴィオラとネラがはい、と頷く。
「……あと、帰ってきたらできるだけ合間を見て、イナテミスの学校へ行きなさい。
 逸る気持ちは分かるが、一般的な教養や常識を知っておかなければ情報の判断は難しいし、対人的な知識と経験の無さは無法の荒野では命取りにもなり得る。
 人買いにでも騙されたりしたら、目も当てられん。……これは、ミーミルにも当てはまることだぞ?
 三人とも真っ直ぐなのはとても嬉しいが、それは時に弱点にもなることを忘れるな」
 仲達も言った、社会は善意だけで出来ているわけではない、ということをアルツールも口にする。事実を伝えることは悲しくもあるが、事実である以上、伝えなければもっと悲しいことが発生してしまう。それを承知した上での、アルツールの言葉であった。
「はい……私も、イルミンスールで生徒さんと一緒に、勉強します。
 後できっと必要になるんですよね」
 教育の難しい所は、それがどれほど大切であるかは、最終的には学ぶ者が理解しなければならないということである。
 その点では、ミーミルたちは苦労が少ないと言えよう。
「二人の帰ってくる場所はお父さんやミーミルが守る。
 だから、後の事は心配せず心置きなく行って来なさい」
 締めに告げたアルツールの言葉に、ヴィオラとネラがはい、と頷いた――。
 
 店を出、次の目的地を仲達とアルツールが検討している最中、エヴァが三人に近付き、先程のアルツールの言葉の中にあった『帰ってくる場所を守る』の、本人が明確にしなかった覚悟を密かに伝える。
「貴方達のお父さんの家がミスティルテインに籍を置いているのは、政治力が欲しかったからよ。……だから、本国の事情が変われば、離脱や帰還を家から促される可能性もある。
 ま、私の伝手を使って入った以上は簡単な裏切りは許さないし、彼の両親も不義理な人達ではないから、余程の事が無い限りは大丈夫」
「お? ミスティルテインってなんや?」
「えっと、アーデルハイト様が束ねていらっしゃる魔術結社……だそうです。今、何だか大変なことになってるって言ってました」
 聞き慣れない言葉を尋ねるヴィオラとネラに、ミーミルが聞いた話を伝える。
「でも、例え騎士団から抜ける事になっても、きっと彼はここに残るわ。
 ……だって、貴方達がいるのですもの。
 彼、貴方達の前以外ではあんな柔らかい表情滅多に見せないのよ?」
「そうなんですか? お父さん、とっても素敵な笑顔を見せてくれます」
「せやなー。険しい顔もするけど、笑う時だってあるで」
「ああ、そうだ。……それはきっと、お父さんが私たちのことを慈しんでくれるからだ」
「そういうこと。……だから、必ず無事に帰って、元気な姿をまた見せてあげなさい」
 エヴァの言葉に、ヴィオラとネラがはい、と頷いた――。
 
