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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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リアクション

 
「ミスティルテイン騎士団と対立する魔術結社については理解した。
 もしEMU内でそれら反シャンバラ勢力が増長し続ければ、今のイルミンスールがパラミタを撤退する、もしくはトップがすげ変わることにより、俺や他のイルミンスール生徒が在籍できなくなる可能性があるのだと思うが、合っているだろうか」
 白砂 司(しらすな・つかさ)の問いに、アーデルハイトがその通りじゃ、と頷く。
「なら、俺達はどう対応し、そしてこれから何をするべきなのか。
 俺が思うに、反シャンバラ勢力の目標の一つには、パラミタ開拓に関わる国……契約者組織の利権を奪うことがあるのではないか?
 彼らにとって俺達契約者は、開拓を実際に行っている利権者。それらをまず懐柔、あるいは排除しようとするのは当然の流れだ」
 
 司の言葉は、多くの生徒の言葉でもあろう。
 想定される事態にどう対応し、何をするべきなのか――それを知らずして、行動を起こすのは容易ではない。
 
「うむ。現状最も可能性が高いのは、次の選挙が行われる6月までに何らかの行動を起こし、息を吹き返しつつあるミスティルテイン騎士団の息の根を止め、欧州魔法議会で過半数を得んとする、こんなところじゃな。
 その後、それらの勢力の息のかかった者共がここに乗り込み、実効支配を始めるじゃろう。……シャンバラの奥地に拠点を築かれては、たまらんの」
 
 シャンバラの北西に位置するザンスカールと、仮にもしシャンバラの南東に位置する空京にそれら反シャンバラ勢力(鏖殺寺院ももちろんそこには入っている)が拠点を築けば、シャンバラの地形上、包囲したも同然となる。アーデルハイトの言葉は、その可能性を危惧してのものだった。
 
「無論、そうはさせぬ。あちらが行動を起こせば即座に、こちらもミスティルテイン騎士団所属の者を送り、議会で決着をつける。いかに一人が権謀術策の類に長けていたとて、一人ならば私とエリザベートで対処出来よう。
 ……しかし、どれほど予測を立ててもその通りにならぬのが政治とも言えるがな」
 
 アーデルハイトの言葉は、これから起こりうる事態がアーデルハイトにも予測できない不確定性を持っていることを示していた。そこには、ある程度の行動方針は示されていたものの、自分自身で行動を決定しなければならない余地も含まれていた。
 
