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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 最上階へ向かったエレベーターとの横にある、もう一つのエレベーター。
 五階に着き、チーンという音と共に、扉が左右に開く。
 現れたのは白竜。構成員を拘束し、喉元に《サバイバルナイフ》を当てて、硬い声で問いかける。

「子供達が捕らえられているのは、この階で間違いないな?」
「あ、ああっ。間違いねぇ、間違いねぇよ!」
「そうか」

 白竜はそう言うと、ナイフを持たない手で魔法陣を描く。魔力を込めて、<その身を蝕む妄執>を発動。
 相手の手の甲や膝、眼球に突き刺すという幻覚を見せ、気を失わせる。手近にあった縄で拘束し、構成員をその場に捨てていく。
 遅れてエレベーターから出てきた羅儀は、白竜に問いかけた。

「どうする、白竜。他の皆に連絡をするか?」
「いや、いい。今は先に子供達の安否を確認しよう」
「了解だ」

 二人は短く会話をかわし、子供達が収容されている倉庫へと向かった。

 ――――――――――

 非常階段で五階にたどり着いた狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は<情報撹乱>でアジトのセキュリティを狂わせ、<隠行の術>で姿を隠していた。
 その後を、パートナーのグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)は<迷彩塗装>で身を隠し、ついていく。
 彼女らの背後には、グレアムの<ヒプノシス>で眠らされた構成員達。
 それは、下手に敵を負傷させると、血の匂いや戦闘の雑音で怪しまれる可能性があるからだ。
 グレアムは五階に着くやいな、壁に触れて<サイコメトリ>を発動。
 六人の子供達の移動経路の情報を得て、人質の居場所を特定した。

(「……乱世。子供達は倉庫にいるようだ」)

 グレアムは<テレパシー>を使い、乱世に得た情報を伝えた。
 乱世は非常階段から近い部屋を<ピッキング>で開錠する作業を止めず、返事をする。

(「ああ、分かったぜ」)

 そう心の声で返事したのと同時、カチッ、と何かが噛み合う音と共に部屋が開錠された。
 中に入るやいな、乱世は匍匐前進なら人が通れるほどの通気口を見つけ、蓋を力ずくで外す。
 まず彼女が先に入り、その後に続いてグレアムが通気口の中へ入った。
 音を立てないよう、最大限の注意を払って慎重に進みつつ、乱世は思い出す。
 今日の早朝、詰所に届いた赤色の一枚の便箋と写真を。

(……人質は六人の子供。
 しかもそいつらを救うには強奪戦とかいうふざけたゲームに勝たなくちゃいけねぇ。
 胸糞悪い。写真のあの子も、そんな遊び半分のために殺されちまったのか……ッ!)

 思い返すことで、乱世の中で燃える怒りの炎が、再燃し始めた。
 ただし、怒りとは裏腹に、彼女の頭の奥はどんどん冷えてゆく。

(第一、こんな卑怯な真似をする奴らだ。
 仮に強奪戦に勝ったとしても、素直に返してくれるとは思えねえ。
 奴らのバックについてるヴィータも、相当陰険なクソアマだしな。こちらの努力を無駄にして、絶望を味わわせるぐらいのことだってやりかねねえ)

 乱世は通気口を進みつつ、思う。

(今のあたいは、一切の迷いも同情もなく、あの鬼畜どもを『殺せる』。
 もし残りの人質に手を出したら、絶対に許さねえ。一切の感情を捨てて、奴らを地獄へ送ってやる)

 ――――――――――

 やがて、倉庫の前に着き、二人は扉の傍で各々の武器を抜き出す。
 そして、手で合図を開始。三、二、一、と指でカウントし、手を丸めると同時に二人で突入した。
 瞬間、仕掛けられた<インビジブルトラップ>が発動。
 無属性の魔法が炸裂し、二人は少なからず傷を負う。
 と、倉庫の中から、やけに癪に触る声が二人に投げかけられた。

「おやおや、どうやってここを嗅ぎ付けたのやら。
 ……立ち入り禁止なのでお引き取り願えますかねぇ」

 声の主は託だ。彼は薄ら笑いを浮かべていた。
 彼の周りには六人の子供達。
 その人質達が始末されていないのを確認し、白竜は安堵のため息を少しだけ吐き、《フュージョンガン》と《指揮官の懐銃》の銃口を託に向けた。

「人質を解放しろ。抵抗するなら、殺す」

 白竜のその声は、温度のないひどく冷たいモノだ。
 託は変わらず、薄ら笑いを浮かべ、首を横に振った。

「嫌ですねぇ。仕事ですので……」

 託は言葉の終わりと共に、<サンダークラップ>を行使し、強力な電撃を白竜に放つ。
 白竜は慌てず、プラズマ銃と拳銃を<二丁拳銃>で連射。プラズマ弾と銃弾が電撃へ衝突。電撃は威力を失い、霧散した。
 そして、白竜は倉庫の中へ足を踏み入れようとし――。

