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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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●アーデルハイトの特別講義
 
 講義の終了を告げるチャイムが鳴り響き、教師が教室を出て行くと同時に、教室のあちこちで生徒たちの話し声が聞こえてくる。
 
「そういえばさ、アルマインの基地と訓練場が出来たんだって?」
「うんうん、アーデルハイト様がそんなこと言ってた気がするー」
「ねえ、アルマインってなあに?」
「アルマインはね、イルミンスールから発掘された……うーん、ロボット?
 私見てないからよく知らないや。これから見に行ってみよっか!」
「あっ、ごめーん。私次も講義なんだー」
「私もー」
「そっかー、じゃ、私ちょっと見てくるねー」
「後でどんなんだったか教えてねー」
「オッケー、任せといて!」
 
 友人と、イルミンスールのイコン“アルマイン”について話をしていたライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)が、次も講義だという友人と別れ、教室から廊下へと移動する。
(アルマイン……私たちもいつか、乗ることになるのかな。
 それに乗って戦え、ってことに、やっぱなっちゃうのかな。戦争なんてくらーい『非日常』は嫌なんだけどなぁ)
 
 シャンバラ王国の不完全な成立を契機に、東の大国エリュシオンがシャンバラの実効支配を目論んだ。
 それは、いくつかの多大な犠牲を払って成されたシャンバラの統一、およびシャンバラ王国の成立によって防がれたものの、いつまたエリュシオンが手を出してくるとも知れない。
 
 そしてイルミンスールも、エリュシオンの世界樹、ユグドラシルの守護者であったニーズヘッグ、そしてエリュシオンが誇る『七龍騎士』の一柱、アメイア・アマイアの襲撃に遭った。
 イルミンスール滅亡の危機は、しかし生徒たちの活躍によって阻まれ、ニーズヘッグをイルミンスールに迎え入れると同時に、アルマインという新しい力も手に入れた。
 
 冬期休暇が終わり、またいつもの学園生活がイルミンスールにも戻って来た。……だが、全てが元通り、というわけではなかった。
 イルミンスールには新たにアルマイン用の基地が設けられ、生徒たちがそれを乗りこなせるようにと、アルマインに搭乗して模擬戦を行えるだけの設備を備えた訓練場まで整備された。
 基礎的な教育を受けてきた生徒たちならば、何となく今の事態が、戦争を間近に控えた国や組織の取る姿と酷似していることに気付くだろう。
 
(……あーヤメヤメ! くらーく考えてたら余計にくらーくなっちゃう!
 今はアルマインを見に行くんだ! よーっし、待ってろアルちゃん!)
 ぶんぶん、と首を振って頭の中の考えを吹き飛ばいたライカが、二歩、三歩と駆け出したところでぴた、と足を止める。
「……そういえば、訓練場ってどっちだっけ?」
 ライカは、極度の方向音痴であった――。
 
「そうよ、道が分からなければ聞けばいいのよ!
 アーデルハイト様に聞けば確実よね! えーっとアーデルハイト様は……」
 その後ひとしきり学園内を巡って、その考えに至ったライカがアーデルハイトを探していると、運良く前からアーデルハイトが歩いてきて、とある教室へと入っていく。
(あれ? アーデルハイト様教室なんか入って、何するつもりだろ?
 ……あーっと、そういえば確か、特別講義をするとかなんとか……)
 記憶の片隅にあった、特別講義のことを思い返しながら、興味を惹かれたライカがアーデルハイトの入っていった教室に入っていく――。
 
 
「ふむ、揃っとるようじゃな。休み明けにしては上々の集まりじゃ」
 教壇に立ったアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が、出席簿に目を通し、着席し講義を受ける準備を整えた生徒たちを労う。
(私にも出来る事があるなら……その為に頑張らないと……!)
 その中の一人、教室にずらりと並べられた机の一番後ろ、端の席に腰を下ろし、伊礼 悠(いらい・ゆう)がノートを広げてアーデルハイトの講義を一言も聞き漏らさないとばかりに意気込む。
 ただ、彼女の意思とは反対に、その表情には疲労の色がはっきりと浮かんでいた。
(悠……ここ最近、ろくに休みも取らず勉強に明け暮れているではないか。
 知識を吸収するために努力を重ねるのは素晴らしいことであるし、私も応援したい。
 だが、無理をしているのではないかと、心配にもなるのだよ……)
 隣に座るディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)が、悠の横顔を見遣って心配する表情を浮かべる。
「では、これより講義を始める」
 そこに、アーデルハイトの声が響く。講義の邪魔をするわけにはいかないと、ディートハルトが口をつぐみ、正面を向いてアーデルハイトの話す言葉を漏らさぬよう、意識を集中させる。
 
 
 
 ただいま講義中……(講義内容についてはキャラクエでどうぞ)
 
