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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

リアクション


chapter.11 シボラ・ウォーズ(2)・芸人の逆襲 


 結局収まらない混戦状態に、生徒たちは「聖水はまだか」と焦りを見せ始めた。残った生徒たちは、懸命に時間稼ぎに尽力していた。見たことのない言動で、部族たちの意表をつくことができればその分の時間は稼げるだろう。そう信じ、争いの場であえて突拍子もない行動を取ることを彼らは選んだのだ。
 果たしてその選択が、両部族の注目をどのくらい集めることに成功したのか、ここからは、そんな勇敢な者たちの勇姿をぜひ見届けてほしい。

 時間稼ぎその1、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)とパートナーノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の場合。

「おにーちゃん、頑張って『ネタ』を考えてきたの?」
「イチャウイチャウ相手に披露して、つっこみを入れてもらえたらと思って、努力しました」
 ノーンの問いかけに、陽太はそう答えた。どうやら彼は、シボラの珍獣イチャウイチャウ相手に渾身のジョークを披露しようとしているらしい。しかしそこはイチャウイチャウ、彼らのことなどまったく視界に入っていないかのように、二匹の犬が仲睦まじくじゃれ合っている。
「はあいハニー、今日も美しいね」
「ダーリン、あなたも素敵よ」
「ハニー、今日は一緒にカステラを食べようか」
「ダーリン、じゃああたしがあーんってしてあげる」
 とまあ、このようにイチャウイチャウは常にイチャイチャしている腹立たしい生物なのだ。このふたりだけの世界に割り込み、相手をされたなら、それはあっぱれという他ないだろう。はたして陽太の渾身のジョークは、それだけの力を持っているのだろうか。渾身のジョーク、という言葉が出てきた時点で、ダメそうな匂いはぷんぷんするが。
「では、いきます……!」
 すう、と大きく息を吐いてから、陽太はイチャウイチャウに秘蔵のネタを披露した。
「あるところにメジャーという教授とヨサークという空賊がいました。メジャーはヨサークに尋ねました。『ものすごく嫌いなやつに会ったら、君ならどうする?』と。ヨサークはこう答えました。『もちろん無視して逃げるぜ。おい、どこ行くんだよ、おい! 無視すんなよ!』と」
「……」
 陽太流、アメリカンジョークである。書くまでもないと思うが一応書いておくと、イチャウイチャウは見向きもしていない。優しく見守っているノーンが、逆につらかった。
 しかしそれでもめげずに、陽太はもうひとつ、アメリカンジョークを披露する。
「あるところに親子がいました。子供が尋ねます。『ねえお母さん、マホロバって遠いの?』と。すると親はこう答えました。『黙って泳ぎなさい』と」
「おにーちゃん、頑張って!」
 ノーンが声援を送る。それが、せつなかった。イチャウイチャウはイチャウイチャウで、相変わらずふたりの世界にこもっている。
「ハニー、面白い話があるよ」
「なあに、ダーリン?」
「こないだマイフレンドにね、『嫌いなやつにあったらどうする?』って聞いたんだ。そしたら『無視して逃げるに決まってるだろ』って答えたから、ふざけて僕は無視して逃げてやったのさ」
「ダーリン、ナイスジョークよ! 笑いすぎてお腹イチャウイチャウになっちゃいそう!」
 そのまま、二匹は手を繋いで陽太の前を通り過ぎていった。
「……今の、さっき俺が言いませんでした?」
 周りにいた両部族の彼らへの注目度、20パーセント。



 時間稼ぎその2、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と3人のパートナー、冬月 学人(ふゆつき・がくと)シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)座頭 桂(ざとう・かつら)の場合。

