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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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●最善とは

 信号が途絶えた。
「……!」
 信号というのは、クランジ ロー(くらんじ・ろー)ことローラ・ブラウアヒメルが身につけている発信器から出ていたものである。
 タイヤが焦げる匂い。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がツインバイクを急停車させると、その意を察してベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も空飛ぶ箒を止め、そこからするりと飛び降りた。
「予想はしていましたが、早かったですね」
「……発信器はローラが自分で壊したのだろうか? それとも、事件の黒幕に発見されたのか」
 明け方の淡い光が、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の翼に影を作っていた。鳳のような影と透き通った影、これを一つずつ。彼もまた、大鷲のように空から舞い降りて来たのだ。
「どっちにしろ、あまり歓迎したい話じゃないわ」
 バイクのエンジンが低い声を発している。その振動が、ナビよろしく取り付けられた追跡装置にも伝わって小刻みに揺れていた。けれど『生きて』いるのは画面のみ。受けるべき信号は死んでいる。無意味になったその画面を美羽は見つめていた。
 馬場校長の招集を受けて美羽は、ツインバイクを駆って捜索に乗り出したのだ。途上でパティを拾うことを期待していたがままならず、しかも追うべき信号は消失してしまった。
「どちらにしろ、消失点まで行く必要がありますね」
 ベアトリーチェの言葉に美羽は頷く。
 信号は移動を続けていた。今もローラは移動しているのか、それとも停止しているのか。
 ――それを確認に行こう。

 それではパティ、つまりパトリシア・ブラウアヒメルクランジ パイ(くらんじ・ぱい))はどこにいるのか。
 やはりツァンダの街だ。パティは現在、ある人物と対面していた。
 まぶしいほどの白。
 純白。
 それは、朝風にたなびくドクター・ハデス(どくたー・はです)の白衣の色だった。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 気持ちいいくらい、彼の高笑は空に響いた。
「……な、何言ってるのあんた。正気なの?」
 パティはいくらか引き気味だ。ところがそんな彼女には、まるで頓着せずに彼は言うのである。
「前校長秘書のローラとやらが蒼空学園から玄武の魔剣を持ちだしたと聞いた……確かに、黒幕のアジトを突き止めるには最善の策であろう」
「最善なはずないじゃない!」
 いきり立つパティをなだめるように、
「はじめまして、パティ君。僕はオリュンポスの参謀、天樹十六凪です。以後、お見知りおきを」
 と、柔らかな物腰で天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)がハデスの後ろから姿を見せた。
「……それはそうとしてパティ君。ローラ君のとった策、つまり自身を魔剣の虜とすることで黒幕の居場所をあばくという方法、これを考えたのはそもそもパティ君だと聞いていますが……?」
「それは、そうだけど……でも、あんたたちはローを知らないでしょ! ローみたいな純粋な子だったら、魔剣に心まで真っ黒に塗りつぶされてしまうわ! そうなる前に止めないと!」
「ふっふーん、そう悪いほうにばかり決めつけるのもどうかと思うよー?」
 明るい声を上げたのは、やはり秘密結社オリュンポス所属、警備のプロを自任するデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)である。
「このデメテールちゃんが、しっかりばっちり敵のアジトを見つけてあげる。だから大船、いや、フリゲート艦にでも乗った気持ちで安心すればいいと思うー!」
「待て。追っ手にはわらわもおる!」
 と口を挟む巫女姿は奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)だ。たおやかで可憐な容姿の持ち主ながら、神奈は肩を怒らすように言うのである。
「マホロバ人のお……乙女であるわらわであれば、魔剣の持ち主に誘拐されるやもしれず、さらに追跡効果は高いと……」
 その通りだ! とハデスは声を上げた。
「我が部下、暗黒巫女神奈よ! マホロバの血を引くお前が囮となり、魔剣に操られた秘書に攫われるのだ! これぞ完璧なる作戦であろう」
 と高らかに言っておきながら、ハデスは顎に手をやり言い加えた。
「……と、いってもそこまで完璧ではないかもしれん。誘拐された乙女に共通の条件、すなわち『美少女』というものに神奈が当てはまるのか、少々心配なのでな!」
「な、なんじゃと!」
 神奈は、首筋に冷え冷えのこんにゃくでも入れられたような反応を見せた。ギリギリと歯がみもする。
お、おのれ、ハデス殿め……わらわが美少女ではないじゃと……?!
 さすがに恥ずかしいのかいささか涙目になり、ここまで早口かつ小声で呟く神奈であるが、その背からは黒々とした危険なまでに凶暴なオーラが、温泉地帯なみにゆらゆらと立ち昇っていた(まあ、ハデスは気づいていないようだが)。
 再び声のヴォリュームをぐいと神奈は上げた。
「ええい! いいじゃろう、そこまで言うなら、正々堂々と誘拐されて、わらわが美少女であると証明してみせようぞ!
「やる気満点だねー! 大丈夫、きっと鮮やかに誘拐されるはずだよ。デメテールちゃんの期待大!」
 などとなにやらデメテールも盛り上がったりする。『正々堂々』とか『鮮やかに』という表現はどうも『誘拐』という言葉に馴染みがないけれど、ここではまったくもって正論なのである。
 エキサイトする神奈やデメテールをよそに、十六凪は紳士的にパティに頭を下げた。
「さて、そういうわけなのでパティ君、邪魔するのであればこちらも対抗するしかありません。手荒な手段は使いたくないので諦めて下さいませんか」
 一方でハデスは吼えるがごとく宣言するが、彼の場合特にエキサイトしているのではなくこれが通常進行である。
「そういうことだ! さっさと帰宅してテレビアニメでも鑑賞しておるがよい! ククク、黒幕のアジトを突き止めた暁には魔剣の製造技術を奪い、我らオリュンポスの世界征服のために役立ててくれるわ!」
「お断りよ!」
「ローラ君の気持ちを考えてはいかがです。彼女の意思を尊重するのであれば、その犠牲精神を邪魔するべきではないでしょう」
「手遅れになってから後悔したくないの! そこをどいてもらうわ!」
「ならば仕方がない。行け、十六凪、および戦闘員たちよ!」
 さっとハデスが身を翻す。それに呼応するように突風が吹き、彼の白衣をはためかせた。
「了解しました、ハデス君」
 得たりと十六凪が前に出た。こんなとき、彼とハデスの相性は抜群だ。淀みなく宣告する。
「さあ行きなさい、オリュンポス死霊騎士団のアンデッドたち」
 ネクロマンサーの能力全開。たちまちスケルトンやゾンビ、レイスにリビングアーマーの類が、あるいは地表を破り、あるいは瘴気に乗って、わらわらとパティを包囲したのだった。ほんのりした腐臭と、胸をつくような黴臭さがたちこめた。しかし、
冗談じゃないわ!
 それらを吹き飛ばすようにパティが甲高い声を上げた。いや実際、怪物たちは吹き飛んだ。金糸雀(カナリア)の叫びを数千・数万倍にしたかのような強烈な超音波、クランジΠの内蔵兵器が火を噴いたのだ。
 だが死の軍団はたかが数人ではない。吹き飛ばされた仲間の骸を踏み越えて、新たな個体が迫り来る。パティの白い肌を、その腐った腕で汚そうかというかのように。
 たちまち混戦となるがそれはハデスの思うつぼ、彼は優れた指揮官だ。パティの隙をついてデメテールと神奈に指示を下す。
ここは我らに任せて先に行け! と、いっても死亡フラグではないから安心するとよいぞ! フハハハハ!」
 デメテールと神奈の反応は迅い。
「おっけー。さあローラちゃん待っててね、デメテールちゃんからは逃げられないよー」
 言うなり豹のようにデメテールは駆け、
「絶対誘拐されてやるからな! だ、だがこれは任務であって……別にハデス殿に好かれたいとか思ってやっているわけではないからな! かっ、勘違いするでないぞっ!」
 などとしどろもどろ、赤面しながら神奈もデメテールを追った。
「あっ! 待ちなさいよ!」
 パティは慌てるが間に合わない。二人の姿はあっという間に視界から消えた。

