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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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 第15話 孵る
 
 
 
 
    過ちは 繰り返されるだけか
    償うことは やりなおすことは 出来ないものか
 
 
 
 
 ミルシェは、スカートを両手で押さえ、真っ赤になってシャクハツィエルに叫んだ。
「こ、この戦いが終わったら責任を取ってもらうからね!」

 ぐら、と周防 春太(すおう・はるた)は眩暈を起こした。前充にも程がある。

 おいおい、と、近くで見ていた戦友のエセルラキアが苦笑して囁く。
「お前確か、恋人が居たんじゃなかったか」

 がく、と春太は跪いた。
「……何なんだ、何なんだシャクハツィエルは――!!」
 自分の前世でありながら、嫉妬の炎をめらめらと燃やす。
 彼は恋人に裏切られ、やがて非業の死を遂げ、イデアの実験台となったことで、数奇な運命を辿ることともなった。
 彼は普通の生活を夢見ていただろう。
 今の自分は、彼が望んだ未来そのものなのだ。

「それでも、前世の方がモテるなんて許せないんですよ!」
 今すぐミルシェの現世、小鳥遊美羽のところに飛んで行って、
「今すぐ責任を取らせていただきます!」
と叫びたいところだが、しかしとりあえず置いておく。
 断腸の思いだが。だが、今はとりあえずイデアだ。


▽ ▽


 いつ死ぬかも解らない身。
 そんな生き物の本能として、子を成そうとすることは、自然の成り行きだとタウロスは思った。
 子を成すことが出来るのなら、老若男女誰でも構わなかった。
 腕を買われ、とある軍の施設を警備していた折だった。
 手当たり次第誰でもいい、と考えていたタウロスのちょうどその前に、侵入者が現れたのは。

「んっ……!」
 突然物陰に引きずり込まれて、ヤミーは驚いた。
 押し倒されたと思った時には、衣服を剥ぎ取られていた。
「何をなさいますの!」
「今から、いい思いをさせてやる」
 豊満な胸を掴まれて、ヤミーは顔をしかめる。
 最も、拙者の性欲に太刀打ちできる奴はそうはいまい、と、タウロスは心の中で続けた。
「……拙者を満足させられるか?」
 愛撫に喘ぎを漏らしながらも、ヤミーは挑戦的に笑った。
「……その言葉、そっくりお返しいたしますわ」


△ △


「さてと、とりあえず、またあいつが来るようだから色々仕掛けておくか」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は天井を見上げる。
 荘厳な造りであるこの宮殿の礼拝堂は、天井が、イコンも入れそうな程高い。
 天井にトラップを仕掛ける、というのは、無理ではないが、無意味そうだ。
 侵入経路は、扉か窓だが、前回正面の扉から堂々と入ってきたのを見ると、今回も隠れたりしないのでは、と判断する。
 そうして敵の視点を考えながら、ラルクは幾つかのインビジブルトラップを仕掛けた。
(やれやれ……最近は、例のあの変な記憶が脳裏をよぎりっぱなしだな……何なんだよ、この記憶は……)
「えーと……大丈夫?」
 ラルクの溜め息を見て、相田 なぶら(あいだ・なぶら)がそう声をかけた。
 ラルクは彼を見て、肩を竦めて苦笑する。
「ま、今はこんな記憶に振り回されてる場合じゃねえよな」


「リンネ達の体当たり攻撃が効いたということは、素手ゴロなら通じるってことかい?」
 ふむ、と、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、イデアへの対処を考える。
「リンネだったら効くとかじゃねーよなまさか。
 だとするとリンネを振り回して戦うことになるわけだが……」
 という冗談は、自分に返って来そうな気がするのでやめておく。リンネは、あれで割と怪力だ。

「というか、イデアには攻撃が効かなかったんだよなぁ。
 間合いは完璧だったし手応えもあった。
 不意討ちできたと思うから、防御されたというよりは、つまり何か足りなかったんだよな」
 七刀 切(しちとう・きり)が唸った。
 多分、足りないものとは、『前世との同調』なのだろうと切は考えていた。
「……けど、できねえよなあ」
 肩を竦める。
 レキアの生き様を知っている。
 死の淵に、全てに満足して逝ったことも知っている。
 今更、レキアを呼び、頼ることは絶対にできない。
 ふと、視線を感じて顔を上げると、イルダーナが切を見ていた。
 笑みを浮かべている。切が首を傾げると、彼は呼ばれて視線を外した。


 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、壁際に寄りかかり、じっと辺りを警戒しているイルダーナを見、彼に歩み寄った。
 『書』は、イルダーナが小脇に抱えて持っている。
「お願いがあるのですが」
「何だ」
「『書』を見せていただけませんか」
 イルダーナは、じろりとエメを見据えた。
「私は、ほぼ全ての前世の記憶を取り戻しています。
 ですが、『同調』をする気はありません。
 過去は過去、あの少女に自分を明け渡すつもりは全くないです」
 前世が本当で現世が仮の姿、なんて本気で言うのはローティーンまでにして欲しいと思う。
 前世はあると認める、だがそこまでだ。それ以上を許す気はない。
 今の自分を認められずに前世に同調など、「今」から逃げているとしか思えなかった。
 ……いや、もしかすると、逃げているのは、過去の罪からなのかもしれないが。
「この状態で、『書』が読めるのかどうかを、確認したいのです」
 此処でなら、立会人も多くいる。
「そうか」
と答えるイルダーナの表情が和らいでいる。
 前世に同調する気はない、ときっぱり言った時からだ。
 イルダーナは、『書』を持ち直すと、その表紙に指で十字を描く。
 そして、横に控える女性型ゴーレムに、その書を渡した。
「ブリジット、『書』を開け」
 言われるまま、ブリジットは『書』を開いた。
 エメはブリジットの前に立ち、その紙面を見る。
「俺には白紙にしか見えないが」
 イルダーナが言った。
 空白も多いが、かなりの部分に文章がある。だが、全く知らない文字で、読むことはできなかった。
「やっぱり、“自分に関わってる部分”だけが浮かび上がるのかな?」
 横からルカルカ・ルー(るかるか・るー)も覗き込む。
 やはり以前と同じように、文字は見えるが読めない。
「これって、ひょっとして前世に同調したら読めるんだよね……」
 じっ、とルカルカは『書』を見て、あのね、と言った。
「思い出したんだけど。
 ……この『書』、作ったの、実はルカだったり」


