薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション公開中!

レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【九 要塞内、突入】

 ルカルカ率いる鋼鉄の獅子、即ち突入連隊がリジッド兵を相手に廻して激戦を繰り広げる傍ら、第六師団本隊は破壊された前衛要塞部の城壁外郭を目指して、次々に突破を敢行してゆく。
 だがその前に、新たな脅威が立ち塞がった。
 大地がいきなり陥没し、半径百メートル近い蟻地獄のような地面崩壊が発生したかと思うと、地中から巨大な蠍を思わせる禍々しい姿が飛び出してきたのである。
 イレイザードリオーダーの一体、フォートスティンガーであった。
「うわぁ……やっぱり出たっ。覚悟はしてたけど、気持ち悪いものは気持ち悪いなぁ……!」
 巨大な敵の出現に備えていた清泉 北都(いずみ・ほくと)は、飛行用装備を装着しながら、引きつった表情を浮かべた。
 勿論逃げるつもりは毛頭無いのだが、生理的な嫌悪感というものは、どんなに頑張っても隠せないものであるらしい。
「幾らぼやいても、敵は手加減などしてくれませんからね……ともかく、作戦通りにいきましょう」
 戦々恐々とする北都とは対照的に、クナイ・アヤシ(くない・あやし)は随分と冷静だった。
 周囲の一般シャンバラ兵達がフォートスティンガーの巨体と、その肉体から放たれる無数のスポーン種に蹴散らされてゆく中、北都とクナイだけは流れに逆行する形で、立ち向かう姿勢を見せた。
「それじゃあ、先に行くよ」
「どうぞ、お気をつけて……」
 クナイに見送られながら、北都は飛翔した。
 スポーン種には一切目もくれず、親玉であるフォートスティンガーの巨体のみを目がけて突進してゆく。
 北都とクナイが立てた作戦自体は、極めてシンプルであった。
 飛行装備で接近戦を仕掛けた北都が囮となり、フォートスティンガーを目的の地点まで誘い出す。目的の地点とは、頭上に落下しやすい岩盤がせり出している断崖下部であった。
 フォートスティンガーが狙い通りの位置に達したら、クナイがその岩盤の付け根に一撃を加え、フォートスティンガーの頭部に強烈な一撃を加え得る崩落を発生させる、というものであった。
 しかし、幾ら飛行装備で機動性に富むとはいっても、フォートスティンガーの誇る二本の毒針の尾に対してだけは、常に細心の注意を払う必要があった。
 腐食性の猛毒は、イコンの装甲すらをも溶解させる。そんなものをまともに喰らえば、毒への耐性をあらかじめ自身に仕込んでいる北都といえども、無事に済むとは思えなかった。
 だが今回に限っていえば、北都の虫嫌いな性格が良い方向に転じているといって良い。
 彼はフォートスティンガーのおぞましい外観に相当な嫌悪感を抱いており、敵の繰り出す攻撃に対してはいつも以上に敏感になっていたのである。
(よしよし、良いよ……そのまま、そのまま……)
 背筋に冷たいものを感じながらも、北都はフォートスティンガーを所定の位置へ上手く誘導してゆく。
 視界の隅で、クナイが準備OKの手信号を送ってくるのが見えた。
(これで、どうだ!)
 北都は断崖の下にまでフォートスティンガーを誘い出したところで、一気に方向転換し、大きく迂回する形で巨体の後方へと廻り込んだ。
 それと同時に、クナイが例の岩盤の付け根に向けて、第六師団から借り受けた対戦車用ライフルでの一撃を放った。
 岩盤は断崖との接点を失い、最初はゆっくりと、そして自由落下の法則に従って次第に速度を上げながら、フォートスティンガーの頭部へと垂直に殺到してゆく。
 轟音と、竜巻のような砂埃が同時に巻き起こり、辺り一帯は巨大な爆弾が炸裂したかのような衝撃に覆い尽くされた。
「やったかい!?」
 北都は砂埃の向こうに、フォートスティンガーの漆黒の巨体を探した。
 フォートスティンガーは落下してきた巨大な岩盤に頭部を半ば押し潰されており、動きが極端に鈍っているように見えた。
 二対の鋏や二本の毒針の尾を、矢鱈めったらと振り回している様から察するに、どうやら視神経を破壊したようである。
(よし、上手くいったみたいだねぇ!)