「……パトリシア・ブラウアヒメルは足止め、か」
 彼らのやりとりを物陰から、静かに眺めている人物があった。
 絶妙の距離を取っているため、ハデスはもちろん、パティにも、十六凪にもその存在は察知されていないようだ。
 彼の手元にも籠手型ハンドヘルドコンピュータがある。だがもちろん、ローラからの発信はとうに途絶えていた。
 彼が何者か、明かそう。
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)である。
 小次郎は独自の推理に基づいて動いていた。
 まず、小次郎自身は、ハデスやパティとは考えを異にしていることは記しておきたい。
 魔剣に操られて持ち人自体の記憶はない、ということは、ある意味相手側としては織り込み済みだと彼は見ていた。
 ――今回のパトリシア、ローラのやろうとしたことは、次の手として予測できる事の範囲内ではないか。
 相手にとって重要な物であれば、前回の段階で回収ないし破壊を試みたはず。それがないということは、此方に利用されることを予測していたとしてもおかしくはない。
 そうなると、今回の逃走劇で黒幕が出てくると期待するのは難しい。むしろ回収を狙って、追っ手共々一網打尽にされる事を考えたほうがいい。
 ――そこら辺をあのパトリシアや、追っ手として先に行った二人(デメテールと神奈)が頭に置いておかないとやられる可能性が高いのだが……。
 ゆえに小次郎は予防策として、ローラを追っかけつつも集団には加わらず、後ろから付いて行って状況を記録することを選んだ。
 今、残ってパティを見守るか、急いで神奈たちに追いつくべきか小次郎は少し考えたが、残ることに決めて密かにビデオカメラを取り出し、電源を入れた。
 世の中に、確実なものなど何もない。それは小次郎も知っている。
 だがしかし、より確実に近いほうへ近づく努力はしておきたい。
 今回は記録を取ることに専念しよう。後で役に立つと思うので。