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リアクション
その男は、何故かそこにいた。
一言で現すなら、場違いだった。
来賓の空京大学教員に混じって会場に入って来た時だって、誰も突っ込まなかったのが不思議なくらいだった。さも当然のような顔をしていたから突っ込みそびれたのかもしれないが。
シンプルだが上品な、パーティ会場。皺ひとつないテーブルクロス。優しい色のふんわりスカートに囲まれて、それは色んな意味で光っていた。
一人は、得意げにポン菓子を齧っている、光るモヒカン頭の巨漢・南 鮪(みなみ・まぐろ)。
もう一人は、スーツにビロードのマントを纏った中年の戦国武将、木瓜紋と敦盛の句を書きつけた扇子を仰いでいる・織田 信長(おだ・のぶなが)。
「空京大学といえば、優秀な教員を招かれている学校ですよね……?」
おそるおそる、といった様子で、一人の生徒がモヒカンに話しかける。彼が空京大学のエリートだ、とは俄かには信じがたい様子だ。
だが、マニュアルにも教員、生徒ともに高い能力を持ち、「明日のシャンバラを支えるのは自分たちだ」という意識が強いため、他校以上に非凡な人物が多いのです。と書いてある。
(お母様が仰ってたわ、人は見た目で判断しちゃいけません、って……。そうよ、まさか不良が学内にいるはずないわ……)
「心配無用だぜェ〜。こう見えても俺はデビュー済みの姻照履(インテリ)作家様だぜェ〜」
(作家……そうよ、作家なら普通とちょっと変わっていてもおかしくないわ。人とあまり会わないなら、モヒカンでも問題ないですし……)
「それで、インテリ作家さんが今日は何故ここに……?」
純粋培養で育ったお嬢様は、自分の中に芽生えそうな疑問を圧して笑顔を浮かべていた。
「ヒャッハァ〜! 博愛主義者は悩める子羊がいれば颯爽と現われるんだぜ〜?」
鮪は種もみ袋から新たな種もみ製ポン菓子を取り出し、同じテーブルの子羊に渡していく。
「悩める子羊……ですか」
お嬢様の進路といえば、進学や就職・起業のほか、花嫁修業や結婚と相場が決まっている。実際このパーティは、お見合いも兼ねているではないか。
でもそこはまだうら若き乙女、恥じらいやまだまだ自由に遊んでいたい、という向きもある。
「パーティの合間に進路相談やってるって聞いたんだぜ〜? だがいいか?」
鮪は周囲を見回すと、立ち上がった。
「ヒャッハァー! スーパーエリートは進路をギリギリになって決めたりしないぜェ〜〜明日からでも来いよ空京大分校、略して空大!」
「確かにそうですね……」
(悩んだ末に決断力がなくなり、時間が足りなくて判断力が鈍れば、思わぬことになるかもしれないわ。どの辺が分校なのかはよく分からないけど……)
一人が頷くと、他の女生徒たちも頷く。光るモヒカンの上に燦然と輝く【伝説のスーパーエリート】の称号にやられてしまったのだ。
(鮪に比べれば)幾分まともそうな(超有名戦国大名の織田信長の英霊でもある)信長も後押しする。
「娘よ、このパラミタの地で何かを成し遂げたいのであれば、庭園を離れ京へ更なる見聞広げに打って出るも一興ぞ」
「空京大学の名は確かに聞き及んでおりますわ。けれど、その前に目標を定めませんとね……」
と、生徒達をいさめるように、実は自分に向けても発言したのは、同じ席に着く、生徒会副会長の井上桃子だった。
彼女は、会長と同じく短期大学の二年に在学していた。あくまで生徒会長の補佐を旨とする彼女は自身の考えを述べることは滅多になかったが、実のところ、彼女もまた進路に悩んでいた。
友人として副会長として、会長と共に居たいとは思っていた。けれど、会長自身進学先に迷っている。彼女がどんな選択肢を選んでも、就職しても、この後ずっと、いつまでも会長の補佐をし続けられるか、と言われれば答えはNOだった。非現実的だろう。
「空京大学に行く以外の選択肢については、どうお考えですの? ヴァイシャリーから出たことのない子羊は、本当に迷ってしまいかねませんわ。荒野の歩き方を、ぜひ教えていただきたいですわ」
「ヒャッハァー! 馬鹿だなお前。広い場所に出なけりゃ何も見えないぜ」
鮪はどんと胸を叩いた。
「子羊は臆病なものですわ」
「外の世界は恐いだァ〜? 日が暮れる前に帰りゃ良いだけだろうが。新しいパンツ穿かねえとびしっとしねーだろうがよォォ〜〜」
はっ、と桃子と生徒達は息を呑んだ。
「何でも試しゃ良いんだぜ試しゃァよ、パンツ穿いて見てあわないなら脱げば良いだけだぜ」
(新しいパンツ……なんて破廉恥なお言葉!)
(ですがその通りですわ)
「ヒャッハァー! どうしても決まらねぇなら、俺のところへなら幾らでも永久就職させてやるぜェ〜」
(エスプリに富んだ会話、私たちへの細やかな配慮……)
(なんと含蓄のあるお言葉なんでしょう)
(これが空京大学を支えるスーパーエリート……!)
お嬢様の羨望と尊敬の眼差しに囲まれて、鮪は胸を反らした。
「うむ、それに空京大学は文化の坩堝だ。おぬしらのような大和撫子、日本の心を伝える人材は、わしも喜んで迎えようぞ」
──この後、数人のお嬢様は、空京大学への進学を決意した。
「ごきげんよう、わたくしの愛した百合園女学院……。今こそ、自立の道を歩きますわ」
そして桃子もまた、百合園女学院短期大学の文学部から、空京大学の経済学部へと進学することになったのである。
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