「これは警告だぜ、特別警備部隊」

 まるで日本刀のように鋭く、冷たい低い声。
 白竜と羅儀は驚愕で目を見開けた。それは、気づくことが出来なかったからだ。
 その男は物陰に隠れていた訳でも背後から忍び寄った訳でもない。二人の行く手を遮るように、倉庫の真ん中に立っていた。
 暗がりで見えなかったとか気づかなかったとか、そんな次元ではない。確かに一瞬前は誰もいなかった。
 だが、たった一度瞬きをした瞬間、そこに男は立っていたのだ。

「倉庫に一歩でも足を踏み入れてみろ。
 その瞬間、てめーは真っ二つだ」

 男は和服をザラッと着流し、髪型は金髪ベリーショートという和洋折衷な出で立ちだ。
 腰には物干し竿のように長い刀を差しており、歴史を刻んだ漆黒の鞘が、凍える殺意を振りまいている。
 男の名前は――ニゲル・ラルウァ。差した長刀は――《断罪者ギロチン》だ。

「命が惜しけりゃ、今すぐここから逃げな。見逃してやってもいいぜ」

 ニゲルのその発言に、見張りの構成員が声を荒げ、言った。

「ふざけんなッ、傭兵! てめぇはアウィス様に――」
「うるせーよ」

 構成員の言葉を遮るように、ニゲルの腰から一筋の光が迸った。
 キン、という刀が鞘に納まる音。
 室内にそれが鳴り響くと同時に、構成員の身体が縦に割れる。ドバッと大量の血液が流れ落ち、二つに分かれた身体が床に倒れた。
 切れた内臓が零れ脳漿が床を濡らすその光景に、子供達は手で口を押さえ、えづく。
 ニゲルはその死体をつまらなさそうに見下ろし、吐き捨てるように言った。

「ムカついてんだよ、俺は。
 こんなところで殺し合いをさせようとしてるてめーらに。
 殺し合いってのはもっとこう……月明かりに照らされて、互いの顔や手先が見えるとこでやるもんだろーが」

 ニゲルは、白竜と羅儀の二人に視線を移し、言葉を紡いだ。

「てなわけだ、特別警備部隊。
 今ここで逃げれば命だけは助けてやるよ。てめーらみてぇな強者とは、こんなつまらねーところで戦いたくないからな」

 好戦的な笑みが、ニゲルの顔に浮かんだ。
 白竜は彼を真っ向から見つめ返し、何も言葉を発さず――答える代わりに、拳銃の引き金を引いた。
 バキィンという何かを割ったような快音。
 それは、ニゲルが銃弾を斬った音だ。続いて、左右の壁に銃弾が突き刺さる音が聞こえる。

「……へぇ、それが答えかい?」
「ああ」

 白竜は短い言葉で返事をし、ためらうことなく倉庫に足を踏み入れた。

「任務を全うするのが、私の本分だからな」

 白竜に続いて、羅儀も倉庫の中に入る。
 ニゲルの笑みが、溶けたバターのように横へ裂けた。呆れよりも、哀れみの色が混じるため息を吐き出す。

「後悔するんじゃねーぞ」

 ニゲルがそう言い終えると同時に、白竜は<トゥルー・グリット>を行使した。
 射撃の奥義であるそれは、<二丁拳銃>により更に威力を増す。数多の銃弾とプラズマ弾がニゲルに飛翔。
 しかし、その数々の弾丸は、ニゲルに当たる前に真っ二つに割れた。

「無理だよ、特別警備部隊。
 俺の《断罪者ギロチン》は、『剣閃を加速させる力』がある。どんな攻撃も、斬れる限り俺には届かねぇぜ」

 構わず、白竜は撃ちまくる。それを嘲笑うように快音と共に片っ端から弾丸が撃墜される。
 白竜が弾丸を撃ち尽くした後、キン、と刀が鞘に納まる音が響いた。

「これで分かったかい? 俺には勝てはしねーよ、特別警備部隊」

 ニゲルが白竜に近づこうと、床を蹴った。
 しかし、その足は、両者の間を横から通過したレーザーによって止まった。
 ニゲルが舌打ちをし、レーザーが飛来してきた方向に目を向ける。そこには、羅儀の《念動球》があった。

「小細工だねぇ、特別警備部隊」

 ニゲルはそう呟く。
 瞬、とほんの一瞬だけ、ニゲルの右手がブレて、消えた。
 轟、という風の唸りと共に、目に映らぬ速度で断ち切られ、プラスチックの球体が割れる。
 その隙に、白竜は銃のマガジンを交換。再び、二つの銃口をニゲルに向ける。
 ニゲルは口元を歪め、小さく笑みの形を作った。

「いいぜ、いくらでもかかってこいよ。
 けど、俺に敵対した時点でてめーらの負けは決まっているがな」