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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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「そうそう。これはタシガンで咲いた薔薇です。お気に召したら嬉しいのですけれど……」
 タリアが手土産のバラの花束を渡すと、窮奇は喜びに震えんばかりだった。
「わぁ、キレイ!! お姉様と同じくらい、キレイですぅ♪」
「……聞きしに勝る、やなぁ」
 いっそ感心するほどだ、と泰輔は細い目を丸くしている。
「あそこに見えるのが、タングートの街なのかしら?」
「はい、そうですぅ! その真ん中に、大きな赤い五重塔が見えますかぁ?」
「ええ、見えるわ。立派な塔ね」
「はいです! あそこが、共工様のいらっしゃいます、珊瑚城の場所ですぅ」
 祥子とタリアの問いかけに、にこにこの笑顔で窮奇は次々と答えている。

 その影で、「レモ少年」とアーヴィンは小声でレモに話しかけた。
「なんですか?」
 レモはまだわずかに青い顔ながら、アーヴィンを見上げて小首を傾げる。
「やはり、ここの悪魔と平和に交渉するには、女装が必要そうなのだよ。しかも、猫耳もだ! 郷に入っては郷に従えと言うではないか!」
「そうだよ〜。ほら、アヴ兄が用意したドレス、ボクちゃんと落とさないようにぎゅーって持ってきたよー!」
 木がにこにこしながら風呂敷包みをレモに差し出す。
「……い、今ここでですか!?」
「ふむ。確か、祥子女史が用意した百合園の制服もあったはずだな。どちらがよい? 少年」
 アーヴィンも木も至って真面目だ。しかも、泰輔と顕仁までも。
「どんぱちは避けたいんやったら、必要やろ」
「どちらにせよ、愛らしいことだろうて」
「〜〜〜〜メイド服でっ!」
 本来は制服のほうがフォーマルな気はするものの、やはり他校の制服で挨拶をするのはレモとしては納得できない。ならば仕方が無い……と、レモは苦渋の決断を下した。
「え、えっと、じゃあ、祥子さんたちがお話してるうちに……!」
 マーカスと木が必死にマントでレモを隠し、なんとかレモは着替えを終えた。……そうしてみると、なかなかに立派な女の子だ。
「おお! あれで、あとは語尾が『にゃん』で完璧……」
 悪ノリするアーヴィンを、さすがに今度こそはマーカスがひっ捕まえて口を塞ぐ。
「ごめん、レモ。気にしないで」
「う、うん。……ヘンじゃない?」
「似合ってますよ」
「ええ、大丈夫です」
「うう……翡翠さんと桂さんがそう言うなら……」
 しぶしぶ準備を整えたレモは、覚悟を決めて窮奇の前に進み出た。
「あの……お待たせして、すみません。ぼ、私が、レモです」
 すっかり二人に懐いていた窮奇が、振り返る。そして……。
「あんたがレモ? ふぅん、……よろしくね! あたい、窮奇。共工様が、あんたのことお待ちだよ!」
 どうやら窮奇の好みはお姉様系らしく、祥子たちほど劇的ではなかったものの、好意的にレモのことを受け入れた。女装作戦は、とりあえず成功のようだ。ほっと安堵するレモの背後で、密かにアーヴィンたちはぐっとサムズアップを交わしていた。
 
 窮奇が言うには、ここはタングートの都の外れにあたる場所だそうだ。珊瑚城のある都までは、徒歩ならば1〜2時間といったくらいらしい。
「お姉様方だけでしたら、あたいの竜で連れていけますけどぉ」
「いえ、できたら、この都を拝見しながら行きたいわ。かまわないかしら?」
 窮奇の頬をそっとタリアが撫でると、途端に窮奇は頬を真っ赤に染めて「わかりましたぁ!」と元気よく答えた。
 本当のところは、のんびり観光したいというわけでもないが、ここで手勢を分断されるのが困るのだ。今のところ穏便に事はすすんでいるが、いつ罠にかけられてもおかしくない。
「レモも、それで良い?」
 祥子に問われて、「はい」とレモは頷いた。
「あの……共工さんは、なんで私を呼んだんでしょう」
「さぁ? あたいは詳しくは知らないよぉ。さっさと出発しよ! ……あんたたち、あんまり近づかないでよねっ!!」
 最後はじろりと男連中を睨み付けて、窮奇は吠えた。
「元気なお嬢さんですねぇ」
 くすくすと霧神は笑っている。その横で、「うん」と頷きつつも、尋人は複雑そうだ。
「どうかしましたか? 尋人」
「いや……どうしてなのかなと思って。なんでそんなに、男が嫌いなんだろう?」
 道中、機会があれば窮奇に尋ねてみたかった。
「さぁて、色々な価値観がありますからねぇ」
 霧神はそんなまっすぐな尋人に笑みを深くする。尋人には、『理屈もなく生理的にダメ』などという理不尽な感情は理解しにくいのだろう。だからこそ、霧神にとっては尋人が可愛くて大切に思えるのだ。

 一行は、窮奇を先頭にして、祥子とタリアが続き、そしてレモと木、まだ幼くぱっと見性別がわからないマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)の三人が手を繋いで歩いて行く。その後ろを、やや距離を置いて護衛が従うといった状態だった。
「足下、大丈夫? 気をつけてね」
 慣れない砂地に足をとられないよう、レモが小さなマユと木を気遣う。
「はい。……レモさん、タングートの都って、どんなところなんでしょうね」
 マユが不安と好奇心の混じり合った瞳でそう口にして、レモの手をきゅっと握る。
「あんまり、怖くないところだといいね」
「大丈夫だよ〜。みんな一緒だもん!」
 木の無邪気な言葉に、マユとレモは微笑み、「そうだね」と頷いた。