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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

(そういえば、転校してから今日まで、イルミンスールをじっくりと見て回る機会ってなかったわよね。
 ……でも、本当に不思議だなぁ。どうしてこんな作りになったんだろう)
 足を止めたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、改めてイルミンスールの作りを目の当たりにして感嘆のため息をつく。パラミタに来る前の日本で、そしてヴァイシャリーで過ごしていた時は、建物は横に並び、屋根の上は青空が見えるのが当たり前だった。
しかしイルミンスールに来てまず驚いたのは、建物の上に建物があって、それが遥か頭上まで延々と続いていることだった。そして空いた空間を箒に乗った魔法学校の生徒が飛び交う光景は、ただ素直にすごいな、と思った。
「昨日まであっちにあった建物が、今日になったらこっちになってるのを何度か見ましたよ。本当、すごいですよね」
「はい〜、驚きですねぇ〜」
 徳永 瑠璃(とくなが・るり)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)も、初めて見るイルミンスールの内部構造に驚いているようであった。
「でも残念なのは、結構立ち入り禁止の場所があることね……ってあれ? 翠は?」
 魔術を扱うが故か、あちこちの部屋には『部外者立入禁止』の看板が掲げられていた。自分たちもここで研鑽を積めば、そういった部屋にも立ち入りが出来るだろうか、そんなことを思ったミリアが、及川 翠(おいかわ・みどり)の姿が見えないことに気付き、辺りを見回す。
「ねーねーお姉ちゃん、これなにかな〜?」
 声のした方をミリアが向けば、翠が地面から突き出た自分の胸くらいの高さの柱に興味を示していた。
「あっこら、翠、よく分からないものに触れたら危ないでしょ」
 立入禁止が多いイルミンスールだ、一見何の変哲もないように見えるものも、恐ろしい効果を発揮するかもしれない。そう思ったミリアが翠を連れ戻そうとするが、翠が柱の先端にある紅い球体に手を触れると、地面に煌々と輝く魔法陣が浮かび上がる。
「わー、なんか出てきたよ!」
「ちょっと、翠!?」
 楽しげにミリアたちの方を見る翠、しかしミリアたちには翠の姿が少しずつ揺らいでいくのが見えた。
「翠ちゃんがゆらゆらしてます〜」
「のんきな事言ってないで、追いかけるわよ!」
「は、はいっ。翠さん、今行きます!」
 ミリアがスノゥの手を引きつつ走り、一歩先を瑠璃が行く。……そして四人が魔法陣の中に飛び込んだ直後、一行は忽然とその場から姿を消すのであった――。

「……ここは?」
 恐る恐る目を開けて、ミリアが見たのはまるで木々の一本一本を柱とするように組み上げられた建物群。
「あっ、ここ、ザンスカールの街なの! 私、来る時に見たから覚えてるの」
 翠の言葉に、他三人が辺りを見回せば確かに、多くのヴァルキリーが空間を舞い、ちらほらとイルミンスール生徒の姿も見える。
「さっきのは、イルミンスールとザンスカールの移動が出来るものだったんですね」
「すごいです〜一瞬で来ちゃいました〜」
「……ふぅ。そうならそうと一言書いててほしかったわね」
 そんなアバウトさがイルミンスールなのかな、とミリアが思った所で、またもや翠の姿が消える。
「あれは何かなぁ? 見に行ってみるの!」
 やはり翠の声がしてそちらを向くと、建物が集まっている場所へ向けて翠が駆け出していた。既に大分背中が小さく見える。
「って、翠! ちょっと待ちなさい!」
「翠さん、待ってください」
「待ってください〜」
 三人が口々に言って、翠の後を追う――。


