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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声 ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

リアクション

「バラけるなよ。常に多対一で、確実に潰すんだ」
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が、武者震いのように腕を振り回す。
「任せてよ。腹ごしらえもしてきたしねー」
 リンがお茶目にウインクする。彼女の言う『腹ごしらえ』とは、魔女特製スープ『ギャザリングヘクス』のことだ。いつもより全身に漲った魔力を感じながら、リンは赤い瞳を輝かせる。
「プリム、お願いね」
 未憂に促され、プリムは小さく頷くと、可憐な唇を開く。そこから、地の底からわき上がる咆哮を押しの戻すように、少女は柔らかな歌声を響かせた。その声は、聞く者の心を温め、醜い怨嗟の嘆きを忘れさせてくれるようだ。
「…………」
 美しい声に励まされ、白竜はフュージョンガンを構えた。
「時間だ」
 トマスがそう口にする。テノーリオを先頭に、彼らは靄のなかへと足を踏み入れた。

 途端に、生臭い、息苦しいまでの不快感が彼らに襲いかかる。耐性をつけていてすら、これだ。丸腰では、動くだけで精一杯だろう。
「【キュアポイゾン】!」
 未憂が靄へと魔法を試みるが、効果はなく、わずかな光はすぐさま靄に飲み込まれるようにして雲散霧消した。
「だめですか……」
「毒そのものではないようね」
 そう言いつつも、ミカエラは油断なく、地図にあるゲートの位置を探っている。
「でも、デスプルーフリングは、少し効果あるみたい」
 リンがあたりを伺いながらそう口にする。未憂も自身の知識を総動員し、この靄の正体を探った。
「ナラカからの瘴気……それが一番近いようですね。世さん、ルドルフ校長に伝えていただけますか?」
「了解」
 羅儀は頷いた。まだぎりぎり、HCは動いている。
「固まって動いたほうが良いな」
 視界はかなり悪く、少し離れただけで味方ですらただの影となる。相打ちなんていう情けない醜態は避けたい。そんな思いで、一同が固まったときだった。
 ――オオォォゥ……――オォォ…
 背筋が冷たくなるような声をあげ、幽鬼たちが彼らを取り囲む。ゆらゆらと揺らめきながら、黒い瘴気を全身から垂れ流している。その姿は、半ばぼろきれと化した黒いローブだけのようにも見える。ただ、その頭巾の下には、がらんどうの眼窩がうつろに窪んでいた。
 生ある者を呪うようにまとわりついてくる幽鬼。ひやりとした生臭さに嫌でも鳥肌が立つ。
「くそっ、ひょろひょろしやがって!」
 テノーリオは【奈落の鉄鎖】の力をふるおうとしたが、もとより重力に縛られない幽体には効果がない。羅儀のはりめぐらせた【サイコネット】も、彼らの動きを封じるのは叶わなかった。
「落ち着け!」
 トマスは一喝し、【光術】を使用する。幽鬼は途端にはじかれたように身をかわし、その隙に白竜がフュージョンガンを撃ち込んだ。炎と光が炸裂し、幽鬼が断末魔の声をあげて身をよじり、光の中に消えていく。後には、その影の欠片も残らなかった。
「すまない」
 白竜が小声でトマスに詫びる。捕虜を欲しがっていたトマスの前で、消滅させてしまったことを、だ。
「いえ。この様子では、こいつらとは意思の疎通は難しそうだ」
 計算違いだが、それはそれで仕方が無い。それに、なにも現れる敵は幽鬼だけとも限らない。まだチャンスはあるだろう。
 それよりも、だ。
「物理攻撃よりも、光輝属性や炎といった属性攻撃で攻めるべきですね」
 確認できた弱点を子敬が口にする。取り囲んだ幽鬼は、仲間の死をも知る由もないように、次々とその冷えた禍々しい手を彼らに伸ばし続けていた。
「プリム、やっちゃえ!」
「……がんばる……」
 リンに促され、プリムは微かな声で答えると、まばゆい光を中空に呼び出す。
 一種のバリアとなっている黒い靄が【光術】によって払拭されれば、一体一体の幽鬼はそれほど驚異的な強さではなかった。
「どけどけどけーーっ!」
 テノーリオの【クロスファイア】が火を噴き、行く手を阻む幽鬼を蹴散らす。今度は逆に、彼らのほうが、幽鬼を追い立てる側に転じていた。さらに、そこに。
「何の目的かは知りませんが、ともあれ、私達の世界は渡せませんよ!」
 ミカエラは思い切り踵で地面を蹴りつけ、その場に高く飛び上がる。炎と光に蹴散らされ、一カ所に誘導された幽鬼たちの頭上へとその身体をひらりと踊らせると、拳を握り、思い切り必殺の【則天去私】をたたき込んだ。
