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リアクション
第1章 才覚【1】
ほろびの森に忽然とそびえ立つ【ガルーダ・ガルトマーン】。
奈落の軍勢唯一の生還者東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は状況が一変したことを悟った。
しかし、USBメモリを守ることに変わりはない。これはおおいに役に立つ。彼自身の母親を蘇らせるために。
だが……と、傍らに立つ【孔雀院麗華(くじゃくいん・れいか)】を見た。
彼女の中に眠るほろびの森の女王【カーリー・ユーガ】を覚醒させるべきか……。
いや、彼女は不確定要素が多過ぎる。頼りには出来ない。
「結局、最後に信じられるのは己のみ、と言う事ですね……」
追っ手を始末する策を弄じていると、椎名 真(しいな・まこと)に憑依した椎葉 諒(しいば・りょう)がやってきた。
「お互い無事だったみたいだな……」
「おや、あなたも。ご無事で何よりです」
「何より……か。くくく……なぁ東園寺、勝利の塔の大敗はどうも内通者の存在が影響しているらしいぞ?」
「ほう?」
「結局、負傷することなくUSBメモリを持っているのは貴様だけ。貴様が情報欲しさに混乱させたんじゃないのか?」
完全な言いがかりだった。何故なら実際のところ、内通者は諒のほうなのだ。
しかし、仕掛けるにあたってまず、相手の性格を知っておきたい、そのためにこんな難癖をつけてみたのだが……。
「なら、私を疑うのはお門違いです。内通者なら今頃USBメモリは向こうに行ってます」
「む……」
予想したとおり冷静沈着な仕掛けづらいタイプだ。
とその時、森の静寂が破るように飛び出した生徒達が、あっと言う間に雄軒たちを取り囲んでしまった。
退路を塞ぐようにエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が武器を手に立ちはだかる。
全体に指示を出しているのは、その契約者の湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)、地形を把握し包囲を整えている。
「ねぇ、キョウジ……これが終わればカンナ様が戻ってくるんだよね……?」
「なんだ今更?」
「あんまり言いたくないけど……山葉先輩も生徒会のみんなも、カンナ様がいない時の方が輝いてた気がするから」
「ふん……」
そんなことは言われなくても分かってる。そして、本作戦に加わるかも随分悩んだのだ。
しかし、二つの理由によって、凶司はここに立つことになった。
一つ、山葉先輩は御神楽環菜に何かあれば悲しむ。癪だが。
二つ、東園寺が西園寺だが知らないが、僕以外の人間が御神楽環菜を強請れる状況と言うのは面白くない。
……とのこと。
「とは言え、勝利の塔の戦いを生き残っただけあって、手強そうな相手だが……」
コンジュラーの異能『非物質化』で消されてしまった場合、回収は絶望的になる。
更に彼の性格を考えると、偽物を幾つも用意している可能性は十二分にある。まったく油断出来ない相手だ。
エクスは女王のサーベルを構え、雄軒ににじりよる……と、凶司は攻撃を制止した。
教導団からの協力者ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が話し合いをしようとしてるのが目に入ったのだ。
「お願い東園寺さん、話を聞いて。武器は持ってないわ。どうか交渉の機会を私にちょうだい」
「交渉……?」
雄軒は値踏みするようにルカルカを見やる。
彼女のうしろにはパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が控えているのが見えた。
ノートパソコンを持ってるところから察するに、回収後、彼がメモリーから才能の複合化を行う段取りなのだろう。
「そう交渉……、あなたの……」
「あなたのパートナーのバルトさんに確認したいことがあるんですっ」
突然割って入ったのは、歩く不名誉クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
パラダイスロストの影響で足腰立たず、白髪に、あ……髪は最初から白髪か、車椅子代わりの飛空艇であらわれた。
ぷるぷると震える指先にさらされ、鉄巨人バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)は立ち上がる。
こちらも前回の戦闘で負傷し満身創痍、まるで戦える状態ではないが、主の手前毅然と振る舞って見せた。
「手負いの我なら勝てるとでも思うたか。例えこの身が砕けようとも我は動かねばならぬ。戦わねばならぬ。敵を殲滅しなければならぬ。我は、私は、二度と粗製などと言われない。言わせはしない。主の前で我は、私は退けぬのだ!」
堂々たる態度。武人と呼ぶに相応しい。しかし……。
「あ、違います違います。そういう話じゃないんですよ」
「……?」
「いえね、あなたから匂いがするんですよ。それはもう素敵なまでに芳しい……幼女の、匂いが!」
バルトはちょっと頭が痛くなってきた。
「前々から怪しいと思ってたんです。そのゴツイ鎧甲冑の中には麗しい幼女がいるに違いありません! だってさ、考えても見て下さい! バルトさんって機晶姫ですもん! 機晶『姫』! 分かる? 分かります!? 機晶『姫』なら、女の子に決まってるじゃない!」
バルトはちょっと気味が悪くなってきた。
「でもあの鎧甲冑は明らかに女の子の形をしていません。ならば中に幼女が入っているに違いないのです! ゴツい鎧甲冑から聞こえてくるあの男の声も、きっと甲冑の機能か何かで音声を変えているに違いありません!」
興奮した様子で言うと、飛空艇を操舵するルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)に合図。
彼女はなんとなく前にもこんなことがあったような……と不穏なものを感じたが、バルトに向かって移動を始めた。
そして、バルトの前で止まると、クドは生まれたての子鹿のように立った。
「クドが、クドが立った! 立ちました!」と興奮するルルーゼ。
言い知れぬ恐怖を感じ、バルトは一歩後ずさる。
「さぁ見せて下さい! この瞳に! 幼女の姿を! あの偽りの姿から解き放ち、白日の下にさらすんですよ!」
「去れ!」
鉄拳制裁。しかし鼻血を吹き出しつつもクドは好奇心に突き動かされ、全力ダッシュで飛びかかった。
世にも珍しいバルトの悲鳴がこだまする中、下り坂を二人で絡まり合うように転がっていった。
呆気にとられる雄軒とルカルカ。先に立ち直ったのは雄軒である。
「……で、なんのお話でしたっけ?」
雄軒はクドからの流れを完全に見なかったことにし、ルカルカとの話に戻した。
「え、ええと……聞けば貴方は、より高次の知識を求めてるのですってね。彼女が居れば、知識を得る機会も増えると思うし、私は彼女と面識があるからツナギもとれる。望むなら彼女に紹介するわ。それは貴方の得になる事でしょう?」
「それと引き換えにメモリを渡せ、と?」
「頭脳は彼女自身よ、貴方も得た知識を失うのは嫌でしょう。だからお願い。どうか貴方のお力をお貸し下さい」
ルカルカは思い詰めた様子で懇願する。
「……お話は大体わかりました。ですが、あなたとの交渉には魅力を感じません」
「え?」
「彼女とのコネクションが、このデータに勝るとは思えません。ここには彼女にも未知の領域があるはずです」
白けたように雄軒は言い、狂血の黒影爪を構えた。
「交渉は決裂です。まぁもとよりどんな条件を提示されようと、USBメモリを渡すつもりはありませんでしたがね」
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