 世界樹を取り囲む形で、復興を果たしつつある都市、ザンスカール。主要な施設を始め概ねの設備は建設が済んでおり、工事中の区域も全体の一割以下にまで減っていた。

 一機のアルマイン、深き森に棲むものが運んできた資材が、そこで作業を行う者たちの手によって各所へ運ばれていく。イコンの中では細身なアルマインだが、極端に重い物でなければ重機としての役割は十分果たせる。
「えーっと、ここに運び込む資材はこれで全部かな? じゃあ、次は……どこだっけ?」
「……ここより10時の方角だ。……なぁ、カレン。我は常々疑問に思っていたのだが、何故我はこのような格好を毎回毎回させられなければいけないんだ!?」
 操縦席にて、操縦するカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に対してジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が文句を口にする。というのもジュレールは、カレンがアルマインに搭乗する時にはいつも、妖精の格好をさせられていたのであった。もちろん今回も、羽のついたひらひらな衣装を着せられている。
「前も言ったじゃない、オーラ……おっとっと、イコンの出力を上げるために必要だって」
「むぅ……本当にそうなのか? 我はカレンが楽しんでいるだけのように思えるのだが」
「さ、次行こ次! ボクたちが街の復興を頑張れば、ザンスカールで人と魔族の共存が進むんだ。
 まだあちこちに、戦争の傷跡が残っているからね。なるべくそういうのは無くしておかないと、入ってくる魔族も気まずいしね」
 そう語るカレンに、ジュレールはそれ以上文句を言えなくなる。漸く平穏な生活を取り戻しつつある街の人々に、これ以上の苦難を与えたくはない。何より、視察の結果次第ではあるが、師であるアーデルハイトがイルミンスールに帰ってくるかもしれない。完全に復興したザンスカールを見せることが出来れば、アーデルハイトも安らいでくれるだろう、そうジュレールは考える。
「……行くぞ、カレン。魔力残量にまだ余裕はある、多少出力を上げても問題無いだろう」
「よ〜し! それじゃあ、レッツゴー!」
 ふわり、浮き上がったアルマインが次の地点へ向けて、空を舞う――。

「ふ〜。今日もよく働いたね〜」
 アルマインから降り(もちろん、ジュレールは普段の格好に着替えた)、カレンがうーん、と背伸びをする。
「お疲れさまです! あの、よかったらどうぞ」
 すると、軽食をトレイに載せてヴァルキリーの女性が、差し入れにやって来た。何回かザンスカール復興の手伝いをする中で親しくなった、元ザンスカールからの住民の一人であった。
「あ、ありがと〜。ナスネちゃんのサンドイッチ、美味しいから好きだよ〜」
 カレンの褒めの言葉に、ナスネと呼ばれた女性が恥ずかしげに目を逸らし、やがて不安げな面持ちになる。
「あの……カレンさんは魔族のこと、よくご存知ですよね。本当の所……その、大丈夫なんでしょうか」
 ナスネの言葉は、元ザンスカールに住んでいた者たちの言葉でもある。彼らは魔族に住処を奪われており、彼らのトップに立つルーレンが魔族との共存を唱えても、全面的な賛同へはなかなか至らないのが現状であった。この辺りが、恐怖こそ受け街そのものに被害が及んでいないイナテミスとは事情が異なる。
「そうだね〜。魔族の方でも色々あったみたいだけど、もうごたごたは無くなったみたい。
 だから、これからは仲良くやれるよ。もし問題が起きても、ボク達イルミンスールの生徒が全力で対処するから!」
 えへん、と胸を張ってカレンが言う。もう少し理論的な説明が出来たら、ナスネや他の住民も納得してくれるかもしれないとは思ったが、自分に難しい説明は無理だとも思う。ならせめて、少しでも住民を安心させてあげたい。
「カレンはこういう時は頼りになるぞ。だから心配するな」
「……ちょっとジュレ、こういう時は、ってどういうことさ? ボクはいつだって頼りになるつもりで頑張ってるんだからね!」
 ジュレの言葉にカレンがぷんぷん、と腹を立てると、くす、とナスネが笑った。
「はい、頼りにしてますね」
 その言葉に、自分たちのしていることは決して無駄じゃない、ということを改めて実感するカレンとジュレールであった。


「ふふふ……こんな人の多い所に来たのなんて、初めてかしらね」
 昼下がり、ザンスカールの街を歩きながらレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が、通りを過ぎる人の流れや立ち並ぶ建物を物珍しげに見つめていく。その後ろを歩くウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)は、何故このような事になったのかを思い返していた――。

 それは、ほんの数時間前。
「んだよあの駄メイド、ただ「レイナが呼んでる」って用件くらいあるだろうに、言えっての」
 愚痴りつつも、そういえば妙に慌てていたな……と思いながら扉を開けると。
「ふふ。待っていたわ、ウルさん」
 微笑みながら声をかけるレイナ、しかしウルフィオナはすぐに、目の前の『レイナ』が『レイナ』でないことに気が付く。
「おまえ……どうして出てきた!?」
「あら。もしかして、忘れたのかしら? 私は『ちゃんと会いに来た』だけよ?」
 その言葉に、ウルフィオナの中で記憶の糸がぴん、と繋がる。ジャタの森での魔族との大規模な交戦、『ノワール』に言った言葉、そして『レイナ』に言っておけ、と託して紡いだ言葉を思い出し、ウルフィオナは頭を掻く。
「あぁ、覚えてるさ。……けど、本当にそれだけか? おまえのことだ、何か企んでるとしか思えねぇ」
「随分と疑り深いわね、失礼しちゃうわ。……でも、そうね。理由はもう一つあるわ。
 それはね……」
 言葉を切った『ノワール』から視線を外せず、ウルフィオナがごくり、と喉を鳴らす。
「……ふふ。会って直ぐに本題を切り出すのも、性急ではないかしら?
 ねえ、ウルさん。私、あなたにどこか連れて行ってほしいわ」
「…………はぁ!?」