 
 
「……以上、講義としてはこれで終わる。
 以後これより質問時間としよう。聞いておきたいことがあれば来い、答えられるものであれば答えよう」
 アーデルハイトの声に、教室のあちこちで生徒たちが立ち上がり、アーデルハイトの下へ集まっていく。
(えっと、私も――)
 悠も、他の生徒がどんなことを疑問に思ったか、またそれに対するアーデルハイトの回答を記録しておこうと、立ち上がりかけたところで、強烈な眩暈を覚える。
「悠、具合が良くないのではないか?」
 腰を浮かせたかと思えばまた座り込み、苦しそうな表情を浮かべる悠を見かねて、ディートハルトが努めて優しく声を掛ける。
「だ、大丈夫です……! ちょっと休めば大丈夫ですから……」
 懸命に大丈夫であることを強調する悠だが、ディートハルトの向けてくる視線に、誤魔化しきれないと思ったか、はぁ、とため息をつく。
「こんな事で疲れちゃうなんて……ホント、情けないです……」
 多分、周りの生徒であれば苦もなく出来ることが、自分には出来ない。
 そのことが悠を、自身の許容を越える行動へと駆り立てていた。
 ……ただ、そろそろそれも限界に来ていた。それは当の悠本人が、一番よく分かっていた。
「具合が良くないのであれば、休んだ方がいいだろう。
 私に出来ることであれば何でもする」
 ディートハルトの言葉に、悠がしばし考え、そして口にする。
「……皆さんの質問と、それに対するアーデルハイト様の回答を、記録しておいてくれませんか? 後で読み返しておきたいです」
「分かった」
 頷き、悠は? と尋ねるかのようなディートハルトの視線に、悠は部屋に戻って休みます、と答え、最後に努力して微笑んで、教室を後にする。
 その背中を見送り、思うところがありつつも、ディートハルトは悠の願いを叶えるため、アーデルハイトの下へと向かう――。
 
 
「先程の講義の中で、『魔法を政策の柱とし』とありましたが、具体的にはどのようなことをなさっているのでしょうか。
 私個人の考えで恐縮ですが、物質的な面に話を限れば、魔法は現在の産業基盤を変えうるものではまだまだありませんから、現状においては研究が主なのではと考えておりますが……」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がアーデルハイトに質問をし、その話をロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が聞き、ノートにペンを走らせていく。
「うむ、だいたいおまえの想像通りじゃ。
 補足すると、欧州では第二次世界大戦後、他方面に比べ科学技術の発展を抑えた。であるが故に競争力の低下を招き、通貨危機によって欧州連合解体の危機にまで陥った。
 そこに、魔法といういわば“金の卵”が復活を果たしたのじゃ。胡散臭いものという認識はあったじゃろうが、欧州は魔法に積極的に食い付いた。欧州連合も欧州魔法連合に名を変え、今日に至った。
 じゃが、世界規模で見れば魔法はまだまだマイナーじゃ。日本や中国、アメリカ、ロシアなどでは科学が生活基盤じゃし、欧州とてそこまで浸透しているわけではない。科学技術が存在している以上、エリュシオンのように魔法のみが人々の生活基盤になることは、そうそうありえんじゃろな」
 そう話すアーデルハイトの言葉をノートに書き写しながら、ロザリンドは修学旅行で自分が見てきた光景を思い返す。魔法が人々の生活基盤ということはつまり、農作業で使うトラクターや噴水器の類も、魔法技術が用いられた道具に置き換わっているのだろうか、そんなことを思う。
「欧州ではそこそこ周知されている魔法技術も、他の諸国から見れば“オカルト”として見られている、といったところじゃな。
 故に、輸出という形で外貨を得、また欧州の競争力を向上させる……とは、簡単にはいかんの。
 となれば研究が主となるのは自明の理じゃが、研究は成果が出るのに時間がかかる。……いやま、科学がそうしてきたように、湯水の如く金をつぎ込めば速度を上げることも出来るやも知れぬが、魔法の研究は科学のそれ以上に、個人の才が関わってくるでな」
 
 研究者はすべからく一定水準以上の知識を有しているものであり、加えて魔法使いは当然、魔法の才を有していなければならない。科学分野以上に魔法分野は、マンパワーに依るところが大きいのである。
 
