波羅蜜多実業高等学校

リアクション

【６】お前らに食わせるもんはねぇ！……１


　某中華飯店。
　その高級個室に、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン（てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん）の姿があった。
　厳密に言えば、奈落人マーツェカ・ヴェーツ（まーつぇか・う゛ぇーつ）の憑依した……が冠に付く状態の彼女だが。
　同じテーブルに着いているのは白髪の老人。なんでも中華街の顔役を務める薬剤店の店主とのことである。
　しかし、周りにいる黒服のボディガードを見れば、彼がただの薬屋の主人ではないことは誰の目にもわかるだろう。
　それは表の顔、本来の顔は所謂チャイニーズマフィアというやつある。
「さて、お嬢さん。こんな爺をよびだして何の御用かな？」
「単刀直入に言わせてもらう、コンロンマフィアとは関わるな」
「……ほう」
「化かし合いは好きではない。ここによびだした以上、あんたがただの薬屋の主人でないことも知っている」
「最近の娘さんは大胆なことしますな」
　目にしわを浮かべ、老人は中国茶をすする。
「あんたらの国も教導団の利潤に預かっているんだろう。なら、悪いことは言わない。黒楼館とは関わらないことだ」
「ふむ……」
「あんたらが黒楼館と悪事を働けば教導団にとって不都合な状況になる。教導団の地位低下は中国のこの大陸での旨味が減ることを意味する。あんたらも望むところではないだろう。むしろ、黒楼館の増長をブロックすることに一役買えば、金団長に貸しを作れるはず。それはあんたらにとっても損な話ではないはず。黒楼館に接近するのは控えてほしい」
「しかし、お嬢さん。それはあくまで教導団が現状を維持出来る前提の話だろう？」
「どういう意味だ？」
「黒楼館の影響力が増せば、教導団に義理立てするよりメリットがあるということだよ」
「あんたらは黒楼館に付くと言うのか？」
「我々とて新参者にデカイ顔をされるのは気に食わん。だが、お前さんが思うよりずっと奴らの影響力は大きいのだ」
　黒服がマーツェカの肩を掴む。
「！？」
「久しぶりに若い人とお茶が飲めて楽しかったよ」
「待て、まだ話は終わっていない」
「……まぁ現状では我々はどちらに肩入れすることはせん。今動けば必ずどちらかを敵に回すことになるからな」
「それがあんたの答えか……？」
「お前さんも連中の動向を探るなら気をつけなさい。連中の力は我々の想像するよりもはるかに強大だ……」
　老人は窓から向かい側にある中華飯店を見つめた。