(……んで結局、こーいうことになったってわけか。しっかし、マジで今回あいつは何のために出てきたんだ?
 まぁ、何かしでかしてるわけじゃねぇからいいけども――)
 思案に耽っていたウルフィオナの頬に、ぴた、と冷たい感触が走る。
「つめてっ!」
「ふふふ。連れの子を置いて考え事なんて、妬けちゃうわね」
 売店で買ったと思しきアイスを差し出しながら、ノワールが悪戯な笑みを浮かべる。
「……なあ、そろそろ話してくれてもいいだろ。おまえは何のために出てきたんだ?」
 アイスを受け取りつつ、ウルフィオナがノワールに尋ねれば、ノワールはアイスをぺろ、とやるばかりでなかなか言葉を発さない。
(あーもう、なんなんだよっ)
 熱くなりかけた所で、待てよ、とウルフィオナは思う。ノワールが用件を切り出さないのは、もしかして自分の方に原因があるのではないかと。
(うーん……そういやあ、さっきから変に疑ってばっかだな。
 最近会ってねぇから色々勘ぐっちまったけど……考えてみれば、こいつも『レイナ』なんだよな)
 たとえば自分がもし、相手に疑われていると思ったら、思ったことを口に出来ただろうか。……多分、自分の方から相手にしなくなるような気がする。
「ま、いっか。アイスありがとな、レイナ。
 次どこ行く? 折角街に来たんだ、色々見て回って楽しもうぜ」
 いつも通りに接しよう、そう決めたウルフィオナがノワールに言えば、アイスを咥えたまま目だけをこちらに向けてくる。何となく、自分の言ったことに驚いているような気がしたウルフィオナが、何かおかしなことを言ったかと考えていると、やがてふふ、とノワールが笑みを漏らす。
「そうよね。あなたが言ったことよね」
「?」
「ふふふ、こちらの話。……さて、行きましょうか」
 言ってノワールが、軽やかに歩き出す。
「お、おい!」
 話をはぐらかされたウルフィオナが、先行するノワールを呼び止めながら後を追いかける。

「はー。楽しかったわ。こんなに遊んだのも、初めて」
 帰り道の途中、ノワールが充足感に満ちた顔をウルフィオナへ向ける。
「そっか。そいつは良かったな」
 二人の間に、沈黙が降りる。先にノワールが、沈黙を打ち払う。
「……あなたは私に、こう言ったわ。
 「……コインには表と裏がある。けど、どっちの面を向いてても、それがコインであることに変わりはねぇ。
 あんたもレイナだ、そして、あたしはレイナを心配してここまで来たんだ」」
「あぁ、確かに言った」
 ノワールの言葉を、ウルフィオナは認める。レイナとノワールは別々の少女だが、どちらもレイナ・ミルトリアという一人の少女でもある。それをコインの表裏にたとえて、あの時は言った。
「……あなたは何を思って、あの言葉を口にしたのか。それが今日、私が出てきた理由よ」
「理由っつってもなぁ……あたしは思ったことをそのまま口にしただけなんだが……」
 頭を掻きつつ言ったウルフィオナへ、ノワールがたいそう意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「あの程度の付け焼刃の台詞だけで、私が納得するとでも?」
「――――」
 ノワールの発した言葉の、真なる意味を直感的に悟ったウルフィオナが、戸惑いの色を深くする。
(いや、だからって、何すりゃいいんだよ)
 レイナもノワールも、同じ『レイナ』であるなら、普段レイナにしているようなことをしてやればいい。そう思いながらも、目の前の少女はノワールである。レイナにしているのと同じでいいのだろうか、そう思うと身体が適切な行動を取れなくなる。
「……ふふふふふ」
 そうしてウルフィオナが悩みの海に溺れそうになるのを、ノワールの楽しげな笑みが掬い取る。
「今のあなたの顔……初めて見たわ。きっとあの子も見たことがない顔ね」
 そうしてなおも笑うノワールを見、自分はそんなにおかしな顔をしていたのだろうかとウルフィオナは思う。でもきっと、尋ねてもはぐらかされるだけだろうから、頭を掻いて文句を口にしてやる。
「ああもう、メンドくせぇなおまえは」
「ふふ。女とは総じてそういうものではないかしら?」
「一緒にすんなっ!」

 ――そして、二人が家につく頃にはレイナは、レイナに戻っていた。
 レイナに戻る前、最後にノワールはウルフィオナにこう告げる。
「今度出てきた時は、私のことを『ノワール』と呼んで頂戴」と――。