 北都は珍しく、小さなガッツポーズを作った。が、その表情は直後に凍りついた。

 フォートスティンガーの巨大蠍としての姿形が、濛々と舞い上がる砂埃の中で全く異なる形へと変貌を遂げていた。
 巨人型戦闘体型に、変形したのである。
 蠍型の時の二本の長い尾は、そのまま両肩から伸びる鞭状の武器と化しており、いわば四本の腕が自在に使えるような形状になっている。
 そして巨人型戦闘体型での頭部は、巨獣型戦闘体型時とは異なる、独立した感覚器を具えているらしい。
 ゆっくりと後方に振り向いた凶暴な面に輝く真紅の双眸は、宙空に漂う北都の姿を真っ直ぐ捉えていた。
 巨人型戦闘体型に変形を遂げたフォートスティンガーの動作は、予想を遥かに越えて俊敏だった。武術でいうところの掌打の一撃を北都めがけて放ってきたのだが、その恐ろしい程のスピードに、北都は辛うじてかわすのが精一杯だった。
 掌打によって発生した激しい風圧が、北都の飛行態勢をぐらりと揺るがした。完全に、バランスを崩されてしまった。
 このままでは間違いなくやられる――戦慄に震えた北都だが、フォートスティンガーが次なる攻撃を繰り出す前に、新たな影がその前後に出現した。
 実に、フォートスティンガーと同サイズの巨影が同時にふたつも現れたのである。
 北都のみならず、その周辺に展開していた第六師団の兵員達全員が、仰天していた。
「ジェアアァァァッ!」
 どこかで聞いたことがあるような気合の雄叫びを挙げて、五十メートルにまで巨大化した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の両名が、フォートスティンガーに戦いを挑んでいた。
 この直前まで、美羽とコハクはフォートスティンガーのスポーン種を相手に廻して戦い続けていたのだが、フォートスティンガーが巨人型戦闘体型に変形したのを受けて、自分達も同じ土俵に立つべく、巨大化カプセルを使用してフォートスティンガーと同じサイズにまで巨大化したのだ。
 巨大化したということは、美羽のミニスカの内側が地表のひとびとに丸見えになってしまうということでもあったが、今はそんな悠長な話をしている場合ではない。
「いくよ! 無影脚!」
 巨大化を遂げた美羽の蹴り技は、いつにも増して破壊力抜群であった。
 堅牢な甲殻に覆われているフォートスティンガーだが、美羽の放つ連続蹴りの嵐は、瞬く間に上体の装甲を次々にへこませてゆく。
 一方のコハクは、美羽に腐食性の猛毒による攻撃が及ばないように、フォートスティンガーの両肩から伸びる二本の鞭状の尾に対して攻撃を加えていた。
「そっちばっかりに気を取られていたら、こっちががら空きになっちゃうよ!」
 コハクは敢えて挑発することで、猛毒攻撃を自分の方へ仕向けるようにと画策した。
 その作戦は功を奏し、美羽はフォートスティンガーの毒を一切気に掛ける必要もなく、得意の接近戦に集中することが出来た。
 しかし、フォートスティンガーもその敏捷性は決して侮れない。
 美羽が蹴り技を繰り出す間に、高層ビルを一撃で突き崩してしまいそうな程の威力を誇る掌打を連続で繰り出し、美羽の肩や脇腹に着実なダメージを蓄積してゆく。
 特に脇腹への打撃は、厄介だった。
 蹴り技は基本的に、腰の使い方でその有効性の全てが決まる。脇腹へのダメージは腰の回転を鈍らせる効果に直結する為、必要以上に打撃を受け続けると、蹴りそのものが打てなくなってしまうのだ。
(やっぱり……手強い!)