「私が思うに、先住民と交流を図るには、親しみやすさが大事だと思うんだよねー。なので、ウイットに富んだジョークを、皆で考えよう!」
 ジェライザはパートナーたちにそう提案をするが、ひとつ解決していない疑問が残っていた。「ジョークを考えついたとして、誰がそれを言うのか」ということだ。もしそれですべったりしようものなら、大怪我となってしまう。医学部所属なのに大怪我なんて、それこそ笑えないジョークである。互いに目配せする中、名乗りを上げたのは桂だった。
「主に恥ずかしい思いはさせられへん」
 言って、立候補をする。それを見たシンは、桂においしいところを持っていかれたと思ったのか、負けじと名乗りを上げた。
「いや、ここはオレが」
 ふたりが挙手しているところを見て、ジェライザはなんだか言い出しっぺの自分が立候補しないのはおかしい気がしてきて、すっと手を挙げた。
「じゃ、じゃあ私も……」
「どうぞどうぞ」
「ちょっ……!」
 見事なハモりでジェライザに譲った桂とシンに、ジェライザが慌てふためいた。その様子を黙って眺めていた学人は、やや呆れ気味に短く呟く。
「誰でもいいよ……」
「って、学人いたんだ?」
「学人、おったんか?」
「ガクト、いたのか」
「ええっ!? いたよ! 何、どれだけ存在感薄いの僕! ていうかさっき互いに目配せしてたよね!?」
 そうだっけ……? みたいな感じで顔を見合わせる3人に、学人は溜め息を吐いた。学人が無事いじら……もとい、つっこみ役に収まったところで、ジェライザが話を戻す。
「それはさておき、どうやってここの人たちを注目させ、楽しませるかだよね。丁度ここに熱狂のヘッドセットがあるから、誰かこれをつけて、その暑苦しいトークに他の人たちがつっこむっていうのはどう? ねえ、つっこみ王子、学人」
「そ、そんな呼び方今までしてた!? 若干恥ずかしくない、それ? 王子様って」
 とはいえ、学人の顔は満更でもなさそうだった。その表情を見て「よし、決まりだね」と言って早速ヘッドセットを装着するジェライザ。と、桂。と、シン。
「いやいや! 違うだろ! 3人同時に着けてどうするんだよ!!」
 慌てて一度皆のを外させようとする学人だったが、既に彼らの暑苦しい実況は始まってしまった。
「おおっと、学人が生き生きしているーっ! 彼の中で駆け巡る脳内物質っ……! ベータエンドルフィン……! チロシン……! エンケファリン……! バリン……! リジン……! ロイシン……! イソロイシン……!」
「やりすぎだロゼ! 訴えられるぞ!」
「よぉ兄弟、そんなカリカリすんなって! なんだったら、次の朝日が昇るまでプロテインでも飲みながら、語り合うか!?」
「誰だよ! それ前回のだろ! ていうかそれ、実況する道具だから!」
「あっと学人、ここで再びつっこんだ!」
「うん、そうそうそうやって実況する道具……って、普通か! 今皆色々捻ってたでしょ!? 何、真面目なの? 一番不真面目そうな外見なのに!?」
 次々と繰り出させる3人の熱い実況に、これ以上ないくらい声を張ってつっこんでいく学人。はあはあ言いながらも、その様子はどこかキラキラと充実しているようにも見えた。
 そう、なぜなら彼もまた、変人の集まりである九条一家の一員だからです。
 周りにいた両部族の彼らへの注目度、50パーセント。



 時間稼ぎその3、若松 未散(わかまつ・みちる)とパートナーハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の場合。

「秘宝や珍獣なんて私にはいらない。っていうか、あんなボケる前からボケられてる状態のもの使ったって意味ないし」
 自分の出番を待つ間、舞台袖で陽太やジェライザたちの様子を見ていた未散はそう呟いた。出番とか舞台袖とか世界観をつくりだしてしまっているあたり、もう彼女は重度の芸人気質であると思われる。
 そんな彼女が満を持して部族の前に登場し、行ったことは、なんと前代未聞のひとりクイズ大会であった。
「早押しクイズ、シボラでQ! ぱふぱふ〜」
 未散がそう言いながら早押しボタンを手に出てくると、どこからかそれっぽい効果音が流れてきた。自信満々で彼女がボタンに手をセットすると、ハルが問題文を読み上げる。
「では最初の問題です、初夢に登場すると縁起が良いとされるもので、一富士二鷹ときたら、三番目はなんでしょう?」
 バン、と未散が素早くボタンを押す。ハルが「はい、未散くん!」と指名すると……というか回答者がひとりしかいないのでこの時点で既にちょっとおかしいが、彼女は解答を口にした。
「栄一!」
「ピンポ〜ン!」
 すかさずハルが正解と判断し、さすが未散くんです! と褒め讃える。
「お正月になるとよく聞きますね、一富士二鷹三栄一。なんか漢数字無駄に多いですけどもね」
 どうやら、ハルは司会進行と観客、解説すべてのポジションを担当しているようだ。ということはさきほどから流れている音も、彼がやっているのだろう。なんと多才な青年だろうか。ハルは続けざまに問題を出した。
「来週発売のテレビ雑誌の表紙で、レモンを持つのは誰?」
「栄一?」
「ピンポ〜ン!」
 疑問系で答える未散だったが、当たっていたようだ。少なくとも、この人たちにとっては。このあたりで、うっすら嫌な予感は漂っているが第三問が始まってしまった。
「グルメ気取りのいけ好かない大バカ野郎……まあしいて言うなら山越スマイル的な? ことをする料理人が欲しがっている、伝説の食材の名前は?」
「栄一!」
「ピンポ〜ン!」
 もうここまで来ればお分かりだろう、明らかにこれは、やらせクイズだった。彼女は何を聞かれても、同じ答えしか言わず、ハルはそれを正解と認めていた。とんだ八百長であり、なおかつ誰かは知らないが栄一さんとやらはとんだとばっちりである。本当に誰なんだろうか、栄一さん。
 そうこうしている間にも、彼らのクイズコントは続いていた。
「ちょっとSっぽい美人料理研究家のペットの名前は?」
「栄一!」
「シルエットクイズです、この人は誰でしょう?」
「栄一!」
「そっか〜、僕、迷子になっちゃったんだ〜? 泣かないでいいからね? お名前は?」
「栄一!」
「愛しさと切なさと?」
「栄一!」
「だ〜れだ?」
「栄一!」
「かわいい女の子に目がないのは?」
「栄一!」
 どんどん問題文が雑になっている上、最後の問題が当たってるくさいのが輪をかけて悲しかった。というか、これだけ多様なポジションをこなしているのなら、ハルくんは最優先でつっこみをやれよと言う話である。しかしそのポジションは空白のまま、彼らはボーナスクイズへと突入していた。
「コメディ系のシナリオを出す度、『過度な表現は控えてください』としょっちゅう言われているライターは?」
「栄一!」
「ピンポ〜ン!」
 周りにいた両部族の彼らへの注目度、60パーセント。



