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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
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【選帝の間の入り口にて】




 先代皇帝、アスコルド大帝の喪があけ、ついに選帝の儀の日はやって来た。
 厳かな空気に包まれた、世界樹ユグドラシルの中でも、最も奥まった場所である選帝の間は、その扉の前に立っただけで呑まれそうな、強い魔力を感じられる場所だった。

「流石は、パラミタ最大の世界樹の中枢……といったところですね」
 東 朱鷺(あずま・とき)が感嘆と共に呟いた。
「ぜひとも儀式も拝見したいところですが、それは難しいのですか」
 恐らくこの場で唯一、その好奇心だけを理由にここに居る朱鷺に、氏無大尉が「そうだねぇ」とのんびりと答えた。大きな扉は豪奢ではあるが、普通の扉である。押せば開くだろうが、それは不味いだろうね、と氏無は続けた。
「選帝神達しか入っちゃいけないって決まりみたいだからねぇ」
 その言葉に残念がる朱鷺に苦笑する氏無に、大尉、とトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が声をかけ、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)の警護を受けながらのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が、すっと手を差し出した。そこへ収まっていたのは、遺跡龍の心臓部にあった秘宝だ。道中狙われないように、ミカエラたちが警戒しながら此処まで秘密裏に運んできたらしい。それを確認して、氏無は目配せで、第三龍騎士団長のアーグラを招くと、それを示した。アーグラ自身はそれが何か知らないのだろう、首を傾げる様子に、氏無はトマスに説明を促すように肩を叩いた。
「これは、先日コンロンで手にした、”その者が持つ力を覚醒させる”という遺跡龍の秘宝です。これをどうか、選帝神様方へお渡しいただけませんか」
 更に目を細めたアーグラに、トマスは続ける。
「それがあれば、もう一人の候補者に眠っている資質を完全に覚醒させることが出来るはずです」
 その訴えに、僅かに沈黙したアーグラは一瞬周囲を窺いながら、トマスへ視線を戻すと僅かに首を傾げて見せた。
「……これを渡すことは、セルウスへの協力となるが」
 シャンバラ側の内政干渉ではないか、と暗に含める物言いに、とんでもない、と首を振ったのは魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)だ。
「これはあくまで、資質を目覚めさせるための道具に過ぎません。荒野の王が真に相応しいのであれば、今更セルウスが資質を幾許か目覚めさせ、諸兄の前で彼と比べられても、痛くも痒くもないはず」
 周囲にも聞かせるような言葉を引き取って、トマスが丁寧に頭を下げた。
「貴国の新しい指導者が公明正大な方に決まることは、貴国にとっても当然のこと、僕の所属するシャンバラ王国にとっても善きことです。決定するのは選帝神の皆様ですが、全てを見た上で決めていただければと思います」
 その説得が効を奏したのか、アーグラはミカエラから秘宝を受け取って「承知した」と頭を下げた。
「これは私が責任を持って、選帝神へと託す」
 そう言ったアーグラが、その足で選帝神イルダーナ・メルクリウス(いるだーな・めるくりうす)へと向ったのに、トマスたちはひとまずの息を吐き出した。
 そうして緊張の満ちる教導団の面々へ、ぱん、とルカルカ・ルー(るかるか・るー)が軽く手を打った。
「大丈夫、うまくいくわ……セルウスは頑張ってるもの」
 帝国騎士達の手前、大きな声ではないが、「そういう子は、皆だって応援したくなるもんね」言って笑みを浮かべたルカルカにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は肩を竦めた。
「次期帝国皇帝に恩を売るのも悪くないさ」
「素直じゃないなあ」
 そんなダリルにぼそっと言いながら、ルカルカは氏無へ首を傾げた。
「大尉はセルウスに何を思うんです?」
「ん? ……そうだねぇ、まだちょっと頼りない感じだけど、少なくとも、荒野の王よりマシってところかなぁ」
 のんびりした声音ではあるが、セルウスへの評価はどうやらやや厳しめのようだ。というよりも、氏無にとって気がかりなのは別の部分であるようで、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)にやや顔を寄せると「どうだい」と囁くように短く聞いた。
「……聞こえてるから、くっつくな!」
 ぱちん、と耳に痛い音が一閃。クローディスのでこぴんが氏無に炸裂したのだ。イタタタ、と大袈裟に蹲ってみせる氏無だったが、当然、お互いに演技だ。よろよろとしながら、氏無は今度は香 ローザ(じえん・ろーざ)の方まで近付いて泣きつく振りをしてぽん、と肩を叩いた。
「……とりあえず、この場所で機器に不調はないみたいだけど、中に入ったらどうか判らない」
 中で殺気立つ何かが発生しないかどうか、気にかけておいて、と言う氏無の小声に、ローザは小さく頷いた。続けて、何かの合図のように目配せしてきた氏無に、頷いて返した白竜に「なあ」と話しかけたのは世 羅儀(せい・らぎ)だ。
仲間達から得た、荒野の王が薬を使って能力を引き出している、という情報に危機感を募らせていたのだ。
「それって危険な薬じゃないのか?」
「私もそう思います」
 白竜は頷いて、薬の奪取についてを羅儀と相談していたが、ふと、羅儀はその視線を教導団とは別に固まる面々へと投げて目を細めた。
「……まあ、気をつけなきゃいけないのは、それだけじゃなさそうだけど」
 