 美羽は喉の奥で唸ったが、しかしここで攻撃の手を緩める訳にはいかない。
 巨大化カプセルによる巨大化は、三分間しか持たないのだ。何とかその間に、戦況を左右出来る程の一撃を叩き込まねばならなかった。
 何とか、この膠着状態にも等しい現状を打破しなければ――美羽が奥歯を強く噛み締めた時、不意に北都がフォートスティンガーの顔面付近に突っ込んできて、至近距離からホワイトアウトを仕掛けた。
 蠍の口に食われるのは御免蒙るが、巨人型の顔面であれば何ら恐れるものはない。
 北都は、ありったけの力を振り絞ってホワイトアウトを仕掛けた。その甲斐あって、フォートスティンガーの頭部は半分近くが凍結状態に陥っていた。
「後は、任せたよぉ!」
 離脱してゆく北都。
 その北都がたった今の今まで飛行していた空域を、美羽の蹴り足が獰猛に駆け抜けてゆく。
 凍りついていたフォートスティンガーの頭部が、粉々に砕け散った。
「や、やった!」
 コハクが、思わず叫んだ。
 頭部を破壊されたフォートスティンガーは、ほとんど一瞬にして分子崩壊を起こし、その巨体が直前まで存在していたのが嘘ではないかと思える程に、分子レベルで砕け散ってしまったのである。
 同時に、地表に展開していた無数のスポーン種も同様の分子崩壊によって、大気中に掻き消えてしまった。
 美羽もコハクも、そして北都とクナイも、イレイザードリオーダーの死に様をこの時初めて、目撃した。
 精神体型イレイザーであるディムパーティクルと融合した生物は、その死に際しては分子レベルでの崩壊を引き起こすのだということを、この場の全員が初めて理解した瞬間であった。

 美羽がフォートスティンガーを倒したことで、第六師団は俄然、勢いに乗り始めた。
 崩壊した前衛要塞部の城壁外郭部に向けて連隊規模の兵員が一斉に突入していき、リジッド兵の中でも僅かに守備兵として残されていた防衛部隊を、次々と無力化してゆく。
 その突入人員の中には、教導団員ではない者の姿もある。個人的に、教導団に協力しようという勢力だ。
 例えばエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)といった顔ぶれなどは、その典型であった。
 だが逆に、教導団員がオークスバレー・ジュニアに与して行動しているというパターンも見られた。
 エースやあゆみ達の前に立ちはだかったトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)といった面々が、それに該当する。
「あれー? ヘッドマッシャーじゃなくて、コントラクターが相手ー?」
 トマス達四人と遭遇した際、あゆみは開口一番そういい放った。
 あゆみのみならず、エースを除いた他の面々も、トマス達が敵として現れたのは意外中の意外だったようである。
「確かあの面子は、リジッド兵が前面に押し出してきていた時にも、何度か姿を見かけたね。関羽将軍に対して散々、大声で悪口を叩いていたみたいだけど」
 エースだけは、トマスと子敬が何度か要塞外の戦場で第六師団兵と交戦していたのを目撃していた。
 勿論エース自身も、トマス達が准将に与しているという現実に戸惑いを覚えないこともなかったのだが、あゆみ達のように驚き慌てるというようなことは、この場では一切無かった。
「出来れば、退いてくれないかな? こっちの目的は准将ただひとりであって、君達と戦うことじゃない」
 エースの呼びかけを、しかしトマス達は無言のもとに却下した。
 接近戦である。
 トマス達が仕掛けてくる以上、エースやあゆみ達も応戦せざるを得ない。
「問答無用って訳ね! そいじゃあまず、オイラ達から相手して貰おうかな!」
 クマラがエオリアの援護を受けて、トマスと接敵する。エースとメシエはテノーリオと子敬への対応で展開していた。
 戦闘そのものは、そう長くは続かなかった。
 トマスが意外な程に呆気なく負傷し、子敬とテノーリオが慌ててトマスを担いで後方へ引き下がっていってしまったのである。
 肩透かしとも思える程の簡単な結末に、あゆみなどはぽかんと口を開けて、その場に佇んでしまっていた。
「あれれ……もう、終わっちゃった?」
「の、ようですわね」
 想定外に短く済んだ戦闘に、ヒルダも呆気無さを感じてはいたものの、あゆみのように変な脱力感を感じるには至っていない。
 その一方で、メシエは珍しく神妙な面持ちで、たった今終えたばかりの戦闘の経緯を分析していた。
「何か、気にかかることでも?」
 エオリアの問いかけに、メシエは喉の奥で低く唸った。
「どうも、不自然な点が多過ぎる……まるで彼らは、最初から負けることを目的として仕掛けてきたとしか思えない」
 メシエの分析によれば、トマス達の戦術は位置取りからコンビネーションに至るまで、負けるべくして負ける要素が満載だったのである。
 寧ろ、あれで勝てたら余程に運が良いとさえいえる。
「う〜ん……まぁ、後で肉まんでも食べながら色々考えたら良いんじゃないかなぁ? とにかく勝てたんだから良しとしよう! クリアエーテル!」
 あゆみには、難しいことはよく分からない。
 分からない時は、取り敢えず肉まんを食べていれば良い。それが、あゆみ流の自己解決法であった。
「他の師団兵も続々と突入してきているしね。ここでじっとしている訳にはいかない。まずは億を目指そう」
 エースの言葉に、全員が黙って頷いた。