　中華飯店『赤猫娘々（アカネコニャンニャン）』。
　一見するとごく普通の中華料理店ではあるが、まともな地元の人間は決して近付くことはない。
　何故ならここはコンロンマフィア黒楼館のたまり場だからである。
「オラオラ、しっかり働くアルよ！」
「わ、わかってますよ、店長」
　汗だくの親父店長の怒声を浴びながら、風祭　優斗（かざまつり・ゆうと）はきびきび料理を運んでいる。
　実は彼、財布を落としたのに気付かずここで食事をしてしまい、こうして身体で返しているというわけである。
「特製激辛麻婆の代金にはまだ全然足らないアル！　ほら、これ三番テーブルさんに！」
「うう……」
　涙目でポケットの穴を見る。財布は落とすしただ働きだし、今日は厄日だ。
「……にしても、なんだかガラの悪いお客さんが多い店ですねぇ」
「あなた、何も知らないでここでバイトしてるの？」
　先輩ウェイトレスのアルメリア・アーミテージ（あるめりあ・あーみてーじ）が言った。
「なにせ、バイトするつもりはありませんでしたから」
「しょうがないわね、いい、ここは黒楼館って言うコンロンマフィアが常連の店なのよ」
「ま、マフィ……」
「しーっ！　ちょっと声が大きいよっ！」
「す、すみません」
　言われてみれば、一番テーブルさんも三番テーブルさんも、スネに傷のありそうな強面のお客さまである。
「しかしこんなところで、アルメリアさんは何故アルバイトを……？？」
「決まってるでしょお、連中がなに企んでるのか調べてるのよ」
　そう言うとアルメリアは「ちょっと探り入れてくるわ」と優斗の持っていた皿を奪った。
　三番テーブルへ赴くと長テーブルを囲む黒楼館の面々が目に入った。
　こっちだこっちだと無邪気に手を挙げるのは五大人のラフレシアン。
　見た目はマジで小汚いし、飲食店に入れちゃダメだろって風貌だが、その瞳はキラキラとまるで少年のようである。
「こちら海老のマヨネーズあえでございま……きゃっ！」
「うまうまっ」
　ラフレシアンは手づかみでべちゃべちゃ食べ始めた。
　正直、ほかの黒楼館構成員はドン引き。しかし彼のほうが偉いので全員愛想笑いを浮かべて誤摩化している。
「さ、流石、黒楼館の方、豪快ですねぇ」
「ら、ラフレシアン様は豪傑だからな……」
「すごいですね。皆さんとっても強い武闘家さんと聞いてますから、きっと苦手なものなんてないんでしょうねぇ」
「むっ？」
「いやいや、こう見えてこいつの流派はなぁ」
「わぁ勝手に喋るなよ。そういうコイツなんてなぁ」
「ははは……」
　アルメリアはこいつらの弱点聞いてもなーと苦笑する。
「あ、そちらのラフレシアンさんとかは弱点ないんですか？」
「うん、オデ？」
　ラフレシアンは動きを止めた。
「そうだなぁ、オデの薫気功は実は……」
「やめろ」
　低く通るその声に一同はしんと静まり返った。声が発せられるまでアルメリアも彼の存在に気付かなかった。
　黒楼館館主ジャブラ・ポーである。
　痩せたカメレオン型ゆる族の彼は巨大な目をぐるぐる回して構成員を見回す。
「己の不甲斐なさをべらべら口にするなど、それでも拳士か、貴様ら」
「す、すみません、館主！」
　それからジャブラはアルメリアを睨み付ける。
「女給の分際でなにをこそこそ嗅ぎ回っているんだ？」
「え、ええと……」
「すみません、お客様。この子、人との距離感がわからないもので、すみません、すぐに下がらせます」
　優斗はアルメリアの手を引いて、あわててバックヤードにも下がった。
「……ダメかぁ。あの館主、宴会の空気を悪くするタイプの上司ねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。滅茶苦茶疑いの目で見てたじゃないですか、あのカメレオンの人」
「うーん、上手く行くと思ったんだけどな」
「あいつらの話を聞きたいならこっそりやらなくちゃ」
　同じバイトの布袋　佳奈子（ほてい・かなこ）は言った。
「折角、ここでバイトしてるんだから仕事しながらこっそり聞くのが一番怪しまれないわ」
「まぁたしかに……」
「付いて来て、こっちよ」
　空いた皿をカウンターに置いて行こうとしたその時、皿はつるんと床に落ちてガシャンと悲鳴を上げた。
「し、しまった……」
「ちょ、ちょっと佳奈子さん。店長が顔真っ赤にしてこっちに向かってきますよ」
「しょうがないわねぇ」
　エレノア・グランクルス（えれのあ・ぐらんくるす）は肩をすくめ、ほうきで割れた皿を片付け始めた。
「ここは私が誤摩化しておくから、佳奈子はもう行っていいわ」
「ご、ごめん……」
「でも気をつけるのよ。こっちは丸腰なんだから。絡まれないように上手くやるのよ」
「うん」
　佳奈子はアルメリアと優斗を座席を分けるつい立ての裏に連れて行った。
「ここで仕事しながら聞き耳を立ててれば大丈夫だよ」
「なるほど」
「……『龍脈』は見つかったのか？」
　佳奈子の言うとおり、ここならジャブラの声もはっきり聞こえる。
「候補となる場所は幾つか絞られたのですが、調査はまだ……」
「空京を手中に収める我らの計画に、龍脈を支配下に置くことは必要不可欠、調査を急がせろ」
「か、カラクルとバンフーは何してるんだぁ？」
「連中には諸々の調整をさせている」
「……様の到着が遅れているようですが」
「奴か。あいかわらずマイペースな奴だ」
　言葉の矢が飛び交う中、気になる単語が三人の耳に残った。
「龍脈……ってなにかしら？」
「会話の流れから察すると場所のようですけど……？」
「ちょっと待って、アルメリアさん、優斗さん。龍脈を支配すれば空京を支配出来る的なことを言ってたわよ？」
　むむむ……と三人が顔を見合わせた、その時だった。
　ばぁーんと勢いよく入口の扉が開いた。
　なんだなんだと見ていると、ミャオ老師を筆頭にぞろぞろと万勇拳の門下生がなだれ込んで来た。
「我ら天宝陵万勇拳！　黒楼館に告ぐ！　空京中華街の平和を乱すのを辞め、即刻この街から立ち去れっ！！」