 羅儀が警戒に視線を投げた先では、ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が周囲を警戒しながら、僅かに息を吐き出していた。ジャジラッドは、ラミナの護衛と言う名目で恐竜騎士団の派遣を願ったのだが、ユグドラシルの警護は第三龍騎士団の管轄である。面子の問題もあり、よもやセルウスとの繋がりを疑っているとも言い出せないため、何名かの騎士を守護として回すことと、ジェルジンスクの一件でシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)と共に捕まっていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が対侵入者警邏に赴くことで、その話は落ち着くこととなったのだった。
 道中を龍騎士に守られながら訪れたラミナたち選帝神が、選帝の間へと入っていくのを見送りながら、ザウザリアスはもう一度息をついた。
「どうやらやはり、こちらに来るつもりは無い様ね」
 ザウザリアスは、ラヴェルデが選帝の儀を急いだのは荒野の王が長くは持たないかもしれないではないか、という疑いから、アスコルド大帝の子供であり、実力もはっきりしている蓮田レンを皇帝候補として選帝の儀に間に合うように説き伏せようとしたのだが、ザウザリアスが煽ってみても「ぶっこわすなんてせせこましいやりかたじゃ、越えたことになんねーよ!」とレンは聞く耳は持たなかったらしい。真面目な話を振ってみても、そんなものは選帝神が何とかするだろ、と言い残して行ってしまったという。
「行った……とは、どこへ?」
「ニルヴァーナ大睦にある“宮殿都市アディティラーヤ”へ行くつもりだと、言っていたわ」
 何の用事だかわからないけど、と続く言葉にジャジラッドは肩を竦める。
「来ぬものは待っても仕方が無い」
 目を細めたジャジラッドは、その視線を荒野の王へと向けた。
「後は、全力で向うのみだ。お互いにな」




「うおぃ〜〜っす。いよいよ選帝の儀式だねぃ。どーだい自信のほどは?」
 選帝神たちが選帝の間に入り、準備をしている頃。その扉の前に一人佇む荒野の王に、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と共に、ラヴェルデ邸の客人として滞在した後、荒野の王たちに付いてきていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が声をかけた。儀式の前だ。皆が警備に勤しんでいることもあって、声の聞こえる範囲に人の姿は無く、その口調を咎めるものは誰もいない。荒野の王も特に気にした様子も無く、変わらぬ不遜な様子で「自信だと?」と首を捻った。
「今更、余以外選ばれる筈も無かろう。自信もくそも無い」
 予想通りの自信満々な回答を、アキラは適当に流して「で」と口を開いた。
「このままでいいの?」
 その問いの意味を図りあぐねて、荒野の王が先を促すと、アキラは続ける。
「セルウスのことさ。貴方自身、多少なりとはその力を認めているのでしょう?」
 自分と同じ皇帝候補の名に、荒野の王がぴくりと反応を示すのに「だったらさ」とアキラは尚も続ける。
「このままセルウスが来れるかどうか、待ってみる気は無い?」
 貴方としても、決着を有耶無耶にしたまま王になるのは、望むところではないでしょう、と荒野の王は返答しないものの聞いているのは判っているので、それに、と更に続ける。
「このままじゃ、繰上げで王になったー、とかセルウスが怖くて逃げたー、とか抜け駆けだー、とかって、後々の遺恨を残しかねないでしょ」
 最悪、セルウスの方が相応しい、と、クーデターが起きて国が分裂してしまうかもしれない。そうでなくても、今巷で流れている噂は、荒野の王とセルウスの間で半々近くまで意見が割れ始めているのだ。
「……だから待て、と?」
「そそ。セルウスを待って、きちんと選帝神に選んでもらって、正々堂々王座に付く。そうすれば、誰も文句は言えない」
 アキラは答えながら、にしし、と意地の悪い笑みで首を傾げた。
「それとも……怖い?」
 セルウスが覚醒すれば、候補者として並び立てるだろうことは判っている。そうすれば、選ばれるのはセルウスではないか、という不安。選ばれる自信が無いのではないか、と挑発するような物言いに、荒野の王ははっきり眉を寄せたものの、暫し沈黙し、外套を羽織って出立の支度を終えると、ふ、と息を吐き出した。
「全ては既に動き出している。今更選帝の儀を止めることは出来ん」
 らしくない逃げ口上のような言葉に、アキラと、そこに一緒にくっついているアリスがちらと顔を見合わせるのに、荒野の王は常のような不敵な笑みを浮かべ直すと「待ってみるのも、面白くはあったがな」と前置いてから剣を差し、不遜に言った。
「三日の猶予は与えてやった。辿り着けなければそれまでだ。もし奴が真に余と同じ候補であるなら、ぜひとも間に合って欲しいものだがな」
 自信たっぷりに、けれど最初のセリフとは違って、どこか暗い愉しみを含むような声音に引っかかりを感じながらも、いざ参らんと扉を開いた荒野の王に、アキラは皇剣アスコルドを構えて敬礼した。
「貴方に、先帝アスコルド大帝と、世界樹ユグドラシルの導きがありますように」
 続けて、世界中の苗木ちゃんで荒野の王の頭をぺしぺしと叩き、アリスが幸運のおまじないをその上へかけると、荒野の王は一瞬目を細めると、気紛れにかシャンバラ式の敬礼を返すと、がんばってねーとのんびり手を振るアキラに送り出されながら、選帝の間へと入っていったのだった。