▽ ▽


 アーカーシャシステムには、欠陥とも盲点ともいうべき点ががあった。
 世界を改変するには、相応のエネルギーを必要とする。
 世界を丸ごと変えたければ、世界一つ分の力が必要なのだ。
「だが、このシステムを利用すれば、皆を救えることが、出来るかもしれない……」
 例え世界が滅亡しても、全ての人を書として存続させる。
 本物ではなくコピーデータからの再構築となっても、世界が在った証が残るならば。
 そして、この方法であれば、あの悲しい娘を、救うことができるかもしれない。
「……アレサ。必ず助ける」
 無事でいるだろうか。アレサリィーシュと、そしてずっと共に戦い、はぐれてしまったタスクは。
 できれば無事に生き延びて欲しい。そう願った。
 例え、滅亡が見えてしまったこの世界に在っても。


△ △


 ドカン、と扉が吹き飛ばされた。
「その通り」
 イデアが入って来る。トラップを仕掛けていたラルクが舌打ちした。
「二冊の『書』は、二つの大陸の歴史書。あの世界の全ての記憶だ」
 イルダーナが、横目で礼拝堂の入り口を見る。
 五人ほどの仲間を引き連れたイデアが、悠然と歩み入って来た。
「前の奴等とは違うな。ナラカの民か」
「そう。彼等では君等と戦えないので助っ人を呼んだ。
 殺しはしないが、多少痛めつけることくらいはできないと、こちらもやりにくいからな」
 イデアは笑う。
「こいつらが、パラミタを滅ぼす者達か? 何とも頼りなさそうな感じだが」
 奈落人の一人が、胡散臭そうにエメ達を見渡した。
「で、殺していいのは誰だ」
 イデアは、イルダーナを指差す。ふん、とイルダーナは鼻を鳴らした。
「丁度、『書』も彼が持っているようだ」
「ふっ、一石二鳥か!」
「させるか!」
 ラルクが吼えた。
 ラルクを見て、体格の良い一人の男が、にやりと笑って向かって来る。
 ぽい、と武器を投げ捨てて、素手でラルクに殴りかかった。


 縦笛の音が響く。
 ぴく、とイデアはそれに反応し、苦笑した。
「懐かしい音だ」
 かつて自分に呪いをかけたきっかけのその笛はだが、同じ効果をもたらさない。
「前世に還らなければ無理だと教えたはずだが?」
「生憎、その気はないんです」
 駄目だったか、と思いながら、春太は言い返す。
「僕は僕のままで、シャクハツィエルに勝つんです!」
 くくく、とイデアは笑った。
「それは殊勝なことだな」


「この連中、結構強いっ」
 なぶらは、敵の大剣使いと切り結びながら、内心で舌を巻いた。
 こちらの人数を大体把握した上で、向こうはこの人数で充分だと思って来たのだろうから、皆相当強くはあるのだろう。

 他の三人は複数を相手取って魔法攻撃を繰り出し、内一人はイルダーナに向かおうとしている。
 なぶらは目の前の敵の剣先を大きく払い退けると、イルダーナに向かう敵へ走った。
 背後から切りかかるが、相手も既に気付いていて、振り返って剣を止められる。


 敵の攻撃を凌ぎきり、ラルクはカウンターを狙って反撃した。
 攻撃の直後が、一番隙が大きい。
「がら空きなんだよ!」
 七曜拳によるラッシュで攻め込みながら、懐に入って掌底をぶち込む。
「――何がタウロスだよ……力の使い方を間違えやがってよ!」
 ラルクは、苦々しく吐き捨てた。
 もっと、別の使い道があっただろうが。
 そう、本人に言ってやりたかった。


▽ ▽


 その時、人化をとっていたサイガは、突然斬りつけられていた。
 肩口から叩き込まれた剣は、胸まで食い込んで止まっている。
 斬りつけたキアーラは、剣から手をはなしてサイガの身体に残したまま、ぼんやりと歩み去った。
「サイガ!?」
 ばたりと倒れたサイガに、タウロスが目を見開く。気配がなかった。
 見れば、キアーラは感情が欠落したかのごとく無表情に、ただ狂ったように血を求めて、戦場をさ迷い歩いているだけだった。
 その手がサイガを斬ったことを、果たして本人は解っているだろうか。
 ちっ、とタウロスは幽鬼のようなキアーラは捨て置いて、倒れたサイガの様子を見る。
(ああ……意識が朦朧としてきやがる……。こりゃ駄目だな……)
 サイガは、どこか冷静に、自分の状態を分析していた。
(畜生……世界がぶっ壊れるまであと少しってところで…………。
 本当に、あと……少し…………)
 この下らない世界が壊れる様を、一目だけでも見たかった。

△ △