 アーデルハイトに礼を言い、背を向けた司の視界に、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の姿が映る。
(……俺は、もし例え地球人と戦うことになったとしても、躊躇いを見せるつもりはない。
 俺を迎え入れてくれたサクラコの一族、その恩義には俺の出来うる限りを以て応えてやりたいし、応えるのが道理だ。
 ……しかし、もしイルミンスールが撤退するような事態になれば、生徒である俺がパラミタに留まるだけで政治的な問題となりうる。当然、ジャタの森の彼らにも迷惑がかかる。それだけは避けたいが……)
 思考を重ねる司を横目に、サクラコがはぁ、と息をついて心に呟く。
(司君が、私たち獣人族を尊重して一緒にいてくれることは嬉しいですよ?
 ……でも、地球人は司君の同胞です。彼らを大事にしないでこちらだけを優先する、というのは、やっぱり司君のためにならないと思うのですよ)
 司の、今ちょうど向けている背中を見つめて、サクラコは司が、もし二者択一を迫られるとしたら、心で悩みつつもそれを見せずに自分の傍にいる選択を取るだろうと思っていた。
 それは彼女にとり嬉しいことでもあったが、そんな司だからこそ、そのような選択をさせるべきではないとも思っていた。
(一途なのは司君のいいとこだとは思いますけど、頑固者だと婿の貰い手がいませんよっ?
 ……反シャンバラだからって分かり合えない、なんて諦めるんじゃなくて、パラミタも地球もどっちも欲張っちゃう。
 そんな理想を持ってたっていいんじゃないですかねっ)
 それはまるで『お約束の展開』、しかしサクラコはそういうのが好きで、かつ諦めが悪かった。
 なおも思考に耽る司から視線を外し、アーデルハイトの方へ視線を向けると、別の生徒がアーデルハイトに質問をしていた。
「アーデルハイト様、今一度確認させてください。
 シャンバラ建国は、確かに一度不完全なものとして成立しましたが、今では立派に一国として成立を果たしました。
 このことを理由に、EMU内部での発言力や勢力を回復させることは出来ないのですか?」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の質問に、アーデルハイトが頷いて答える。
「シャンバラ建国は、ミスティルテイン騎士団の権威の失墜を食い止めることには寄与した。また、今後の活動次第で再び元の勢力を取り戻す可能性も拓いた。
 後は、こちらが相手に付け入る隙を与えぬようにしながら、これまで通りパラミタの開拓と魔術の研究に従事することが、結局は一番の近道なのじゃよ。権力を簒奪する方法はいくらでもあるが、権力を維持する方法は往々にして限られておるのじゃ。
 ……まあ、権力の簒奪を諮る者を消していく、そんな真似も取れなくはないがの。それはおまえたちとて好まんじゃろ――」
「いいえ。お言葉ですがアーデルハイト様、必要と有らば私は、汚名を被ることも汚れ役に徹することも厭いません。
 ミスティルテイン騎士団所属として……そして、私自身がアーデルハイト様のお力になるために、それを望みます」
 アーデルハイトの言葉を遮り、風森 望(かぜもり・のぞみ)が進み出る。なおも口にしようとしたところで、背後からノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が止めに入る。
「望、話の途中で失礼ですわよ」
「……お嬢様、失礼ながらお聞きしますが、今までの話をお嬢様は理解していらっしゃいますか?」
「も、勿論ですわ! わたくしの事を何だと思ってますの!?」
 憤慨するノートに臆することなく、望が言い放つ。
「ミスティルテイン騎士団のことを、魔術結社ではなく本当に騎士団だと思って入団したお嬢様ですからねぇ……。
 先程もお嬢様、講義の途中で眠ってらしたじゃないですか」
「ぐっ――」
 グサグサと、痛いところを突かれてノートが背中を折る。
「おまけに、アーデルハイト様への質問の場でも眠ってらしたじゃないですか。
 私がこうして進み出なければ、決して起きなかったでしょう」
「あうあうあう……」
 崩折れたノートが、ふらふらと自分の席へと戻っていく。そんなノートだが、望が一息つくのに貢献している(アーデルハイトの大ファンである望が、そうであるあまり過激な言動を口走りそうになることは、可能性としてあった)ので、決してバカではない……と思う。多分。
「……コホン。では今後は、ミスティルテイン騎士団の活動も活発になるというわけですね?」
「うむ、こう言っては何だが、大分放ったらかしてきたからの。確約は出来ぬが、意識はしよう。
 おまえと、フレデリカがイナテミス支部の責任者かの? イナテミスでの実績もミスティルテイン騎士団の活動として反映できるようにせねばな」
「……フリッカ、呼ばれてますよ」
「あ、は、はいっ! お待ちくださいハイジ様」