 時間稼ぎその4、南 鮪(みなみ・まぐろ)とパートナー、土器土器 はにわ茸(どきどき・はにわたけ)の場合。

「ヒャッハァ〜! ここの文化は完璧に分かったぜ! つまり、服は一切着ないで、凄い勢いでパンツを脱いだりはいたりすれば、どっちの部族からも愛されるんだな!?」
 これまでの者たちも割とフリーダムな行動を取っていたが、彼は最初から別格だった。もう、今の時点で何を言っているかさっぱり分からない。
 鮪の持論を解読すると、おそらくこういうことだろう。
 ベベキンゾ族は、服を着ていると襲ってくる。逆にパパリコーレ族は、服を着ていないと襲ってくる。なら、パンツを脱いだりはいたりを高速で繰り返せば、愛されモヒカンになるじゃねぇか、と。
 空京大学における特定着衣研究の第一人者と自称しているだけあって、その理論は常人には理解し難い域にあった。
「ヒャッハァー、教授ここはよォ〜、大学一のパンツと着脱の権威、俺の出番だろう? 数多のロイヤルパンツを集めたこの俺のよォ〜!」
 鮪は、近くにいたメジャーに堂々と犯罪を告白した。メジャーは「大学にも色んな生徒がいるんだね」と心の中で感心すると同時に、彼のオーラに危険を感じ、ドキドキしていた。久しぶりに出てきたと思ったらこの有様、この教授も大概である。
「着脱はすべて、このプロの俺に任せてもらおうか! 俺とお前四人分の着脱でも余裕だぜ! はかせて脱がせて五千年だ!」
 もう思想だけでなく、言ってることも常人では理解不能である。ちなみに近くには鮪とメジャーのふたりしか人間はいない。どうやら彼にとって4という数字は、たくさんの意味だそうだ。その知能の低さで権威とかいう単語を織り交ぜていたのが不思議なくらいである。
 それはともかく、鮪は連れて来ていたモヒカンゴブリン、そしてモヒカンイコプラをバックダンサーとして控えさせると、メジャーのはいていたズボンをずるっと下ろし、そのままの勢いでパンツも脱がせた。と思ったら、またすごい勢いで上にずり上げた。ずるっ、ずるっ、ずるっ、ずるっ、と彼の下半身を目にも止まらぬスピードでパンツが上下する。
「お、おおっ、これは危険じゃないか……!」
「ヒャッハァ〜、これがパンツコースターだぜェ〜!」
 なんだこれ。
 なお、はにわ茸は万が一を考慮し、教授のパンツが脱がされる度に彼の前に飛び出て、危険なことにならないようその体で教授を守っていた。
 光学迷彩を持つ彼だからこそ出来る芸当であろう。ただいかんせん、その造形がくねくねしていたため、見ようによっては教授の下半身が何かくねくねしているという、逆に危険な光景にも見えてしまっているが、彼はれっきとしたゆる族であり、危険を回避するために行動しているのだ。そこだけは誤解しないでいただきたいところである。
 幾度となくパンツを上下させた鮪はといえば、メジャーと向き合いながら、自らの夢を語りだしていた。
「俺はなァ〜、ここにいる部族にパンツの素晴らしさを理解させてよォ〜、空京大分校へパンツ留学させたいんだよォォォ〜! もうこの際、珍獣もベベキンゾ族もパパリコーレ族も、まとめて大分校行きにしようぜ!」
「そうだね、帰ったら検討してみよう……!」
 向かい合い、視線を合わせたままそう約束を交わすメジャーと鮪。その光景は、深く原住民の心に焼き付けられた。
 周りにいた両部族の彼らへの注目度、90パーセント。