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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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【十三 箱庭の中の戦争】

 その日の夕刻。

 南部ヒラニプラの戦闘が終結し、戦後処理に追われていたアレステル・シェスターだったが、白竜から重要な話があるとの面会申込みを受け、ニキータの手引きで極秘に会談を持つ運びとなった。
 この面会には天音とニキータの他、クエスティーナ、鈴、更には前線から引き返してきたドクター・ハデスといった顔ぶれも同席している。
 一方、アレステルは白竜がどのような用件で面会を求めてきたのか、大方の予測をつけている様子だった。
 アレステルは随分と落ち着いた様子で、白竜と羅儀にソファーを勧めた。
 白竜は進められるままに腰を下ろし、開口一番、周囲の誰もが驚くようなひと言で対決の幕を開けた。
「恐れながらシェスター殿……今回の騒乱の黒幕は、あなたですね?」
 自分で自分の心臓を握り潰してしまう程の息苦しさを感じつつ、白竜は鋭く切り込んだ。
 これに対しアレステルはただ微笑んだまま、否とはいわず、じっと白竜の顔を見つめてくる。
「先程、情報課の甲賀少尉から連絡がありまして、今回の騒乱の真の目的がイレイザードリオーダーの殲滅にあったことが判明しました。南部ヒラニプラの経済復興は単なる副産物に過ぎなかった、というのは穿った見方でしょうか?」
「いいえ……寧ろ最初は、そちらが主目的でしたから」
 アレステルのこのひと言で、全てが完結した。
 彼女は自ら、己が黒幕であったことを認めたのである。
「ヴラデル・アジェンのことは、予想外であったと同時に、まことに残念でした。彼はあのような性格ではありますが、民を想う政治家としては優れた人物でしたから……」
 白竜が三郎から得た情報では、御鏡中佐がスティーブンス准将の娘婿の兄であるということまで分かっているのだが、この場では敢えて触れずに、白竜は更に話を進めた。
「イレイザードリオーダー追放作戦を最初に立案したのは?」
「若崎さんです。彼は、スティーブンス准将に反乱の意図があることも知っており、そのことを私に持ちかけてきたのも若崎さんでした」
 そういう意味では、真の黒幕は若崎源次郎であるともいえるのだが、しかし実際にスティーブンス准将に反乱実行の密命を下したのは、アレステルであった。
「知っての通り、イレイザーはあらゆる文明の破壊者です。彼らをこのパラミタに放置することは、パラミタ人種の滅亡を引き起こす災厄へと繋がります。私も正直なところ、乱念層のことは若崎さんにお聞きするまで知りませんでしたが、我がヒラニプラ家の情報力を駆使して、彼の言葉が真実であることが判明した瞬間、今回の企てを実行に移す決意を固めました」
「しかし、では何故イレイザードリオーダーは准将に味方したのです? 彼らは近い将来、若崎が敵に廻ることを知っていたのではないですか?」
 白竜のこの疑問に対し、アレステルは一瞬だけ、苦悩の表情を浮かべた。
「イレイザーは、文明の破壊者です。彼らはより多くの文化・文明が繁栄する地球での破壊活動を、強く望んでいたのです……」
 つまり、イレイザードリオーダー自身が地球への降下を期していたというのである。
 アレステルも源次郎も、イレイザーの破壊の欲求を逆に利用することで、地球での決戦に持ち込む算段を立てたのだ。
 愛する者を失い、人生の全てに絶望していたスティーブンス准将が、自らの死に場所を求めて敢えて悪逆の反乱者の汚名を被った、とも思えなくもない。
 だが、それならそれでひと言、金団長に説明らしきものがあっても良かったのではないか。
 白竜がその点を指摘すると、アレステルは残念そうにかぶりを振った。
「乱念層の形成には、戦う者同士の間で僅かにでも躊躇があってはなりません。本気でお互いを憎しみ合い、殺し合う程の気迫が無ければ、乱念層は形成出来ないのです」
 だからこそ源次郎は、真剣に反乱を企てていたスティーブンス准将に白羽の矢を立てたのだし、アレステルは金団長に対し一切を秘密に伏せていたのである。
「乱念層が形成され、南部ヒラニプラへの政府資金援助、並びに戦災補償の道筋が立った今、私はもう、何も思い残すことはありません。いつでも告発を受ける準備があります」
 だが、白竜は否、と首を振った。
 彼が望んでいたのは『真実を知ること』であり、黒幕を破滅に追いやることではない。
 寧ろ白竜は、アレステルこそが今のヒラニプラには必要な人材であり、現時点で彼女を失うことはヒラニプラに重大な危機をもたらすとも考えていた。
「自分は、シェスター殿を排除しようとする動きが出たら、全力で阻止します。今のヒラニプラには、シェスター殿が絶対に必要なのです」
 白竜のこの宣言に、アレステルは深々と頭を下げた。