 それまでの講義内容をまとめていたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に言われ、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が『結局騎士団と付いているが、実際なんなのか』ということを尋ねに来たノートに、『騎士団と言っても騎士の集まりというよりは、会社として考えてみるといいかも知れませんね』と答え、望とアーデルハイトの下に向かう。
 フレデリカの発言は、過去騎士団と呼ばれてきた組織の素性が会社組織と似通っていること(そして、実際の騎士の集まりにはそういったものが見られないこと)に因るものだったが、ノートはおよそ理解してなさそうに、頭に疑問符をいくつも並べていた。
「……つまり、イナテミスの発展は、ミスティルテイン騎士団の成果である、と言えればいいのですね?」
「そうじゃな。無論実際は、あの街に住まう精霊と人間、そこに協力した者たちの成果であることは分かっとるし、そうすることに反論が出るかもしれんことも分かっとるが、こうでもしなければミスティルテイン騎士団の威厳を示せぬしな。必要悪として思ってくれると助かる」
 貸しを作ってばかりじゃな、とアーデルハイトがぽつり、と口にする。
「分かりました、イナテミスでのことは私たちにお任せください。
 それと、私からも質問、よろしいでしょうか」
 うむ、と頷くアーデルハイトへ、フレデリカが問いかける。
「パラミタが浮上してから魔法の力が復活して、EMUが台頭してきて今に至るわけですけど、元々覇権を握っていた死の商人達は良い顔をしていないはずです。
 もし彼らが十人評議会あたりと手を組んで反シャンバラ派に付いたら――」
「ああ待て、待つのじゃ」
 フレデリカの言葉を途中で遮り、アーデルハイトが難しい顔を浮かべる。
「おまえの言ったことがたとえ、信用できる筋からの情報だとする。あるいは言ったこと自体が真実であったとする。
 それでも、死の商人や十人評議会といった存在は、陰謀論に基づくものじゃ。
 そういった集団が存在して、今回の事態に深く関わっている“可能性”は私も否定せん、しかし“事実”とは認められん。
 存在が定かでないものに対する対策に、果たしてどれだけの効果が期待できようか?」
「それは……! そうかもしれませんが、そういった存在が明るみに出た時に、手遅れになる可能性だってあるじゃないですか!」
「それも否定は出来んが……ええぃ、なんと言えばよいのやら」
 食い下がるフレデリカに、アーデルハイトがより頭を抱える。
「死の商人? 十人評議会? 陰謀論? ……これって何?」
 傍で話を聞いていた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が、ひとまずそれらを書き留めた上で、首をかしげて考える。
「陰謀論、強い権力を持つ者が一定の意図を持ち、一般人の見えないところで事象を操作しているとする主張、だってさ。者に限らず国、警察、軍隊、あるいは巨大資本、マスコミ、宗教団体、民族集団も該当するね。
 身近なところだと、鏖殺寺院がかつて該当していたんじゃないかな。今じゃ存在が明るみに出てるし、役割も違ってたみたいだけど」
 隣のミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)の解説に、のぞみがビックリしたような表情を向けて口を開く。
「……どうしてミカが知ってるの?」
「俺は知らねえけど、そっち系にやたら詳しい精霊だっているじゃん? そいつが習得した知識は、精霊共通のデータベースに蓄えられて、俺も参照出来るってわけ」
 頭をコンコン、とやりながらミカが答える。そういえば精霊にはそんな設定があったのだ。
「えっ、それってなんかズルい! あたしにも出来ないの?」
「のぞみだってちゃんと恩恵を受けてるさ。ただ、これがそうなんだって意識してないだけ。
 ま、その方がいかにも精霊の加護っぽくていいかもな」
 要は、精霊をパートナーにしている地球人の場合は、“ひらめく”確率がちょっと上がるとかそんなレベルらしい。
「なんか上手くまとめられた気がするなぁ……まぁ、いいや。
 じゃあさ、EMU内で反シャンバラ勢力が力を増しそうなのは、地球人サイドからの助力? それとも、例えばシャンバラと敵対するエリュシオンからの助力なの?」
「多分、どっちもなんじゃないの? 地球人だけってことも、エリュシオンだけってこともないでしょ、この話。
 ま、諍いの舞台は地球になりそうだけどね、このままだと」
 ミカの回答に、のぞみが表情を引き締め、口を開く。
「故郷で諍いが起きそうになっているのなら……あたしが地球人だからってのもあるかもしれないけど、止めたい。
 それが、契約者としての責任でもあると思うから」
 のぞみの言葉に、ミカは不安の混じった表情を浮かべる。
(威勢はいいけど、気負い過ぎて空回りしないといいんだけど。やっぱ俺が見てないとかなぁ……)
 そんなことを思いつつ視線をアーデルハイトへと向けると、フレデリカとの意見の衝突は収束へと向かっていた。現時点で対策には含まないものの、除外はしないとのことであった。
「……おまえたちも疲れたじゃろ。ここいらで一つ、休憩とせんか」
 そう言う自分が一番疲れた様子で、アーデルハイトが一旦場を落ち着けるために休憩を宣言する――。