 段々と日が沈み、世界が橙に包まれていく。
 一行はソアの案内で、『イナテミス精霊塔』を訪れていた。この塔はもともとソアが提案をし、人間と精霊の協力の下、平和の象徴として建設が進められた。
 そして、完成した塔は平和の象徴としてそびえながら、時にイナテミスを災厄から守るため、力を発動させる。先のニーズヘッグ襲撃においても、二発の『ヴォルカニックシャワー』はニーズヘッグを瀕死まで追い詰めたし、『ブライトコクーン』はイナテミスの住民を護り抜いた。
「あっ、ミーミル、ほら、点きましたよ」
「わー……綺麗ですね、ソアお姉ちゃん」
 そして今は、ついこの間完成した四色のライトによって、精霊塔がライトアップされている。それは塔を取り囲む『イナテミス広場』を訪れる住民の目を楽しませていた。
「ニーズヘッグさんがイルミンスールを襲った時、私はミーミルと一緒にいてイナテミスにはいなかったけど、精霊塔もイナテミスを守るために役に立ってくれたみたいです。
 精霊長の皆さんや、他の生徒達、街の人々には本当に、感謝しています」
「そうだな。俺様も頑張って建設に協力した甲斐があるってもんだぜ」
 うんうん、と頷くベアの前で、ミーミルがうっとりとした様子で精霊塔を見つめている。
(そして、ヴィオラさんとネラさん……)
 ミーミルから視線を外し、ソアが二人へ視線を向ける。今は、菫と話をしているようであった。
「……そう。あんたたちに同行するって人までいるの」
 ヴィオラとネラから、駿真たちが二人の旅に同行する旨を告げられ、菫が考え込む。二人だけならいくらでも止めようがあるかもしれない(し、菫はいくつかを実行に移そうと模索していた)が、同行者が三名増えるとなれば、その人たちの覚悟もある意味挫けさせなければならないだろう。
「……分かったわ。正直寂しいし、悔しいけど、今はあんたたちを行かせるしかないみたい」
「菫……すまない」
「やめてよ、ヴィオラが謝る必要なんてないわよ。……困った時には連絡してね。連絡手段持ってるの?」
「ああ、それは大丈夫だ。精霊祭の時は手間取ったが、今は使い方にも慣れた」
 言ってヴィオラが、携帯を取り出す。精霊祭の時はこれでイルミンスールの生徒と連絡を取り、事件の解決にも貢献することが出来た。
「せや、そん時のねーちゃんはどうしたんやろ? まだうちら会うとらんよな?」
「ああ、そうだ。……何か、事情があるのだろう。連絡先は分かっている、これが今生の別れというわけではないさ」
 ネラの疑問に、あくまでヴィオラが気丈に振る舞う。微妙になりかけた雰囲気を、菫が振り払うように言葉をかける。
「じゃ、連絡先、交換し合いましょ。
 ……あたしたちはあんたたちのためにこれまでも頑張ってきた。それはこれからも変わらないから。
 それだけは忘れないでよ、いいわね!?」
「ああ、忘れない。困った時は、躊躇わずに助けを求めるよ」
 菫とヴィオラが番号を交換し合い、そして菫がその場を後にする。
「あっ、姉さま、ネラちゃん」
 そして、ソアとベア、ミーミルの下にやって来た二人は、ミーミルに出迎えられる。
「ヴィオラさん、ネラさん。ニーズヘッグ襲撃の時は、ミーミルを助けてくれて、ありがとうございました」
 あの時は忙しくて言えなかったお礼を、ソアが口にする。
「イルミンスールもイナテミスも無事だったのは、みんながみんなを守ったからだと思います。
 それは、どれほど距離が離れていても、変わらないと思います。
 だから、ヴィオラさんとネラさんのことは、私たちやミーミル、皆さんが守ります。ヴィオラさんとネラさんも、よかったら私たちやミーミル、皆さんを守ってください」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいなぁ。実際うちらの力なんてちびねーさんに比べたら大したことあらへんけど、そんならもうちょっと頑張ってみよか!」
「ああ、私たちにはまだ、やれることがあるはずだ。
 ……ありがとう、イルミンスールの平和と繁栄を、どれほど遠くからでも祈っているよ」
 橙の光が照らす中、ソアとヴィオラ、ネラが手を取り合い、お互いの息災といつの日かの再会を誓い合う――。
 
 その後、皆に見送られてイナテミスを発つ……予定だったのだが、一日を準備と最後の思い出作りに費やしたため、結局全ての準備を終えた頃には日が沈んでしまっていた。
「今日はイナテミスに泊まって行きなさい。
 私たちに出来ることはしたつもりだ、後は、おまえたちの力で助け合い、目的を果たしなさい」
 何でも、同行することになった駿真の方も、流石にあの後半日で準備を整えるには厳しかったらしく、明日の朝にイナテミスに合流するとのことであった。
「じゃあ、私も一緒にいていいですか?」
「ああ、いいだろう。思い残すことの無いよう、しっかり話をしておきなさい。ああ、もちろん夜更かしはいけないぞ」
「はーい♪ 姉さま、ネラちゃん、行きましょう」
 ヴィオラとネラの手を取って、ミーミルが宿屋へと向かっていく。
 最後の夜を、せめて目いっぱい楽しめることを願いながら――。