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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●突破口

 ウーバー・クネヒト隊は『ピース』部隊を追い込みにかかっていた。ピースのみならず敵は大量なので簡単に一掃とはいかないが、いずれの『ピース』も強靱であることを考えるとかなりの奮戦だ。ポーンのうち三体はすでに破壊したし、ナイト一体もついに倒れた。
 しかし、不思議なことだがそこから攻めが徐々に困難になってきていた。優勢なのはこちらのはずなのに、である。チームの行動に齟齬が生じ始め、逆に、相手の勢いが盛り返してくるのがわかった。疲労で判断が落ちたのだろうか。
「勝ちに乗じるな。勝ちすぎると判断を見誤る可能性がある」
 この異変に、クレーメック・ジーベック注意はいち早く反応した。部隊を誘導しバランスを取り戻さんとする。
 彼が神の目を持ち俯瞰して戦場を眺めることができればこの理由もつかめたかもしれないが、最前線にあり実際に戦っている以上は難しいことだ。
 されど彼らウーバー・クネヒト隊とて無策ではない。こうした不測の事態への対処はすでに用意してある。
「今よ、二人とも、頼むわね!」
 クレーメックの頼もしき右腕、島津ヴァルナが指示を飛ばした。
「は……はいっ!」
 サオリ・ナガオはシャンバラに来てから日も浅く、契約者としての経験にも乏しい。しかし、短くも濃密なこの戦闘空間に置かれ、冷静に指揮をとる中尉や、彼の指揮に従って、一糸乱れず迎撃戦闘を展開する仲間たちの姿を目にして使命感が芽生えていた。
 それは単純だ。
(「わたくしも役に立ちたい……!」)
 という気持ちである。
「い、行きます!」
 サオリは空飛ぶ箒にまたがって飛び出す。目的は、敵陣の突破と味方との合流。
 混線ゆえ無線連絡は難しい。届いたとしても、ただ言葉を伝える無線よりも、直接の伝令のほうが状況を伝えるに正確である。また、突破ルートを逆に辿れば合流も易い。
 しかしいざ乗りだそうとすると、サオリは恐怖ですくみ上がった。ピースをはじめ、敵はまだ山のようにいる。いや、むしろ数を増しているのではないか。これを突破できるのか?
 これを見て彼女のパートナー藤原時平が説いた。
「案ずるな。麿もおるゆえ単身突撃ではない。それにサオリ、そなたは強くなりたくてシャンバラに来たのではなかったか? 一人前として認められたかったのでは!? ここで尻込みすれば台無しでおじゃろう」
 サオリは、ずっと箱入り娘だった。蝶よ花よと育てられ、料理はおろか電子レンジの使い方すらわからなかった。一キロ以上歩いたこともなかった。掃除機など見たこともないという有様だった。そんな自分が嫌で、親離れと独り立ちを目指してのシャンバラ入りだったはずだ。
 がばとサオリは顔を上げた。その目は、数秒前とはまるで違う色をしていた。
「そうです! そうなんです! わたくし……! い、行きまーーす!!」
 箒にまたがると彼女は、凄まじい勢いで飛びだしたのだ。
「はわわ……大変ですぅ!」
 ごうごう風が鳴る。
 ちゅん、と耳元を銃弾が掠める。
 爆発と熱波が柔肌を舐めた。
 束ねていた髪がほどけ、黒い落下傘のように拡がった。
 恐怖はやはりサオリの心を覆った。しかし、これを使命感が包み彼女を奮い立たせた。
「わたくしもウーバー・クネヒトの一員でございまーーーーす!!」
 狂気じみた発作で、サオリはげらげらと笑った。爽快だった。
「にょほほほほッ!! 天晴れ天晴れ!」これを追いながら時平は唸る。「小娘、一枚薄皮が剥けおったか!」
 二人はたちまち戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)ら味方に接触していた。
「……と、塔を守る我々部隊に混乱が生じ、防衛ラインの維持が困難になりつつありますぅ。し、至急、援軍をお願いしますですぅ!!」
 小次郎も無傷ではない。彼はシータを探しながら海岸線の味方援護を行い、さらには遊軍の迎撃を繰り返していた。
「シータの捜索も重要ですが、味方防衛ラインの崩壊は敗北に直結しますわ。ここは応じるべきでしょう」
 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が告げると、小次郎は俺も同じ考えだ、と頷いた。
 それにしても、今日の小次郎は本当に凛々しい。『おっぱい星人』宣言していた彼と同一人物だろうか――と思いかけてリースは否定した。いや、『おっぱい星人』と名乗ったかれもいい加減な気持ちではなかった。とても真剣な目をしていた。つまり彼は硬軟いずれの状況でも真剣なのだ。
「サオリくんと言ったわね? 私たち三人は救援に赴くわ。北海岸の本軍も呼び戻してくれないかしら」
 アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)は大剣を担ぐと、サオリと時平に行く手を指し示した。

 その頃ウーバー・クネヒト本隊は、新たな敵に遭遇していた。
 クランジΗ(イータ)である。
「未確認機体……!? なんだあれは!?」
 ゴットリープ・フリンガーは息を呑んだ。
 桃色のパジャマを着た、抜けるように肌の白い少女であった。足にはサンダル、長い髪は栗色で独特のウェーブがかかっている。目が大きく、美しいが、どこか、病の人のような影がさしていた。最大の特徴はその胸に抱かれたクマの縫いぐるみである。おおよそ戦場には似つかわしくない姿だ。
 しかし、
「弾を跳ね返す……只者じゃない。新手のネームドクランジだろう」
 ハインリヒ・ヴェーゼルが唸った。彼女の周囲では重力が法則を失うとでもいうのだろうか。弾丸は九十度角度を変え空に飛んでいき、彼女が片手を振ると、そこからくるり回転して撃ち手目がけて飛んでくる。目の前に横たわる機晶姫の残骸も、少女が手を振るだけで道を開けるように移動した。
「私が……『視た』機体に違いないわ。あれが、クランジΗ(イータ)……」
 島本優子が呟いた。彼女は御託宣の能力で、この新手の参戦を知っていたのだ。しかしこの状況、こうした段階で出現することまではわからなかった。イータに背後を突かれなかったのは良い。だが、この状況でイータが加わった敵を迎え撃つのは少々骨が折れそうだ。
「シータ……つまりチェスのキングの姿はないが、あれはクイーンと言ったところか」
 クレーメック・フォン・ジーベックは味方に、イータに惑わされぬよう指示を飛ばした。あくまで自分たちの目的はピースを含む量産型の撃破だ。サオリの成功と、彼女が連れてくるはずの援軍を待ちたい。
 ここからが、彼らの腕の見せ所だろう。