 流れ星が、地上に落ちる。そんな風にも、それは見えた。
 ――――ゴオオォォォ……ッ!
 大気がビリビリと震え、光が四散する。その輝きが、幽鬼たちを次々と昇天させていった。
「……ふぅ」
「お見事!」
 立ち上がり、息をついたミカエラにリンがそう笑いかける。ミカエラもまた、微笑を返した。
「第一波は退けたようね」
「そうだね。先を急ごう」
 周囲の黒い靄はやや薄くなっていたが、一時的なものに過ぎない。頭にたたき込んだ地図を思い返しながら、トマスが方向を指示する。
「怪我はないですか?」
「ひとまずは、大丈夫そうです」
 白竜の言葉に未憂はリンとプリムの様子をうかがってから答えた。
 羅儀は、この戦闘で得た情報をさっそく報告していた。
「やはり、ナラカの力のようですね」
 子敬が呟き、黒い靄の向こうにあるであろう研究所を見やる。
「本来直通の道が無いはずの場所から、ゲートが繋がって行き来できる様になっているという事でしょうか?」
「おそらくは」
 未憂の問いかけに、子敬は頷く。
「……だとしたら、向こうから靄が来た代わりに、こちらから『カルマ』が運んで行かれるかもしれないのですね」
 『カルマ』はエネルギー装置に宿る人格だ。果たしてあれを運べるかどうかはわからないが、現時点では、なにがあり得てなにが無いとは断言しにくい。
「研究所から動かない以上、目的がカルマなのは確かでしょう。破壊か、利用か、そのどちらかが目的かはわかりませんが。いずれにせよカルマは、ナラカとシャンバラを繋いでいる。このゲートは、その副作用といえなくもないのです」
 以前にも、この周辺にはアンデットの類いが頻出していたことは、誰もが知っていることだ。ただそれは、ナラカから湧き出したわけではなく、カルマが宿すナラカからの力に惹かれて寄ってきた類いだった。今回は、そうではない。
「タングート……」
 地下世界からの、干渉なのだろうか。トマスがそう呟いたときだった。
 ぞろり、と。
 闇が、動いた気がした。
「……来ます。敵来襲、11時方向!」
 ミカエラの声に、緊張が走る。黒い小山が、彼らにむかって口を大きく開けた……それは、なんと言えばよかったろうか。
 古代の両生類を思わせる、のっぺりとした顔と身体に、短い手足。白い牙だけが獰猛に光り、その奥はただ闇ばかりだ。
 ただ、一目でわかる。忌まわしく、背徳的なソレは、……本来、この地上にいてはならないものだと。
 ソレは瘴気をその身に幾十もまとわせ、一息に彼らを飲み込もうと突進してきた。
 咄嗟に、未憂は【古びた懐中時計】の能力で動きをわずかに遅らせる。同時に、白竜のフュージョンガンと、テノーリオの【クロスファイア】が火を噴いた。炎と雷が、激しい音と光を放つ。
 それは攻撃に対し、不快そうに首を振ると……大地を揺らす咆哮をあげた。黒い風のように、闇の力がパーティに襲いかかる。
「……くっ……!」
 咄嗟にリンが両手を伸ばすと、彼らの前に巨大な氷壁が現れた。【歴戦の防御術】と【氷術】を組み合わせることで作り上げた、氷の盾だ。
 それを避けるように、化け物は迂回し、再び襲いかかろうとする。
 万が一のために、少女たちを守るようにテノーリオと白竜、羅儀が化け物に対峙する。
「ひるむな!」
 トマスが大声で彼らを鼓舞する。
 予想以上の巨大さだった。これが、ゲートをくぐってきたというのか。
「すぐさま倒すことが目的ではありませんよ。私たちは、道を作ればよいのです」
 子敬に頷き、トマスは「ミカエラ、研究所への最短ルートを提示だ」と命令を下す。
「わかったわ」
 一方で、
「……これなら、どうですかっ?」
 未憂は気合をこめ、【バニッシュ】を力一杯に放つ。
 清浄な力は光となり、少女の小さな手のひらから溢れんばかりに放たれた。
「まぶ、し……っ」
 リンが目を細める。だが、それでも感じられた。
 黒い靄が、薄まった。
 圧迫していた生臭い匂いが消え、呼吸が楽になる。
 化け物も怯んだように、わずかに後退をはじめた。その隙を見逃さず、テノーリオはさらに炎でもって化け物を圧倒する。
「……みゆう……!」
 額に汗を浮かべて集中を続ける未憂に、プリムが不安げな眼差しを向けた。
「……平気です。私が魔法を使い続けられるうちに、研究所まで!」
「お願いします。突入部隊、未憂さんに続いてください。襲いかかるものがいれば、私たちが排除します」
 白竜が羅儀を通じて連絡をする。
「こっちです!」
 ミカエラがはじき出したデータを元に、未憂を先導する。そんな彼女をリンとプリムがぴったりと寄り添うようにして守り、同時に、立ちふさがろうとする幽鬼をテノーリオと白竜、羅儀が冷静に迎え撃った。
 突入部隊の先導をしつつ、最後尾からそれをトマスと子敬が援護し、黒い靄に包まれた谷底に、一条の光は貫かれたのだった。