「魔法の素質を持つ者は限られていますものね。……つまり、欧州は慢性的な競争力不足による経済危機に陥っていて、それを打開するために魔法を取り込んだにも関わらず、魔法がなかなか実利を生み出さない、同時に魔法の素質を持たない者への恩恵も見えにくい。……そういった不満の蓄積が、最近のきな臭い風潮に繋がっているのですわね」
 言い終え、どこか楽しげな笑みを浮かべる優梨子が一番キナ臭ぇと思いつつ、宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が自身の関心に基づいた質問を口にする。
「EMUって、どこら辺が偉いさんで、どういう商売してて、どこら辺に金が集まってるんですかね?
 今の話を聞くに、一番儲かってそうなミスティルテイン騎士団もそれほどじゃねぇ気がしやすけど、できれば他に2つ3つ、4つくらい――」
 そこまで言い終えたところで、アーデルハイトと優梨子の視線がまるで十字砲火のように、蕪之進を射抜く。蕪之進の、それらを対象にした密輸か何かで暴利を貪る心積もりを見抜いたかは定かではないが、それだけで蕪之進は背筋を震わせ、誤魔化しの言葉を重ね始める。
「あ、いや、まじめな話、経済って大事だよな!? え、ええと、その経済と関連ある話だが、魔法の台頭で既得権益を損なわれた技術者や権力者とのいさかいとか、あるんですかい?」
 本人は誤魔化しのつもりだったのだろうが、その質問にアーデルハイトはふむ、と頷き、そして言葉を口にする。
「魔法の台頭以前に、第二次世界大戦後に既にそういった対立はあったよ。欧州が科学技術のもたらす愚を悔い、それを最も重用しておったナチス、そこに関わっとった技術者や商人を多く国外追放にした。彼らの行き先までは私も知らぬが、陸続きのロシアに多くが流れたと見るのが妥当じゃな」
 ロシア、という言葉をアーデルハイトが口にするのを聞き、そのロシアが少なからぬ影響を及ぼしている天御柱学院の生徒である高島 真理(たかしま・まり)源 明日葉(みなもと・あすは)南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)敷島 桜(しきしま・さくら)の態度が変わる。
「天御柱学院の生徒がいる中で言うのも何じゃが、ロシアのイコン技術を始めとした最先端の科学技術は、ナチス解体で流れてきた技術者たちの、自分たちを捨てた欧州への復讐と見ることも出来る。何せ第二次世界大戦時、ナチスの持っていた科学技術は他国を圧倒しておったからな。戦争に勝っとれば、ドイツが独自にイコンのような人形機動兵器を開発していたやも知れぬな。
 ……ま、現実はそうならず、欧州は未だ独自の機動兵器を手に入れられずにいるのじゃが」
「あ、そうなの? イルミンスールの地下で見つかったっていう、アルマインは配備されてないんだ?」
 欧州にもイーグリットやヤマトタケルのような機体が配備されているのかどうかを興味に持っていた真理の言葉に、アーデルハイトがうむ、と頷く。
「アルマインは、私が五千年の時間と私自身の身体を捧げて実用化にこぎつけた成果じゃ、欧州とておいそれと渡せるか。
 ……と言いたいところじゃが、ここらで技術供与など行わねばならん時に来とるな。組織内の不満の蓄積は、外部勢力の介入を許しかねんからの」
 アーデルハイトの言葉から、欧州の他国との関係、イルミンスールで研究・開発された成果のEMUへのフィードバック(これまでは十分とは言えなかったが、今後行う可能性があること)といった要点をまとめたロザリンドが、控えめに手を挙げる。
「……アルマインは、地球上でも問題なく動作するものなのですか?」
「五千年もかけたからの、その点は心配要らぬ。まあ苦労したぞ、地球とパラミタとでは魔法の再現度が異なるからの。
 たかだか十年程度では原因も、どの程度異なるのかの詳細も取れてはおらぬが、総じて弱くなるのじゃ。
 他の機動兵器が地球とパラミタとで変わりなく使えておるのに、アルマインだけが地球では弱くなるようでは話にならぬからの」
 アーデルハイトの回答を、ロザリンドがノートに分かりやすくまとめていく。横には小文字で『イルミンスールの魔法使いは、地球に降りると力を十分に振るえなくなる?』『騎士の力が必要?』などと書かれていた。
「イルミンスールには、西洋魔術だけでなく東洋魔術や他圏の魔術研究を行う学科がありますが、EMUにも同様の研究機関があるのでしょうか?」
「イルミンスールは、魔術を志す者の教育機関としての面を持っとるからの。無論欧州が最も多いのは当然じゃから、西洋魔術が盛んに研究されるのも当然として、魔法が地球の各所に復活し存在する以上、世界各国から生徒を受け入れることになる分、他の魔術も相応に研究されるじゃろう。
 一方EMUは、欧州の競争力を高めることが目的にある。研究は、欧州に本拠地を置く魔術結社が中心となって取り組んでおる故、イルミンスールほど多岐にわたってはおらんじゃろうな。……まあ、魔術結社の中には秘匿主義を貫いているものも少なくない故、中でどんな研究をしとるか不明な点も多いのじゃが」
 その辺はいつになっても変わらぬの、とアーデルハイトがため息をつく。
 次いで話は、EMU内部へと移っていった――。