     * * *


 任務を終え、教導団本部内の自室へと帰り着いたジェニファーは、今回の保安調査任務で対プリテンダーに協力してくれたコントラクター達を自室に招き、ちょっとした慰労会を開いていた。
 彼女はこの場で皆の活躍を称えると共に、教導団を除隊する意思を明らかにした。
「えぇぇッ!? 辞めちゃうのッ!? 折角大尉にまでなったのにぃ!?」
 理沙が素っ頓狂な声を上げた。
 他の面々も理沙に負けず劣らずの驚いた顔を見せていたが、しかしジェニファーの決意は固いらしく、穏やかな笑みを浮かべて小さく頷き返すのみである。
「それで……除隊後は、どうするつもり?」
 ジェライザ・ローズが身を乗り出して訊くと、ジェニファーは妙に懐かしそうな表情を浮かべて、曰く。
「アヤトラ・ロックンロールに戻ろうかと思っています。もう一度、ジェニー・ザ・ビッチとして荒野を駆け廻りたいと思いまして」
 誰もが酔狂な話だと呆れたが、しかし同時に、それもまた面白いとの声も上がった。
 但し、レオンだけはどうにも納得がいかない様子である。
「折角こんな美人の上官が出来たってのに、残念な話だなぁ」
「何をいってるのですか、ダンドリオン大尉。あなたはもう、上に立って後進を指導する立場でしょう」
 ジェニファーが何気なく放った台詞に、その場の全員が一瞬、口を開けて硬直した。
 一番驚いていたのは、レオン自身である。
「え……俺が、大尉?」
「あら? まだ辞令を頂いてなかったのですか? 確かヘルムズリー大佐が、もう発令したとおっしゃってましたけど」
 ジェニファーの言葉が終わらないうちに、レオンは慌てて部屋を飛び出していった。
 向かった先は恐らく、ヘルムズリー大佐の執務室であろう。
 ジェニファーの個室内で、呆れたような笑いの渦が巻き起こった。




『レベル・コンダクト(第3回)』 了

担当マスターより

▼担当マスター

革酎

▼マスターコメント

 当シナリオ担当の革酎です。

 第3回終了時点での情勢を、以下にまとめます。

 ・南部ヒラニプラへの戦災補償と経済支援が以後数か月に亘って継続。
 ・レオン・ダンドリオンが大尉に昇進。
 ・南部ヒラニプラと東カナン商人連合との間の交易開通に関する交渉が本格化。

 尚、今回は佐官称号が配布されておりますが、この佐官称号に伴う責任と義務は重大です。
 佐官称号に伴う権限も、尉官称号同様、基本的には教導団の正式任務以外では使用できません。
 また大尉・中尉といった皆様も、階級に付随する権限は本来、教導団が団員に貸し与えているものであり、個人の権力などではないことを今一度、認識し直して頂くようお願いします。


 それでは皆様、ごきげんよう。